10 / 42

十位は見た

はじめてお目にかかりますでしょうか。鎧鏡家奥方様候補雨花様専属呉服之間(ごふくのま)、梓の十位(とおみ)でございます。呉服之間というのは、早い話が衣装係でございます。 雨花様のお洋服は、今では僕がデザインした物が一番多くなっているのではないでしょうか。 もともと家業の手伝いで洋服のデザインをしておりましたもので、ついつい既製品を選ぶよりも、雨花様にお似合いになる服を自分で作ってしまうことが多くなってしまいました。 雨花様は、僕が思い描くモデルとして、理想的な方でございます。 手足が長く、背筋が伸びていらして痩せ型。中性的な外見で、僕が思った通り、何を着せても上手に着こなしてくださいます。 そのようなお方ですので、外から見える服装に関しましては、何の憂慮もございません。 しかし……ただ一つ、雨花様の呉服之間として、気掛かりなことがございました。 普段は見えない物……そうです!”下着”でございます。 具体的に申しますと、下着の中でも特に、パンツ、でございます。 下着と靴のオシャレが出来る、それが本当のファッショニスタと、僕は考えておりますので、雨花様にどのようなパンツをご用意したら良いものやら、当初はありとあらゆる型と色のパンツをご用意させていただいたものです。 雨花様が好んで履かれるのは、柔らかい素材の普通のボクサーパンツのようなのですが、雨花様の呉服之間としての僕が望む理想的なパンツは、雨花様の好みは全く関係ございません。 パンツは履くご本人様よりも、脱がす方のための存在!そうは思いませんか? 脱がせて脱がせて、ようやく身に着けている物はこれが最後!という時、ラストの一枚はパンツという方が多いのではないでしょうか? あ、もしや靴下が最後という方が多いのでしょうか? いやぁ、圧倒的多数は、ラスイチパンツ派ですよね? 僕は完全にラスイチパンツ派でございますので、パンツは、それはそれは大切な存在なのでございます。 好きな相手のパンツを最後に剥く……これが男の浪漫です。 そんな最後の一枚が!脱がせて脱がせて、ようやくお目見え出来た、普段見ることの出来ない最後の一枚が!自分の好みとかけ離れていた時の落胆たるや、いかほどかおわかりになりますでしょう? ちなみに僕は、パンツの布地が大きければ大きいほど、剥がしてやりたい衝動に駆られる派でございます。 と、いうことで。 雨花様付き呉服之間になったその日から、若様のパンツの好みが知りたくて知りたくて……どうにか若様の好みのパンツ情報を得られないものかと、ずっと思案していた次第でございます。 若様の好みのパンツを知り、雨花様にそのようなパンツをご用意させていただけますれば、若様はもちろんのこと、雨花様にも喜んでいただくことになりますでしょう。呉服之間として、こんなに幸せなことはございません。 さて。喉から手が出るほど、若様のパンツの好みが知りたいと思っていたある日のことでございました。 夜、のんちゃんが……あ、のんちゃんというのは一位様のことで……。大変余談ではございますが、僕と一位様とは、幼少の頃よりの知り合いでございます。簡単に申しますと、うちは一位様のご実家の直属の主君にあたります。僕のうちは一応、位は下のほうなのですが、鎧鏡家の直属の家臣でございます。一位様のご実家は、我が家の直臣でございますので、鎧鏡家からすると陪臣(ばいしん)と呼ばれる関係で……。あ、難しい話はこれくらいに致しましょう。 ある夜、その一位様が首を捻りながら、僕が一人でお茶をすすっておりました側仕えの控え室に入っていらっしゃいました。 その日、世の中はバレンタインデーで、若様が雨花様に和室をプレゼントした日でもありました。 若様は早朝より梓の丸にいらしておいでで、一位様が控室にいらした時間は、雨花様が高遠先生の授業をお受けになっているだろう時間でありました。 「どうなさいましたか?」 僕の存在に気付いていないような一位様に声を掛けました。 「あ、えぇ、いえ」 僕の姿を見てうろたえたような一位様の手を取ると、一位様は体を震わせました。 何があったのだろう? 幼少の頃よりの知り合いですので、一位様のほんの少しの変化でも、どこか様子がおかしいのは僕にはすぐにわかります。 「何がありました?」 「あ……」 一位様はそっと僕の手からご自分の手を抜いて、胸の前で拳を握りました。 「ん?」 「あの……どなたにも、言わないでくださいね?」 「ええ。もちろん」 笑いながら大きく頷きますと、一位様は少し顔を赤らめて『実は先程……』と、小さな声で話し始めました。 「若様が……雨花様の下着を、あの……漁って、いらしたようで……」 「えっ?!」 「いえ!あの、漁っていらしたといいますか……私が見たのは、若様が雨花様のたんすのひきだしを全て開け放って、下着を一枚……掴んでいらっしゃるところで……」 「それは確実に漁っておいでです!のんちゃん!その下着ってパンツですか?!」 「え?はい。あ!十位。ここでその呼び方はいけません。何度も申しておりますのに」 「あ、つい。ごめんなさい。でもパンツだったんですね?」 「え?はい」 僕がどうしても知りたかった情報を今!目の前ののんちゃんが握っている! 「若様が握っていらしたのは、どのようなパンツですか?若様はどのようなパンツを選ばれたのですか?!」 「え?選んだ?え……若様が握りしめていらしたので、形は、はっきりとはわかりませんが……色は確か、白、だったかと」 「白!?白ですね?!ありがとう!のんちゃん!」 のんちゃん……あ、いえ、一位様の手を引いて抱きしめますと『いけません』と、背中をトンと叩かれました。 相変わらず可愛らしい。僕は昔から、のんちゃんが大好きです。 のんちゃんが相手であれば、どんなパンツを履いていようが、萎えることはないんでしょうけどね。 しかし、仕事熱心なのんちゃんは、同じ梓の丸で働く僕に、組み敷かれてはくれないでしょう。この曲輪内で、職場恋愛は喜ばれません。残念です。 自分のことで落ち込んでいる場合ではありません。さっそくその日のうちに、雨花様のパンツを白一色とさせていただきました。 その日、雨花様は若様とご一緒に、和室で寝ていらっしゃいましたので、夜のうちに、雨花様のお部屋のパンツを全て交換することは、いともたやすいことでございました。 しかし、翌日たんすの中を見た雨花様より、出来ればパンツは白ではないほうが……と、珍しく物言いがついたのです。 確かに……下着と靴に気を使える人間が本当の洒落者だと思っている僕が、雨花様に白いパンツばかり履くことを強要するのは、苦痛にも似た感情が湧きます。 しかし!白いパンツを漁るほどご所望の若様を知った今、僕はどうしても若様に、白パンツを履いた雨花様をご覧いただきたい!ここは、この熱い思いを、雨花様におわかりいただく他はないと思いました。 「かしこまりました。白以外の下着もご用意させていただきます。しかし雨花様!なるべく、白い下着をご着用くださいませんでしょうか」 「え?どうして、ですか?」 「ここだけの話、どうやら若様は、白い下着をお好みのようなのです」 「ぅえっ?!え…ど…え?…そう…なんですか?」 「はい。確かな情報でございます!」 「え、あの……う、え……」 「あ……そう、ですよね。雨花様の好みも確認せず、若様のお好みであればと思い、このような勝手な真似を……。申し訳ございません」 「あ、いえ!とおみさんは、良かれと思ってしてくれたことで……そっ、う……その、う……」 真っ赤になった雨花様は、しばらく手で顔を覆っていらっしゃいましたが『白もこのままでいいので、出来れば他の色も用意していただけると助かります』と、僕に頭を下げました。 雨花様のお可愛らしいこと!一体誰が、こんな雨花様の頼みを断れるでしょうか。 そのあと、雨花様のご依頼通り、違う色のパンツもご用意させていただいたのですが、そうすることで、意図せず、若様と雨花様の『特別な日』が、わかってしまうようになりました。 雨花様の呉服之間として僕は、雨花様がお召しになられる物について、全ての責任を担っております。 そのような立場でございますので、雨花様の身につける物の洗濯、クリーニングにつきましても、全てチェックするようにしておりました。 ですので、渡りのある日以外、白いパンツを履くことのなかった雨花様が、いつからか、渡りがない日にもちょくちょく白いパンツを履くようになったことに、すぐに気が付いてしまったのです。 急に白いパンツがお好きになったわけではないでしょうに、一体何の日だろうと不思議に思っておりましたが、ある時、雨花様が白パンツを履く日が、雨花様の”ランチ当番”の日と重なっていることに気付いてしまいました。 お渡り以外では履かなかった白パンツを、雨花様が履くということは……ランチ当番の日は、若様とお渡り同然の行為がある予定の日……と、考えるのが自然でございましょう。 あの行き過ぎた照れ屋の雨花様を、学校内でそのような行為に持ち込むことが出来るとは!さすがうちの若様でございます! 呉服之間という職に就きましてから、一番役得だと思いましたのは、今のところこのパンツ事件なのですが、それ以外にも『若様紐すり替え事件』や『雨花様ハンカチ紛失事件』など、いくつもの事件がございました。 あ。雨花様のお着替えの時間です。それらの事件につきましては、またの機会に。 Fin.

ともだちにシェアしよう!