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九位は聞いた
あ、どうも。梓の九位 です。梓の九位というより、深の間 の『酉 』と言った方が、私的には馴染みますがね。
ああ、深の間というのは、三の丸にある医療施設の名称です。私ら深の間所属の人間は、三の丸の側仕えと混同されがちですが、深の間に所属しているのは、医者か看護師か、何らかの医療行為が出来る資格を持っている者だけです。ああ、ちなみに私は看護師です。
どこの屋敷の九位も、深の間所属の人間が兼任することになってまして、御目付役なんていう大層な肩書きを持たされております。
御目付役なんて、口うるさいじいさんのイメージがありますがね。実際のところ九位という職業は、候補様と屋敷の使用人たちの健康管理が主な仕事なもんで、口うるさいどころか天使ですよ。
何故か私は八位の教育係りもやらされることになってますがね。
さて、ある日のことでした。
毎朝の日課である、本丸での若様の健康観察を終えた御台様が、先に三の丸に戻られたあとのことです。
私は御台様のお手伝いとして本丸に一緒に出向いており、後片付けをしておりました。
急に若様が私に『雨花は痩せ過ぎだと噂がたっておるそうだな』と、聞いていらっしゃいました。
「は?」
何をおっしゃっておいでだか……というのが、つい声と顔に出てしまいました。雨花様が痩せ過ぎなのは、今に始まったことじゃないですからね。
私が若様の真意をはかりあぐねておりますと『雨花の身長体重を計測し、痩せ過ぎであれば食事内容を見て参る』と、おっしゃいました。
「はあ」
若様は『明日準備致せ。余が直々に測ってくれよう』と言い残し、朝餉の席に向かって行かれました。
「ふっ……」
どうやらこれは、明日ご自分で雨花様の身体測定をなさり、痩せ過ぎを理由に、梓の丸で食事を共になさろうという魂胆のようですね。
最近、家臣団が色々とうるさいようですので、良い口実を見つけたものだ。
若様らしい。
私はすぐ梓の丸に行き、明日若様が、雨花様の身体測定をなさると、一位に伝えました。
「え?!急にどうなさいましたか?雨花様に何か……」
「いや。若様が雨花様の身体測定をご所望なだけだ」
「えっ?!若様が?どうしてでしょう?やはり雨花様に何か……」
一位は雨花様のことになると、途端に頭が四角くなる傾向にあるようで。
「痩せ過ぎが噂になっていると、若様がおっしゃっておいでだ」
「えっ?!そのような噂が?!」
お前が知らない雨花様の噂があるわけないだろうが……と思いましたが、慌てる一位があまりに愛らしいので、黙っていました。
「雨花様が痩せ過ぎでは、どう問題なのでしょうか?」
一位はしばらく考え込んだあと『雨花様が痩せ過ぎなのは私の責任です』と、ガックリ肩を落としました。
一位のこういう、何でも自分の責任にしたがる自虐的なところが、私は大変気に入っております。
今しばらく愛らしい一位の自虐っぷりを見ていたかったのですが、深の間に戻らねばならない時間になってしまいました。
「わざわざ若様が候補様の身体測定をなさるなど、問題がなければ出来ないことだろうよ」
「え?」
「お前は雨花様を太らせることより、明日の若様の昼餉の心配をしておけ。雨花様が痩せ過ぎだからという理由で、ここで昼餉をご一緒なさるおつもりだろうからな」
一位は『ああ!そういうことでしたか!』と、涙目で喜びました。
「それくらい察して差し上げろ」
涙の溢れそうな一位の目尻を撫でますと、途端に真っ赤になり『申し訳ありません』と、顔を背けました。
「はいはい。うちの一位さんをかどわかさないでくださいよ、酉様。今、早く戻れと巳 様から連絡入りましたよ」
梓の六位 が、後ろから私の背中を押しました。
「うちのって何だ?私もその”うち”の一員だろうが」
「はいはい。そうでしたね。いいから早く戻れ!ですよ。巳様からの連絡を取り次いだ私までとばっちり受けるでしょうが」
「……お前も八位と一緒に教育してやろうか」
「酉様の愛は、一滴残らず八位に注いでやってください。んじゃ」
六位はいっぺんシめておかないといけないようです。
いや、六位なぞシめたところで、私が疲れるだけなんでしませんが。
深の間ってところは、人の秘密がゴロゴロ転がっている職場です。そのため深の間所属の我々には、深の間で知り得た情報を、他人に口外してはならないという決まりがあります。
私も誰のどんな秘密を掴もうと、他人に話すような真似は一切致しません。
……秘密を持つ本人には話しますけどね?いや、タバコを買ってもらう程度にしか使いませんよ?
しかし六位は、六位のどんなネタでゆすろうとしても、ひるむことがありません。あれほど叩けばホコリの出る男も珍しいですが、全く悪びれていないですからね。タチの悪い男ですよ。
翌日、若様は朝の諸々を終えてすぐ、梓の丸にいらっしゃいました。
「えっ?!皇?何してんの?」
驚いた雨花様が、すぐに嬉しそうな顔をなさいました。
今日、若様がいらっしゃると知らなかったようですね。
一位がちょくちょく雨花様に予定を話さないのは、うっかり言い忘れ……というわけではないでしょう。
一位は連絡ミスをするような人間ではありません。ただのサプライズ好きです。
雨花様は最初から若様がいらっしゃるとご存知であったなら、あのようなお顔はなさらなかったでしょうからね。雨花様へのサプライズであり、若様へのサービス、というところでしょうか。
「脱げ」
「はあ?」
若様は開口一番、雨花様にそうおっしゃいまして……。雨花様は固まっていらっしゃいますが、私はそれを合図に、身長計と体重計を部屋に運び込ませました。
「え?何?え?」
「去 ね」
私共は全員部屋を出されました。
若様は、雨花様と食事を共になさりたいのだろうと思っておりましたが、これは……どうやらそれだけではなかったようです。
部屋の中からは、雨花様の『やだ!』『何で!』『やめっ!』『馬鹿!』『下ろせ!』などという叫び声と共に、ガタガタと逃げ回る音が聞こえて参りました。
「さあ、昼餉の準備を致しましょうか」
部屋の中が静かになりますと、一位はみなにそう声を掛けました。
だいぶ時間が経ったのち、若様より私に、部屋に来るようにとの指示がございました。
「お呼びですか?」
部屋に入りますと、雨花様のお姿が見られません。
不思議な顔をしておりますと、若様が『風呂だ』と、おっしゃいました。
相変わらず主語のない……。まぁ、雨花様は風呂にいらっしゃるということなのでしょうが。聞かずとも、察しはついておりましたがね。
「雨花は痩せ過ぎだ。このまま雨花の食事を見て参る」
「かしこまりました。雨花様の身長はいかほどでしたでしょうか?」
雨花様が痩せ過ぎていらっしゃるため、若様が昼餉を共にしたと上に報告するためには、雨花様の身長と体重の報告が必要になるでしょう。
「……170ほどであろうか」
うーん、あやふやでいらっしゃる。
「かしこまりました。体重はいかがでしたか?」
「ああ。……123キロ程だったか」
「……」
ひゃくにじゅうさんキロ?単位を間違っていらっしゃるのか?グラム?いや、いくら雨花様が細いからといって、12.3キロはあり得ない。12.3貫 なら、46キロほどになるか?それならまだわかるが……。
「余の今朝の重さはわかるであろう?」
「あ……ああ!そういうことですか。かしこまりました」
今の若様のお言葉で、先程の『下ろせ』という、雨花様の叫び声の意味がわかりました。
体重測定を嫌がる雨花様を、無理矢理抱え上げ、若様が体重計に乗られて測られたのでしょう。
お二人あわせて123キロ、ということは……。
「やはり雨花様は、痩せ過ぎの域でいらっしゃいますね」
まぁ、わかりきっていたことですが。
「そうであろう。これ以上痩せさせては、柴牧家殿に顔向け出来ぬ。雨花の食事を見て参ると、駒に伝えよ」
「かしこまりました。昼は精の付く物にするよう、二位に伝えましょう」
「そう致せ」
明日も学校はお休みです。これは……昼餉だけでなく、若様の夕餉の準備も必要かもしれないと思いつつ、私は部屋をあとにしました。
「いかがでしたでしょうか?」
雨花様の部屋を出ると、心配そうに待っていた一位が、すぐに私のもとにやって来ました。
「雨花様は痩せ過ぎでいらっしゃる。本日、若様自ら、雨花様の食事のチェックをなさるそうだ。その旨、駒様にお伝えしろ」
「かしこまりました」
「昼餉は精の付く物でな」
「はい。すでに用意してございます」
「そうか。ああ、もしかすると、夕餉もご一緒なさるかもしれない」
「はい。そちらの準備も抜かりありません」
「ふっ……そうか」
そのまま私は身長計、体重計と共に、深の間に戻ってしまいましたが、翌日、若様は夕餉までご一緒なさったと、八位が報告をしに参りました。
「夕餉はお二人で和室で召し上がったのですが、いつもとは逆に若様が雨花様にあーんなんて言って食べさせて……」
「あ?若様がそのようなことを?」
「そんなんしてたらいいなー、なんて」
「……馬鹿か」
こいつに今一度、報告の仕方を教え込まねばならないようです。
しかし……若様が雨花様に『あーん』とは……八位もなかなかこじゃれた妄想をする。
ま、あの若様がそのような真似をなさるとは思えないが……。
そのようなお二人を思い浮かべつつ、私は、どことなくあたたかい気持ちで、深の間へと向かいました。
さて。今日は誰からタバコをせしめようか……。
Fin.
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