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若の次期当主としての才能はすごいと思っています。本当に。
こんな風に、若に急に呼び出されることは日常茶飯事だ。曲輪のどこにいても、そこから本丸の若の部屋まで、どういけば最短ルートかすぐにわかるくらいには、この曲輪の中の抜け道は、全て頭の中に入っている。
だけど、若の急な呼び出しにすぐに応えられるのは、松の一位がいてくれてこそだろう。松の一位は、僕が次期大老候補だということを知っていて僕に仕えてくれている、松の丸唯一の側仕えだ。彼の助けがなければ、今頃僕は、部屋から抜け出し癖のある困った奥方様候補……と、名を馳せていたことだろう。
「遅い」
地下から若のお部屋に入るなり、この一言ですよ。こっちは必死で走ってきたっていうのに。
ま、今の僕は機嫌がいいので、そんな言葉も丸っと受け止めて差し上げますけどね。
なんてったって、この若の、奥方様に選ばれる確率0%!に、なったんですから!
長かった!本当に長かった!
若と大老様からの無茶ぶりに、何度枕を濡らしたことか……。
いや、噛みちぎりそうになったことはあっても、濡らしたことは一度もないか。
「というか……なんですか?それ?」
ふと見ると、大きなボード?の前で、若は腕を組んで立っている。
少し近づくと、そのボードには、びっしりと写真?が、貼ってあった。
「……雨花ちゃん?!」
もっと近づくと、そのボードにびっしり貼られたものが、雨花ちゃんの写真だということに、気づいちゃったよぉぉ……気付きたくなかったぁ!
……あああああ、間違えたのか?そうだ、僕はきっと、主選びを間違えたんだ。って、僕が自分でこの若を主にと望んだわけじゃない!小さいうちに青紙招集された身だ!
青紙招集された家臣も拒否権はある……と、大老様は良くおっしゃるが……いやいや、青紙招集で呼ばれた幼い子供が、どうやって拒否権行使できるんでしょうか。もうそれ、親の決定ですから。
……確かに?今まで幾度も逃げ出すチャンスはあった。確かにありましたよ、ええ。それでも、ここにこうしているために、努力に努力を重ねてしまうのは……やっぱり僕自身が、若を主と認めているからなのか……。
だったら!だからこそ!こーれーはー駄目です!若!
「若」
「ん?」
ボードに貼られた雨花ちゃんの写真を見ながら、僕の問いかけには生返事だよ、この若様は。
「若のような人を、何というかご存じですか?」
「あ?」
「ストーカーですよ!ストーカー!これもこれも、あれもそれも、全部視線がこちらを向いていない!ってことは、隠し撮りですよね?これ!」
「何を申す!これなぞ、雨花渾身の笑顔であろうが。こちらに視線が向いておろう」
「ああ、確かに……何枚かは普通の写真で……って!そういう問題じゃないんですよ!何やってんですか!こんなたくさん雨花ちゃんの写真集めて!ホント、き……あっ」
やばっ!つい『きっも!』とか、言うところだった!いやいや、万が一口から声が出ていたとしても”肝吸い”とか言って誤魔化せば、この、現在絶賛花畑脳な若なら、誤魔化せていただろう。いや、肝吸いはさすがにないか。きもだめし?着物?おう!着物ワードなら、ワンチャンいけたはず。
「余が撮ったものではない。藤咲と梓の丸からの貢ぎ物だ」
貢ぎ物って……この写真たちが?
……梓の丸からならまだ、まだ百歩譲って納得してもいいですが、サクラは何なんですか?貢がれるようなこと、若が何をしたっていうんですか。
まぁだけど、サクラは確かに学校でよく写真を撮っていたっけ。
「それが本当だとしても、ボードに写真を貼ったのは若ですよね?」
こわっ!
「先日、この部屋で写真が雨花に見つかり、気まずい思いをしたゆえ……これなら、見つからぬであろう?」
「は?」
「誰ぞ参れば、すぐに下がる」
若がかかとを鳴らすと、壁は一瞬で消えた。
え?床下……に入った?それがわからないくらいの速さだ。
これなら、ドアが開いた瞬間にボードは消えるわけだし、雨花ちゃんにも誰にも、若のストーキング行為がバレることはないか……。
って!そうじゃなくて!また、そういうくだらないところにお金を使って!
しっかし……。
「本当によかったですよ、雨花ちゃんが若を選んでくれて。これ、若の片思いなら、本物のストーカーですからね?世界最強のストーカーの誕生を阻止したんですから、ホント雨花ちゃんは勇者ですよ」
「そうか」
なぜか若が嬉しそうな顔をした。
「褒めてませんけど!……ま、雨花ちゃんは若に目をつけられた時点で、逃げられなかったでしょうけどね」
どんな手を使っても、きっと若は雨花ちゃんを手に入れただろう。なんてったって、あの大老様もついているわけだし。
「逃げる必要なぞなかったであろうが。雨花は自ら余を選んだ」
「ハイハイ。ソウデスネ」
若の脳内があまりに花畑で、僕の言語能力がロボット化だよ!
しっかし……若の雨花ちゃん溺愛っぷりは、雨花ちゃんが曲輪に来てすぐからわかっちゃいたけど……いや、すでに溺愛通り越したね。怖っ!
「キティラー度合が悪化してる……」
恐怖のあまり、ついそう口に出してしまったところ『キティラー?』と、若が珍しく聞き返してきて……。
いつもは僕のつぶやきなんぞ、そうそう気にすることがないのに。
「いや……若が雨花ちゃんのことを、子猫みたいだって言ってたじゃないですか。私の誕生日、雨花ちゃんと松の丸でバッティングしたあと、ブッスーとした感じで、本丸から改めて松の丸にいらっしゃった時のことです。不機嫌な理由を伺いましたら、雨花ちゃんのことを猫のようだとおっしゃって……。雨花ちゃんが猫のようだとなぜ不機嫌なのかはわかりませんでしたが……雨花ちゃんは若の子猫ちゃん、みたいなことが言いたいのかと思いまして……。世の中、子猫好きな人のことをキティラーって言うんですよ。ですから若をキティラーと……」
「ようわからぬが、確かに雨花は、子猫というか、猫のようではある」
いいんです!キティラーの意味は、わからなくていいんです!だってそれ、若に対する悪口……みたいなものですから。
ハローキ○ィをこよなく愛する人のことを、世の中ではキティラーと呼ぶらしい。
雨花ちゃん=若の子猫=キティをこよなく……を通り越して……愛している若を、僕はこっそりキティラーと呼んでいた。……どっちかっていうと悪口的な意味合いで。
この床の下に、雨花ちゃんの写真がびっしり貼られたボードが隠されていると思うと……ちょっと身震いする。目の前のこのキティラー、ホント怖っ。最恐!
「雨花は猫のように艶やかで……あ、ちょっと足の裏を出してみよ」
「は?」
え?またこの若様、何をおっしゃっているのやら……?
「早う」
「……」
若様の命令は絶対と、大老様に教えられて参りました。
くっ……何故足の裏を出さねばならないのかは、もう本当にまっっったくわからないが!若が出せと言うのなら、出さねばならないのですね!大老様!
僕は、心の中の大老様とそう会話をし、靴下を脱いで若に足の裏を見せた。
若は僕の足の裏に手を伸ばして、何度かふにふにと押すと『やはりまったく違うな』と、顔をしかめた。
「……」
何が違うのかは全くわからないし、違うと言われただけなんだけど……なんだろう?この気分の悪さ。絶対これ、僕、貶されてる。なぜ足の裏を貶されなければならないのか……そんなことをされてもなお、この若の大老を目指しているのか!僕は!
……目指していますよ。ええ、目指していますとも。
ちょっとおかしい人ではあるが、目の前のこの若様は、鎧鏡家の次期当主としては、誰よりも適任だって、僕は思って……思って……うおおお!適任なはず!
「うっ!」
そんなうめき声が聞こえて、声のほうに顔を向けると、若の部屋にある、地下からの入り口のドアの前で、雨花ちゃんが顔をしかめて立っていた。
「え?雨花ちゃん?」
なぜここに?
「……何してるの?」
は?
顔をしかめたまま、雨花ちゃんはズカズカという勢いでこちらに近づいてきて、僕の足を指さした。
その時、僕の片足は靴下を履いておらず、若の手は、僕のその足の裏に置かれたままだった。
「ち!違うっ!違うから!雨花ちゃん!これは!」
なんなの?このいきなり始まった修羅場!
僕は急いで靴下を履いて、その場で正座をした。
今のこの状況……さしずめ僕は、浮気現場を嫁に見られた旦那の浮気相手ってところ……だろうか?
テンプレだったら、ベッドで裸でいちゃこらしてるところに乗り込まれて、キャッ!なんて言って、慌てて布団をかぶっているような場面だろう。
今の僕は、冷たい床で片足裸足で?わけもわからず足の裏を触られてディスられてるところに乗り込まれて、慌てて靴下履いて正座してる……わけなんですが。
「なんでふっきーのこと触ってるんだよっ!」
雨花ちゃんは相当お怒りのご様子で……。僕はとにかく何も言わずに、ただ頭を下げていた。
「詠と、そなたは猫のようだという話をしておった」
「は?」
雨花ちゃんが、怒り混じりの反応をしたけど、若の今の発言には、僕も同じく『は?』だから。
「その時、そなたの足の裏が、猫の肉球よりも柔らかいのを思い出し、そなた以外の足の裏を確認したくなったのだ」
いや、もう、何言ってんだかわかりません、若!
そんなんじゃ、余計雨花ちゃんがお怒りに……。
「ああ、そういうこと」
許してるぅ!
「で、どうだった?」
しかも食いついてるぅっ!
……なんなの、この二人。お似合いか!お似合いだよ!
「詠の足の裏は、思うた通りガサガサしておった。そなたの足の裏は、一体どうなっておるのだ?」
そう言って、若はサラーっと雨花ちゃんの手を引くと、腰を抱いた。
あのぅ……もう僕、帰っていいでしょうか。
「若、私はこれで失礼してもいいでしょうか」
「ああ、いや、お前への用事はまだ済んでおらぬ」
「ですが、雨花ちゃんは若に何かご用事なのでは?」
「あ、オレはちょっと充電しに来ただけだから。気にしないでいいよ」
充電?携帯の?
若はそう聞くと『そうか』と、雨花ちゃんの頭に唇をつけた。
いるーーー!目の前に僕いるーーー!そういうの、二人の時にやってくださいっ!
「で?用事とは?」
さっさと済ませて早く帰ろう。早く帰りたい。早く帰らせて!さぁさぁ早く!
「ああ、お前、雨花の写真を持ってはおらぬか?」
「は?」
気持ち悪いほど、あんなに雨花ちゃんの写真を持っているのに、まだ欲しがるのか、この若は……。どんだけ欲しがりなんですか!
っていうか、雨花ちゃんの前でそれ聞いちゃうんですか?!写真を持っているのを見られて、気まずかったって言ってましたよね?
え?もう、気まずいの意味がわかんない。もう、僕にはわからないです!大老様ぁ!
「オレの写真?あ!お前、修学旅行の時の写真、飾ってくれてたよね」
「……ああ」
「あれ、サクラにもらったんだろ?オレも同じ写真もらったんだ」
「ああ、そうだったか」
「そういえば、いつからかうちの側仕えさんたちが写真にハマってるみたいなんだ。オレも何度か撮られたから、側仕えさんたちに聞いたら、オレの写真、もらえるかもしれないよ?何に使うの?」
「……ん?」
これはー!若のピーンチっ!
雨花ちゃんの写真を欲しがる若については、なんだかよくわからないうちに丸くおさまりそうだったのに!
写真を欲しがる理由が、あのボードに貼るため……とか、知られてはならない!
雨花ちゃんは今、実は気持ち悪いほどたくさんの雨花ちゃんの写真の上に立っているんだよ!……なんてことが雨花ちゃんに知られたら、雨花ちゃんに気持ち悪がられて、結婚なんかやめる!とか、言われる可能性が高いっ!
だって僕なら、そんな奴、絶対に嫌だからー!
雨花ちゃんが若との結婚を拒んだら……この僕が!無理矢理嫁にされる可能性が出てくる!
そんな可能性、1パーセントだって発生させたくないんだよっ!
「若は、ただ単に雨花ちゃんの写真が欲しいんじゃないのかなぁ?あんまり持ってないんじゃ、ないかなぁ?」
咄嗟にそんなことが言えちゃった僕、ぐっじょぶ!
「え?そう?皇、オレの写真、いっぱい撮ってるよね?」
キティラー、本人の目の前でも、いっぱい写真撮ってたぁ!
「え?もっと欲しいの?」
雨花ちゃんがなんだか照れている。
「あ、だったらふっきー、オレにも皇の写真ちょうだい?オレももっと皇の写真、欲しいから。オレの携帯に送ってくれる?」
そう言って、携帯を取り出した雨花ちゃんは、自分の携帯で撮った写真を保存しているアプリをタップした。
『ほら!この皇が今一番のお気に入り』と、見せてくれた雨花ちゃんの携帯電話を、思わず勝手にスクロールすると、気持ち悪いほど若の写真が、あとからあとから、あとからあとから……若、若、若で埋め尽くされていた。
思わず『ひっ!』とか、言いそうになったのを、我慢出来た自分を褒めたい。
「……私は!若の写真も、雨花ちゃんの写真も、一枚も持ってませんので!失礼致します!」
僕は、若の部屋から逃げ出すように飛び出した。
若……雨花ちゃんには、万が一あの気持ち悪いボードを見られたとしても大丈夫でしょう。何ならあのボード、隠さず雨花ちゃんに見せたらいいんですよ。雨花ちゃん、絶対喜びますって。
ドアを閉めきる前に『充電しに参ったと申したな』『うん、お前を充電しに来た』と、いうお二人の声が漏れ聞こえてきて……。
充電って、そういう充電!?
っていうか、ドアしっかり閉まったのを確認してから、そういうやり取りしてくださいっ!
「……まさか、ここまでとは」
忘れてたけど、占者様が選んだ嫁候補は、誰を選んでも若とお似合いなんだった。
しっかし、まさかあんな気持ち悪……いや、おかしなところまで相性ぴったりとは……おそるべしです!占者様!
僕、占者様のご宣託は、この先も100%信じる!
「……」
ま、お二人が幸せなら、気持ち悪くてもキティラーでも、もうこの際何でもいいんだけどさ。
お二人の相性が、気持ち悪いところでもぴったりということがわかってある意味安心しつつ、僕は松の丸へ急いだ。
……もう、すっごい疲れたぁ。
ああ、早く帰って、ニューモデルのパソコンを組み立てよう。ストレス解消には、パソコンの組み立てが一番だ。この調子だと、年内何台組み立てられちゃうかわかんないよ。古いやつをバラして、カスタマイズするか……。
そうだ!次、若が無茶振りしてきたら、新しい部品を買ってもらうとしよう。僕には、ホールケーキより、そっちですよ、若。
fin.
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