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田頭に一票…byかにちゃん
二学期が始まると、生徒会の書紀として、とにかく作らなきゃいけない書類が山ほど出てきて、オレはパソコンが何台か置かれている書記室にいることが多くなっていた。
家に持ち帰って作ってもいいんだけど、家では出来る限り、ゲームをしていたい。
学校にいる間に何とか終わらせようと、ガツガツ書類を作ったあと、ちょっと休憩にお茶でも取りに行こうかと、生徒会室の扉に手をかけたところで、中から声が聞こえてきた。
「がいくんってさ、スペック高いけど、声はきみやすのほうがカッコイイと思わない?」
サクラの声だ。
うーん……どうしたらそういう話になるんだよ?一体誰相手に彼氏自慢してんだ?あいつは。
重厚な生徒会室の扉に窓は付いていない。
今入ると、面倒なことになりそうだ。
オレがお茶を諦めて、その場を離れようとすると、生徒会室の中から『え?』という声が聞こえてきた。
うーん……今のは間違いなく、ばっつんの声だ。
っつか、サクラのヤツ、ばっつん相手に、がいくんを貶して田頭を上げる発言してたのかよ、全く……。
「そんなこと……ないと思う」
えっ?!
嘘?今のばっつん?
うわぁ……ばっつんがさっきのアレに反論するとか、意外!
いつもみんなには、がいくんのことなんざ、全く何とも思ってませんよ的なスタンスでいるばっつんが、あんな風に言われたら反論したりするんだ?へぇ……サクラだからか?とにかくびっくりだなぁ。
立ち聞きなんて趣味じゃないけど、そんなばっつんの反応に驚いて、つい聞き耳を立ててしまった。
「えー?絶対きみやすのほうが、声はカッコイイって」
「それは……サクラが田頭のことが好きだからだろ」
「ってことは、ばっつんはがいくんの声のほうが、きみやすよりカッコイイって言いたいわけ?」
「……ぅん」
うわぁ……何それ?ええええ?あのばっつんが……えええ?がいくんのこと、かっこいいって認めた!うわぁ、何かオレの中のばっつんのイメージがぁぁぁ!
「確かにがいくんはスペック高いしカッコイイとは思うよ?でもさー、総合的に見たら、きみやすのほうがかっこいいと思うけどね」
「は?だからぁ!それはサクラが田頭のことを好きだからだろ?良かったじゃん。皇よりカッコイイって思える人と付き合えて」
「うっわ、何かトゲがあるぅ!そもそもさぁ。がいくんは確かに見た目カッコイイし、何でも出来る人だろうけど?ばっつん、一緒にいて楽しいの?何か堅苦しそう」
「は?堅苦しくなんか、ないし……」
「えー?だって二人で何するわけ?」
「え……何って……」
「最近二人で何した?」
「え……っと……勉強、とか。あ!チェスした」
チェスぅぅ?なんつうハイソサエティな遊びをしてんだよ。
ばっつんはオレの友達の中でも、一、二を争うオンラインゲーム仲間だ。そのばっつんがチェス?!
まぁばっつんって、見た目からして品があるっていうか……育ちの良さがにじみ出ちゃってるっていうか……。
どっちかっつうと、オンラインゲームしてるより、チェスの駒でも握ってたほうが、絵面的にはお似合いだわな。
「なんだぁ……エッチしたぁとかいう答えを期待したのに」
「ばっ!……バッカじゃないのっ!」
ホンット、バカだな、サクラ。
「でもしたでしょ?」
「……知らない」
「ぶっ!何それ?”してない”じゃなくて、”知らない”なんだ?ぷはっ!バレバレ!いいじゃん!ボクもおとといきみやすとしたし」
知りたくねー!その情報!
「知るか!」
うんうん。そうだ。言ってやれ、ばっつん!
……しっかし。確かにサクラが言うように、”してない”じゃなくて”知らない”ってことは……したって言ってるようなもんだぞ?ばっつん。
ばっつんって、嘘吐くの、苦手だよなぁ。
「一緒にチェスとかしてて楽しいの?そもそもばっつんって、がいくんのどこが好きなわけ?」
「は?……そんなの……」
「言えないんだ?ボクはきみやすのぜーんぶが好きー」
「オレだって!」
「えっ?!オレだって?!オレだってきみやすの全部が好きってこと?!」
もー、ホンットどうしようもねーな、サクラ。
「は?ちがっ……」
「あっ!そういえば!体育祭の時、借り物競走できみやすと仲良く手ぇ繋いで一位になったよねっ?!まさか……あの時きみやすにズキュンときちゃったのっ?!」
「きてないから!」
「嘘っ!あの時のきみやす、ホンットカッコ良かったじゃん!」
「……」
ばっつんの反論が消えた。どうした?
「まさかばっつんと、きみやすを取り合う日が来るなんて……」
さらにサクラがまくし立てると、明らかにイラッとしているばっつんの『だからっ!』という声が聞こえてきた。
「田頭より皇のほうがカッコイイし!」
うん。そうなるだろうな、今の流れは。
一緒にゲームしてるとわかるけど、ばっつん、案外負けず嫌いだからなぁ。
サクラ……あいつ、わざとばっつん怒らせるようなこと言ってんじゃねーの?あんな風に言ったら、がいくんのこと庇ってくるってわかってて、わざとがいくんのこと、貶してんだろ?あれ……。
サクラって奴は、基本”腹黒”だ。これも一緒にゲームをしてればわかる。
サクラは、ばっつんとがいくんがイチャコラしてるのが、大好き。プラス、腹黒。
さらに、ばっつんは普段、がいくんのことは何とも思っていないようにふるまっている。
サクラはいつも、そんなばっつんとがいくんが、どうなっているのか知りたがっている。
イコール、サクラはばっつんをわざとイラつかせて、がいくんへの気持ちを聞きだそうとしている……ってことでしょ?
「そっか、そっか。がいくんのほうがカッコイイかぁ。ばっつんって、たまにデレるんだから」
「なっ?!」
生徒会室の中は見えないけど、サクラ、ぜってーニヤニヤしてんだろうなぁ。やっぱサクラのやつ、わざとばっつん怒らせてたな?そうだと思ってた。
全く、ばっつんも、あんなわかりやすいサクラの挑発に乗るとはね。
……いや。あんな見え見えの挑発に乗るくらい、がいくんが好きって、ことかねぇ?オレも、バレッバレの挑発だとしても、ちせみを貶されたら、そこは黙っちゃいられないもんな。
「……」
しっかし、あのばっつんがねぇ。
「でもー、ボクはきみやすのほうがカッコイイと思ってるし。うーん……やっぱりきみやすのほうが、声は断然カッコイイよ」
「はぁ?!皇のほうがカッコイイよっ!」
うっわ。もうばっつん、やけくそじゃん。
……っつか。
楽しかったよ?うん。楽しい立ち聞きでしたよ。だけどさぁ、オレ、これ……いつになったらお茶取りに行けるわけ?
「……はぁ」
中からはまだ『きみやす!』『すめらぎ!』という、すでに何の言い合いかわからなくなってる、名前だけの応酬が聞こえてくる。お!聞きようによっちゃ、エンドレスしりとりじゃねーか。きみやすーすめらぎーきみやすーすめらぎー……みたいな?
「はぁ……」
アホくさー。
もういい加減お茶にするのは諦めて、もう一度書記室に戻ろうとドアから耳を離した時、生徒会室の中から『はいはい』という、田頭の抑揚のない声が聞こえてきた。
ええぇ?!田頭?え?田頭、生徒会室にいたの?
「もうそこらへんにして仕事してくれよー。サクラ、お前はもう、先生との打ち合わせ始まる時間だろ?ばっつんも早く振込み処理しねーと」
そんな田頭に、二人は揃って『はーい』と返事をして、こっちとは逆側のドアから、生徒会室を出て行く足音が聞こえた。
「……」
田頭……あの二人の、あのアホくさいやり取りを、同じ部屋の中で何のツッコミもせず、ただ聞いていられたってか?あいつ、すげーな。
オレがこっそり生徒会室に入っていくと、書類を眺めながら印鑑を押している田頭が、こっちも見ずに『お疲れー』と、声を掛けてきた。
「お前が生徒会長で、ホンット良かったわ」
「は?何?今更。もうほぼほぼ終わってっけど」
田頭は手を止めて、そう言って笑った。
「お前が議員に立候補する時には、全力で支援すっからね」
「あ?ははっ、あっそ。捕まらない程度によろしくなー」
田頭はまた書類に目を向けると『ま、かにちゃんは何したって捕まんないだろうけどな』と、笑いながら印鑑を押した。
うーん……確かに田頭は、いい男だよ、サクラ。
ばっつん!申し訳ないけど、オレも田頭に一票だわ。
「コーヒーいれっけど、田頭も飲む?」
「いや、いいわ。コーヒー飲むと、サクラが嫌がんだよ」
「は?」
「この前さ、コーヒー飲んだあと、口臭いとか、サクラに言われてさー。あいつ、何でも遠慮なく言ってくるのがいいとこなんだけど、口臭いはショックデカいべ?それからコーヒー断ちしてんだよね。あ、緑茶いれてよ、緑茶。緑茶ならいいだろ?イソフラボンだろ?」
いや田頭、イソフラボンじゃないから。緑茶の口臭予防成分カテキンだから。
そういう、ちょっと抜けててサクラの尻に敷かれてるお前も、嫌いじゃないぜ。
「濃いぃぃのいれてやっから」
「てんきゅー」
「ゆあうぇるかむー」
ばっつん……やっぱオレ、田頭に一票だわ。
ま、がいくんのいいところは、ばっつんだけが知ってりゃいいっしょ?ちせみなんか、何万人がいいって言ってんだか……。ある意味ばっつんがうらやましいよ。
「さて」
我らが生徒会長様に、濃いぃ緑茶をいれて差し上げますかね。
Fin.
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