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 ***  遡ること半日前。  意識を断ってしまった和真をバスルームへと運んだ2人は、痩せてしまった体を綺麗に洗ったあと、ベッドルームで今後についての話をした。そこで2人が出した結論は、想いの全てを和真に告げ、その上でもう一度、和真の本意を聞き出そうというものだった。 (変われば変わるもんだな)  これまで奈津は一貫して『和真の意志など関係ない』と言っていた。  そんな彼が、薫の意見に同意した事に驚きはしたけれど、それを表面に出すことはせず、和真を一人で眠らせた後、奈津と共に自室のベッドで浅く短い眠りについた。  和真を一人にした理由は、目覚めた時に混乱させない為だった。安全面を配慮して、彼の部屋には隠しカメラが取りつけてあり、早朝に目覚めた二人は、モニターに映る和真を見ながら話をしていたのだが――。 「さっき、起きた和真が名前を呼んでくれて、嬉しかった」 「……ッ!」  視線の先、背後から和真を抱きしめた奈津が、その首筋へとキスをする。刹那、和真の動きがピタリと止まり、(まなじり)からは新たな涙が零れ出た。 「和真が(いだ)く感情や、起こす行動の原因が……全部俺たちであって欲しいと思ってる」  狂った独占欲を隠さずに薫はそう告げながら、掴んだ手首の内側へ舌を這わせていく。怯えたように震える体とは裏腹に、微かな兆しを見せ始めている和真の性器へ手を伸ばしたくなるけれど、彼自身も気づいていないだろうと考え、薫は衝動を抑え込んだ。 「嫌な記憶を消して、和真がもし壊れたとしても、一生面倒は見るつもりだ。けど……本当にそれでいい?」 「……嫌な記憶……じゃない。でも……つらい」  ここにきて、ようやく和真が口を開く。しかも、思いもよらない事を言うから、驚いたように奈津はいったん言葉を止め、伺うような視線を薫に向けてきた。 「和真は嫌じゃなかった?」  頬へとキスを落とした薫が尋ねれば、困ったように表情を歪め、濡れた瞳で見上げてくる。恐いのか? それとも感情が昂ったのか? 微かに身体が震えていた。 「……怖かった。逃げたかった。でも、逃げたら捕まって、縛られて……痛いこともされて……辛かったし嫌だった。けど……途中から……」 「愛されたいって……思った」と、絞り出すように喘いだ和真は、しゃくりあげながら途切れ途切れに自身の感情を吐露しはじめる。 「こんなの……おかしい。俺は、二人が繋がるための道具で、注がれる愛は……俺に向けてのものじゃない。でも、それでも……セックスしてる間は、愛されてるかもしれないって……錯覚しそうになった。違うって……言い聞かせるたび辛くなって……だから……ぜんぶ、忘れたい」 「なるほど。それで、愛されたい……か」  いままで、和真にどれだけ(こく)な状況を強いてきたか? その自覚はあるのだろう。目の前の奈津は信じられないといった表情を浮かべている。  勿論、薫自身も驚いたけれど、この展開はある程度予想できていた。予想というより願望にかなり近かったが、叶ったのなら今さら迷う必要は無い。 「俺たちに、もう一度チャンスをくれないか? 虫がいいのは分かってる。けど、俺はともかく奈津に至っては、昨日自分の気持ちに気づいたばかりだ」 「和真が嫌がることはしない。だから、少しの間だけ……ダメかな」  真摯な口調で薫が告げ、甘い声音で奈津が囁けば、暫しして……頷きを一つ返した和真の体がフラリとよろめいた。

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