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 訪れたのは暫しの沈黙。  これまで、会話といっても彼らからの質問に答えるばかりで、自ら意見を述べたことは全くといっていいほどなかった。 (どうしよう)  余計なことを言ってしまったかもしれない……と、焦りを覚えた和真の鼓動は音を速め、フォークを持つ手が微かに震える。  2人がどんな表情なのかを見る勇気も持てなくて、俯いたまま動けずにいると、隣の席からため息が聞こえ、軽く頭を撫でられた。   「……しょうがないな」  今、和真の隣にいるのは奈津のほうだ。  食事の際、2人は日替わりで和真の隣と向かい側とに座っているが、それを決める話し合いも数日前に行われた。  どうでもいいのではないだろうか? と、内心思った和真だが、それを口に出せるほど、今の暮らしに慣れてはいない。 「いいよ。手伝っても」  続けて聞こえた奈津の言葉に、和真は思わず顔を上げた。すると、薄く微笑みを浮かべた彼が、「怖かった? 震えてる」と、フォークを掴んでいる右の手を、包み込むように握ってくる。 「いえ……緊張しただけで……」 「そう。ならいいけど」  ひんやりとした奈津の手のひらが、甲の部分をそっと撫でる。触れた場所から熱がじわじわと広がるような感覚に、戸惑った和真が視線をうろうろと彷徨わせれば、正面の席に座る薫がクスリと笑った。 「奈津、まだ食事中だ」 「分かってる」  窘める声に答えた奈津は、すぐに手を引いてくれたけれど、それから僅かに食べたパスタの味は全く覚えていない。表面的には笑っていても、本当は、我が儘を言った和真に腹をたてているのかもしれない……などと思ったら、とても味わう余裕は無かった。 「あの、ありがとう」  食事を終え、リビングのソファーへ座った和真は、隣でグラスを傾けている奈津に改めて礼を告げる。すると、「いいよ」と返した彼はこちらにスッとグラスを差し出した。 「一口飲む?」 「え?」 「和真は弱いけど嫌いじゃないだろ? 白ワインだから、キールが好きなら飲みやすいと思うけど」  仕事のデータを盾に取られて奈津と飲みに行った時、一緒に入ったカクテルバーで、繰り返しキールを注文していた……と、説明されるが覚えていない。なにせ、カクテルバーに入ったのもあの時が初めてだったのだ。   「白ワインベースのカクテルがいいって注文してたから、名前を覚えて無いのはしょうがない」 「どうする?」と言いながら、差し出されたワイングラスを反射的に受け取れば、「久々だから、まずは一口だけ……な」と、反対隣に座る薫が声をかけてきた。  確かに、和真は酒に強くはないが、好んで飲むのはワインの類だ。  奈津と飲んだ記憶はほとんど残っていない。けれど、話を聞くうち、その後晒した己の痴態ははっきりと思いだし――。 「……っ」  辛い記憶の筈なのに、下肢が疼きを覚えてしまう。そんな自分に不安を覚えた和真だが、「ほら」と薫に促され、言われた通り一口だけを口内に含んで味わってから、ゆっくりと喉へ流し込んだ。 「……おいしい」 「ならよかった」  自然な動作でグラスを取り上げ、濡れた唇を指の腹で拭った奈津の表情に、怒った様子は見られないから和真は内心安堵した。

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