94 / 123

8

 *** 「鍵を使えば良かったのに」  薫を部屋へ迎え入れながら、毒を含ませた声音で告げれば、ため息をついた彼は「そうだな」と返事をしてから、「少し痩せた?」と尋ねてきた。 「だとしたら、お前らのせいだ」  先にソファーへと座った薫の背後に立ち、肩へ手のひらを乗せながら、「何があった?」と質問する。  きっと、薫が一人で現れたのには、何らかの理由があるはずだ。  怒りが消えた訳ではない。けれど、久々に顔を見てしまえば、理由によっては許してもいいと思えてくる。 「和真はどこ?」 「そう焦るな。座って話そう」  (たしな)めるような口調で告げられ、少しだけ奈津は苛ついた。この一ヶ月、自分がどんな思いでいたか? 薫には分かっているはずだ。 「もう一度聞く。和真は?」  薫とは違うソファーへ座り、奈津は質問を繰り返す。そうすれば、返事をすると確信していた。今後も和真を隠すつもりなら、ここへ戻りはしないだろう。 「結論から言うと、和真は危険な状態だと思う」 「どういう意味?」 「最初から話す。お前を和真から引き離したのは、このままだと和真が壊れると思ったからだ」  抑揚もなく紡がれる言葉に、反論を挟む余地は無かった。確かに、あのままだと和真の精神は限界を迎えていただろう。否、既に壊れていたかもしれない。 「で? 引き離して何をしてた? まさか自分だけ、お愉しみって訳じゃないよな」  意地悪な質問をすれは、薫が再びため息を()く。 「この一ヶ月、俺は和真とセックスしていない。和真はお前の所有物だから」 「俺のじゃない。二人のだろ」  返事をしながら、安堵にも似た感情を奈津は抱いた。だが、それが意外とは思わない。薫が和真に本気になり、連れ去ったのではないか? という推論も立ててみたけれど、その可能性は低いだろうと考えていた。 「分かってるはずだ。初めて会った日から、お前は和真に優真を重ねて執着してる」 「だとしても、俺が愛してるのは薫だけだ」  薫の性格上、和真に嫉妬しての発言では無いだろうが、真意がまるで分からなかった。和真を通し、優真に執着している自覚はちゃんとある。でもそれは、薫と繋がるための手段だ。この執着は愛じゃない。 「奈津は、そう言うと思った」  少し寂しげに響く声。自分は、何か答えを間違えただろうか? しかし、嘘は()いていなかったから、次の言葉を静かに待った。 「まあいい。とりあえず、和真の所へ連れていく。けど、その前に一つだけ約束して欲しい。乱暴はするな」  『これ以上の問答(もんどう)は無意味』と言わんばかりに会話を切られ、奈津は苛立ちを募らせながら、「ああ、分かった」と返事をする。すると、先に立ち上がった薫がこちらへと歩み寄り、体を屈めて額にキスを落としてきた。 「俺は途中から……和真も含めたお前を愛してる」  離れた時に紡がれた言葉。どこか切なげに見える表情に、胸の奥が鈍く痛むが、この時の奈津はその原因が何であるか分からない。 「和真も含めて?」  だから、声に出して尋ねてみたが、こちらに背中を向けた薫は奈津に返事をくれなかった。

ともだちにシェアしよう!