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『うーん。それはどっちでもいい。けど、父さんから言われるとムカつく』
DVDを観て以降、それまで殆 ど接点が無かった父親のことを、奈津はあからさまに嫌悪するようになっていた。
あんな映像を観てしまっては、仕方のないことだろう。けれど、年々成長していく中で、それだけでは無かったことに、薫は気づいてしまったのだ。
あの日……初めて和真を目にした時、豹変した奈津の姿に、ずっと心へと押し込めていた釈然としない感情は、確信へと姿を変えた。
走り去った奈津を追いかけた十三歳のクリスマス。
たどり着いた先にいたのは、気を失った奈津を支える奈央だった。マンションのエントランスへ視線を向ければ、奈央の側近と和真が中へと消えていのが見えたから、薫はここで何が起こったのか言われなくても理解する。
『薫、これはどういう事だ?』
『ごめんなさい』
その時の薫には、奈央からの問いに謝ることしかできなかった。
どういう経緯でこうなったのかを、すでに奈央は知っているはずだ。
『謝らなくていい。コレは私に似すぎているから、薫も苦労するだろう』
『そんなことは無いです』
苦労などはしていなかった。それを素直に言葉にすれば、柔和な笑みを浮かべた奈央が『今後、奈津をあの子に近づけないようにして欲しい。お願いできるか?』と告げてくる。
『分かりました』
お願いという言葉を借りても、当主の命令は絶対だ。それに薫自身、奈津の為にはその方がいいと考えた。
きっと、初めて映像を見た日から、奈津は優真に囚われていた。優真というより佐伯家の持つ遺伝子に……といったところか。
役目は代々分家筋から選ぶと言われているのだが、どういう訳か? その殆どが佐伯家なのだと後から知った。
「その日のことなら……覚えてます」
「そうか」
ふいに、和真が話しかけてきたから、薫はそこで話を切り、片手を伸ばしてペットボトルをテーブルから取る。
ふたを開けて一口飲み、「和真も飲むか?」と尋ねると、「大丈夫です」と答えた彼は、たどたどしく話し始めた。
「あの日、奈央さんの見送りに出たら、突然、男の子が走ってきて……奈央さんに何かを言ったと思ったら、急に倒れた。奈央さんは、息子だから大丈夫だって……すぐに、近くにいた遠藤さんが駆け寄ってきて、問題ないから部屋に戻ろうって……なんだか怖くて、それ以上はなにも言えなかった」
遠藤は奈央の側近で、弁護士資格も持っている。奈央にとっては従兄弟に当たる人物だが、当主である奈央に対して、私情を挟まず対等に物を言える所を、薫は昔から尊敬していた。
「あれは……奈津だったんだ」
ポツリと呟く和真の瞳は、どこか遠くを見つめている。きっと、ここまでの話から、だいたいの流れは理解したのだろう。
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