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「俺は……」
一言声を発した途端、更なる涙が溢れ出た。今の和真には、涙を止める方法がまるで分からない。
ようやく逃れることができたのに、安全な日々を取り戻したのに、三週間を過ぎた頃から、自分自身でも分かるくらいに心が不安定だった。
「もう……イヤだ」
「……そう」
一瞬、体がフワリと宙へ浮き、直後にそっと包み込まれる。
ソファーへ座った奈津が和真を膝の上へと乗せたのだが、あまりに混乱している和真は、状況を理解できていなかった。
いつの間にか、手足の拘束も解かれているが、それに気づける余裕もない。
「……辛い」
必死に言葉を紡ぐけれど、自分が何を言いたいのかさえ分からなかった。
そもそも、彼らにとって和真の意思など関係ない。従順でいれば優しくされもしたけれど、命令に従わなければ躾と称して折檻を受けた。
それなのに、どうして今さら人間みたいに扱うのか? そんな疑問を抱きながらも、声に出来ずに震えていると、「分かった」と短い返事が耳のすぐ側で小さく響いた。
「奈津の中で、まだ和真は道具のまま?」
背後から、薫の問いが聞こえてくるけれど、それに対する奈津の答えを聞きたくないと強く思う。
(もう……いやだ。ぜんぶが……)
「……消して、ください」
気づいた時には奈津を見上げ、懇願を声に出していた。僅かに首を傾 けた奈津が、窺 うように目を細める。
「おね……がい」
二人を繋ぐ道具でいることに、心が疲弊しきっていた。
いつからだろう? 酷く扱われる事よりも、注ぎ込まれる二人の愛が、自分へ向けての物じゃ無いことを、辛いと感じるようになったのは。
いつからだろう? 愛されたい……などと、願ってしまうようになったのは。
「俺の、記憶を……消して」
懸命に声を絞り出せば、背中を抱く手に力がこもる。そして、涙の幕の向こう側、至近距離にある奈津の唇が、その口角を綺麗に引き上げた。
「いいよ。消してあげる。でも、最後にもう一度だけ、二人で和真を抱いていい?」
あやすように頬を撫でられ、和真は小さく頷き返す。記憶さえ消して貰えれば、知りたくなかったこの感情から、逃げることができるのだ。
「あの、嘘は……」
「分かってる。嘘は吐かない」
「信じて」と、囁く声に和真は再び頷いた。信じることが大前提だ。彼に記憶を消して貰うしか道は無い。
「いいのか? 説明したが、和真は一度記憶を操作されてる。二度目は――」
「……んぅ」
薫がなにかを喋っている……と、回らぬ頭で思った刹那、唇を深く塞がれた。弱い上顎を舐められただけで、久々のキスに翻弄された和真の体はヒクッヒクッと痙攣する。
「う……んぅ」
同時に、背後から前に回された手が、シャツの裾から入り込んできて、臍 の窪みをクルクルと撫でた。
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