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『……愛されたい』
喘ぐように和真が言ったのを、薫は聞き逃さなかった。それは今朝の出来事だが、錯乱状態だった和真に、気持ちを吐露 してしまった自覚は無いだろう。
だから、奈津と薫には知られたくないその感情ごと、自らの記憶を消して欲しいと望んでいる。
一週間前、日帰り旅行へ行った後、『一人になってやり直したい』と言われた薫は了承した。ここまで和真を追いつめたのは、他でもない自分と奈津だ。償う気持ちはあったから、彼の意思を尊重しようと考えていた。
とりあえず、体の調子が良くなってから、一人暮らしの準備をしようと説得し、和真もそれに同意をしたが、彼の体調は良くなるどころか日に日に衰弱していった。薫の前では食事をするが、隠れて嘔吐 していることも知っていた。だから、早めに手を打つべきだと考えたのだ。
『俺はここを出ようと思う。ただ、和真の体が心配だから、回復するまでは毎日、定期的に様子を見に来るつもりだ』
そう薫が切り出したのは、和真の体を慮 ってのことだった。自分の存在が彼の心に負担をかけているのであれば、出来る限り会う機会を減らそうと考えたのだ。
それを伝えたのは、今日の朝食を終えたあと。
リビングのソファーに和真を座らせ、斜め向かいに設置してある対 のソファーへと腰を下ろし、できる限り穏やかな口調で話をはじめた。しかし、途中から和真は震えだし、どういう訳か? 涙をボロボロと流しはじめた。
『どうした?』
思いも寄らない反応に、驚いた薫が見ている前で、和真は自ら細い首へと爪をたて、引っ掻きながら意味の分からぬ言葉を紡いだ。
何を言ったのか? 声が小さくてはじめは殆 ど聞こえなかったが、自傷行為を止める目的で彼の体を拘束するうち、掠れてしまった涙声が何を言っているのかを……最終的には理解した。
「ふ……んうぅ」
ふいに、和真の声が鼓膜を揺らし、現実へと引き戻される。
奈津とのキスを受け止め続ける彼を背後から抱きしめて、洋服の裾をたくしあげてから、胸の尖りを飾るピアスを薫は指で軽く弾いた。
「んうぅっ」
ぐぐもった呻きが耳に心地よく滑り込む。
「これ、外さなかったんだ」
所有の証であるピアスなど、とっくに外していると思っていただけに、薫の心は喜びに近い感情で満たされた。
きっと、和真越しに視線が絡んだ奈津だって、同じ感情を抱いたはずだ。
「和真、これから耳を塞ぐけど、本当に嫌だったら自分で外していい。聞こえないほうが気持ち悦いから」
「ん……うぅ」
胸の尖りを弄びながら、耳朶 へ舌を這わせて囁き、返事のできない彼の耳へと耳栓を深く差し込んでいく。
薫の言葉を和真がきちんと理解したかは分からない。けれど、器具を装着している間も抵抗はされなかった。
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