112 / 123

8

「好きにして……いい」  それが彼らの望みなら、受け入れたいという感情が心の内からわいてくる。 (俺は……おかしいのかもしれない)  夢現(ゆめうつつ)な思考の中、どこか遠くで警鐘が鳴り響いていた。彼らの冷酷な面や(あやう)さは、この身を以て知っている。   (けど、だけど……)  こんな風に思う自分は、壊れているに違いない。けれど、理性が剥がれかけた今、論理的には説明ができない本音の部分が零れてしまう。 「俺も……奈津と薫、愛してる……から」 「……え?」  2人の口から同時に放たれた疑問符と、始めて目にした驚いたような表情に、彼らも人間だったのだ……と、和真はぼんやり考えた。 「あ……」  それから、自分の発した言葉の意味を頭の中で反芻(はんすう)し、和真は小さな声をあげる。  途端、虚ろだった意識ははっきりと覚醒し、動揺した和真の体は意志に反して震えはじめた。 (俺は……今、なん……て?)  訪れたのはしばしの沈黙。  アクションシーンに入ったのか? なおも洋画を再生しているテレビからは、銃声音がやけに大きく響いていた。   「……やっと、言った」  そして……聞こえてきたのは僅かに掠れた奈津の声。彼は艶美な笑みを口元へ浮かべ、和真の頬へと手のひらで触れる。 「それは本心?」  耳元で囁く薫の問いに、和真は小さく頷き返す。と、シャツの裾から忍び込んだ指が胸の尖りへと直に触れてきた。 「……んぅ」 「震えてる。怖い?」 「怖くない……わからない」  どうして震えてしまうのか? 和真自身にも分からない。けれど、この感情が恐怖ではないという事だけは、はっきりと分かっていた。  「ずっと、一人だった。寂しいって思っちゃいけないと思ってたし……一人でも平気だった。だけど……」  2人によって囚われてから、生きていくために必要なことの全てを管理されるうち、和真の中に芽生えた感情を言葉にするのは難しい。  依存。  マインドコントロール。  ストックホルム症候群。  そんな、一般的な知識としてある情報を、必死に自身と結びつけようとしたけれど、しっくりとはこなかった。 「俺は……」  逃げ出したいと思っても、どこかで彼らを求めていた。いつからか? 徹底的に支配されることにある種の悦びを感じていた。恐怖の対象であると同時に、2人がいないと不安になった。 「……愛されたいって……」  だからこそ、ただの道具であることに、耐えきれなくなったのだ。 「俺は……おかしい」   「いいよ、和真。今はもう……何も考えなくていい」  とりとめもなく、ぽつりぽつりと言葉を紡ぐ和真の目尻を奈津が拭い、「泣くな」と囁きかけてくる。 「これは……血のせい? けど、それでも、俺は……奈津と薫を……」  『愛してる』と言いたかったのに、声を出すことができなかった。急に呼吸が苦しくなり、視界が大きく歪みばじめて体がヒクヒクと痙攣する。 「まずいな。焦点が定まってない」 「あっ……あっ……」 「どうする? いったん――」  2人の声は聞こえるけれど、内容はまるで理解できない。浅い呼吸を繰り返しながら、必死に言葉を紡ごうとするが、開いた口からは意味を為さない乾いた音しか出てこなかった。 「こんなに泣いて、かわいそうに」    背後から強く抱き締められ、動きが制限された刹那、奈津の手のひらが額へと触れる。そして、「ごめん」の声が聞こえたあと、まるで電源が切れたみたいに和真の意識はプツリと途切れた。

ともだちにシェアしよう!