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門番は語る~雨花様のうはうっかりのう~
はじめまして。よろしくお願い致します。
はい。え?私の鎧鏡家での仕事内容……ですか?話していいのでしょうか?何でも話せとお館様がそう命じられた?そうですか。わかりました。
私は、鎧鏡護群 の北系 に所属しております。この正門での警備を任されることが多いですかね。
はい、護群の一員です。ですので、圭吾のことは本当に嬉しく……あ、阪寄圭吾です。柴牧家に婿入りするという、一躍有名人になりましたあの圭吾です。ええ。圭吾も私と同じ北系所属ですので、鼻が高いといいますか。
北系?ああ、ご存知ないですか?護群は秘密の多い組織ですし、基本、この正門番以外の者が護群であることを口外しないよう言われておりますので、ご存じないのも致し方ないかと存じます。
あ……私が護群についてもお話していいのでしょうか?
いいんですか?本当ですか?
わかりました。
では……。
護群というのは、直臣衆の直属の部下……とでもいったらいいんですかね?仕事内容はざっくり言って、鎧鏡ご一族と一門を守ること……だと思うのですが、仕事を遂行するにあたって、色々と細かく分類されているんです。
日本の警察組織と似ているところがあると思います。まぁ内容的には、日本の警察よりも守備範囲は広いですよ?消防活動や司法的なことまで担っておりますから。詳しく知りたいのであれば、護群に入ることをおすすめします。体力に自信はおありですか?職場で会える日をお待ちしております。
あ、そうそう、北系……の話でした。
直臣衆と名乗るのを許されているのは、36家系じゃないですか。え?直臣衆についても詳しくないんですか?ああ、まぁまだお若そうですし、無理はありませんよね。あの雨花様も、ここにいらした当初は、直臣衆の存在すらご存知なかった……なんて噂を聞いたことがあります。
いや、いくらなんでも、雨花様はあの柴牧家 様のご子息様ですよ?直臣衆の存在をご存知ないわけないじゃないですか。面白い噂を流す輩がいるもんですよね。まぁ、細かいところまではご存知なかったってことはあるかもしれませんけど……。噂には尾ひれがつくって本当ですね。
そんな噂がたつくらい、若い人が、直臣衆について細かい内容をご存知ないのは無理もありません。詳しい組織図があるわけでもないですから。
ああ、そうそう。北系……の話でした。
直臣衆は、鎧鏡一門に所属している家臣の中でも、36家系だけに許されている誉れ高い役職?……とでも言うんですかね。鎧鏡ご一族から、直接家臣になることを許された、鎧鏡家に古くからお仕えしていらっしゃるご家系のことです。
36家系ある直臣衆の中にも"位"がありまして、一番高い位が『家 』と名乗るのを許されている四家系だけなんです。鎧鏡四天王……なんて言われてますよね。聞いたことありますか?
北、南、東、西という階位名をいただいている家系です。階位名?ああ、役職の名前みたいなものですね。会社でいったら、社長や部長や……そういう役職の名前のようなものです。
私が所属している北様は、直臣衆の中で一番位の高い階位なんです。ですが北様は、本当に穏やかな方でお優しいんですよ。本当に偉い人っていうのは、いつでも余裕があるものなんでしょうね。
その四天王を頂点として、直臣衆は四分割されていまして、直臣衆直属の我々護群も、それに伴って四分割されているんです。北様の下についている私なんぞは、"北系"と呼ばれております。
曲輪内の警備は、曲輪の中を四つに割って、それぞれ、北系の護群、南系の護群、東系の護群、西系の護群が決められた場所の守備を任されているのです。
北系は、この正門と、本丸周りが持ち場なんです。
この正門勤務が出来るのは、まぁ自分で言うのもなんですが……曲輪勤めの護群の中では、エリートなほうだと思います。
それといいますのもこの正門は、鎧鏡一門の人間だけでなく、門外のお客様がお見えになる際の窓口でございますので、いわば鎧鏡一門の顔になるわけですから、見栄えもねぇ?関係していると言われておりまして。この正門勤めの辞令をいただくまでに、何度も審査があるんですよ。
護群なんて、日々の過酷な訓練だけでは飽き足らず、強さを求めて筋トレや鍛錬をしまくっている人間ばかりです。その中で、見栄えまでいいなんて、そうそういませんよ?
それに関しては、圭吾はいずれ、この正門番に選ばれるだろうなんて言われていたんですけどね。柴牧家を継ぐとなると、護群は抜けるでしょうから……残念です。
護群については、なんとなくおわかり頂けましたでしょうか。
ええ、そうですか。良かったです。
え?他にお知りになりたいことが?はい。何でしょうか?……えっ?雨花様について……ですか?私に?
え?私の知る、雨花様……ですか?
それ、お話ししてもいいんでしょうか?それこそ重要機密扱いなのでは?
はい。……ええ、本当にすべて話していいんですか?……わかりました。
ええ、忌憚なく?ああ……はい。お館様からそういった命令があったのなら……はい、忌憚なく、お話しさせていただきます。
私が知る雨花様の話……ですが……えっと……しつこいようですが、本当にそんな話をしてもいいんでしょうか?先日、大老様がほら……ねぇ?え?ご存知ないですか?ほら、腹を……。
そうそう!そうです!切腹騒ぎが、ねぇ?
私はその場におりませんでしたので、大老様の切腹の儀式事件については、噂で聞いただけなんですけど……。
雨花様のお話をすることで切腹しろ……なんてことには……ならないですか?
先日のあれ、大老様が雨花様を、何か危険な目にあわせてしまったと勘違いなさってのことだった……と、聞いております。勘違いでそんな、切腹騒ぎですよ?私が雨花様のお話をしたことが、大老様におかしな風に伝わって、切腹しろ!なんてことには……ならない?本当ですか?
わかりました。信じます。
と、いうか……大老様の切腹の儀式を止めたのが雨花様って、本当かご存知ですか?ちょっと、嘘だろ?って、思ってたんですけど。
雨花様って、アレですよね?え?アレ?ほら……少し、ポヤっとなさっていらっしゃるっていうか……。
え?雨花様が切腹を止めたのは、本当なんですか?うわぁ……こりゃ、まずい話をしちゃいました。
いや、これ、私が知っている雨花様話につながるんですけど……。
くれぐれも、私が話したって大老様には知られないようになさってくださいよ?
私、正門番として、雨花様の持ち物検査は、何度となくやらせていただいているのですが……。
なんというか……雨花様の持ち物は、全体的にお可愛らしい物が多い印象なんです。聞いたところによると、持ち物のほとんどは、梓の十位様がご用意なさっていらっしゃるそうですね。なので、十位様のご趣味なのかもしれませんけど、雨花様の見た目にはお似合いかと思います。
え?お顔?ああ、そりゃあ私は門番ですから知ってますよ。お顔も見せていただかねば、本当に雨花様かどうかわからないじゃないですか。
どこの門番も、いつもはベールで隠されている奥方様候補の皆様のお顔を見たい放題です。その分、口が堅いっていうのが、採用条件にございまして……。あ!本当に、私から聞いたって、誰にも言わないでくださいね?
いやぁ、すごくお綺麗ですよ?雨花様。
候補様方は、みなお綺麗ですけど……。あ!でも楽様は、本当に恐ろしいほどに整ってますね。西洋の血が入っていらっしゃいましたよね?フランス人形みたいですよ、本当に。
あ、ちなみに梅様はすごくお可愛らしいです。あれで、国体で優勝なさってるっていうんですから、すごいですよね!私は、梅様が奥方様になるんじゃないかって思ってました……って……あ、これはオフレコでお願いします。
え?あぁ、私が知っている雨花様の話を聞きたいんでしたね。失礼しました。
そうそう、雨花様といえば、この正門勤務の中では、有名な方なんです。
どういう意味でかって……いや、本当に内緒にしてくださいよ?
雨花様は、とにかくおかしな物を持って出かけようとなさるし、持ち込もうとなさるんです。
あ、いえいえ、わざとって感じじゃないですよ?全然。だから、さっき申しましたように、ちょっとポヤっとなさっている印象がありまして……。
忘れ物はしょっちゅうなさってましたし、落とし物もしょっちゅうで。
朝、持って出た物と違う物が、帰りのカバンの中に入っているなんてこともしょっちゅうなんです。
たとえばどんな物……ですか?
たとえば……朝は持っていらっしゃらなかったパソコンのマウスが、お帰りになられた時のカバンに入っていたり。
朝は持っていらっしゃらなかった雑巾が、帰りのカバンに入っていたり。
まぁ、それくらいならもう驚かなくなってはいたのですが、先日などは、朝、学校にお出かけになるカバンに、何かのリモコンが入っていらっしゃいまして。雨花様に確認していただきましたところ、お部屋のテレビのリモコンだったらしく……。そのリモコンを入れたがために、携帯電話をお忘れになっていらして、お屋敷まで取りに帰る……なんてことをしていらっしゃいました。
そんな感じですので、私たちは、こっそり自分たちを、雨花様の忘れ物係と呼んでおります。
私たち正門番は、雨花様がいつもお持ちになる物は、全て記憶しているんです。違う物が入っていると指摘させていただきまして、雨花様にご確認してもらう……みたいなことを、高校に通っていらっしゃるうちは、ずっと続けておりました。
いつだったか、見慣れないペンケースが入っていましたので、これでいいのか確認したところ、案の定、三角定規しか入っていないケースを持っていらしていた……なんてことが幾度かありまして……。
この正門で、随分と雨花様の忘れ物を食い止めたと思いますよ?
ここは、落とし物や忘れ物の受付と管理もしているんですが、雨花様がいらしてからは、落とし物はまず、雨花様に確認するっていうのが暗黙のルールになったくらいです。
いやいや、本当なんですって。落とし物の半分……とまでは言いませんが、かなりの確率で、落とし物は雨花様の持ち物だったりするんですから。
そんなかたですので、大老様の切腹の儀式をお止めになったのが雨花様と聞いた時は、一瞬耳を疑いました。
まさかアノ雨花様が?と……。
この正門は、雨花様のうっかりしたところばかりを見る職場ですので……大老様の切腹をお止めになるなんてイメージは全くありませんでした。
雨花様は見た目からして、お強いという印象はなかったものですから……。占者様が張った結界を壊して、大老様の切腹を、体を張ってお止めになったんですよね?そんなことを、あの雨花様がなさったなんて……。
直臣衆のご子息様として、大切に育てられていらしたんだろうな……くらいに思っておりましたが、その切腹の件で、雨花様を見る目が全く変わりました。
それまで雨花様は、我ら正門番からすると、お守りし、お助けしなければならないお方……と、いうイメージが強かったのですが、実はものすごいお方だったのですね。
その話を聞いて、お館様を思い出したんですよ、私。お館様は、普段はにこやかで、のんびり庭いじりなさっていらっしゃるイメージですので、昼行燈なんて呼ばれたことがあるとか聞きましたが、でもお館様は、一門をしっかり統制されていらっしゃいます。雨花様も、昼行燈とまではいかないですが、ポヤっとなさっていらっしゃるイメージでしたのに、実はすごいお方だったのだと思いまして……きっと素晴らしい奥方様におなりになるかと存じます。
え?困ったかた?雨花様が?いえいえ!我ら正門番のアイドルですよ、雨花様は。なんていうんでしょうか。黙っていらっしゃれば、女性かと思うくらいの可憐な外見でいらっしゃるのに、ちょいちょい抜けていらっしゃって……眉を下げて『お手数かけてごめんなさい』なんて、言われるのを想像してみてくださいよ。
本当にお可愛らしいですからね?その雨花様を、我らがお助け出来ているのだという……喜び?ですよね。
梅様も、それはもう、あの可愛らしい見た目通りで『いってきます』も『ただいま』も、元気いっぱいで……アイドルですけどね。梅様の挨拶は、アイドルのファンサみたいだなって、いつも思っておりました。アイドルの鏡みたいな正統派アイドルですけどね。
雨花様は、一見ツンとして見えるくらいお綺麗な見た目で、中身はほら、そんなんですから。ギャップ萌えって言うんですか?我らは、雨花様の手荷物検査をするのを、楽しみにしているんです。ここだけの話、雨花様が何か忘れ物をなさっていらっしゃるほうが喜んだりしてました。
あ、ちなみに……楽様はお綺麗で、その見た目のまんま、一分の隙もないようなお方で、ちょっと近寄りがたいイメージでした。
あの新年会で、イメージが変わるまでは。
私、新年会に出席を許されておりまして。警備のほうで……ですけど。あの日の楽様を見て、それまであった楽様への苦手意識みたいなものが吹っ飛んだんです。
お綺麗なんですが、どことなく近寄りがたい方だったんですが、新年会でお父上様をお止めになったあのやり取り!……感動しましたよねぇ。
あのあと、天戸井様と楽様が廊下に出ていらして、ご一緒に泣いていらっしゃるところを見てしまいまして。あ、これもどうぞご内密に。素敵な親子だなって思いました。
楽様、若様の家臣団第一号に任命されたでしょう?普通の家臣にとったら、これほど名誉なことはありませんよ?
ちょっと冷たい印象があった楽様ですけど、あの廊下での親子のやり取りを見てしまったら、私は楽様が、家臣団第一号に任命されて、本当に良かったなぁと思いました。
護群は直臣衆直属の組織ですので、楽様の下で働くことはないでしょうが、たまに家臣団の依頼でご一緒することもあります。あの楽様を見た今は、楽様とご一緒にお仕事をさせていただく日が、楽しみになったくらいです。
それから……ですか?ああ、雨花様のこと、ですよね?
そうですねぇ……あ!雨花様は案外、体力がおありになる……ということでしょうか?
ええ、そうなんです。あんなに細い方ですが、すごいんですよ。
私、通常はこの正門勤務なんですが、たまに、お屋敷ごとに設置されている御門での勤務をすることがあるんです。欠員が出た時くらいなんですが。
いつだったか……結構前だと思うんですけど、梓の丸の門番をしたことがありまして。
シロを連れた雨花様が、散歩に行かれるという時に、ちょうど梓の丸の門番に入っていたんです。シロをご存知ですか?見たことあります?本当に大きいんですよ?あれ、初見だと、本当に驚きますよ。シロがいれば護衛はいりません。その時も、雨花様とシロだけでのお散歩でしたし。
梓の丸の門番をするのが、その時初めてだったんですが、持ち場に入る前に、雨花様の散歩時の注意点っていうのを、聞かされておりました。
本来なら、側仕えの誰かがご一緒するはずなんですが、雨花様がシロと一緒の場合のみ、側仕えがついていなくても、お止めしなくていい……というもので……。
理由を聞いたら、ついていける側仕えがいないからって言うんです。
どういう意味かおわかりになりますか?私もどういうことかわからなかったので詳しく聞きましたら、シロの散歩……と言っても、雨花様のは、散歩ではなく、ほぼランニングらしいんです。
三の丸のほうに行かれることが多いらしいのですが、三の丸までって、結構な距離ですよ?その走りについていける側仕えが、そうそういないらしいんです。最初はついていっていたようなんですが、側仕えがみんなヘトヘトになってしまったそうで。最終的に、普通について行けるのが圭吾ぐらいのものだったらしいんですよね。
なんでも雨花様は、ずっとテニス部に所属していらしたとのことで、毎日走りこんでいたようなんですよ。いや、それにしたって、あの大きなシロのリードを持ちながらのランニングですよ?普通じゃできませんて。
このままでは、側仕えの疲労がひどい……なんて思っていたところ、雨花様のほうから、雨花様以外の人がいるとシロが排便をしないので、一人で散歩をしてもいいかと、おっしゃってくださったようなんです。
雨花様がそうおつしゃったとしても、本来でしたら側仕えが一緒について行くところですよね?でも、側仕えの健康のことを考えて、梓の一位様が、雨花様の申し出を受け入れたんだそうです。シロが一緒なら大丈夫でしょう、と。
雨花様は、相当運動神経がいいようですね。テニスはもちろんですが、何でも器用にこなされると聞きました。あ、圭吾からです。圭吾と話すと、たいがい雨花様自慢ですよ。うちの雨花様、うちの雨花様って……お前の雨花様じゃないだろう!って、何度ツッコんだかわかりませんが……今となっては、うちの雨花様っていうのも、あながち間違いじゃなくなったっていうか……。
雨花様の義兄になるわけでしょう?うらやましいというか……いや、私のような凡人には、荷が重すぎて無理ですよ。圭吾、よく決心したなと驚きまして……あ、また脱線しましたね。
ああ、そうそう、そうなんです。ね?雨花様には、体力がおありでしょう?あの見た目からは想像できないくらい、すごいんですよ。
あ!そうだ!虫にも強いって聞きましたよ?なんでも、ゴキブリを素手でつかめるとか……。すごくないですか?それ。ゴキブリを素手で……って……それ、考えただけでも変な寒気がしますよね?
え?ああ、もう時間なんですか?
わかりました。残念です。まだ色々とあったんですけど……。
また何か聞きたいことがあれば、いつでもいらしてください。
あ、でも、ちゃんと上の許可はとってからいらしてくださいね?
ええ、はい。ではここで……失礼致します。
fin.
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