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八位は見た
こんにちは。俺は、鎧鏡家奥方様候補雨花様専属梓の丸中臈御末 側仕え第八位……梓の八位 です。
雨花様は候補になられたばかりの頃、なんやかやと騒がれた方で、正直俺も、この子大丈夫かよ?!って、最初は思ってたんですよね。めちゃくちゃ可愛いけど、この子に奥方様は無理でしょ?って。
梓の丸の側仕えさんたちって、みんなすごいスペックの持ち主なんですけど、それって、雨花様が奥方様になれないの前提で、ここをクビになっても困らない人ばかりを集めたんじゃないかーって、勘ぐってたくらいで……。
これ、九位 様に話したら、また地下牢に入れられるかも。あははっ。
でも。一緒に生活していくうちに、雨花様が一番の高スペック持ちだろ?って、思うようになりました。
しまいには、そういう雨花様の側仕えは、スペック高い人じゃなきゃ務まらないよな?と、自分まで誇らしくなってきちゃいまして……。ははっ。これも、九位さんに言ったら『馬鹿か』って言われそうですけどね。
今では、雨花様の側仕えであることが、俺の一番の自慢です。
雨花様は、あの柴牧家 様のご子息様ですからね。お生まれからして違うんですけど、幼少の頃より海外生活が長かったということで、言語も何カ国語かご理解なさっていらっしゃるそうなんです。
海外のご友人と電話でお話している時なんか、もうすんごくカッコいいんですよ?いや、見た目は可愛いんですけどね。
海外育ちでいらっしゃるからか、考え方もわりと自由というか、柔らかいというか……ぽやーっとしているように見えて、頭の回転が速い方だと思います。
雨花様とあげはの会話を聞いていると、ボケもツッコミも秀逸だなぁって、ちょくちょく関心しますから。
たまに……いや、ちょくちょくおっちょこちょいなところが見受けられますけど、それはむしろ雨花様の愛らしさの一つであって、全く短所とは思わないですし。
奥方様になっても、あのままどっか抜けてて欲しいんですよね。あははっ。これまた、九位さんに怒られちゃう発言ですね。
雨花様が小さい頃から、柴牧家様は色々な習い事や体験をさせていらしたようで、大概のことは『やったことはあります』とおっしゃるんです。
実際、雨花様は何でも器用にこなされて、しかも何でもすごく上品にこなすんです!
動きの一つ一つが優雅というか。
ただ椅子に座って本を読んでいるだけで、絵になるというか……。
美しさは正義って、雨花様にぴったりな言葉ですよ。
運動神経も、梅様ほどではないにしろ、いいほうだと思いますよ?前の学校ではテニス部だったそうで、そのままテニスを続けていたら、国体まで行っていたんじゃないか?なんて噂ですし。……って、あくまで噂ですけどね?あははっ。
あ!でも、雨花様のお祖母様が生け花の先生でいらっしゃって、雨花様も生け花の先生の免許を持っていらっしゃるらしいっていうのは、噂ではなく、本当です。
先日、生徒総会の開催祝いにと、若様より山程花を贈られた際には、梓の丸中に雨花様が花を活けたんですけど、ホント山程って、あれくらいのことを言うんでしょうね。すごかったですよ?
雨花様がその山程の花を活け始めた時は、まあまあ、どんなことになったとしても、雨花様が一生懸命活けた花だしねー、なんて思ってたんですが、出来上がりが思った以上に芸術的で、凄かったんです!梓の丸がもう、ちょっとした、生け花の個展会場みたいになっちゃって。
若様もそれを見て驚かれたようで、これを雨花様お一人で活けたと一位様に聞くと、すごく嬉しそうな顔をなさっていたのが印象に残ってます。若様、そうそうあんなお顔をなさいませんからね!
ああ、そういえば雨花様は、とおみさん曰く、服のセンスもいいらしいです。持ち物一つとっても、どことなく品を感じますしね。ただ一つ難点を上げるとすれば、雨花様ご自身が、自分のハイスペックさを理解していないところだと思うんです。
本当にすごい人なんですけどね。何であんなに自信がないんだろう?って、ちょいちょい思います。
雨花様はお祖母様とお母様に厳しく躾けられたそうで、雨花様曰く『オレには最終決定権がなかった』らしいので、それが原因なんじゃないかと思うんですよね。
自分の決定に自信が持てない、イコール自分に自信が持てないってことなんじゃないでしょうか?
まあ、これも俺の勝手な想像ですけど。
でもそのせいで腰が低いのは、雨花様の愛されポイントだと思うしなぁ。長所と短所って、ホント紙一重ですよね。
さて、ある日のことでした。
この頃、若様がお渡りになられると、お二人は大概和室で過ごされるんですけど、この日もすぐに和室に入られたんです。
雨花様はこの日、生徒会の用事で遅めに帰っていらしたため、若様がお渡りになられてから夕餉を召し上がったんですよね。
もうそろそろ夕餉も終わった頃だろうと、食器を下げに和室に行き、お声を掛けたんですが、お二人とも返事をしてくれなくて。
どうしたのだろうと部屋に入りますと、若様も雨花様も姿が見えません。
どこに行かれたのだろうと思っておりますと、縁側の向こう……お館様が造られた庭園のほうから『ねー!ねー!』と、雨花様の声が聞こえてきました。
どうなされたのだろうと、縁側に向かいますと、すでに暗くなった庭園に下りて、ビワの木に手を伸ばす雨花様がお一人で、池のライトに照らされていました。
「ねー!ねー!これ取って!」
雨花様はビワを一心に見つめていらっしゃって、察するに、ここにいるのは俺ではなく、若様だと思っていらっしゃるご様子……。
雨花様は俺たち側仕えに『ねーねー』などと、お声を掛けてはくださいませんし。万が一、俺だとわかっていての『ねーねー』だったら、俺、キュン死しますっ!
「ねーってば!」
そう言ってこちらを向いた雨花様は『あっ!』と小さく呻いて、みるみるうちに赤くなりました。
「ごっ、ごめんなさい!やつみさん!皇かと思ってて」
「いえ。私がお取りしましょうか?ビワ」
「あ、いえ!あ……すいません。お願いします」
真っ赤になりながらうつむいた雨花様の可愛らしさは、うーん、何にたとえたらいいんでしょうね?
雨花様って前歯が大きめなんで、リスとかウサギっぽいんですけど、あえて言うならハムスターですかね?
あ、ただ単に俺が昔、ハムスターを飼っていて、めちゃくちゃ可愛がっていたからなんですけどね。あははっ。
私が縁側から降りようとすると『どう致した』と、若様がお風呂場から、ビショビショのまま、全裸で出ていらっしゃいました。
えええええええっ?!若様っ?!若様の若様がーっ?!
「ちょおおおっ!!」
それを見た雨花様が、急いで庭園から駆けてこられて、ご自分の羽織りで、若様の腰回りを隠しました。
「ちょっと!せめてそこだけは隠して出て来い!」
「あ?何を申す?余が丸腰ということは、梓の丸への信頼の証だ」
「はあ?何、もっともらしいこと言ってんだよ!信頼はいいから、うちで全裸でフラフラするのは駄目!絶対!」
「あ?それよりそなた、何か用があったのではないのか?」
若様が俺に向かって手を出したので、俺は急いで押入れからバスローブを取り出して、若様の肩に掛けました。
俺も結構、使えるようになってきたでしょ?これ。
「あ……ビワ、取って貰おうと思って……。もう皇、お風呂から出たと思ってた。どんだけ入ってんだよ。しかもまた髪の毛乾かしてないし」
「そなたが呼ぶゆえ、急いで出て参ったのであろうが。……どれだ?」
若様はバスローブを着ると、腰に巻いていた羽織りを雨花様の肩に掛けて、庭に下りて行かれました。
「あ、いいよ!寒いから!」
「また風呂に入れば良い。……これか?」
若様は、大きめのビワを一つ採って、雨花様に手渡しました。
「あ……ありがと。早くお風呂に戻りなよ」
「……足が汚れたな」
「は?」
「そなたのせいだ。そなたが流せ」
「はあ?!」
若様は、ビワを大事そうに抱えている雨花様をヒョイっと担いで、お風呂場に消えて行かれました。
「……」
うん、早く片付けて、お暇しよう。
食器を持って和室の扉を閉めようとすると、雨花様の『やだ!やだ!うわぁぁぁ!』という、尋常ない叫び声が聞こえてきました。
「えっ?!」
これは……雨花様に何があったんだ!お助けしたほうが良いのか?!しかし、雨花様が入っていらっしゃる風呂場に、助けるためとはいえ俺が入っていいのか?!
焦って九位さんに電話を入れて状況を説明したあと、どうしたらいいのか指示をあおぐと『馬鹿か』とだけ言われ、電話を切られました。
「……」
ですよねー。
雨花様が本当に困るような状況になっているなら、ご一緒にいる若様が何とかしてくださっているはずですよねー。
「……」
俺は食器を持って、まだ雨花様の叫び声が聞こえる和室の扉をそっと閉めました。
いつか必ず、九位さんを顎で使えるくらい偉くなってやる!と、心に誓いながら……。
Fin.
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