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「起きろ」 「うっ……」 「怖い夢でも見た?」  細い身体を抱きしめて、耳元へ低く囁きかける。すると、寝ぼけているのか? 和真は薫の背中へギュッとしがみつき、「夢……だった?」と震える声で囁いた。 「ああ、夢だ」  背中をトントンとあやすように叩きながら、なるべく優しげな声音で告げれば、安堵したようにその体から強ばりが解けていく。 「……夢……か」  再び眠りに落ちた和真が、(かす)かな寝息を立てはじめたから、薫は胸をなで下ろし、彼をソファーへと横たえた。さっき外した寝衣のボタンを留めてから、ブランケットを掛け直す。 (気をつけないと)  理性がうまく働いたから良かったが、あのまま欲に任せていたら、抱いてしまうところだった。  この時……薫は和真を(さら)いはしたが、奪う覚悟はできていない。  これまで、奈津と薫との間に入れる人間は、合意があるのが大前提で、期間は長くても三ヶ月程度だった。和真のように、本人の意志を無視したことは無かったし、捨てる時には記憶を消して、後腐れが無いようにしてきた。  もしも、奈津の能力が無かったら、何度背後から刺されていたか分からない。 (奈津にとって、和真は特別だ)  和真を手中に納めた夜、奈津が薫に語ったのは、数年前、同じ会社へと入社してから、ずっと機会を伺っていたという話で――。  十年以上に及ぶ激しい執着心には驚いたが、同時に心のどこかで『やっぱり、こうなったか』とも思っていた。 『おまえも欲しいって言ってたろ?』  あの時、奈津が放った一言が、頭の中へと木霊する。 (確かに、俺も欲しいと思った。けど……)  当初、薫の目的は……奈津と深く繋がることだった。  和真なら、姿を消しても探す身内はいない。それが分かっていたからこそ、媒体としては都合が良かった。    ある一点を除いては。  「……ん、うぅ」  ふいに、目下で眠る和真が小さく身じろいだから、薫はいったん思考を止める。そして、病的なまでに青白い顔を瞳に映し、口元を僅かに綻ばせた。彼の姿を見ていると、庇護欲と征服欲とがなぜか同時に湧いてくる。 「分かってる」  普通の恋人同士ならば、認めたくない事実だろうが、薫はすでに認めていた。  奈津の抱く征服欲を、満たせる相手は自分ではない。だからといって、愛されていない訳ではない。薫自身、奈津を抱こうとも、抱かれたいとも思わなかった。 (似すぎてるんだ。俺たちは)  互いが誰かを抱く姿を見て、強く欲情する理由。それは、感情が深く共鳴しあっているからだ。 「どのみち奈津は結婚する。記憶も消せない」  和真の額へ手のひらを置き、ため息混じりに薫は呟く。数年後には実家に戻って奈津は結婚するだろう。既に候補は選んであると、以前遠藤が言っていた。

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