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三位は見た

こんにちは。わたくし、鎧鏡家奥方様候補雨花様専属梓の丸使用人筆頭補佐側仕え第三位……梓の三位(さんみ)でございます。 わたくしがお仕えしております雨花様は、大変お可愛らしいお方だと言われておりますが……わたくしも例に漏れず、そのような印象を持っております。 各お屋敷に仕える側仕えは、上から順に、一位(いちい)二位(ふたみ)三位(さんみ)……と呼ばれており、一位職は屋敷の総責任者、二位職はお食事のお世話をする賄い方(まかないかた)、というように、仕事内容が決まっております。 私が就いております三位という仕事は、一位様の補佐役であり、お屋敷の金庫番でもあります。 候補様方は、お好きに外出は出来ませんので、必要な物はデパートの外商を呼んで持ってきてもらうか、私共使用人が、代わりに買いに走ります。 他のお屋敷の三位の話を聞くところによりますと、お梅様はスポーツ用品等で、お詠様はパソコン用品等で、結構な高額のお買い物をなさっていらっしゃるとのこと。 それに比べてうちの雨花様は、今のところ何か高価な物を強請っていらっしゃるということがございませんでした。 そのようなお方ですので、若様は雨花様へのプレゼントにいつも苦慮なさっていらっしゃるようで、うちの一位様に、雨花様が何か欲しがるようなことがあれば、逐一報告するようにとおっしゃっているのを知っておりました。 雨花様ご自身は物欲のない方なのですが、使用人たちは、雨花様用にと、何かと高額な物を購入しようと致します。 特に、呉服の間……現代的に申しますと、コーディネーター、とでも言うのでしょうか……である十位(とおみ)様は、モデル経験のある服飾デザイナーで、雨花様のスタイルの良さを大変気に入っていらっしゃり、暇さえあれば雨花様の洋服作成をなさっているため、そのための資金を無心してきて困ります。 まぁ、何かをお渡しすると、はにかみながら『ありがとうございます』と、愛らしい笑顔を向けてくださる雨花様に、貢ぎたくなる気持ちは、私にもものすごくわかりますけどね。 さて、つい先日のことでございました。 一位様が珍しくお休みを取られた日のことでした。 昼過ぎ、急に若様から、お渡りの申し入れがございました。 一位様のいない間は、使用人筆頭補佐であるわたくしが、一位様の代理をさせていただくことになっております。 一位様はそうそうお休みを取らないお方ですので、この日がわたくしが、一位様の代わりに、若様を梓の丸にお迎えする、初めての日でございました。 何か粗相があっては一位様に申し訳が立ちません。 一位様は三の丸にいらした時から、評判の高い方でいらっしゃいました。そのような一位様の評判を、代理のわたくしが汚してはいけません。 わたくしは大層意気込んで、若様のお渡り準備を致しました。 若様をつつがなく雨花様のお部屋にお迎え致しましたあと、わたくしはお二人に何かあっては大変だと、しばらく雨花様のお部屋の前にて、聞き耳を立てておりました。 もちろんコトが始まれば、その場を去るつもりで……で、ございます。 すると、しばらく静かだった室内から、何やらお二人で言い合いをなさっていらっしゃるような声が聞こえて参りました。 喧嘩をなさっていらっしゃるのだろうかと、ハラハラしながら聞いておりますと、どうやらゲームの勝ち負けについてのお話らしいとわかりました。 勝った方がどうのやら、負けたのがどうのやら、お前はいっつもどうのやら、そなたがそのようだからやら……途切れ途切れに聞こえてくる口論は、止みそうにありません。 止めに入ったほうが良いのだろうか?放っておいたほうが良いのだろうか?と思っているうち、何やら口論なさったまま、離れの和室に向かうお二人の、鶯張りの廊下を踏みしめる足音が聞こえて参りました。 何故和室に移動なさったのだろう?大丈夫だろうか? 一位様がいらっしゃらない間に、お二人に何かあっては大変です。 わたくしはどうにも心配になり、お休みの一位様に連絡を取りました。 一位様に今までの話をすると、電話先でお笑いになって『心配いりませんよ。寝具の準備がぬかりないかだけ確認してください』とおっしゃり、電話をお切りになりました。 ですがどうにも、お二人が言い争っていたことの心配が消えません。 一位様は大丈夫とおっしゃいましたが、わたくしは、どうにかしてお二人のご様子をこっそり覗けないものかと、しばらくウロウロしながら考えた末、庭から和室を伺おうと、外へ駆け出しました。 鴬張りの渡り廊下は、通ればすぐにわかってしまいます。ですので、和室に面した庭から、こっそり中を覗こうと思い立ったのでございます。 お館様が造られたお庭から覗くのが、和室の中が一番よく見えるのですが、あの庭に灯された池の灯りがいくら穏やかとはいえ、姿を隠すには明るすぎます。 わたくしは、何とか室内を覗けそうな場所を探し、ようやく風呂場脇の小さな高窓にはしごをかけ、そっと中を覗きました。 ろうそくの灯りに照らされたお二人が、お布団の上、背中を向けた格好で、距離を置いて横になっていらっしゃるのが見えました。 ああ、まだ喧嘩をなさっていらっしゃるのだ……と、落胆したその時、雨花様がほんの少し移動なさり、若様の背中に、ご自分の背中をピタリと付けたのが見えました。 そのあと若様は、後ろに腕をお回しになり、背中を付けたままのお二人が、手をお繋ぎになりました。 あんなに揉めていらしたのに……。 その微笑ましい光景に、わたくしは思わずはしごを踏み外すところでした。 一位様の代理をしっかりしなければと心配で、このような覗きまがいのことまでしてしまいましたが……一位様のおっしゃる通り、お二人にそのような心配は無用でした。 繋いだ手を、子供のように引っ張り合い始めたお二人を見て、つい笑みが零れました。 本当に、お可愛らしいお二人でございます。 これ以上の心配は、出過ぎた真似でございましょう。 わたくしは、静かにはしごをおりました。 どうぞ幾久しく……お二人の夜が続きますように。 そう、願いながら。 Fin.

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