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 交わす会話は少なかったが、読書をしたり、映画を観たりと思い思いに過ごしながら、薫から聞いた内容を、少しずつ整理していった。 (要するに……俺は、お父さんの代わりってことだ)  先祖代々、そういった役割だったと言われても、和真にはあまりピンと来ない。もやもやとした感情が常に心の中にあるけれど、その正体も分からなかった。 (……綺麗な顔)  運転している薫の横顔を目に映し、彼はどうして自分を救ってくれたのだろう? と考える。理由は彼が語っていたが、道具の一つが壊れたところで、彼らにとって問題があるとは思えなかった。 (彼は、奈津を愛してる)  薫と奈津が愛し合っているという事は、この身を(もっ)て嫌というほど知っている。  本来なら、ここにいるべきは道具である自分ではなく、恋人である奈津のほうだ。現状、和真のせいで彼らは会えなくなっているが、この状況は彼らにとって不本意なものだろう。  あの日……突如として、平穏だった和真の日常は踏みにじられた。以降、躾と称して散々な目にあわされてきた筈なのに、あろうことか? 今、和真の胸を占めるのは、罪悪感に近い部類の感情だ。  それは何故かを考えると、和真の脳裏にある映像が浮かんできて――。   (そうだ、俺は…… ) 「着いた」  答えの輪郭がうっすらと見えてきた刹那、薫の声が聞こえてきたから、和真はいったん思考を閉ざした。今日だけは、余計なことを考えないで一日を過ごしたい……と、願っているのに、気づけば頭に浮かんでしまい、収拾がつかなくなってしまう。 「ここから奥に歩いて行くと、ちょっとした散策路になってる。少し歩いて、美味(うま)いもの食べて、それから帰ろう」  少し寒いから……と、上着を手渡され、和真は黙ってそれを羽織った。促されて車を降り、森林の中に整備されている遊歩道を30分ほど散策する。  平日だからか? 人は殆ど歩いておらず、静かな林道を歩いていると、少しだけ気持ちが穏やかになった。 「いい所だろ?」  途中、小川に掛かった丸太の橋を渡った直後にそう問われ、「はい」と返した和真は自分が微笑んでいることに気づく。 (いつぶりだろう?)  自然と触れ合う機会なんんて、上京してからは全く無かった。ただ、日々を懸命にこなすだけで精一杯だったのだ。 「ありがとう……薫」  自然にこぼれた感謝の言葉。  驚いたように目を見開いた薫の表情(かお)が、和真にはすごく新鮮に見えた。  それから、洒落た欧風レストランで少し早めの夕食をとり、岐路についた車の中で、和真は一つの決断をする。 (ここまで……だ)  それは、彼らとの関係を全て絶とうというものだった。

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