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 そうなった時、和真の記憶は消せないのだから、早めに解放した方がいい……と、薫は何度か提案したが、奈津が聞き入れることはなく――。 (違うな。俺はただ、正論を並べただけ)  それだけだ。本音を言えば時が経つにつれ、薫自身も和真が惜しいと思うようになっていった。彼を飼ってから、奈津との仲がこれまでにないほど深まったのは間違いない。 (歪んでるのは分かってる)  間に誰かを媒介させないと成り立たない関係など、破綻するに決まっているのだ。しかも、それが合意のない相手なら、なおさらに。 「いっそ、このまま……」  和真を連れ、海外にでも移住しようかと考える。  奈津が結婚することになれば、薫にしても、今の関係は続けられない。側に居れば、奈津の子供を身ごもる女に、激しく嫉妬するだろう。   (どうせ、終わりが見えてるなら……)  自分は奈津から離れたほうがいいのだろう。だけど――。 「不毛だな」  どんなに思考を巡らせても、結局のところ、自分の都合ばかりだ……と、思い至った薫は唇に自嘲気味な笑みを浮かべた。  *** 「見つかった?」 「いえ、八方手を尽くしていますが、まだ手がかりは掴めません」 「そう。もう何週間だっけ?」  ソファーへと深く腰を降ろし、視線はテレビに向けたまま、相手が返事をするよりも早く「一ヶ月だ」と棘を含んだ口調で告げた。   「申し訳ございません」 「わざと、隠してるんじゃないのか?」 「そのような事はありません。こちらも、奈津さんに仕事をしていただかないと、困りますので」  側に立ち、淡々とした口調で答える遠藤を一瞥(いちべつ)し、奈津は再び大きな画面へ視線を向ける。 「二人が見つかるまで、そっちの仕事は受けない。遠藤も、見つかるまでは来なくていいから」 「かしこまりました」  頭を下げた遠藤が、ドアの外へと出て行く姿を視界の端に映した奈津は、リモコンを操作して、消していた音のボリュームを上げた。  さきほどから、大きな画面に映しだされている映像は、最後に録画した和真の姿。縄を使って縛りあげ、(はり)から吊して躾をした時のものだった。 「ったく、どこへ行ったんだか」  喘ぐ和真の姿を見ながら、舌打ちをした奈津は呟く。今でこそ、だいぶ落ち着きを取り戻したが、二人が揃って消えた時には、はらわたが煮えくり返った。  まさか、薫があんな事をするとは思ってもいなかったから、最初は二人で出かけたのだと思っていたが――。  結果、奈津は薫に裏切られた。  和真が薫を(たぶら)かし、逃げ出したのかもしれないなどと考えてはみたけれど、現実的では無いことくらい、最初から分かっている。 「でも、聞いてみないと分からない」  薫が自分を裏切ることなどありえない。だから、なにか理由があるはずだが……例え理由があったとして、今の奈津には彼らを許せる自信がなかった。

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