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「一人になりたくない……とか?」  ふいに、発せられた薫の言葉が、心のパズルをピタリと埋める。 (そうだ。俺は……)  言われてみれば、一人になることが心の底から怖かった。それを自覚した途端、頭の中が少しクリアになった気がする。 「……そうなんだと思います」  これまでは、二人との日々を消化するだけで精一杯だった。だから、突然自由にしていいなどと言われても、不安な気持ちが募るだけで、嬉しいとは思えない。  そんな自分の心の内を、口ごもりながら必死に説明していると、一言「分かった」と答えた薫は床へと降り、和真の身体を抱き上げた。そのまま、歩き始めた彼の胸へと身体を預け、和真は小さく息を吐く。 「震えないんだな」    頭上から降った抑揚の無い独り言に、答える言葉は浮かばないけれど、不思議なことに恐怖はあまり感じなかった。    薫がドアを開く瞬間、この向こう側に奈津がいるのではないか? と、(いぶか)った和真は一瞬身体(からだ)を硬くしたけれど、幸いなことに悪い予感は当たらない。そこは、十分な広さのある綺麗なリビングダイニングだった。 「ここには、和真の部屋とこのリビング……あとは、俺の仕事部屋がある。あまり広くは無いが、この中なら好きに動いていい」  先ほど和真がいた部屋よりも随分と広いリビングには、七、八人は座れそうなローソファーが設置されており、そこへ和真を降ろした薫は、置かれているリモコンを慣れた手つきで操作する。 「今、湯張(ゆは)り始めたから、ちょっと待て」  あやすように和真の頬を撫でた薫は、アイランドキッチンへと移動した。そして、冷蔵庫から幾つかの食材を取り出して、慣れた手つきで調理を始める。 「卵と豆腐のやつなら食べれそう?」 「……はい」  薫からの問いかけに、何度か食べたことのある料理を思い浮かべ、頷きながら返事をした。  キッチンで調理をする薫の姿は、和真にとって割と見慣れた光景だ。  こんなに落ち着いた状況の中で眺めたことは無いけれど、先日までいたあのマンションでは、八割がた、彼が食事の用意をしていた。 「少し食べてから、風呂に入ろう」  薫の声に頷いた和真は、手際よく作業している様子をぼんやり瞳の中に映す。何かを考えなければいけない事は理解しているが、自分の置かれた状況を整理しようとしても、なかなか思考が進まなかった。  奈央は自分を覚えていない。  二人とは過去に会っていた。  自分の父は、奈央の性欲を発散する道具だった。  奈津が暴走し、自分が体調を崩したから、安全な場所に避難をした。   バラバラになった情報が、まるで映画の宣伝みたいに代わる代わる浮かんでくるが、あまり感情が動かない。否、確かに動いているのだが、はっきりとした形にならない。    確実に、自分を取り巻いて起こっている事なのに、この時の和真はどこか他人事(ひとごと)のように感じていた。 【第六章 愛ガ搦マル】  

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