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「顔、見せて」
久々に聞いた奈津の声。抑揚の少ない声音に体がガタガタと震えだすけれど、従わなければならない事は体の方が知っていた。
「うっ……うぅ」
必死に顔を上げようとすれば、背中を押さえる薫の腕から力が抜かれ、今度は体を仰向 けにされる。
「泣いてた?」
涙で滲んだ視界の中へと、奈津の顔が逆さまに映り込んできた。目尻を指でそっと拭われ、和真は酷く狼狽 える。なぜなら、恐怖でしか無いはずなのに、心地いいと微かに感じてしまったから。
「和真、こっち」
すると、今度は横から伸びてきた手に頭を掴まれ、口枷の留め具が外された。口から器具を取り除かれ、和真が激しく咳き込む間も、背中をさする手の温もりが優しいものに思えてしまう。
「顔、拭くよ」
その後、濡れたタオルで顔を丁寧に拭 われた。瞼を閉じてしまっていたから、どちらが拭いてくれたのかまでは分からない。ただ、この時間が終わったら、きっとまた酷くされるのだろう……と、和真はぼんやり考えていた。
そして二人は、一ヶ月ぶりに互いの愛を確かめ合うのだ。
(俺を……使って)
「涙も震えも止まらないな。和真、目を開ける?」
奈津の声に促され、恐る恐る瞼を開く。すると、鼻に何かを押し当てられ、「鼻、かめるか?」と薫に聞かれた。
怯えながらも素直に頷き鼻をかむ。その間、褒めるみたいに髪を撫でられ、「上手だ」などと言われるが、子供みたいな扱いを浮けても反発心が起こらないほど、和真は疲弊しきっていた。
「泣かなくていい。乱暴なことはしないから。な? 奈津」
「ああ」
「黙って連れてきたのは謝る。俺が、会わせた方がいいと判断した」
なおも止まらぬ涙を拭い、薫が語りかけてくる。どうしてそう考えたのか? 理由を問うために口を開くが、奈津がいるだけで萎縮してしまい声帯が機能しなくなった。
「和真は、本当に逃げたかった?」
ふいに、伸ばされた腕に背中を抱かれ、上半身を起こされる。尋ねてきた奈津の声に怒気は含まれていないけれど、いつ気が変わるか分からないから、震えは大きなものとなった。
「和真?」
促すように名前を呼ばれ、和真の緊張は限界を向かえる。本人はそれに気づいていないが、ため息をついた奈津がこちらへと伸ばした指を避けた時、心の中で張りつめていた細い糸がプツリと切れた。
(もう……疲れた)
なぜ、今頃になってそんな質問をしてくるのか?
逃げたかったに決まっている。
自分は道具なんかじゃない。
けれど、それを言っても無駄だった。
二人によって囚われなければ、和真は知らずに済んだのだ。
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