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四位は見た

こんにちは。鎧鏡家奥方様候補雨花様専属梓の丸中臈頭(ちゅうろうがしら)側仕え第四位……梓の四位(しい)です。 うちの雨花様、ものすごーく照れ屋でお可愛らしいんですけど、たまーに『え?』ということがあるんです。 先日のことでした。 夕飯を食べ終えるか終えないかくらいの時に、若様が予定より早く渡ってこられて、最近ものすごくお気に入りの離れの和室に、雨花様とお二人で入られたんです。 雨花様が、夕飯のデザートに手をつけないうちに若様がいらしたので、キッチンで二位さんが、デザートに出す予定だったプリプリと光っているみかんを見ながら、ちょっとため息をついているのを、僕、見ちゃったんですよね。 なので、そのみかんを和室にお運びしたらいかがですか?と、提案させてもらったんです。 「お二方のお邪魔になるのではないでしょうか?」 二位さんは眉を寄せて困った顔をしました。……二位さんは料理上手で可愛いし、僕はお母さんのように慕っています。年齢はそんなに違わないんですけどね。 「雨花様は、これから高遠先生がいらっしゃいますから、今ならお邪魔ではないと思います」 「ああ、そうですよね。では一位様にお伺いして、持って行くことに致しましょう」 「だったら私が行きますよ。二位さんは片付けがまだありますよね?」 「助かります。四位、頼みました」 「はい」 一位様に、お二人にみかんをお持ちしても良いか確認すると『是非』との返事をいただいたので、僕はみかんを持って、和室に向かいました。 「若様、雨花様。失礼してもよろしいでしょうか?」 「しいさん?はい、どうぞ」 扉を開けると、縁側寄りに置かれたこたつに、お二人は寄り添うように座っていらして、何やら若様が、雨花様のお勉強を見て差し上げているようでした。 雨花様はいわゆる『ツンデレ』だと思うんですけど、普段僕たちに、若様にデレる素振りはほとんど見せてくれません。 このように寄り添っていらっしゃるだけでも、僕的には『Oh!』と、胸躍るような光景なんです。 「みかんをお持ちいたしました」 「あ!さっき食べられなかったから……ありがとうございます!」 「あ?何故食せなかった?」 「誰かさんが予定より早く来たからだろ!」 ふふっ。雨花様安定のツン炸裂です。こたつにみかんが入っているかごを置きますと、雨花様は『綺麗なみかんですね』と、僕に笑いかけてくれました。 「甘そうですよね」 「はい。あ、しいさんも一個どうぞ」 雨花様が、みかんを一つ取ってくださいました。 「ありがたく頂戴いたします」 「はい。皇も食べる?」 「ああ」 「へぇ、皇もみかんとか食べるんだ?ふーん。んー……どれが美味しそうかな?」 そう言いながら、雨花様は一つみかんを取り出して、おもむろに剥き始めました。 えっ?!雨花様?若様にみかんを食べるか聞いておいて、放置ですか? 僕には手渡してくれたのに、若様には取って差し上げなくていいんですか? 勝手に食べろと言わんばかりの放置プレイ! 雨花様のツン、再び炸裂です! 雨花様にみかんを手渡しでいただいてしまった僕は、若様に申し訳なくなり、どうしたものかとハラハラしながらその場に立ち尽くしてしまいました。 その時、雨花様が『はい』と、若様に、皮を剥いたみかんを一房差し出したのです。 え? ……え?! ……おおおおお! 若様は目を見開いていらっしゃいました。 僕は多分、若様よりもっとびっくりした顔をしていたでしょう。 雨花様はふとした時に、急にデレるんです。しかも……。 「え?何?まさか、袋も取らないとダメとか言うんじゃないだろうな?この白い筋も袋も食べたほうがいいんだってよ?」 そんなことをブツブツ言いながら、雨花様は袋に包まれているみかんの中味を丁寧に取り出して、若様にもう一度差し出しました。 ああ、やっぱり。 こちらからしたら、みかんを剥いて差し上げるなんて、ものすごい『デレ』た行動なのに、雨花様にはそのご自覚が全くないようです。 雨花様は、たまに全くご自覚のないまま、物凄いデレた行動をなさる方なんです。 「これなら食べられる?もーホント殿様なんだから。お前、好き嫌い言ったら駄目なくせに!みかんは袋ごと食べるのが一般的なんだぞ?」 雨花様……袋ごと食べる、の前に、みかんはご自分で剥いて食べるのが一般的かと思います。 「……」 「何笑ってんだよ?」 「……ん?美味い」 若様がみかんをお口に入れて、このうえなく幸せそうに雨花様に微笑まれました。 雨花様は若様の顔を見ると、真っ赤になりながら、さらにみかんを剥いて若様に差し上げています。 ちょっと微笑まれただけで、こんなに真っ赤になってしまう、大変恥ずかしがりな方なのに、みかんを剥いて差し上げるのは恥ずかしくないという、雨花様の不思議……。 若様にみかんを差し上げるために、真剣にみかんを剥いていらっしゃる雨花様を見ているこちらは、もう……ものすごく……何というか、モニョモニョします!はあー甘酸っぱい! それにしても、良い光景を見てしまいました。五位(いつみ)八位(やつみ)に話したら、物凄く悔しがるだろう、大変大きな雨花様のデレですよ。 「四位」 急に若様からお声を掛けられ、僕はびっくりして、少々飛び跳ねてしまいました。 「はっ!あ、はい!」 「下がって良いぞ」 「あ!はいっ!失礼致しました!」 僕としたことが!ついついお二人に見惚れて、失礼するのを忘れておりました。 「あ!しいさん。もっとみかん持って行きますか?」 「は……」 『はい』と返事をしようとして、声が出ませんでした。こちらを向いていらっしゃる若様から、無言のプレッシャーを感じたからです。 そうだ!僕がみかんを頂いてしまえば、それだけ、雨花様が若様に剥いて差し上げるみかんが減ることになってしまいます! 「いっ!いえ!こっそり持って行かねば、皆に羨まれますので!一つで十分でございます!」 「ああ、そっか。これだけでは皆さんにお裾分けするだけの数が足りないですよね」 「はい。ですので、どうぞお二人でお召し上がりください」 「すいません。じゃあ、美味しくいただきます」 「はい!是非!」 僕のこの発言がもとで、後日若様から雨花様宛に『皆で食せ』と、みかんが大量に贈られてきて、大変な騒ぎになることを、この時の僕が知るはずもありません。 「そなたは食べぬのか?」 「オレだって食べたいよ!」 「では食せ。余が剥いてやる」 「えっ?!お前、みかん剥けるの?」 雨花様……。若様がみかんを剥けないと思い、剥いて差し上げていたんですか? 「当然だ」 若様はみかんを剥いて、雨花様に差し出しました。 雨花様は嬉しそうにみかんを受け取って、お口に入れました。 「おーいしー!!」 「ああ」 「皇ももっと食べる?」 「ああ」 「このみかん、すごい甘いね」 そう言いながら雨花様は、また一つみかんを剥いて、若様に差し出しました。 「……」 えっと……雨花様?若様がご自分でみかんを剥けるとおわかりになられたん、ですよね? 何でまだ若様に、みかんを剝いて差し上げているのでしょうか? ……えっと。これは、雨花様が僕の友達や兄弟であったなら、ものすごい勢いで突っ込むところなのですが……。 若様も何もおっしゃいませんし。何故お二人が、みかんを食べさせ合っていらっしゃるのか、そこを聞いてはいけないと、僕の本能が危険を知らせているのでやめておきました。 「ふふっ」 多分雨花様は、この状況が他人から見たらおかしいのかも?なんて疑問すら抱いていらっしゃらないのではないかと思います。 こういうところが、うちの雨花様の『え?』なところであり、お可愛らしいところなんですよね。 「しいさん?」 「あ……失礼致します。何かあれば、すぐにお呼びくださいませ」 「はい!ありがとうございます。」 「おやすみなさいませ」 「おやすみなさい」 僕はそっと和室の扉を閉めました。 どうぞ幾久しく……お二人の幸せな時間が続きますように。 そう祈りながら。 Fin.

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