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一位の特権
またお会い出来て光栄です。梓の一位でございます。
わたくし、雨花様付きの側仕えとして、雨花様がお幸せそうに笑っていらっしゃるのを拝見しますのが、何よりの幸せでございます。
最近、一番嬉しかった話をさせていただいてよろしいでしょうか。
雨花様が修学旅行から帰っていらした時のことでございます。
久方ぶりに雨花様がお屋敷に戻って来る特別な日でございました。
鎧鏡家と雨花様の関係を、学校の皆様に知られては何かと面倒なことになりますので、その危険性を回避するためにも、日々の送り迎えに、側仕えが同行するのは遠慮して参りましたが、その日ばかりはむしろ行くべきだという意見が上がりまして、わたくしもそれに賛成致しました。
梓の丸では、誰が雨花様を学校までお迎えにあがるかということで、ほほえましい一悶着がありまして……。微笑ましいを通り超す前に決着させなければと思い、少々細工をしたあみだくじを作成し、わたくし自身が雨花様をお迎えにあがることにさせていただいたのです。
わたくしが参りますのが、一番、不満が出ませんので。
学校について早々、雨花様のお姿を見つけたのですが、ご学友である藤咲様のご子息様と談笑なさっていらっしゃいましたので、わたくしはこっそり雨花様に近付き、お声を掛けるタイミングをはかっておりました。
藤咲様とのお話が終わったあと、雨花様の手から一枚、何かがひらひらと落ちましたので拾わせていただきますと、どこかの店内から、窓の外を写したような写真でございました。
窓の外には、一本の傘をお二人でさし、若様を嬉しそうに見上げている雨花様が写っていらっしゃいました。
何とお幸せそうな……。
ついわたくしも口元がほころびました。
「おかえりなさいませ、雨花様」
「あ!いちいさん!」
久しぶりに見た雨花様は、少し髪が伸びたでしょうか。どこかご成長なされたような気が致します。
「楽しかったようで何よりでございます」
そう言いながら写真を渡しますと、雨花様はその写真を見て、一気に真っ赤になられました。
ご旅行で、どこかご成長なされたように感じましたが、こういうところは何もお変わりないようで安心いたしました。
「お疲れでしょう。本日はゆっくりお休みください」
「あ、はい。ありがとうございます」
帰りの車の中、雨花様は嬉しそうに修学旅行での出来事をお話くださいました。
どこに行った、何をしたと、色々なお話をしてくださったのですが、どのお話も最後には必ず、若様についてのお話になってしまう雨花様に、わたくしはまた頬が緩みました。
本当に楽しいご旅行だったのですね。
梓の丸に帰りまして、昼餉を召し上がったあと、雨花様は荷解きをなさるとおっしゃって部屋に入られました。
しばらくしてから、何かお手伝いが出来ないかとドアをノック致しますと、中から返事がございません。
「雨花様、入りますよ?」
部屋の中に入りますと、ベッドの上で、轢かれたカエルのようなポーズで寝ていらっしゃる雨花様のお姿が目に入って参りました。
荷解き中に寝入ってしまわれたのでしょう。
雨花様の寝相の悪さは、何度も目にしておりますので、驚くことはございませんが、その手の先にある物には、驚きを隠せませんでした。
何枚かの写真が散らばっており、ご旅行に出掛ける日の朝お渡しした『夜伽セット』の巾着から、軟膏の入っている貝が少々見えていたのでございます。
夜伽セットについては、六位に相談する必要があると判断し、わたくしはまず、床にまで散らばっているたくさんの写真をまとめることに致しました。
先程少々目に致しました、店内から写されたであろう、いわゆる『相合傘』をなさっていらっしゃるお二人の写真が目に入りました。
雨花様が若様を見上げて、嬉しそうなお顔をなさっていらっしゃるのを見ると、わたくしも幸せな気持ちになります。
お二人がキッチンで並んでお料理をなさっている写真は、若様が雨花様のお手元を覗き込んでいらっしゃるようなご様子が、何とも微笑ましい一枚です。
どこか高いところから、下の歩道を歩いていらっしゃるお二人を写したであろう写真は、よく見ますと、雨花様が若様のコートのポケットに手を入れていらっしゃるのがわかりました。
街中をこの様に仲睦まじく、歩いていらっしゃったんですね。
女性と三人でいる後ろ姿の写真は、若様が雨花様の背中にそっと手を置いていらっしゃいます。
この女性は、雨花様のお姉様、葉暖様でしょうか。
葉暖様とはお会いしたことはございませんが、雨花様の修学旅行中、雨花様の宿泊場所を教えて欲しいと必死な声でお電話をくださいました。
事情を伺って、すぐに宿泊先であるアパルトマンの住所をお教えしたのですが……無事お会い出来たようですね。安心致しました。
お二人が自転車で並んで走っていらっしゃるご様子のお写真もございました。
そのお写真を見て、雨花様の次の誕生日まで、絶対に自転車は買わないようにと、昨日、駒様より連絡が入った理由がわかった気が致します。
若様はいつも、雨花様が何か欲しがっている物はないかと、わたくしに訊いていらっしゃいます。
昨年の雨花様の誕生日プレゼントに、苦慮なされたからでしょうか?どうやら今年の誕生日プレゼントは、お決まりになられたようですね。
若様は、こたつをプレゼントするため、離れの和室を建てるようなお方です。自転車と共に何が贈られてくるのか、楽しみなような、そうでないような……。
泊まっていらしたアパルトマンのリビングと思しき場所でのお写真は、ソファに並んで座っていらっしゃるお二人が写っていました。
テレビでも鑑賞中でしょうか?お二人は足を組み、左右対称で全く同じポーズで座っていらっしゃいますが、真剣なお顔の若様と、今すぐにでも寝てしまいそうなお顔の雨花様との、あまりの表情の違いに、少々吹き出してしまいました。
その他にも、若様が洗面所らしきところに向かっている後ろ姿を目で追っていらっしゃる雨花様のお写真や、お二人でチェスをなさっていらっしゃるお写真、トランプをする雨花様をお隣から覗き込む若様のお写真や、お二人でマカロンを選んでいらっしゃるご様子のお写真、若様のお食事を嬉しそうに眺める雨花様のお写真など……三十枚以上ございましたでしょうか?それらのお写真をまとめて、ベッド脇のチェストの上に置かせていただきました。
「あ……」
ベッドの下に、もう一枚写真が落ちているのを見つけて拾いますと、帰りの飛行機の中でのご様子が写っていました。
雨花様が、若様の肩に頭をもたれかけて、口を開けて寝ていらっしゃいます。
「ふっ……」
ふとベッドの雨花様に目を向けますと、先程まで潰れたカエルのように、うつぶせに寝ていらしたのが、今は上を向いて何かを考えているように、人差指で頭を指しながら寝ていらっしゃいました。
……難しい夢でもみていらっしゃるのでしょうか?
その時雨花様が、ギュッと眉を寄せ『バカー!』と、叫ばれました。雨花様のハッキリした寝言もいつものことなので、驚くことではございません。
「自転車は歩道だろうが!」
「……」
いえ、雨花様。自転車は車道でございます。
自転車の夢を見ていらっしゃるのでしょうか?よほど楽しかったのでしょうね。
しかしこれは……。
若様に自転車をいただく前に、雨花様には、日本の交通ルールをお伝えしたほうが良さそうです。
それにしても、ご旅行中、ご学友の皆様は、雨花様の寝言に驚かれたりなさらなかったでしょうか。
「……」
若様がこんな近くについていてくださったのですから、わたくしが心配することではありませんね。
「……さて」
写真をまとめたのち、夜伽セットの巾着から少々見えておりました貝を拾い上げますと、はみ出るほどに入っていたはずの軟膏が、ほぼカラになっておりました。
「あ……」
六位の話ですとこの軟膏は、ほんの少しで用は足りる代物で、それについては若様もよくご存知とのことだったのですが……。
と、いうことは……。
「ふっ……」
巾着袋の中身を改めますと、思った通り、お渡しした時は間違いなく入っていた……男根をお包みする……いわゆるコンドームが、入っておりませんでした。
これは早々に六位に何とかしてもらわねばならないと、わたくしは六位のもとに急ぎました。
補充をしましょうか?という六位に、そうして欲しいとお願いして、軟膏がたっぷり補充された貝とコンドームを、またそっと巾着袋に戻し、写真と一緒にチェストの上に置かせていただきました。
それにしても、この写真と巾着袋の中身を見ただけでも、本当に充実した修学旅行だったのがわかります。
良かったですね?雨花様。
お二人がご一緒にご旅行なさる機会がまたあるとすれば、新婚旅行になるでしょうか?
鎧鏡家の新婚旅行には、側仕えも何人か同行させていただくと聞いたことがございます。雨花様が奥方様に決まり、新婚旅行に行かれる際には、今回のお迎え決めよりも壮絶な、新婚旅行同行バトルが側仕えの間で勃発することは必至でしょう。
しかし、わたくしは雨花様付きの一位として、今回のような細工をせずとも、新婚旅行には必ず同行させていただく所存でございます。
『一位』という役職には、それくらいの特権はありますでしょう。
……万が一なければ、作れば良いことです。
「ふふっ」
わたくしは、健やかに寝ていらっしゃる雨花様に布団を掛け直し、お二人の新婚旅行に思いを馳せながら、そっと扉を閉めました。
Fin.
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