19 / 42
その後…本編完結後にお読みください
新年会のあの公表のあと、ものすごい変化があると思っていたオレの生活は……今のところ、そこまで変わっってはいない。
皇がオレを嫁に決めたって話が一門外に漏れないよう、オレに対しては、今までと変わらない扱いを……いや、何ならオレは嫁には選ばれないだろうという態度で接するように……と、一門全体にお達しが出たからだ。
そのお達しについては、オレと皇こそきっちり守るように!と、大老様にきつく言い渡されていた。
皇は反対するかな……と思ったけど、とと様……あ、あの新年会のあと、お館様からそう呼ぶように言われて、お館様をとと様、母様をかか様と呼ぶようになったんだ。そのとと様に『大老の言うことも一理ある。それに関しては大老の意見をきいてあげたら?』と言われ、渋々納得することにしたらしい。
ちなみに、この”対外的にオレを嫁だと感付かれないようにすること!”っていう大老様からのお達しは、一門のみんなから『紺封蝋 』と呼ばれているらしい。
何でそんなかっこいい……っていうか、中華料理みたいな名前なのかいちいさんに聞いたら、大老様からのお達しが入っていた封筒に、紺色の封蝋で封がされていたからだろうと答えてくれた。封蝋とか……渋っ!
っていうか……新年会を終えた二週間後にはセンター試験が待っていたから、そんな心配しなくても、オレは皇といちゃこらしてる場合じゃなかったったし。でも、そんな中でも皇は、毎日オレの顔を見に梓の丸にやって来た。
今もほら……ソファでお茶なんかしながら、優雅に数Aの教科書を見てるけど、数学の教科書ってそんな風に読むもんじゃないだろうが!
余裕の皇をギッと睨んでいると、視線に気付いたのか『ん?』と、オレに声を掛けた。
「……」
何、その『ん?』……かっこいいんだよ!ばか!
「何でもない」
プイッと顔をそらすと『くれぐれも邪魔はなさらないでいただきたい』と、オレの隣に座っていた高遠先生が、皇にそう注意した。
『失礼しました。雨花が何やら私に見とれていたようなので』と、ふっと笑った皇に『若が茶をすすっておられるだけでも、雨花様の集中の邪魔になるのであれば帰っていただかねばなりませんな』と、腕を組んだ。
「ごめんなさい!集中します!」
皇が帰されちゃう!
「いや、私が送っていくとしよう」
「え?!」
送ってく?
高遠先生は、にっこり笑った。
っていうか……。
今現在、皇を送っていくって言った高遠先生の車に、オレも一緒に乗っているっていうね。
皇がオレの勉強の邪魔だから送っていく……なんて、高遠先生が言い出したのは、結局のところ、皇からもらった謝礼金で買った新車を、オレたちに自慢したかっただけらしい。
このままオレの勉強の息抜き……という名目で、ドライブに行こうということになってしまった。
でも、オレと皇だけを乗せて出かけたら、大老様からのお達し……こんふうろう?を、守っていないことになるだろうか……と言った高遠先生に、皇は『詠を呼びます。お待ちください』と、すぐに電話をかけ始めた。
「雨花ちゃんを奥方様に決めたと公表なさったとはいえ、私を気軽に呼び出さないでください!私は対外的には、若の一番の奥方様候補なんですよ!」
ふっきーは車に乗り込んですぐ、そんな風にブーブー文句を言い出した。
だけど、皇の電話から10分とかからずにここまで来てくれちゃってるからね?そんなんだから皇も、ふっきーを呼ぶんだと思うよ?きっと。
「お前が余の嫁候補という肩書きを持つゆえ呼んだのだ。共に参れ」
「は?」
先生は『じゃあ行こうかね』と、ドゥルンと車のエンジンをふかした。
「候補様方は、お好きな時にお好きなように出かけられまい。どこか寄りたいところがあるのなら寄って差し上げるが、行きたい場所はあるかな?」
先生はそんなことを言うけど、今更ながら、こんな気軽に外出して大丈夫なのか心配になってきて『そんな、好きなところに外出とかして大丈夫ですか?』と、聞いてみた。
「後ろを見てごらん」
先生にそう言われて後ろを見ると、黒いバイクが、ピタリとくっついて走っている。
「え?!」
まさか……この車、狙われてるの?!
「あれは誓だな」
皇が一瞥して、そう呟いた。
「誓様ぁ?!」
「どこに行こうが若と雨花殿には、ちゃあんとお守りがついて来るようだ。安心して、好きなところをおっしゃったらいい」
先生はそう言って笑った。
『誓様、あんな大きなバイクに乗れるんだ?!かっこいい!』と言うと、皇が『余とて乗れる』とか言って、ふてくされた様な顔をするので笑ってしまった。
何、張り合ってんだか。
「ふっきーはどこか行きたいところ、ある?」
ふっきーに質問したのに、皇が『その先にある、Uovo dolceという店に向かっていただけますか』と、無駄にいい発音で、イタリア語の店名を先生に伝えた。
「何、そのお店?甘い卵?」
皇が指定したお店の名前は、日本語に訳すと”甘い卵”だ。
「菓子が美味いらしい」
「えっ?!どしたの?」
「そなたとの契りを忘れたのか?」
「契り?……お菓子くれるなんて約束したっけ?」
「甘味の食べ歩きがしたいと申したであろうが」
「……ああ!言った!うわぁ……え?それで調べてくれてたの?」
オレが喜んで皇の腕を掴むと、皇は何やら照れたように腕を組んで『そうだ』と、そっぽを向いた。……可愛っ!
と、思っていたらふっきーが、オレの背中のほうで『こわっ!』と、小さく呟いた。
え?何?何?何が怖いの?
ふっきーにそう聞くと『甘味の食べ歩きだなんて若には日本とブラジルほどかけ離れた世界ですよ』と、言った。
「もうそれ裏側じゃん!」
「そう、もう真裏だよ。なのになんでそんな約束を?」
「あ、ふっきーが原因じゃん。もともと」
「えっ?!」
ふっきーがめちゃくちゃ驚くから『ほら、あれ。ふっきーがネットで見つけてくれた、お付き合いの仕方?だっけ?あのページに書いてあったんだよ』と、言うと『一緒に甘い物を食べるのがお付き合いの仕方なの?』と、逆に聞かれた。
「一緒に甘い物を食べる、じゃなくて、お互いの趣味を一緒にやってみる……だっけ?」
皇に確認するように聞くと『ああ』と、興味なさそうな返事をした。
「皇、オレの趣味を一緒にするっていうから、甘い物の食べ歩きでもいいのか聞いたら、一緒に行くって言うから、じゃあ近々一緒に行こうって約束してたんだ。甘い物嫌いなのにね」
「え?」
なぜかふっきーが驚いた。
「雨花!」
「え?」
何?何?
「若……甘い物嫌いだったんですか?」
「えっ?!知らなかったの?だってさっき、皇と甘い物なんて、真裏だって……」
「好き嫌いじゃなくて、若が甘味の食べ歩きだなんて、イメージわかないでしょうって話です」
甘い物を食べ歩く皇……。
「かわいいじゃん!」
隣の皇に『ね?』と言うと『そなたは……』と、顔を背けた。
「何照れてんの?」
「照れてる?!」
隣のふっきーが、オレを押しのけるように皇の顔を見ようと顔をこちらに近づけると『近い!』と、皇がふっきーをオレから離すように、ふっきーのおでこをぐいっと押した。
ふっきーはオレから離れるように座り直すと『安心してください。若が甘い物が嫌いなんてことは、誰にも言いませんから』と、頭を下げた。
「食えぬわけではない。好んで食さぬだけだ」
「それを嫌いと言うのでは?」
「あ、でもね、甘い物全部駄目なわけじゃないんだよ?みたらし団子は……」
「雨花!」
皇がまたオレの話を遮って、睨んでる。
みたらし団子は好きなんだよって、甘い物全部駄目なわけじゃないんだよって、庇おうと思ったのに!
その時、高遠先生が『着いたようだ』と、オレたちに声を掛けた。
先生は、ちょっと先に見えてきた可愛らしいお店を指さしている。
「え、ちょっと……」
ふっきーはその店を見ると、顔をしかめた。
「どしたの?」
「私と高遠先生は車で待ってます。お二人で楽しんできてください」
「え?一緒に行こうよ、ふっきー」
「お前を共に連れて参った意味を考えろ」
そうか!オレと皇が二人だけで出かけたら、大老様からの……えっと……こんふうろう?だっけ?が、守れないから、ふっきーを誘ったんだ!
「いやいや、何の罰ゲームだろうって思われますよ」
「罰ゲーム?」
「雨花ちゃん……よく考えて。この四人であの可愛らしい……カフェ?に入るなんて、おかしいでしょう?」
この四人で、あのかわいいカフェに……?
「あぁ……お父さん……いや、若いおじいちゃん?と、孫三人で来たのかなって感じ?おかしい?」
「いや、色々おかしいでしょう。ここはやはりお二人で……」
「ああ、先生、おじいちゃん感ないか?」
「その設定のことじゃなくて!」
「あ!そっか。普通に友達でいいじゃんね?」
そうだ、そうだ。兄弟設定って、この三人じゃ無理があるもんね。先生は普通にオレたちの先生ってことで……。なんだ、現実そのままで行けばいいんじゃん。
「詠、諦めろ。参るぞ」
「……わかりました」
もー!ふっきーは皇の言うことなら何でも聞くんだから!いつだか、そんなこと言ってたっけ。皇の願望を叶えるのがふっきーの願望……だっけ?そんなこと。
「ホントふっきー、皇のこと好きだよね」
そう言うと『お仕えする方ですので』と、嫌そうな顔をした。
「そんな顔したって、ふっきーが皇のこと好きなのわかってるよ。あ、もちろん、オレとは違う意味だってのもわかってるから」
そう言うと『どう違うのだ』と、皇が隣からツッコんできた。
「どう違うって……違うじゃん。え……まさかふっきー、オレと同じ好きなの?どうしよう……」
ふっきーが実は、皇のことをオレみたいに好きだとしたら……オレ、すごいひどいことをしてるんじゃ……。
「絶対ないから!もういいから、早く行きますよ!」
あんなにあのカフェに入るのを嫌がっていたのに、ふっきーは先頭をきってカフェに向かって行った。
「あ!そういえば、誓様は?」
あとからついて来ていたはずの誓様が、今は見当たらない。
「あれのことは気にするな。影の仕事とはそういうものだ」
「誓様も一緒に入ってくれたらいいのに……」
「誓は、どれだけ言おうが余と同じ席には座らぬ」
ふっきーが、だいぶ先から『急いで!』と、叫んだ。
「落ち着かないんですが」
ふっきーは、店内に入ってしばらくすると、そう言ってテーブルに突っ伏した。
カフェの座席数はどれくらいあるんだろう?ちょっとわからないけど、結構広いカフェだ。オレたち以外のお客さんは、全員が女の子……だと思う。
入店と同時に浴び始めた視線が痛い……のは、わかる。
だけど!これは、衣織の働いているカフェに行った時に浴びた視線と同じだろうから、ふっきーは落ち着いてお茶していればいいと思う!
「大丈夫だよ、ふっきー。みんな、オレたちがここにいることを、おかしいって思って見てるわけじゃないはずだから」
「え?」
「こっちをみんながジロジロ見てるのは!三人がかっこいいからだよ!」
そう!サクラが言ってた!衣織のカフェで。他のお客さんたちがこっちを見てるのは、自分たちがかっこいいからだって!確かに、あの時一緒にいた田頭もかにちゃんも、中身はどうであれ、見た目はかっこいいと思う。ま、サクラは、かっこいいっていうか、かわいい系だけど……。
今のこの視線は、それと同じだと思うんだ。皇がかっこいいのは言わずもがなだけど、ふっきーだって、そこらへん歩いてたら、スカウトされそうなくらいカッコいい眼鏡男子だし。
それに!なんてったって高遠先生!オレの授業に来てくれたまんまだから、スーツをビシッと着てるわけで。オレ、前から思ってたんだけど、高遠先生って、ちょっとゲイリー・オー○ドマンに似てるんだよね。
「三人って誰が抜けてるの?まさか雨花ちゃんとか言わないよね?」
「え?オレじゃなかったら誰なの?」
ふっきーは、ハァとため息をついた。
「梓の丸に鏡を買ってあげてください、若」
「鏡くらい、梓の丸にもあるよ!」
「雨花のことは放っておけ、詠」
「なんだよ!それ!だってお前が!」
「余がなんだ?」
「お前……オレのこと……かっこいいなんて言わないじゃん。あ、男前、とは言われたことあったか。でもあれは、オレの心意気?のことを言ったわけで、見た目じゃないじゃん。お前いっつも、オレのこと……」
愛らしい、しか言わないじゃん。
オレは、かっこいいって見た目じゃないと思う。はーちゃんとそっくりとか言われてるし……。小さい頃はずっと、女の子だと思われてたくらいだし。
「いつも、なんだ?」
「……もういい!オレ坊主にする!」
そうだ!見た目から男らしくなってやる!
「ああ、そなたは……坊主頭も似合うであろうな」
「ちょっ!若の美意識がなんかおかしいのは、気付いてましたけど!雨花ちゃんが坊主ですよ?そこは全力で阻止してくださいよ!全家臣が泣きます!」
「え?全家臣が泣く?」
「そうだよ。だから、それはやめようね?雨花ちゃん。今のままの雨花ちゃんが、若も一番好きだと思うよ?そうですよね!?若っ!?」
「……」
皇を見ると『そうだな』と、オレの頭をふわりと撫でた。
「あっ!」
ふっきーが皇を睨んだ。
「ん?」
「外でそういった態度はいけません!紺封蝋ですよ!紺封蝋!」
ふっきーが小さい声でそう言うと、皇は機嫌の悪そうな顔をした。
「あと一年強程度の辛抱じゃないですか」
ふっきーがそう言うと『一年がどれだけ長いと思うておる』と、さらに機嫌を悪くした。
これは……空気を変えねば!
「あ、ねぇねぇ、ふっきー。ふっきーから見て、皇の趣味ってなんだと思う?ほら、皇って好き嫌い言ったら駄目だから、趣味もないとか言うんだけど」
「趣味?んん……そうだなぁ……若は、何でもそつなくこなされるけど、何をなさっても無表情なので、楽しいって感じじゃないんだよね」
「それ!その中でも、近くで見てて皇が楽しそうにしてることってなかった?」
「……あ。あるある」
「なに?なに?!」
「雨花ちゃんの話をしてる時」
「うえっ?!」
隣で皇が『だから言うたではないか。余の趣味はそなただと』と、口端を上げた。
「うっ……」
何、恥ずかしいこと言ってんだよぉ!と、思ったけど……何か機嫌は直ったらしいから、ま、いっかぁ。
ふっきーが『なんだか、とんだ貰い事故にあった気分です』と、ため息を吐くので『もらい事故?』と聞くと、『今のこの状況……お付き合いの仕方っていうサイトに、お互いの趣味を一緒にやってみると書いてあったので、雨花ちゃんの好きな甘い物を一緒に食べに来たって状況ですよね?』と言うので、うなずくと『僕と高遠先生は今!お二人の、"お付き合いしてるっぽい行動をしてみたい"って願望に、無理矢理付き合わされてるわけですよ』と、顔をしかめた。
「ふっきー」
「なに?」
「高遠先生は、無理矢理じゃないよ?」
「え?」
「そうだ。なんなら余と雨花は、高遠先生の愛車自慢に巻き込まれたのだ」
そうそう!そうだよ!もともと、オレの趣味を一緒にやるために、高遠先生に車を出してもらったわけじゃないからね?
「高遠先生が無理矢理じゃないのはどうでもいいんです!だったら僕は、高遠先生の愛車自慢に巻き込まれた二人の、趣味を一緒にやってみるって取り組みに巻き込まれてるってことで、二重のもらい事故じゃないですか!」
「あ……なんか、そういう絵本、読んだことある。どんどん話がつながっていくやつ!えーっと何て絵本だったかな?でも、あれいいかもよ?皇」
「ん?」
「お前、読み聞かせするって言ってたじゃん」
オレたちのところに来る子の寝かしつけに……。
「若が読み聞かせ?」
「うん」
「雨花」
そこで、また皇に話を止められた。
「若が雨花ちゃんに読み聞かせ?」
「違うよ、オレにじゃなくて……」
「もう黙れ。詠も気にするでない」
「……承知しました」
そこでふっきーは、目の前に置かれたケーキを一口食べた。
「うまっ」
ふっきーが素でそんな風に言うから、オレも目の前のケーキを口にいれた。
「んっ!ホントだ!すごい美味しい!」
皇がわざわざ調べてくれた店なだけある!すごく美味しい!
ゆっくり味わっていたかったけど、ふっきーが早く出たそうにしていたので、オレたちは食べたらすぐに店を出ることにした。
だけど、カードでお会計を済ませようとしている皇のすぐ後ろで、なにげなく金額を見ていたら、なんと!万を超えている。
「ほぁっ?!」
え……こんなかわいらしいカフェなのにぼったくり?え?リザーブ料?人気のあるお店みたいだし……いや、それにしたって高過ぎる。ホント、皇は一般人の感覚がないから、こんなところで騙されて……。
なんて思って文句を言おうとしたら、お店の後ろのほうから『お車ですか?お運びします』と、ケーキの箱を持った人が出てきた。
「ああ、助かります」
皇が高遠先生の車を指して『あの車に』と言うと、ケーキの箱を持った人が、あとからあとからやってくる。
「え……」
聞くと、皇が、お持ち帰り用のホールケーキを、その時お店にある分全部買い占めたという。
「こんなに買っちゃって、お店は大丈夫ですか?」
お店の人にそう聞くと『すぐにまた作りますので。本当にありがとうございました。またぜひお越しくださいませ』と、笑ってくれた。
そりゃ、お会計もあれだけの値段いくはずだ。
ケーキのにおいが充満した高遠先生の車に乗り込んだ。
「こんなにケーキ買って、どうするの?」
皇にそう聞くと『屋敷への土産だ』と言って『先生の車自慢も気が済んだことでしょう。曲輪に戻りますか』と、先生に声を掛けた。
高遠先生は『じゃあ帰りますか』と、車を発進させた。
先に松の丸に寄って、ふっきーを降ろして欲しいと先生に言った皇は、松の丸の玄関で車から降りた。
え?と思っていると、皇は屋敷から出てきた松の一位さんに『半分運べ』と、ケーキを指した。
「え?それは、梓の丸への土産では?」
ふっきーがためらうようにそう言うと『またこのような時にはお前を呼ぶゆえ』と、口端を上げた。
ふっきーは、ものすごい嫌な顔をしたあと『今日の報酬にしては安いですね』と、ふっと笑った。
それから何日か後に、ふっきーからオレあてに、贈り物が届いた。
何か祝ってもらうようなこともないと思うのになんだろう?と、思いながら開けると、パズルだった。
この前、ふっきーと一緒に出掛けた時、オレの趣味をいくつか挙げたけど、その時パズルも好きって、そういえば言ったっけ。だからかな?
その日の夜は、皇が堂々とオレに渡ってきたので、勉強を終わらせたあと、皇と一緒にパズルを作ってみた。
パズルには、
Congratulations!
I hope you have a long and loving life together. (おめでとう!ふたりが愛に溢れた生活を末永く送れますように)
と、書かれていた。
「ふっきー!」
オレが感動していると『そういえばそなた、ここに来た当初、英語が出来ぬなどと申しておったな』と、皇が意地悪そうな顔をした。
「あ!あれが嘘だって、お前本当は最初から知ってたの?オレの嘘、すぐわかるって言ってたよね?」
「ああ……あの頃はまだわからなかった」
「そっか。え?オレが嘘を吐く時の癖って何?」
「ほんの少し、鼻の穴が膨らむ。だが、それよりもっと確実に、そなたの嘘が分かるようになった」
「え?」
「そなたは嘘を吐くと、香りが変わる」
「……は?」
鼻の穴を膨らませないようにすることも出来そうにないのに、香りが変わるのを止められるわけがないっ!っていうか、香りが変わるって何っ?!
「え?臭くなるってこと?」
「臭くはない」
「え?どんな?」
「そなたが嫌だと言う時の香りだ」
皇はそう言って口端を上げた。
「え?イヤなんて言わないじゃん」
「よう申すであろう」
「は?」
「夜伽の最中に……」
「だぁっぁぁっぁぁ!」
皇の口を塞いだ手の平を、皇がペロリと舐めた。
「ちょおおお!」
「あ……そうだ、林檎だ。そなたが嘘を申すと、林檎のような香りがする」
「……禁断の果実だ」
そう言うと、皇がふっと笑った。
っていうか……嘘を吐くと林檎の香りがするとか、今まで言われたことはない。それは間違いなく、日本昔話的、鎧鏡家次期当主様だからわかることだと思う。
それならまぁ、いっか。だってもう、皇に嘘なんて吐く必要ないんだし。あ……夜伽の時のアレは、嘘っていうか……嘘っていうかぁぁ!ううっ。
「そなたはいつも良い香りがする。それに混じって、嘘を申すとふっと香って参るのだ」
「あ!お前のほうがいっつもいいにおいだよ?何のにおいなんだろう?」
なんていうか、独特の……すごくいいにおい!
「本丸で焚いておる香ではないか?」
「え?違う。それじゃない」
本丸には行ったことあるし、本丸のにおいは知ってるけど、あれとはまた違う。
「ん?どのような香りだ?」
「ん……柑橘系?みたいな」
「柑橘系?……これか?」
そう言いながら皇が、オレに向けて手をしっ!しっ!みたいな感じで動かした。ふわっと、皇のにおいが強く香った。
「これか?って、何?お前のにおいじゃん」
「それはたぶん、余の”蝶”の香りだ」
「は?」
ちょうって……腸?え?なんで?
「蝶々の蝶だ」
「butterfly?」
そう聞くと、皇はふっと笑って『ああ、てふてふの蝶だ』と、旧仮名遣いで説明するから笑ってしまった。
「何?蝶って……」
「一族以外には見えぬようだが、常におる。一族はみな、それぞれの蝶を纏っておる。この蝶が、一族を守っておるのだ」
「……」
はい、出ました!日本昔話ー!
「かか様が一族に入られた日、いきなり蝶に囲まれ、大層驚き、それに慣れるまで時間がかかったとおっしゃっていた。そなたもいずれ蝶を纏う日が参る」
それが……皇の、本当の嫁になる日、なんだ。
「蝶って、蝶々なの?」
「形は蝶ではない。それぞれ形が違う。みな個性があるように、蝶の見た目も色も、みな違う」
「へぇ。皇のは、どんな蝶なの?」
「余の蝶は……そうだな」
皇は、自分の体の周りをふっと見た。
「薄く青い……龍……のような形だな」
なんだか全然想像できない。皇は、またふっと笑って『そなたも蝶を纏うようになれば余の蝶も見えるであろう。だが、蝶の香りを感じるとは……』と、ちょっと驚いた顔をした。
「そなたの蝶は、さぞ美しかろう」
「……楽しみにしとく」
皇は『ああ』と、オレにキスをした。
「オレ……だいぶ鎧鏡家のことを知ったつもりでいたけど、半分も知らないのかも」
「半分すら知らぬかもしれぬぞ」
「うえっ?!」
どんだけなんだよ、鎧鏡家!
「だが、そなたはみなが知らぬ余を、知っておる」
「え?」
「読み聞かせの話や……」
「あ……」
「それはまだしも、甘味が苦手だなぞ、そなたしか知らなかったものを!」
「あ……だって、みんな知ってるんだと思ってた。ふっきーなんか、お前の大老になるんだから、知ってると思うじゃん」
「余は好き嫌いをしてはならぬと言うたであろうが。これ以上、他の者に申すでないぞ。弱みを知られるということだ」
「わかった!でも万が一、お前が甘い物で攻撃されるようなことがあったら、オレが全部食べてあげるから安心して」
オレが親指を立てると、皇は『頼んだ』と言って、そうそうないくらい大笑いした。
オレしか知らない皇……きっとそれと同じくらい、皇しか知らないオレ、も、いると思う。それってちょっと……嬉しいかも。どんな皇で、どんなオレかは、今ピンとこないけど……。
でも、今わからなくても全然いいよね。だって……この先ずっと、一緒にいるんだから。ゆっくり答え合わせ、していこうね。
まだ笑っている皇に『笑うな』と、ガブッとキスをした。
fin.
ともだちにシェアしよう!