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合格なさいました

「いちいさーん!いってきます!」 「いってらっしゃいませ」 私に元気良く手を振った雨花様と、雨花様の隣をぴたりとついて歩く若様に一礼して、お二人を送り出しました。 若様と雨花様が揃って東都大学に合格したのち、お二人を拘束するご用事は、卒業式の練習をするための何日間かの登校と、卒業関連行事が少々残っているくらいのものでした。 医学部に通うことになった雨花様は、この先最短でも6年間の大学生活を送る中、お忙しくなることが考えられます。 お二人は、大学の入学式を迎えるまでの約一か月間、曲輪内なら好きに動いていいと御台様からお許しをいただき、毎日ご一緒に曲輪内の色々な場所に出掛けていらっしゃるようです。 新年会後、雨花様は実質、若様の"奥方様"と認められたわけでございますので、このセキュリティ万全の曲輪内は、雨花様がお顔を隠すことなく、若様とご一緒にいられる場所になりました。 対外的には、若様は未だ奥方様をお決めにはなっていない、雨花様は決して奥方様にはならないだろう……というスタンスを徹底するようにと、大老様より厳命が下っております。 この先の大学生活、同じキャンパスに通われるお二人が、外であのように手を繋いで歩くことは、一年間辛抱していただかねばならない決まりです。この曲輪の中だけは、お気持ちが通じたばかりのお二人が、好きなようにご一緒の時間をお過ごしになれたら……そう願うばかりです。 新年会の数日後に開かれた衆団会議にて、杉の一位と、雨花様を襲おうとしたあの男の処分が決まったという話を聞きました。ですが、どのような罰が下ったのかは公表されませんでした。 それは、公表できないような罰が下った……と、いうことに他なりません。 今は雨花様のお隣で、あのように穏やかなお顔をなさっていらっしゃった若様のお怒りは、それはそれは激しいものだったと聞いております。 普段、そうそう感情を表に出すことのない若様が、怒りを隠すことなく表現なされたという話は、色々なところから私の耳に入って参りました。 どのような処分が決まったのかはわかりませんが、若様が求めた処分よりは軽くなったと、聞いております。 なぜなら、杉の一位の実家が長く差別をされていたことが、あの事件の引き金になり、それは一族の責任でもある……という御台様の話に納得された若様が、罪の軽減をお認めになられたから……と、いうことのようです。 それが真実かどうか、それは私にはわかりませんが……。 雨花様に対する最近の若様の、隠しきれない溺愛ぶりを見ていると、雨花様を襲った犯人たちに対し、若様が激しくお怒りになられ厳罰を求めた……などという噂は、あながちでたらめではないように思うのです。 そのような噂のおかげで、杉の一位のような、雨花様に手出しをする愚かな家臣なぞ、この先二度と出ることはないでしょう。 そう考えると……この噂は、雨花様を守るために、どこぞの誰かがわざわざ流したものではないだろうか……と、そんな考えも浮かんだり致します。 「一位様」 「どうしました?三位(さんみ)」 「今日の”お二人様当番”は、一位様ですが、行けますでしょうか」 「あ、そうでしたね。いってまいります」 「いってらっしゃいませ」 お二人様当番……とは、若様と雨花様の外出を、つかず離れず見つからず見守らせていただくという当番制の仕事……という名の覗き……だと、私は思っております。 この”仕事”が、梓の丸の全体会議で、四位(しい)から発案された時は、なんと下衆な……と、思いました。 ですが『お二人が曲輪内で狙われることはないとしても、この屋敷から離れた場所で、体調的な問題が出ないとも限りません!見守るべきです!』という、四位のもっともらしい発案理由に賛成した者が大多数だったこともあり、それを許可してしまいました。 私は本日が、初めての任務です。 少し前を歩く若様には、たぶん……気付かれているのではないかと思います。この距離で、私の気配に気づかないようなら、若様は相当浮かれていらっしゃる……としか、言いようがありません。 「……」 浮かれる若様など、二年前までは想像も出来ませんでしたが……雨花様と一緒にいらっしゃる若様を幾度となく見て参りました今では、そのようなこともあるかもしれないと微笑ましく思います。どれだけ浮かれようが、この曲輪の中は安全ですし。 あの新年会後、大老様は、曲輪の警備を強化なさいました。鎧鏡の情報を得ようとする輩から、若様と雨花様をお守りするためです。 大老様は、若様に対して過保護だと誰かがおっしゃっていたのを耳にしたことがありますが、私はそうは思いません。 守りたい者を、自分の持てる全ての力で守る。それのどこが過保護なのでしょうか。私はその点においては、大老様を全面的に支持致します。 大老様が若様を守れば守るほど、うちの雨花様も守られる……と、いうことですし。 「あ!いる!いる!近い!」 雨花様が急に立ち止まったので、私もそこで足を止めました。 お二人は揃って携帯電話をお持ちになり、何やら操作なさっています。 この頃、雨花様と若様は、ご一緒に携帯電話でゲームをなさっていらっしゃるようなので、先日、何をなさっていらっしゃるのかお伺いいたしました。 雨花様は大学合格後、巷で流行っているという”パチモンGO”なる、携帯アプリゲームを始められたとのことで……。 モンスターをパチッと折りたたんで持ち歩けるという、パチッとモンスターというアニメから出来たゲーム……と、いうお話だったのですが、私にはピンときませんでした。 万が一、雨花様に悪影響があるといけないと思い調べましたところ、雨花様のご学友である蟹江様のお父様の会社……日本有数の電機メーカーである蟹江電機、通称クラリバ……の、子会社であるゲーム会社が作成したもの……ということで、こうして今、お二人を安心してみていられるというわけです。 どうやら蟹江様ご自身も、このゲームの作成に携わっていらしたようだということも、調べる中でわかりまして……つくづく雨花様は、ご自身だけでなく、周りの方々も華やかだと……華やかな方々を引き寄せる方なのだと、鼻が高い思いを抱いたものです。 「あれ?ここ、道、変わった?」 「いつの話をしておる。だいぶ前に舗装させた」 「そうなんだ?歩きやすくなったね」 雨花様!そんな軽い調子でそのような……。 この道の舗装は、若様が雨花様とご一緒に、自転車に乗るために整備させたサイクリングコースだというのに……。 若様が不機嫌になられてはいないだろうかと心配したのですが、若様は、ただ『そうだな』とだけおっしゃって、微笑まれました。 若様っ! 若様はこんな風に、雨花様のためになさったことを、雨花様には伝えずにいらっしゃることが数多あり……雨花様は知らないうちに、若様に助けていただいているということが、いくつもあるのです。 それを知るにつれ、私はこの先も鎧鏡家に……この不器用でお優しい若様に、ついていこうと強く心に誓うのです。 今、私が若様のために出来るのは……屋敷に戻ったのち、雨花様が若様より、誕生日祝いにといただいた自転車を、雨花様の目の届く場所に置いておく……ということくらいなものでしょうか。 鎖骨が完治したのち様々なことがあり、受験も控えていらっしゃいましたので、いただいた自転車に乗る機会を作ることがなかなか出来なかったことと思います。 若様が曲輪内に整えられたサイクリングコースは、およそ5キロメートルとのこと。歩けば一時間程度……でしょうか。 受験勉強で、体を動かすことが普段よりも少なかったですので、お二人でサイクリングなどいかがでしょうか、ちょうど若様がサイクリングコースを整えられたそうなので……と、雨花様にお声がけするのも、いいかもしれません。 ……そこまでお伝えしてしまうのは差し出がましいでしょうか。悩ましい問題です。 「あ、そうだ!皇!」 「ん?」 「オレ、免許取りたい」 「あ?」 「ほら、いつか言ってたじゃん!お前が免許取った時の先生を紹介してくれるって」 「ああ。そなた、車に乗りたいのか?余が運転する隣に乗っておるだけでは不満か?」 「不満はないけど……この先、何があるかわかんないし。車に乗れたほうが何かといいかなって。お前のこと、隣に乗せて走ってみたいし」 「ほう」 そこで若様が、ふふっとお笑いになりました。 「余が免許を取ったのは、二週間ほどであったろうか。今からなら、大学の入学式には間に合うが……」 「……が、何?」 「二週間、ほぼほぼ一日が講習と実技で過ぎていくぞ」 「入学式まで、あと一か月……半分はそれで消えちゃうのかぁ」 「卒業旅行にも行くと申しておったではないか」 「でも、今取っておかないと、大学がどれくらい忙しいかわかんないし……」 「では、早々に始めるが良い。すぐに手配致そう」 「……でも」 「ん?」 「お前と一緒の時間……少なくなっちゃう」 雨花様がそう言って、若様の腕を掴みました。 ……まだ、大丈夫でしょう。まだ、私はここにいても大丈夫、だと思います。 この"お二人様当番"が決まった時、お二人がいい雰囲気になりそうになったら、すぐに屋敷に戻るようにと、みなにきつく言い渡しました。特に四位には……。 若様と雨花様の、そのような場面まで見守ってしまえば、それは本当の覗きですから。 若様は、雨花様の手をそっと取ると『案ずるな』と、雨花様の手にキスをなさいました。 ……まだ、大丈夫でしょうか。まだ、大丈夫ですね? 「そなたとの時間を削るつもりは一切ない。余が常に同行するゆえ」 若様……。 それはさすがに……運転免許の先生に、同情しきりです。 「……うん」 若様はわかりづらいですが、最近の雨花様は、わかりやすく浮かれていらっしゃいます。若様の申し出に、はにかみながらそう返事をなさり、雨花様は若様に軽くキスをなさいました。 う……いいでしょうか。私、まだここにいてもいいでしょうか。 「あ!あれ?こんなところにパチストップがある!え?あったっけ?え?こんな私有地にパチストップなんかあったら、変な人が入ってきちゃうじゃん!」 雨花様、現在この曲輪は、おかしな人どころか、曲輪勤めの者すら簡単には出入り出来なくなっておりますので、その心配はいりません。 パチストップ……アイテム等が手に入るところ、でしたっけ?パチモンGOは、現実世界でパチモンを見つけ仲間にしていく……というゲームのようです。仲間にするためには、モンスターウォレットという、二つ折りの財布のようなアイテムが必要らしく、そのアイテムを、パチストップで手に入れることが出来る……ということだったと思います。 このパチストップは、現実世界の所々に存在しているようですが、アイテム補給のためにゲームをする人々が集まるそうで……。そのため、公園であったり、店舗であったり、公共の場所にあるのが必然のはずなのですが……。 「招いた」 「……は?」 「パチストップを招いたのだ」 「うえっ?!そんなこと出来るの?」 「申請すれば出来ると聞いたゆえ、申請致した」 「嘘!」 「真だ」 「え?いつの間に申請してたの?」 「あ?昨日だったか」 「はあ?!昨日申請して今日出来てるって、それ絶対正規の申請じゃないじゃん!」 若様っ!雨花様のために権力の乱用をなさったのですね? やはり私は、若様に生涯ついて参ります! 「そなたの喜ぶ顔が、見たかったゆえ」 少しシュンとなさった若様がそう言うと、雨花様は『もう!そういうの、これからはオレにも相談しろ!今回は……家臣さんたちにも、パチモンやってる人がいるだろうし、助かるだろうから、ありがたくもらっとく。ありがと』と、ぎゅっと若様に抱きつきました。 ……まだ大丈夫でしょうか。私、ここにいても大丈夫でしょうか?! 「雨花……」 「……」 ギブです! 見つめ合ったお二人を見て、私はもう駄目だと思い、急いで屋敷に戻りました。 屋敷では、玄関に四位が待ち構えており、どうだったかと私に確認して参りました。 今回のこのお二人様当番の総指揮を申し出た四位は、毎日こうして当番が見てきた内容を記録し……記録し?……そのあとどうしているのかはわかりません。先日それを聞いてみたところ、『それは一位様がご心配なさることではありません』と、言われてしまいまして……それ以上の詮索は、互いを信じ合うことを大切にしている鎧鏡一門の信条に反すると思いやめました。 「は?そこで戻っていらしたんですか?」 私の報告を聞くなり、四位はこちらを睨んで参りました。 「あ、ええ」 「もう少しいられたはずですよ!」 「いえ、あれ以上は……」 四位は『そんなことが続くなら一位様は当番から外しますよ!』と、さらに睨んで参りました。 「……申し訳ないです」 「ま、今回は、若様が雨花様のために!パチストップを作ったという素晴らしい情報が手に入りましたので、良しとします」 「……四位。あなたがお二人を見守ろうと決めたのは、お二人が外出中、体調不良などでお倒れになる危険性も考えられるから……と、いうことだったはずですよね?」 そう言うと四位は『失礼しまーす!』と、屋敷の奥に消えていった。 「まったく!」 やはり、目的はただのデバガメではないですか! 「何を怒っていらっしゃるんですか?」 後ろからそう声を掛けられて、驚いて振り返ると、不思議そうな顔をしている雨花様と、その雨花様を見つめる若様が、玄関に立っていらっしゃいました。 もう帰っていらっしゃるとは……あれから、私が見てはいけないような事態には進展なさらなかった……と、いうことですね。 「いえ。……お散歩、いかがでしたか?」 「あ、いちいさんにこの前、皇とパチモンGOってゲームをやってるってお話したじゃないですか?いちいさん、パチストップってわかります?」 「はい。存じております」 「そのパチストップが、曲輪の中に出来たんです!パチモンGOをやってる家臣さん、結構いると思うので、曲輪の中にあると絶対助かるはずです!」 「……ええ、そうでございますね」 若様が雨花様のために、無理矢理お作りになったとは一言もおっしゃらない雨花様を見て、もしかしたら雨花様も、私の知らないうちに、若様をお助けしていることがあるのかもしれない……そんな風に思いました。 「え?お前、お昼、ここで食べるの?最近いつもじゃん!たまには本丸で食べないと、本丸の賄い方さんたちがかわいそうだろ!」 そんなことをおっしゃいながら、雨花様は屋敷に入っていらっしゃいました。 「恐れながら雨花様」 「はい?」 「若様のお食事は、毎度本丸よりお届けいただいておりますので、そのご心配には及びませんよ」 「あ、そうだったんですね」 「はい」 「……誰も困らないなら、いっか」 雨花様は、家臣にも気配りしてくださる、本当に素敵な"奥方様"です。 「あっ!奥にレアなのがいる!」 雨花様は、若様に携帯電話の画面を見せ、お二人並んで楽しそうに、屋敷の奥に進んでいかれました。 携帯ゲームばかりしていらっしゃるのはどうかとも存じますが……あのように、お二人で楽しんでいらっしゃるのですから、多少は大目に見ることに致しましょう。 そうそう!自転車、自転車! 一度でも、若様とサイクリングをなさったら、元来、一日一回は何かしらで体を動かさないと落ち着かない……などとおっしゃる雨花様は、サイクリングのほうにはまるはず。 候補様の行動のバランスを整えるのも、一位としての大切な仕事ですから。 「あ……」 候補様、ではありませんね。雨花様はすでに、"奥方様"と言ってもいいのですよね。 雨花様にお仕えして二年弱……大変濃密で、長い二年でございました。 いえ……この先のほうが、さらに濃密な時間になっていくのでしょう。 雨花様……私はどこまでも、雨花様の後ろからついて参ります。 「あ!いちいさんのところにパチモンがいる!」 「え?」 こちらに戻っていらした雨花様が、私に携帯電話を向けました。 若様は、何故か雨花様のほうに携帯電話を向けていて、私の耳にも、カシャカシャと連写をするような音が聞こえて参りました。 ……若様?もしや、今の雨花様を連写……なさったのですか? 雨花様は、私のところにいるというパチモンに夢中で、連写の音など気にしていらっしゃらないようですが……。 「……」 今の雨花様のどこに、連写するポイントがあったのかはわかりません。ですが、パチモンGOは若様にとって、ただモンスターを仲間にして遊ぶゲーム……と、いうだけのものではないのかもしれませんね。 これは……しばらく自転車は出さないほうが、若様にとっては良いのでしょうか? 「……」 悩みどころです。 「どうなさったんですか?一位様」 そう言いながら、昼餉の準備の相談に来た二位に先程の話を致しますと『雨花様の写真が欲しいのでしょうか?でしたら、我らのほうが長くご一緒におりますし、雨花様の写真を撮って、若様に贈って差し上げるというのはいかがですか?』と、素晴らしい提案をして参りました。 私はすぐに、しらつき百貨店の外商に連絡し、一眼レフカメラを持ってきてほしいと依頼しました。 しらつき百貨店が持ってきたカメラの中で、バズーカ砲のようなカメラを選んだのは、どのような遠くの被写体も、すぐそこで撮影したかのように撮れるという説明だったからです。 翌日からのお二人様当番は、このカメラを持って、お二人について行くことになりました。 四位から『一位様、案外やりますね』と、親指を立てられたのですが……四位のようなデバガメ目的ではありませんので! 先日のあの若様を見る限り、若様ご自身でも、雨花様の写真は撮っていらっしゃるのではないかと思いますが、私たちが撮った雨花様というのも、若様の撮ったお写真とは、また違った写り方をしているでしょうから、それはそれでいいものではないかと存じます。 撮った写真は、いつか若様にお渡し致しましょう。 幸せいっぱいに、若様のお隣で微笑む、たくさんの雨花様を……。 fin.

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