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二人遊び~サクラにはチェスって言ったけど~

若様は、学校がお休みの日に雨花様にお渡りになる日は、大概朝から来ることが多いんです。 今日も、雨花様が朝ご飯を食べ終えるか終えないかって時に、若様が渡っていらして、お二人揃って、シロの散歩に出て行かれました。 お二人揃ってシロの散歩に出ると、大概一時間近く戻って来ないんですけど、今日は珍しく、あっという間に屋敷に戻って来たんです。 「あ。やつみさん!とおみさんは?」 お二人が戻っていらした時、玄関掃除をしていた俺に、雨花様が息を切らしながら、そう聞いてきました。 そんな息を切らすほど急いで帰って来て、十位様を探してるって、どうしたんだろう? 十位様も多分、まだお二人は戻っていらっしゃるとは思っていないだろうから、梓の丸の使用人たちの服を整頓か、洗濯か、服のデザインでもしてるんじゃないかなぁ? 「どうなさいましたか?」 「あ。ちょっと……えっと……外、で……えっと……」 何故か話しづらそうにどもる雨花様の腕をとって、若様が『外で作業をする。着物では動きづらいゆえ、着替えを用意して欲しい』と、おっしゃいました。 「あ……はい!すぐに十位様を探して、お着替えをお持ちするよう伝えます」 俺はその場にほうきを投げ出して、すぐに十位様を探しに駆けだしました。 廊下を走っているところに、一位様に出くわし『どうしたのですか?そんなに慌てて』と、声を掛けられました。 俺は、お二人が戻っていらして、作業用の着替えをご所望だということを一位様に話しました。 「外で作業?何をなさるかは、聞いていないのですね?」 「あ……はい」 「そう、ですか」 「雨花様、庭いじりがお好きですから、もしかしたら一緒に花を植える、とか?」 「ああ……考えられますね。とにかく、十位を呼びよせましょう」 一位様は、携帯電話を取り出して、すぐに十位様に電話をかけたようでした。 『今すぐ雨花様の衣裳部屋に来てください』と言うと、そのまま電話を切って、俺に『私は、若様と雨花様をお迎えに参ります。八位は雨花様の衣裳部屋に向かい、十位に雨花様からのご依頼の件を伝えて下さい』と、おっしゃいました。 「あ、はい!わかりました!」 俺は急いで、雨花様の衣裳部屋に向かいました。 「あ、十位様。早いっすね」 俺が衣裳部屋に着くと、すでに十位様がいらっしゃいました。 「すぐ隣でデザインをしていたものですから。一位様に呼ばれたのですが、用事があるのは八位くんでしょうか?」 十位様は、一見ビジュアルバンドのボーカルかって感じのかっこいい人なんですけど……とにかく物腰が柔らかくて……っていうか、柔らかすぎて、女性的っていうか……だから、そっち方面の人なんじゃないかって噂があるんですよね。 しかも……。 「いえ。私が用事というか……若様と雨花様がお戻りになられて、外で作業をするから、着替えを出して欲しいとおっしゃったんです」 「え?もうお戻りになられたのですか?しかも外で作業をするからお着替えをしたいとは!承知致しました!どのような作業でしょう?」 「あ……それが、何の作業かまでは、詳しくおっしゃらなかったんです」 「そうですか……わかりました!どのような作業でもこなせるようなお洋服なら問題ありません。この十位にお任せください!」 「あ。しかも、若様の分も……だと思います」 「若様とお二人分……」 十位さんはそこでしばらく考え込むと『わかったわ!八位くんも手伝ってくれる?』と、俺の肩をポンッと叩きました。 うわっ!十位様が"仕事モード"に入られた! 十位様は"仕事モード"に入ると、何故かオネエ言葉になるんです。 だから余計、オネエ疑惑があるんでしょうけど。ってか、もうこれ疑惑通り越して、そのものじゃないんですか? 「はい!」 「雨花様が望むお召し物は、何であろうが用意するのが、雨花様専属呉服の間!こんな事もあろうかと、密かに作成した服を出す日が来たようね!」 十位様は何故か、なんちゃらえもんが道具を取り出す時のような音を真似ながら、何着か服を取り出しました。 十位様……。 見た目がかっこいいからかなぁ?何だろう、この激しい残念感。 「つなぎ服よ!」 色違いの三着のつなぎ服を持った十位様は、どや顔です。 「これなら、どんな外作業にもピッタリ!八位くん!雨花様にはどれがお似合いだと思う?」 「えっ?!」 十位様は、俺がまだ何も言っていないうちに『そうね!やっぱり黒よね!』と、黒いつなぎを持ち上げました。 十位様……。 「八位くん!すぐに本丸に電話をして、若様サイズのワークブーツを持って来るよう伝えて!僕は雨花様のワークブーツを探すから!」 「はいっ!」 今の十位様には、誰も逆らえないと思う。色んな意味で。 若様と雨花様は、お揃いの黒いつなぎ服に黒いブーツを履くと、すぐに外に出て行こうとなさいました。 「お二人だけで出られますか?」 一位様がそう声を掛けると、若様が『ああ』と、返事をなさいました。 「二人で、全然大丈夫です!遠くに行くわけではないので」 雨花様もそうおっしゃって、お二人はそそくさと外に出て行ってしまいました。 それにしても、お揃いのつなぎ服のお二人、似合ってるなぁ。 「一位様。お二人だけで本当に大丈夫でしょうか?こっそり無事の確認だけでもしたほうが……」 本当は、お二人の無事が心配というよりも、お二人で何の作業をするのか知りたいだけなんですけど……。 一位様は少し考えたあと『そうですね。お二人に悟られないようあとをつけられますか?』と、聞きました。 「任せてください!」 こう見えて俺、三日間、探偵事務所でバイトをしたことがあるんです! 俺は、一位様から許可を得たあと、急いでお二人のあとを追いました。 お二人が、二の丸と三の丸の間にある深い森の中に入っていかれるところで、ようやく追いついたんですが……一体どこに向かっているんだろう? お二人にバレないように、こっそり追っていきますと、広い運動場が見えてきました。この運動場は、梅様の陸上練習のためにと、若様が梅様にプレゼントした運動場だときいています。 え?ここが目的地? 運動場の中に入ると、雨花様は、一目散に砂場に駆け出しました。幅跳び用の砂場……でしょうか? 「ホントに誰も来ない?」 「ああ」 雨花様は、周りをきょろきょろと伺ったあと、砂場を囲う木のへりに座り込みました。 「皇!早く!」 「急がずとも砂場は逃げぬ」 「誰か来たら恥ずかしいだろ!」 「誰も来ぬ」 「いいから、早く!」 若様を手招きした雨花様は、若様が砂場にしゃがみ込むと、嬉しそうに砂の中に手を入れました。 俺は、お二人の声が聞こえて、なおかつ姿を見られないような場所に移動しました。 雨花様は『ほら早く!こうやって山を作るんだよ』と、若様に砂山作りを指南しているようです。 ……っていうか、一体何をなさっていらっしゃるのだろう? お二人は手で砂を掘っては、一生懸命、砂山を作っています。 「……」 外で作業って……まさか……砂山を作ること……な、わけないですよね? まさかぁ。 ですが……お二人はどんどん砂を掘って、大きな砂山を作っています。 「もういいかな?」 「ん?いいのか?」 「んー……いいかな」 「この先、どう致す?」 「んーとね」 雨花様は、若様の隣に移動して、大きくなった砂山のすそ野に手を置くと『ここらへんから、まっすぐ穴を掘ってトンネルを作るんだ』と、若様の前の砂山に、ほんの少しの穴をあけました。 「ほう」 「オレはあっち側から掘っていくから、皇は山を崩さないように、慎重にトンネル掘ってきてね」 「ああ」 雨花様は、若様とは反対側に座り直すと、トンネルを掘り始めました。 「……あ」 少しすると若様が、小さな声を上げました。見ると、砂山がゾックリ削られていました。 トンネルを掘るのに失敗なさったようです。 「ああ!慎重に掘らなきゃ!もう一回!」 「ああ」 お二人は、もう一度砂山作りから始めました。 今度はさっきよりも頑丈な砂山を作ろうとしているようです。 ですが、やはりトンネルを掘り始めたところで砂山は崩れてしまいました。 「なんか、作り方が違うのかな?」 「調べてからにするか?」 「幼稚園生でも出来るのに」 俺は黙っていられなくなって、飛び出してしまいました。 「砂山の強度が足りないんです!」 「うわっ!え?やつみさん?!」 「水を少し足すといいんです。ちょっと待っていてください」 俺は、運動場の端に転がっていたバケツを掴んで、水飲み場から水を汲んで砂場に戻りました。 「晴天続きで、砂が乾いているようです。少し濡らすと、硬い山が出来ますよ」 砂にバケツの水を垂らして、お二人に、この濡れた砂で山を作るようにと言いました。 お二人は何も言わずに、砂山を作り始めました。 ある程度大きな砂山を作ったあと、雨花様は照れながら、若様に『今度こそ上手くいくかも。そっちから掘ってきてよ』と、声を掛けました。 若様は『ああ』と言って、トンネルを掘り始めました。 「今度は、全然崩れない!」 雨花様は必死にトンネルを掘っていきます。 「あ!」 「お!」 どうやらお二人のトンネルは、砂山の中で繋がったようです。 「繋がった!」 「ああ」 「やつみさん!ありがとうございます!」 「あ、はい」 ……っていうか。結局お二人は、何をなさっていらっしゃるんでしょう? 俺が不思議そうな顔をしていたからか、雨花様が照れた様子で『あの……』と、声を掛けてくださいました。 「さっき、皇が砂場で遊んだことないって話を聞いて……。オレも……小さいうちは引っ越しばっかりで、もじもじしてて、公園とか、姉上と母様としか遊んだことなくて……砂山にトンネル掘って、開通したとか言ってる子たちの中に入って行けなかったって話をしたら、じゃあ今、一緒にやるかって、話になって……」 そう言った雨花様は、真っ赤になって口を結んでしまわれました。 口に出したらお手打ちの危機でしょうけど……砂遊びをしたことがないからって、今やってみようって話になりますか?もーなんなんすか、このお二人。ピュアなんですか?可愛すぎ! っていうか……。 お二人のもたつき具合に我慢ならず、後先考えずに飛び出してしまいましたが、ここに俺がいるって、絶対的におかしいじゃないか! 急に我に返って固まると、雨花様が首を傾げながらオレを見上げました。 「そういえばやつみさん、ジョギング中だったんですか?」 雨花様はそう言って、運動場の外にふっと視線を送りました。俺もそちらに視線を向けると、赤茶色に舗装された道路が木と木の間に見えました。 そういえば、体育会系の五位さんは、毎日曲輪の中にあるジョギングコースで、何キロも走ってるって話を聞いたことがある。あの道路がそれか? 毎日ジョギングをする五位さんの気持ちが一ミリもわからなかった俺ですが、ここはもう雨花様の勘違いに便乗するしかない!こっそりあとをつけて来たとは、絶対言えません! うん。いわれてみれば今日の俺、ジョギングしてたって言ってもおかしくない服装ではある! 「はい!そうですっ!走っていたら、お二人が見えまして……。あの……出過ぎた真似を……」 「あ、やっぱりそうだったんですね。あの……こんなことするとか、恥ずかしくて、みなさんに言えなかったんですけど……やつみさんが来てくれて助かりました。ありがとうございます」 俺に頭を下げた雨花様は『お前、誰も来ないとか言ってたけど、そこ走ってる人いるんだってば!もー……恥ずっ。やつみさんだから良かったけど』と、口を尖らせて若様を睨み上げました。 「そうだな」 若様はふっと笑って、雨花様の頭を撫でました。 「どわっ!」 頭を撫でられた雨花様が、頭を振って、しゃがみ込みました。 「どう致した?」 「お前、手、砂だらけだろ!もー!目に砂、入った!」 しゃがみ込んでいる雨花様を見ると、頭が砂だらけになっていらっしゃいました。 「見せてみよ」 若様は、しゃがみ込んでいる雨花様の顎を取って、顔を上げさせました。 『どちらの目だ?』『こっち』『御台殿に診ていただくか?』『んーすぐ取れるだろうから大丈夫』『いや参れ』『平気だよ』などと、やり取りしているお二人がもう!これは……。 雨花様が痛がっていらっしゃるというのに申し訳ないんですけど、しかしこれは……帰ったらすぐに”雨花様のいちゃこら見隊”に報告……いや、砂場遊びをしていたことは、雨花様、恥ずかしがっていらっしゃったし、秘密にしておいたほうがいいだろうか……。 そのうち、涙と一緒に砂が出ていったらしく、雨花様は『あ、取れた』と、ケロリとおっしゃいました。 「ああ!お前のせいで砂だらけじゃん!」 雨花様が頭を振るたび、サラサラと砂が髪から零れ落ちていくのが見えました。 「戻って風呂に入れば良い」 若様は雨花様の手を引いて、歩き出しました。 「ええ?!ちょっ……あ、やつみさん!ホントありがとうございました!すいません!ジョギング続けて下さい!」 「あ、はい!」 何やら揉めつつも、手を繋いで屋敷に戻って行かれるお二人の背中を見ていると、顔が緩んで戻りません。 小さい時に出来なかったことを、あんな風に一緒に出来る人がいるって……何かいいなぁ。 「うーん……」 ひとまず……走るしかないか。 俺は、お二人が見えなくなるまで見送ってから、ジョギングコースを走り始めました。 っていうか、あれ?ここのジョギングコース、ものすごいクッション性があって走りやすい! そのまま走り続けて屋敷に戻った時の爽快感が忘れられず、翌日から早朝ジョギングが俺の日課になりました。 ジョギング途中であの砂場を見るたび、楽しい気持ちになれますしね。 どうやらあれからも、お二人はシロの散歩ついでに、たまに砂場遊びをすることがあるようです。お二人が散歩から帰っていらした時、砂が散らばっていることがあるので……。 雨花様が恥ずかしがるかと思い、お二人が砂場遊びをなさっていたことは誰にも話さなかったので、砂が零れている理由は、俺以外知らなでしょうけどね。 「ふふっ」 Fin.

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