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「予想した通り、奈津は記憶に干渉されてて、クリスマスは家で俺とゲームをしたことになってた」  それで終わったと思っていた。  奈津は「力を使わせない」と言われていた。だから、当然仕事の依頼も無い。これまで、生涯(しょうがい)力を使用しないで人生を終えた当主はいないが、ここで終わりにしたいのだ……と、奈央は薫に語っていた。  けれど、奈津は力を覚醒させ、父に対する憎悪の念をさらに大きく募らせていく。 「奈津は、十五歳で力を使えるようになった。通常、父親の仕事についていくことで、どう使うかを学ぶんだが、奈津は、使えるようになったことを俺以外には言わなかった」  薫は奈津を愛している。だから、告げ口のような真似はとてもできなかった。  力を試しに使ってみても興奮状態にはならず、一年が過ぎた頃には全てが杞憂だったと薫は思った。   「けど、すぐに違う問題がおきた。十六歳の時、奈津は再び和真を見つけた。和真が二十歳を迎えた誕生日……それを俺に話してきた」 『優真の息子を見つけた。父さんが囲ってる』  そう奈津から告げられた時、心臓が止まるんじゃないか? と、思うくらいに薫は驚いた。 『探してたのか?』 『ああ、探させた』  それから、三年前と同じやりとりをする間、薫は必死に打開策を考えたのだが、結局奈津のやりたいようにさせようと心に決めた。 「奈津が望むのなら、仕方ないと諦めた。だからあの日、俺は奈津について和真の部屋に行ったんだ」  そこで見たのは、三年前より少し大人びた和真の姿と、動揺を隠せない様子の奈央の姿。  父親が不在の時に行けばいいと提案したが、いる時じゃないと意味が無いのだと突っぱねられた。あとで聞いた話だが、奈津はあの日、可能ならば、奈央から和真の記憶を奪おうとしていたのだ。 「それは……覚えてない」  「ああ、奈央がその場で和真の記憶を消した。そうすることで、和真を守ったつもりでいたと思う」  通常、役目を終えたら記憶を消して解放するのが習わしだ。優真も、記憶を失っていたからこそ、結婚して子供を作ることができたのだ。 「最後に記憶を消せない相手を、選ぶのはタブーだ。でも、奈津は違った」  当時、時期では無いと分かっていた奈津は、いったんその場を引いたけれど、その後、綿密に計画を立てたようだった。 「奈津は、俺に秘密で計画を進めてた。呼ばれたラブホで和真の姿を見た時は、本当に驚いた」  薫自身、痴態を(さら)す和真の姿に、激しく欲情したことを、今はあえて口に出さない。  中学生や高校生の頃とは違い、社会人になっていた薫は、奈津と一緒に様々な相手を媒介して、仲を深めあっていた。倫理観がおかしいなどと言われた事もあるけれど、奈津と快楽を共有できるなら、手段は何だって構わなかった。    奈津は、和真を捕える直前……隠居目前の奈央の記憶から、和真に関するものを全て消し去った。以降、形ばかりの当主となった奈央は屋敷へと軟禁され、仕事の依頼は遠藤を通し奈津に流れるようになっている。 「一族は、力の使用を終わりにするっていう奈央の意向に反対だった。だから、奈津がやったことはお(とが)め無しだ。何年かしたら、地元に戻らないといけないが……」  ペットとして飼った和真は、予想以上に奈津と薫の心を奪った。口では拒否をしてみても、和真の身体は被虐を望むようにできている……とさえ思わせた。奈津と薫とは良く似ている。そんな二人が、互いに昂揚(こうよう)できる媒体を手に入れたのだと思っていた。  和真の体調が、目に見える形で日に日に悪くなるまでは――。 「これでだいたい話せたと思う。眠れそう?」 「……でも」 「和真には、落ち着いて考える時間が必要だろ」  まだ話していない事もあるが、ここまででも、かなりの情報量になる。不安げな視線をこちらに向ける和真の唇へ指で触れ、「なにも起こらないから、ゆっくり寝ろ」と薫は告げた。  それから、背中を支えて身体を起こし、鎮痛剤だと嘘をついて、睡眠導入剤を飲ませる。  すぐに薬は効いたようで、微かな寝息を漏らし始めた青白い顔をじっと見つめ、薄掛けをそっと身体に被せて、薫は深いため息を()いた。  第五章 終わり

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