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『嫌だ。一人は……一緒がいい』
既 に虚勢を張る気力もなく、思った言葉がするりと口から零れ出てしまったのだが――。
「体は辛くない?」
「あ、だ……大丈夫……です」
一人回想に耽っていると、横から声をかけられる。
「そうか」
うまく返事ができない和真を叱ることもなく笑みを浮かべ、「ならよかった」と言った薫は、長い腕をこちらへと伸ばし、癖のある髪をさらりと撫でた。
その手のひらへと頬をすり寄せ、和真は吐息を一つ漏らす。
この半月、彼らは和真になにも強制しなかった。怯える和真の世話を焼きながら、愛の言葉を囁き続け、それを証明するかのように夜毎 和真を優しく抱く。それも、苦痛を伴う激しい行為や性器を挿入されることはなく、一方的に和真が奉仕をされているような状況だ。
(少し……怖いけど)
慣れない状況に戸惑う気持ちはもちろんある。けれど、思いもよらない労るような優しさは、和真の心の飢えている場所を満たすかのように流れ込んだ。
(でも、貰うばかりじゃダメ……だ)
突如訪れた嘘のように穏やかな日々。
2人によって注がれる愛に溺れそうになりながら、日が経つにつれて和真は自分の存在意義に、疑問を抱くようになっていた。
だから、勇気をだして口を開き、思いを伝えようとする。
「あの……なにか、手伝わせてもらえないでしょうか?」
思い切ってそう尋ねた理由は、少しでも役に立ちたかったから。日中、薫は部屋で仕事をしているし、今週からは奈津も仕事へ行っている。自分だけが部屋に残り、ぼんやり毎日を過ごしているのは、なんだかとても気が引けた。
「手伝う?」
伺うように目を細め、薫が首を僅かに傾げる。
「もうだいぶ、体調も良くなったから……なにか出来ることがあれば、役に立ちたい……です」
「なるほど。分かった。奈津が帰ってきたら、相談してみよう」
立ち上がりながら答えた薫は、「そんなに不安そうな顔、しなくていいから」と、柔らかな口調で告げてから、トレイを持って部屋の中へと入っていく。
その後ろ姿を見送ってから、ぼんやりと空を眺めていると、背後から肩をそっと掴まれ、「少し風がでてきた。もう入ったほうがいい」と、耳元へ低く囁かれた。
***
「それはいいけど、面白くはない」
「じゃあこうしよう。平日は、和真が俺の仕事を手伝う。その代わり、奈津が休みの日には、和真と2人で過ごせばいい」
「そうじゃないんだ。休日を過ごすのは、薫と和真と3人がいい。ただ、俺だけ仲間外れみたいで嫌なだけ」
その日の夜、ダイニングテーブルで夕食をとりながら、交わされている2人の会話に耳を傾けていたのだが、拗ねた様子の奈津が「仕事を辞めたい」などと言うものだから、申し訳なく思った和真は「あの……」と2人へ声をかけた。
「仕事の手伝いじゃなくても、1人でできることがあれば……掃除とか、料理はあまり得意じゃないけど、なにかやらせてもらえるなら、勉強するから」
折衷案 になっているかは分からない。部屋はいつも綺麗だし、2人は料理もとてもうまい。今食べているトマトがメインの冷製パスタも、和真は初めて口にするけれど、さっぱりしていて食べやすかった。
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