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「失礼……します」
控えめにノックをしてからドアを開くと、こちらに背を向け椅子に座っている薫が、一つ大きな伸びをした。
「いつも言ってるけど、ノックは必要ない。あと、かしこまって挨拶しなくていいから」
「……ごめんなさい」
体ごとこちらを振り返り、困ったような笑みを浮かべた薫に慌てて謝罪をすれば、
「謝らなくていい。でも、少しずつ慣れてくれたら嬉しい」と、答えた彼は立ち上がり、和真の側へと歩み寄った。
数日前、初めて立ち入ることを許された薫の部屋は、まさに書斎といったような内装だった。
壁一面を本棚が占め、小窓の前に設置されている机の上には、パソコンと数冊の資料が無造作に置かれている。小説家だと説明されたが、どんな作品を書いているのかを未 だ和真は聞けずにいた。
「ありがとう」
グラスが二つ乗せてあるトレーを自然な所作で取り上げた薫が、「おいで」と和真に声をかけ、バルコニーへと移動する。誘 われるまま設置されているラタンチェアへと腰を下ろせば、トレーをテーブルに置いた薫が反対側の椅子に座った。
(穏やか……と言えばいいのか)
ここ3日ほど、こうして薫とティータイムをとっている。それ以外の時間は一人で読書などをして過ごしているが、途中で眠ってしまうことが多かった。これについては本かつまらない訳ではなく、体が睡眠を欲しているのだと思う。
(彼は、どんな小説を書いているんだろう?)
そんなことを考えながら、氷を浮かべたアイスコーヒーを飲む横顔をチラリと見る。それから、自分もグラスへ手を伸ばし、アイスティーを啜るように一口飲んだ。
奈津と薫から思いもよらない愛の告白を受けてから、今日で半月ほどになる。
そのうちの一週間は、ほとんど眠って過ごしていた。そして、気づいた時には元のマンションに戻っていた。勝手に移動したことについては謝罪をされ、仕事の都合があったのだと説明を受けている。
食事は二人が与えてくれ、移動も風呂もトイレでさえも、介助がなければできなかったが、ここ数日は精神的にも体力的にも安定し、今はこうして仕事をしている薫へと、頼まれた時間に飲み物を運ぶことも可能になっていた。
最初に目を覚ました時、和真を間に挟む形で2人が寝ていたから、朦朧とした意識の中、教え込まれた条件反射に従って、キスで2人を起こそうとした。
しかし、唇同士が触れ合う寸前、『しなくていいよ』と穏やかな声音で奈津に囁かれ、状況をうまく理解できずに和真は涙を流してしまう。
『泣かなくていい。もう、辛いことはしなくていいから』
さらに、指先で涙を拭った薫にそう告げられ、一度はそれに頷き返した和真だが、どういう訳か涙は止まってくれなくて――。
『一人になりたい? だったら俺たちは別の部屋に行くけど……どうする?』
そう奈津から問われた時、考える前に首を横へと振っていた。この時、ようやく意識が明確になり、和真は自分がどうしたいのかをはっきりと理解した。
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