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「う……うぅ」  目覚めると、辺りは静寂に包まれていた。  サイドボードへと手を伸ばし、置いてある時計を確認すれば、時刻は八時を回っている。カーテンの隙間から、明るい日差しが射し込んでいるから、たぶん午前中なのだろう。 (俺は……どうしてここに?)  和真は今、自室のベッドに一人きりで寝かされている。そのことに、得体の知れない不安を覚えた和真だが、とりあえず今は起きあがろうと考えた。 「うっ……」  僅かに体を動かしただけで、体の節々が鈍い痛みを訴えてくる。それでも……どうにか体を起こした和真は、そこでようやく意識をはっきりと覚醒させ、自分の体を見下ろした。 (そうだ。俺は……)  着る物を何も(まと)っていない体には、いくつもの鬱血痕がつけられている。それを瞳に映した瞬間、昨夜自分が晒した痴態がフラッシュバックのように脳内で再生され、和真の目から(こら)えきれない涙がポロポロと零れ出た。 (こんな……酷い)  昨夜、和真は意識を失うまで、二人を繋ぐ役割をした。二人に関する記憶の全てを消してくれると約束し、それを信じて身を委ねたのだ。 (……忘れてない)  奈津は『嘘を吐かない』と約束した。それなのに、和真は全てを覚えている。 (どうして?)  今の和真を満たす感情は、怒りではなく、困惑と疲弊とが混ざりあったものだった。精神が摩耗しきっているため、思考もうまく働かない。さらに、ここに二人がいない事実がどうしようもなく不安を煽った。 「なつ……かおる」  囁くような小さな声で思わず二人の名を呼べば、すぐにドアがノックされたから、怯えた和真はシーツを引っ張り頭の上からすっぽりと被る。と、ドアの開閉する音が響き、足音が近づいてきた。 「起きてる?」  聞こえてきたのは薫の声。   「和真、顔を見せて」  続けて聞こえた奈津の声に、和真は体を堅くする。彼らは嘘をついたのに、どうしてこんなに優しい声音で自分に声をかけるのか? 和真には訳が分からなかった。 「嘘を……ついた」  だから、怖じけづきそうになりながらも、必死に言葉を紡ぎだす。 「今すぐ……消してください。おかしくなってもいいから、もう、これ以上は無理だから、だから……おねがいします」  掠れてしまった和真の声は、シーツを一枚隔てたせいで、かなり聞き取りづらかったが、至近距離にいる二人の耳にはちゃんと届いたようだった。 「和真」  シーツごと体を抱きしめられ、混乱は更に深まりを見せる。力で二人に敵わないことは知っているけれど、それでも和真は体を捩り、必死に(のが)れようとした。 「落ち着け」  はだけたシーツが取り払われ、這うようにして逃げた和真だが、すぐに背後から腰を抱かれて動きを制限されてしまう。そして――。 「やあっ……」 「和真、愛してる」  ふいに、耳元で響いた奈津の告白。  思いもよらない言葉に触れ、その意味を理解するために、数秒の時を必要とした。 「うそ……だ」  それが嘘だと分かっていても、心臓は鼓動を速めてしまう。聞きたくないと思った和真は耳を塞ごうとしたけれど、途中で手首を薫に掴まれ塞がせてはもらえない。 「俺も和真を愛してる」  いつの間にか正面に回った薫からも告げられて、パニックになった和真は何度も首を横へと振りつづけた。

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