イングランドにいるおばあ様に、一緒に挨拶に行っておきたいと皇にちょっと話したら、それなら春休み中に行くか……と、イングランド行きがとんとん拍子に決まった。 一度おばあ様に会っておいてほしかったと話すと、皇は、多分すでに、うちのおばあ様と、会ったことがあるんじゃないかと思うなんて言い出した。　 鎧鏡家の夏の定番、モナコ旅行の際に開くパーティー会場に飾られる花は、うちのおばあ様が総指揮を取っているという。初耳！ おじい様が亡くなったあと、鎧鏡一族は、おばあ様のことを手厚くバックアップしてくれたそうだ。その恩を、おばあ様はどうしてもお返ししたいと思っていたようなんだけど、鎧鏡の総本山である日本では何も出来なかったらしい。 それでも、何かの形で恩返しを……と思っていたところ、海外の別宅なら女性も普通に出入り出来るということで、一応、華道の家元を名乗るおばあ様が、海外で開かれるパーティ会場の装花を担当させてもらうことになったんだそうだ。 今はもう高齢だし、イングランドから近いモナコのパーティーだけを担当してるってことなんだけどね。 皇と二人で、一泊くらいでちょっとそこまで行ってきます！的な軽いノリで、おばあ様のところに行くつもりだったのに、オレたちがイングランドに行くって話を、どこかから聞きつけたはーちゃんも、おばあ様にいつみさんを紹介したいなんて言い始め……それならいっそみんなで行こうかという話になり、柴牧家の家族旅行みたいになっちゃったっていう。 ところが、オレたちが海外に行くと聞きつけた大老様に、鎧鏡専用のジェット機で行くように言われ……何百人も乗れそうな大きなジェット機に、うちの家族と皇といつみさんが乗り込んだ時には、機内にはすでに、何十人かのお世話係と、警備の人たちが乗っていたっていう……。 それでも、いずれ護群の幹部に……なんて言われているいつみさんが同行していることで、鎧鏡一族の旅行時よりは、だいぶ警備の人数は少ないって話だったけど……。 オレの、”一泊くらいでちょっとイングランドまで計画”は、あっという間に大掛かりな、鎧鏡さんちの行事みたいになってしまった。 だけど、イングランドのおばあ様の家に着いて挨拶を済ませると、すぐにおばあ様が床に臥せってしまった。 すぐにお医者さんに診てもらったところ、過労だろうということで……。どうやら、オレたちを迎えるために、随分張り切ってしまったらしい。 おばあ様の負担になるし、皇も紹介出来たし、オレたちはもう帰ろうか……という話をしたところ、今日は生け花の稽古日だと、いきなり母様がそんなことを言い出した。 急なことで、生徒さんたちに中止の連絡が出来ない。はーちゃんかオレのどちらかが稽古をしてくれないか。やるわよね？と、半ば脅しのように"お願い"された。 「はーちゃんが教えたほうが良くない？ついこの前までここにいたんだし」 「私、教えるの性に合わないのよ。生け花なんて個人のセンスの問題で、好きに活けたらいいじゃないって考え方だから、all　okになっちゃって。駄目なところにケチつけられないんだもの。私には、お花を教えるのは無理だって、おばあ様に言われてるの」 「ええ？嘘！」 「本当よ」 その言い方だと、オレが生徒さんたちの作品に、ケチをつけるのがうまいみたいじゃん。 「ってことで、よろしくね？若センセ」 「やめてよ」 「あ。若様もご一緒に、あっくんの生け花教室に出てみたら？」 「あぁ」 「えええええっ？！ヤダよ！」 「何故だ？」 「緊張するじゃん！絶対ヤダ！ホントにヤダ！」 「何、いちゃこらしてんのよ！いいから早くお仕度なさい！」 はーちゃんに皇から剥がされて、着物を着るように命令された。 はーちゃんは、オレが皇の嫁に決まったあと、皇に対する態度が随分くだけた気がする。 はーちゃんにそう言うと、だって若様は、私の弟になるんじゃない！って。 いや、まだそうじゃないし。何か皇、普通に柴牧のみんなと馴染んでるけど、これでも一応、鎧鏡家の若様だよ？ホントはーちゃん、怖いもの知らずなんだから。 着物を着て出ていくと、どこで着替えたのか、皇まですでに着物に着替えていた。 「ちょおおおおおっ！」 お稽古出る気、まんまんじゃん！ 「やだ！お前が出るなら、オレやらない！」 「わがまま言うんじゃないわよ！じゃあ何？熱出してるおばあ様にお稽古しろって言うの？あっくん、そんな非道な人間だったの？」 はーちゃんがすごい怖い顔でオレを睨んでくる。 「そなたが鎧鏡の嫁に決まって、非道な人間になったと思われるのは、心が痛む」 何なの？この二人の小芝居！いつ打ち合わせしたんだよ！ 「……やればいいんでしょ！やれば！」 「そうよ。やればいいのよ」 「はーちゃん……なんか母様に似てきた」 そう言うと、『親子だもの、似るわよねぇ。ホント私に似て美人になって』と、オレの後ろで母様が高笑いした。 ……二人とも、ホント強引なんだから。 「似なくていいのに」 オレがボソッと呟くと、母様とはーちゃんは揃って『なんか言った？』と、こちらを睨んできた。 「いえ」 本当に柴牧家って、女性陣が強いんだから。 今日の生け花のお稽古は、ご近所の女性が５人来るという。どの生徒さんも、何年かお稽古を続けてくれているということで、最後のお直しだけしっかり見てあげて欲しいと、おばあ様から言いつかっていた。 生徒さんが揃ったところで『今日は私がお稽古をつけさせていただきます』と、生徒さんの前でお辞儀をすると、一番後ろに助手という名目で座っていたはーちゃんが、『おばあ様の孫で、私の弟なんです。ちゃんと師範の資格は持ってますので安心してください。若先生とでも呼んであげて』と、みんなに話し掛けた。 どうせそこにいるなら、はーちゃんが教えてくれたらいいのに。 そんな風に思って、ちょっとブスっとすると、生徒さんたちは口々に、cuteだのなんだの言ってくる。ほとんどが母様くらいの年代の生徒さんで、なんていうか……母様的な感じで遠慮がないというか、親しみやすいというか……。 とにかく早く始めよう。 オレは生徒さんたちにお花を渡して、今日初めて花を活けるという皇のところに向かった。 皇に、お花を活けるための基本中の基本を話して『まずは好きなように活けてみて』と放置しておいたら、皇の隣に座っていた生徒さん……今日の生徒さんの中で一人だけ若い……えっと……おばあ様が書いてくれた生徒さんメモによると……アリスさん！そのアリスさんが皇に、『今日初めてなんですか？』と、話し掛けた。 その質問に『はい』なんて答えている皇を見て、ものすごい新鮮っ！と、ちょっとオレは興奮した。 だって、皇が女性と話しているところなんて、両手で数えるくらいしかないんだもん。それもうちの母様とはーちゃん、珠姫ちゃん、一緒に連れて行ってもらった料亭のおかみさん、とか……家族か、皇よりも随分年上の女性と、しかない。 アリスさんは、オレたちよりも二歳上とのことで、長いブロンドの髪と緑の瞳をしていて、雑誌から抜け出てきたような綺麗な女性だ。 そのアリスさんと皇が、花に囲まれて話している様子は、さながら何かのコマーシャル撮影のようだ。 「お似合いねぇ」 皇たちの前に座っていた生徒さんが、二人を見てそう言った。 わかります！えーっと、そんなことを言ったあの人は……アンバーさん、かな？ 「若先生のお友達なの？」 皇にそう聞いたのは……えっと、ザラさん、かな？ 皇が余計なことを言う前に、オレが『そんなようなもんです！』と、返事をした。 今回のこの柴牧家の家族旅行に皇が同行しているのは、次期当主として、イングランドにある柴牧家の子会社の視察のため……と、対外的には発表されている。 同じ学校に通っていた直臣衆の息子であるオレと、卒業旅行も兼ねて一緒に来たのだろう……的な噂を、大老様がまいてくれているらしい。 なのに！ 今のザラさんの質問に、皇が『旦那です』なんてシレっと答えたら、大老様の苦肉の策が台無しだ。 「彼女はいるの？アリスなんてどう？素敵な出会いじゃない！」 そう言ったのは……うーん、エイダさんかな？ 素敵な出会い？確かに、アリスさんは綺麗な人だけど……皇のそういう出会いは、もうオレで終わってるんです！ オレは『お時間なくなりますよ』と、努めて穏やかに、エイダさんの言葉を流した。 生徒さんたちは『はーい』と返事をして、それぞれお花を活け始めた。 ……良かった。あれ以上アリスさんのことをゴリ押しされてたら『皇はオレの旦那です！』とか、オレが言っちゃってたかも。 はーちゃんがニヤニヤしながら、オレの隣にやって来て、『妬いたの？』と、聞いてくるので、『万が一アリスさんが変な期待したらかわいそうでしょ？』と返事をすると『うわぁ……そういうとこママそっくり！』と、嫌そうな顔をした。 そういうとこって、どういうとこ？ オレがわからないという顔をすると『愛されてるのは自分ですって、自信満々なところよ』と、おでこをグーで押してきた。 グーはないでしょ！グーは！ 「助手はみんなのお手伝いをしてください」 そう言うと、はーちゃんはふふっと笑って『ま、私も圭ちゃんの愛情を疑ってないけどねぇ』と、よくわからない張り合いをしてきたので『はいはい』と、いなすと、『生意気！』と、笑いながら生徒さんたちのところにいってしまった。 「……」 自信満々かよって、オレも自分でそう思った。けど！ こんな風に思えるようになったのはつい最近で……それまではずっと、こんな強気発言、絶対出来ないでいたんだから……。 最近、ようやくオレ、皇に愛されてるんだなぁって、実感出来るようになってきたんだから、家族にくらい"愛されてます"自慢したっていいじゃん！ 生徒さんたちの作品に、はーちゃんいわく”駄目だし”をして、お稽古を終わらせた。 生徒さんたち全員を見送ると、はーちゃんが『あっくん、家元のお仕事、継いだら？』なんて言い始めた。 おばあ様は、”柴牧流華道の家元”を名乗っている。そんな大きな流派じゃないんだけど。 「何言ってんの？オレは医者になるんだって」 「だってすごい適切だったわ、ね？若様」 「だからぁ！その態度！”若様”って、あだ名じゃないんだからね！」 「わかってるわよ！あっくんなんか、若様に対してもっとひどい扱いしてるじゃない！」 「オレは嫁だからいいんだよっ！」 「……若様が気を使わないようにって、考えに考えて、こうすることにしたのに！」 「え……」 「だって圭ちゃんが、若様、すごい緊張してるって言ってたから。だから、私たちは家族になるんだって気持ちで接しようって思ったの！」 そう、だったんだ……。 っていうか、今までスルーしてきたけど、いつみさんを"圭ちゃん"って、ものすごい違和感が……。 「雨花。姉上殿のおかげで、余の緊張はほぐれた。そのように申すでない」 え……お前本当に緊張してたの？ 「だって……はーちゃん、こんなんでいいの？」 「良い。生まれて初めてできた余の姉上だ」 「きゃあぁん！」 はーちゃんは、おかしな声をあげて照れている。 そこに、父上といつみさんが、柴牧の会社の支社への挨拶廻りから帰ってきた。 「あ！圭ちゃん！おかえりなさーい！」 姉上は、いつみさんに飛びこむように抱きついた。ムキムキマッチョのいつみさんは、こともなげに受け止めたけど……今の、結構な衝撃だったと思うよ？ 「お稽古、どうだった？」 父上がコートを脱ぎながらそう聞いてくるので『まずまずです。あ、ちなみにこれ、皇の作品です』と、玄関に飾った生け花を指した。 生徒さんたちは、一度活けたお花を抜いて、お花袋に入れて持ち帰ってもらうけど、皇の作品は持ち帰るところもないので、お直しもしないまま、ひとまず玄関に置いておいたんだ。 「おお！さすがです！若様！」 「は？いや、全然なってませんけど！」 そう言うと皇が『どこが悪いのだ？』とか言うので、すぐそこにあった花鋏で、チョンチョンっと手直しを入れた。 「こんなもんですかね。どうですか？」 「……参った」 皇がそう言って驚いた顔をするので、オレたちはブハッ！と吹き出した。 「うーん、さすがね、あっくん。やっぱり華道の先生、合ってると思うけど」 「やーりーまーせーんってば」 医者になるために、ものすごい勉強してきたっていうのに。 「はーちゃんが継いだらいいじゃん」 「だからぁ、私は教えるのが苦手なの！」 「背中で覚えろ的なお教室とかにしたら？」 「そんなお教室、誰が来るのよ」 オレたちが言い合いを始めると、父上はリビングに入って行ってしまった。 「いつみさん、今更なんですけど、本当にはーちゃんでいいんですか？」 そう言うと、はーちゃんが慌てて『いいに決まってるでしょ！やっとオーケーもらったんだから、そういうこと言うのやめて！』と、やや本気で怒ってきた。 あの新年会のあと、はーちゃんに、どういう経緯でいつみさんと結婚なんて話になったのか聞いたんだけど、詳しくは話してくれなかった。 はーちゃんが日本に戻ってきてから、すぐにいつみさんと出会って、短期間も短期間のうちに結婚するって話にまでなったはずなんだけど……。ちょっと話してくれた内容は、その短期間のうちに、はーちゃんはいつみさんに何度も振られてる……みたいな話だったんだよね。 はーちゃんは生まれてこのかた、振られたことなんて一度もないって、いつだか豪語していた。それくらいよくモテる人で……母様が言っていたように、確かに見た目だけなら……まぁそれだけなら、我が姉ながら綺麗な人だとは思う。 さっきの生徒さんのアリスさんにも見劣りしない……なんていうのは、家族の欲目……なのかな？ でもオレは、小さい頃から、この綺麗で華やかな姉上が大好きで、どこに行くのも一緒に行きたがっていた記憶がある。 そんなはーちゃんを、短期間で何回も振るとか、一体はーちゃんのどこが駄目だったんだろう？ 「やっとオーケーって……いつみさん、はーちゃんのどこがイヤだったんですか？」 そう聞くと『ちょっと！私にイヤなとこなんてあるわけないでしょ！』と、今度こそ本気で怒られた。 「嫌なところなんてありません！」 「だって、何度も振ったって」 「振った……わけでは……。あの、ご遠慮させてもらいたいと……」 それを聞いてはーちゃんが『そうよ！振られたわけじゃないわよ！』と、口を尖らせた。 「私は、女性と付き合う、というような経験も、なかったですし……。私なぞが、葉暖さんのようなかたと、そのような関係になるなぞ……もったいなく……。何より、自分がお仕えする雨花様の姉上様に、そのような感情を抱くなど恐れ多く……」 いつみさんは、そこで何度か深呼吸した。 はーちゃんがいつみさんに惹かれたの、何かわかった気がする。 いつみさんって、何だか……すごい可愛い人だったんだなぁ。 いつみさんは、小さいうちに護群に青紙招集されて、ずっと鎧鏡家を守るために、強くなることだけを考えてきた人なんだ。 恋愛ごとなんて全く頭になくて……そんな風に生きてきたいつみさんが、はーちゃんと出会って、初めてのお付き合いをすることになったんだよね。 なんか……はーちゃん、いい人見つけたなぁ。 だけど！ 「そんな風に思ってたのに、なんで急に結婚することになったんですか？」 そう聞くと、はーちゃんといつみさんが顔を見合わせた。 いつみさんは、明らかに気まずそうな顔をしている。 これは……なんかきっと、言いづらいことがあったんだろう……けど！聞きたい！ オレがしつこく聞き続けると、はーちゃんは、他に人がいないのを確認してから『既成事実を作ったのよ！』と、開き直ったようにそう言った。 ……既成事実？ はーちゃんは『圭ちゃんに、何度付き合ってって言っても、それは出来ないって言われて。でも、じゃあ私のこと嫌いなの？って聞くと、嫌いじゃないって言うし。葉暖さんは自分にはもったいない！の一点張りで。嫌いじゃないなら付き合って！絶対後悔させないからって、そこまで言っても、葉暖さんにはもっといい人がいる、とか言うし！私にとっての"いい人"は圭ちゃんだって、私は一目でわかったのに！もう何をどう言っても、言葉だけじゃ埒が明かないと思って……ちょっと飲ませて乗っかったの！』と言って、腕を組んだ。 「……のっかった？」 「そう。一緒に飲みに行って、無理矢理ホテルに連れ込んだのよ」 ホ！……ホテルっ！？に、連れ込んだぁ？！ 「無理矢理って……それ、犯罪だよ！はーちゃん！」 そう言うといつみさんが『申し訳ございません！』と、オレに土下座した。……んだけど、謝るのはいつみさんじゃないから！はーちゃんだから！いや、何ならオレもはーちゃんと一緒にいつみさんに土下座だよ！ うちのいつみさんに、なんてことしてくれてんの！はーちゃん！ 「失礼ね！同意の上よ！自分にはもったいないなんて言ってるんだから、私のこと好きって言ってるのと同じでしょ？私が高嶺の花過ぎて、二の足踏んでるようだから、私のほうから、もったいないことないんだってところを、バーンと見せたのよ！バーンと！確かに？ちょっと無理矢理なところはあったかもしれないけど！今、圭ちゃんは私のお婿さんになってんだから！ちゃんと私は責任取ってんの！」 責任取ったって言うの？それ。いつみさんに無理矢理責任取らせたんじゃないの？！ オレがいつみさんに土下座しようとすると、いつみさんはもう一度『本当に申し訳ございません！』と、土下座して、『そのような流れで、雨花様の姉上様に……その……破廉恥な真似を！生まれて初めてのことで……堪えがきかず……』と、聞いているほうが恥ずかしいようなことをぶっちゃけてきた。 そのあと、また深呼吸をしたいつみさんは、『その時に、この先の、葉暖さんの人生の全て、自分に全力で守らせてください！と、プロポーズさせて頂きまして……葉暖さんにご了承を頂きました！』と、プロポーズ秘話まで話してくれた。 いつみさんがそう言ってはーちゃんをチラリと見上げるので、オレもつられてはーちゃんを見ると、はーちゃんはちょっと涙ぐんでいる。 ええええ？！はーちゃん？！オレの知ってるはーちゃんは、今ので泣くような人じゃない！ はーちゃんは『ほーら！同意の上でしょう？』と、フンッと顔をそらしたあと、いつみさんの手を取って立ち上がらせた。 『ありがとうございます』と言ったいつみさんに『それは私のせりふ』と言って『ありがとう』と、笑いかけた。 「……」 絶対、はーちゃんの犯罪まがいの始まりだったんだろうと思う。だけど、こんな幸せそうなはーちゃん、初めて見た気がする。 はーちゃん……本当に素敵な人を見つけたんだね。 「っていうか！私のこと犯罪者呼ばわりしてますけど！圭ちゃんが私のお婿さんになったから、二人だってうまくいったんでしょ？お礼して欲しいくらいだわ！ね？」 はーちゃんはそういつみさんに言うと『ホント生意気になっちゃって！』とか言いながら、いつみさんと一緒にリビングに入って行った。 「誠、感謝せねばならぬな」 皇がそう言いながら、オレを抱き寄せた。 確かに……はーちゃんの結婚相手がいつみさんなんて、もうこれ以上ないってくらい出来過ぎな話だ。 これも全部、サクヤヒメ様の思し召しってやつなのかな。オレがスムーズに皇の嫁になれるように……みたいな？そうだとしたら、鎧鏡家どんだけ守られてんだよ。 「……」 皇を見上げると『ん？』と、微笑んだ。 オレも……来年にはその鎧鏡さんちの一員に、なるんだよね。 「うん！感謝しないとね！」 皇の手を引いて、オレもリビングに急いだ。 リビングに入って、父上と母様に、お稽古も終わらせたし、オレたちはこれで帰ると伝えると、はーちゃんといつみさんも、一緒に帰ると言い出した。 はーちゃんが、早く帰って仕事がしたいし……なんて言って。 バイトでも始めたのかと聞くと、違うわよと、はーちゃんが高笑いした。 はーちゃんは、柴牧に婿に入るいつみさんが、この先担う予定だった阪寄家の仕事を、いつみさんの代わりにすることになったんだそうだ。その研修を、ここんとこずっと阪寄家でしているのだという。お正月に帰ってこなかったのも、いつみさんちで研修をしていたからだって。 阪寄家は、直臣衆の北様の一番の家臣さんで、家業は宮大工の流れを組む建築業を営んでいるという。 サクヤヒメ様をお祀りする神社は全国にいくつもあるけど、その補修やら改築、それから、歴史的にも価値があるという曲輪の中のお屋敷や、各地にある鎧鏡家由来のお城なんかの改修を任されているんだそうだ。 昔っから、建築物の美しさに魅入られて、建築の勉強をしてきたはーちゃんに、五位さんの実家の家業は、とにかくぴったりの仕事だったってわけだ。 建築の勉強をしたはーちゃんが阪寄家の家業を手伝うってことで、阪寄家も、いつみさんが柴牧に婿入りすることを二つ返事で了承してくれたんだって。 自分の姉上を褒めちぎるのもどうかと思うけど、はーちゃんは本当に、建築オタクってくらい、建築の勉強はみっちりしてきている。イングランドでも建築系の大学院に通ってたし。それに飽き足らず、神猛でも、建築学部に通ってるくらいだ。 だから同じ建築学部の大学院に通っていたいつみさんと出会うことになったんだろうけど……。 そんなはーちゃんは、絶対に阪寄家の戦力になるはずだ。 っていうか……はーちゃんの結婚は、ますます、サクヤヒメ様の思し召し説が濃厚になった気がする。全てにおいて、こんなにうまいこと回ってるなんて……。 そういうことなら一緒に帰ろうかということになり、おばあ様に帰りますと挨拶に行くと、せっかく来たんだから、もう少しいてくれたら元気になるから……と、寂しそうな顔をされてしまった。 だけど、オレたちがいたら、何より休養が必要なおばあ様に、また無理をさせてしまいかねない。 オレたちだけならまだしも、家臣さんたちもたくさんいるわけだし。気を使わなくていいって言ったって、気を使わないわけがないんだ、このおばあ様が。 オレが、おばあ様に何て言おうかと思っていると、皇が『雨花と二人なら半日かからず来られます。朝、会いたいとお呼びくだされば、昼ごはんに間に合いますから。今はまずご静養ください』と言ってくれて、普通のジェットなら１３時間くらいかかるけど、鎧鏡の恐ろしく速い飛行機は、三分の一くらいの時間で飛べる。いつでもここまで来ますから……と、具体的な説明までしてくれたので、おばあ様は、それなら大人しく休ませてもらいますと、にっこりしてくれた。 「おばあ様のハーブティ、次は絶対飲ませてください」 そう言うと、隣ではーちゃんも『私も！』と、大声を上げた。 おばあ様は『もう旦那さんをもらう人が、そのように大声を上げて、はしたない』と、顔をしかめたのを見て『この調子ならすぐ治るね』と、父上が笑った。 父上と母様は、帰りは普通の飛行機で帰るというので、オレたちは鎧鏡専用ジェットで、大勢の家臣さんたちを引き連れて日本に帰ることにした。 帰りの飛行機の中で、今日のお稽古の話が出ると、皇が、オレがちゃんと先生をやっていて驚いた、なんて失礼なことを言った。 それを聞いてはーちゃんが『あっくんは言うべきことを柔らかくズバッと言うから、先生向きだと思う。家元を継げばいいのに』なんて、また言い出した。 「柴牧家は梓の五位が継ぐとして、柴牧流華道は誰が継ぐ？」 「はーちゃんが継げば？」 「だから！私、教えるの性に合わないんだったら！大丈夫よ、パパが継ぐだろうから」 「はぁ？」 確かに、父上も師範の免許を持っているのは知ってるけど……。 「ママがほら、あんなんだから、お花は習ってないでしょう？おばあ様は、柴牧の名前を持たない人に家元を譲ってもいいと思ってるみたいだけど、パパ、早いうちに仕事を隠居するって言ってるし、そのあと時間があるんだから、家元やったらいいのよ」 簡単に言うなぁ。 「だとしても、父上のあとははーちゃんが継ぐんでしょ？だったら、父上飛び越して、継いであげたらいいのに」 「私でいいならいいけど……おばあ様も嫌がると思うわ。本当に私、教えるのへたくそだから」 はーちゃんは顔をしかめた。 「あ！何なら圭ちゃんが継いだらいいじゃない。柴牧に入るんだもの。これからお花を習ったらいいわ。ほら、いい先生がいるし。すぐそばに」 はーちゃんはオレを指さした。 「オレ？！」 オレが自分を指さすと、皇が『それは良いな。余にもご教授願いたい。若先生』と、口端を上げた。 お花のお稽古をしている時、生徒さんがオレのことを、若先生と呼んでいたのを、皇は何故か気に入ったらしい。 「っていうか、いつみさんにそんな時間あると思ってるの？オレにだってありません！」 いつみさんは四月から、神猛の経営学部に通うことが決まっていた。はーちゃんとの結婚が決まってすぐ、内部編入の試験を受けたんだそうだ。柴牧を継ぐための準備として、しっかり経営の勉強をしたいと言ってくれたって、父上がすっごく喜んでいた。 そんないつみさんが、華道なんて習ってる場合か！ 「えーだって圭ちゃん、お着物似合うイケメンだから、きっと大人気の家元になると思うの！」 はーちゃんのその言葉を聞いて、いつみさんが『え、そうですか』なんて、見るからにデレデレしている。 「……」 護群は、見た目から強くないといけないって言われているそうで、いつみさんも、あきらかにムッキムキだ。このムキムキマッチョの強面いつみさんがデレデレしているとか……。 だっていつみさんは、梓の丸の中でも、時代錯誤だとか、侍か！とか、融通きかないとか、そういう馬鹿真面目キャラだったのに。 それが、このデレデレっぷり！ はーちゃんもいつみさんと会って変わったけど、はーちゃんもいつみさんを、こんな風に変えたんだよね、たぶん。恋の力って、すごいなぁ。 っていうか……やっぱりはーちゃんの結婚も全部、サクヤヒメ様の思し召しなんじゃないの？ 本当にサクヤヒメ様ってすごいっ！ 「では、帰ったら早々、始めるが良い」 「はあ？！」 「華道教室だ」 「やらないって言ったじゃん！」 「いいじゃない。圭ちゃんに家元を継げなんて言わないわよ。でも柴牧家の婿になるのよ？お花くらいチャチャっと活けられないと！基本を覚えるくらいなら、そんなに時間かからないでしょう？」 オレがなんの返事もいないでいると『お願いしますっ！』と、はーちゃんといつみさんが一緒に頭を下げた。 「ええええ？」 オレがさらに渋ると、はーちゃんが皇の腕を肘でつついた。『一緒にお願いして』と、いう意味らしい。 それを見てオレが『ちょっと！』と、皇とはーちゃんをひきはがすと『何、妬いてんのよ』と、はーちゃんにニヤニヤされた。 「ちーがーう！いくらはーちゃんが皇の姉上になるからって、皇は鎧鏡の若様なんだから！ここに大老様でもいたら、はーちゃん切腹の危機だよ？」 「えっ？！」 「いや、そのような心配には及ばぬ。大老は雨花の言いなりゆえ」 「はぁ？！」 確かに、大老様の命を預かる……とか言っちゃったけど！あれからだってオレと大老様の関係、別段変わってないからね？ 「余からも頼む。誠、華道がしてみたい」 そう言って、ペコリと皇がオレに頭を下げた。 「ちょっ……やめてよ！」 皇の頭を上げようとすると『では、青葉。余と五位に華道を教えよ』と、今度は命令してきやがった。しかも”青葉”って、名前付き！ もーーーー！そんな命令、断れないじゃん！ オレはブスーーっとした顔で『わかりましたよ！』と、返事をした。 「うわぁ！さっすが若様！んじゃあ、若先生。うちの圭ちゃんが、チャチャッとお花が活けられるようになるまでよろしくお願いしますね」 「……」 皇はオレの隣で『雨花が余の若先生か』と、ちょっと口端を上げて、上を向いた。 こいつ……今、なんか絶対、よからぬことを考えている気がする。 絶対なんか……いやらしいこと、考えてる気がするーっ！そんな顔、してるもん！ え……まさか……若先生と生徒ごっこ……的な？こと、しようとか？ 「……」 皇に『若先生』とか呼ばれながら、その……夜伽、っていうのも、まぁ、それはまぁ、それはそれで、ねぇ……。 「う……」 自分のそんな思考が恥ずかしくて、叫び出しそうになったのを堪えた。 「どう致した？」 「なっ、なんでもない！」 「ん？何を考えておった？」 「……お前と同じ、かも」 そう言うと『ほう、そうか』と、こっそりオレの手を掴んできた。 ……やっぱり絶対、いやらしいこと考えてたでしょ！こいつ！ 「余には個人稽古をつけよ」 皇が、そう耳元で囁いた。 「う……」 これは……若先生と生徒ごっこが、現実味をおびてきた。 「稽古が楽しみだ」 ……それに関しては、オレも……まぁ、ちょっと……同意、する、かも。 口端を上げる皇の手を、こっそり握り返した。 fin.