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神猛学院は最終日さえキラっキラだったよ

三月……オレたちは神猛学院大学付属男子高等部を今日、卒業する。 柴牧青葉としてこの学校に通っていたわけで、学校が把握しているオレの保護者は柴牧の父上と母様だ。二人はオレの保護者として、神猛の卒業式に出席出来ることを一か月以上前から楽しみにしているのは知っていた。 母様から、『卒業式、何を着ていったらいいかしら?』と、いつもより頻繁に連絡が来るたび相談されたけど、こっちはまだ大学の受験も終わってないっていうのに、そんなの自分で考えてよ!という気持ちもあって、ある日『親の服なんかなんでもいいでしょ』と返事をすると、『ふぅん。そう。何でもいいのね。わかったわ』と、冷たい声でそう言われて電話をガチャ切りされた。 で。その日以降、母様から電話がかかってこなくなった。 嫌な予感がしてはーちゃんに電話をすると、『ああ、もしかしてこの前ドレスを新調するって採寸してもらってたの、それかしら』と、言う。 『ドレスって何?!』と聞くと、『イングランドの舞踏会で女の人たちが着ていたみたいな……あ!デザイン画見たけど、ディ○ニーのシンデレラみたいなドレスだったなぁ。でも、さすがにそれはないでしょう』と言う。 「シンデレラ?!」 『あっくん、シンデレラ知らないの?』 「知ってるよ!そうじゃなくて!卒業式に自分の母親がシンデレラになって来たら、はーちゃんどう思うの!」 『いくらママでも、アレを着て卒業式には行かないでしょ』 「……そう思いたいけどわかんない。それ着て出席されたらどうしよう、はーちゃん」 泣きそうな声でそう言うと、『あっくん、ママに何したの?』と聞かれたので、先日の電話のことを正直に話した。『絶対それママ怒ってるね。それはアレ、卒業式に着ていきかねないわ。なんてったってママだもん』と、はーちゃんに言われて、オレはその日、菓子折りを持って実家に謝りに行った。許されないときのための保険として、皇まで連れて……。 母様に、『電話で適当な返事をしてごめんなさい。受験でイライラしてて。卒業式に着る服、新調するなら、うちのとおみさんに母様に似合いそうな服を作ってもらえるようにお願いするから』と、素直に謝ると、母様は『やだぁ!あっくん、気にしてたの?卒業式に着る服は、もう新調したから必要ないわ』と、ウインクした。 ……その新調した服って、はーちゃんが言ってたシンデレラのドレスじゃないよね? 母様に『その服ってどんなの?』と聞くと、『お着物にしようかと思ったんだけど洋装にしたの。この前、最後の保護者会があったじゃない?その時、サクラくんのお母さんに何を着ていくのか聞いたら、保護者は洋装が多いと思うって言われたのよ』と、手を合わせた。 っていうか、いつの間にサクラのお母さんと仲良くなってんの? 「サクラのお母さんと仲いいの?」 「仲いいっていうか……A組のお母さんたちとは色々やり取りしてるわよ。田頭くんのお母さんとも、かにちゃんのお母さんとも、何度もご飯ご一緒してるわよ」 「嘘っ?!」 「なんでそんな嘘つかないといけないのよ。ママって肩書き背負ってると、驚くほど知り合い多くなるもんなの。特にあなた、生徒会の役員なんてやってたじゃない?ママ、いろんな人にうらやましがられて、あの学校じゃ鼻が高かったわ」 「そうだったの?」 「そうよ。あっくんうちにいないし、電話してもそっけないから、そんな話も出来ませんでしたけどね」 「う……ごめんなさい」 そんな話をしていると、はーちゃんがいつみさんと一緒に帰って来て、母様がシンデレラのドレスを卒業式に着るんじゃないかってオレが心配してるんだって話してしまった。 母様は、『バカねぇ。あのドレスは葉暖の結婚式のお色直し用にどうかと思って相談してたものよ』と、高笑いした。 さっきまでのハラハラは杞憂に終わったらしいと安心して、オレは皇と一緒に実家で夕飯をたらふく食べてから、梓の丸に皇付きで帰った。 そんなちょっとしたすったもんだがあったけど、皇とかにちゃんと一緒に無事東都大に合格して、今日の卒業式を迎えることが出来た。 卒業式の服装は、各々が思う正装で参列するっていうのが神猛のルールだ。去年の卒業式にオレは、生徒会役員として出席したけど、とにかく参列者が華やかな卒業式だった。 あれを見ちゃってるから、自分の卒業式に何を着て行ったらいいのか悩んだけど、オレにはとおみさんという強い味方がいるからね。 とおみさんはモデルをしていた時の人脈を活かして……活かしてっていうのかな?とにかく、その人脈を使って、何年か前から去年までの神猛の卒業式の動画を観漁って、オレの今日の衣装を作ってくれた。 羽織袴、なんだろうけど、洋風ですっごいオシャレ!オレの衣装係になってからとおみさんは、着物のデザインの勉強もしてくれていて、今ではとにかくオレが身に着けるものは、下着も含めて何でも作ってくれている。 今日、着付けをしてくれながらとおみさんが、『今日この和装にしたのは、若からプレゼントされたあの帯飾りを着けるためなんです』と言って、帯飾りの入っている箱を渡してくれた。そうだよね。この帯飾り、今のところちゃんと日の目を見てないもんね。 うちの側仕えさんたちって、本当にいつもそういう細かいところまで気を使ってくれるんだから。 『ありがとうございます』と、とおみさんにお礼を言って、オレは皇からもらった帯飾りをつけた帯締めをギュッと締めた。とおみさんは、『それから、若様とお並びになった際、雰囲気が似るようにしてございます』とにっこり笑った。 「え?雰囲気が似るように、ですか?皇が今日何を着るのか、とおみさん知ってるんですか?」 「はい。門外の者に雨花様が奥方様で決まりだと思われないよう、でも若様と並んだ時にそこはかとなくお似合いになるよう、ギリギリのところを攻めてみました」 『なんですか、それ』と、オレが笑うと、とおみさんは『お並びになってみたらおわかりになるかと思いますよ。ちょうどいらしたようですし』と、笑いながら部屋のドアのほうに視線を向けた。オレもそっちに顔を向けると、ちょうど皇が部屋に入ってきたところだった。カーキを基調として紺色の縁取りがされた詰襟の……学ラン?っていうのかな?ボタンがダブルで学ランというよりは軍服って言ったほうが近い感じだ。鎧鏡家に代々伝わる制服を着るって言ってたから、すごいきらびやかなのを想像してたけど、オレの想像よりはるかにシンプルで、でもその分、皇のスタイルの良さが際立っている。 カッコいいっ!とつい声に出しそうになって、『かっ……』で止めたオレに対して、皇はオレを見るなり『愛らしい』と、フッとキスした。 「どあっ!」 とおみさんがいるっつーのに!お前はっ! とおみさんは全く気にしていないのか、『ほらほら並んだお姿、いかがですか』と、オレたちの前に大きな姿見を持ってきた。 ……うちの側仕えさんたち、皇とオレのキスシーンくらいじゃもう驚かなくなってる気がする。 姿見に映ったオレと皇は、学ランと袴だけど、何ていうか……大正浪漫的な雰囲気を醸し出していて、確かにほのかに雰囲気的に合っている。 とおみさんは、『本日は好きなだけ撮影していいと許可頂いておりますので失礼致します』と、オレたちをこれでもかと、バズーカ砲みたいなカメラで撮影してくれた。いや、あの、とおみさん?めちゃくちゃ目の前にいるので、そのレンズじゃなくてもいいと思うんですけど……。とは、つっこめなかったけど。 「っていうか、お前何しに来たの?」 「出る前にそなたと共に写真を撮っておけと御台殿に命じられたゆえ参った」 「は?」 「そなた、いつ出る?」 「もうすぐ」 「共に参るか」 「え?!いいの?」 皇と一緒に登校?!最後の日にそんなことが出来るなんて! ウキウキしていると『いけません』と言いながら、駒様が部屋に入ってきた。 「油断なさってはいけません。ほんの少しの気の緩みが、雨花様を失う原因になるかもしれないのですよ。さ、若様、そろそろ出発しませんと」 駒様は『その前にそこにお並びください』と言って、オレの部屋の窓際にオレと皇を並ばせると、ポケットから携帯電話を取り出して、何枚か写真を撮った。 駒様も撮るんだ……と、ちょっと驚いたけど、でも、そっか。駒様は皇が三歳の時から仕えてるんだ。皇も小さい頃は駒様がお母さん代わりだったって言ってたし、駒様からしても、皇は息子みたいな存在なのかもしれない。だったら”息子”のワンショットだってほしいよね。 『オレがいないほうがいいんじゃないですか』と駒様に聞くと、『いいえ。お二人のお写真がいいんです。若様と雨花様の並んだお姿を見て欲しい人がおりまして』と、ふっと笑った。 ……最近の駒様って、なんかすごく柔らかくなった気がする。でもちょっとお疲れ気味にも見えるのは、ふっきーみたいに、皇の結婚相手が決まってホッとして気が抜けた……からなのかなぁ。 「若様、参りましょう。雨花様とは学校でどうせまた会えますから」 「……わかった」 皇は『すまぬ。学校でな』と、オレにもう一度キスをして部屋を出ていった。 皇が部屋を出るなりとおみさんが、『若様……なんてカッコいいでしょうっ!』と、悶絶しながら『若様のお洋服、一度デザインさせて欲しいわっ!』と叫んだ。 とおみさんのお姉キャラが炸裂している。でも、叫びたくなる気持ちはものすごくわかる!皇を見慣れたオレでも、あの学ラン姿の皇は悶絶級だったもん。何あれ!もー!本当にかっこいいんだから! それからすぐにいちいさんが部屋にやって来て、オレも学校に向かった。 教室につくと、皇はもう席についていて、神猛のプレーンな制服姿のふっきーと一緒に話していた。ふっきーは制服参加なんだ?まぁそれが一番目立つかもね。そんな二人以外のみんなは、窓際に集まって下を覗き込んでいる。いつもより派手な服装のクラスメートが集まっている窓際は、ちょっとした仮装大賞の様相をていしていた。 何?何?と思ってオレも窓から下を見ると、卒業式に参列するだろう保護者が集まってきているのが見えた。 っていうか……生徒の服の華やかさ以上に、本当に保護者なの?ってくらい、どの人の服装もものすごいきらびやかだ。 え?本当に保護者?女性はドレス率も高い。……これ、母様、もしかしたらシンデレラでもイケたかも。 去年はこんなんじゃなかったよね?と思って、近くにいた田頭にそう聞くと、卒業式参列時の保護者のドレスコードは、PTA役員の三年のクラス担当たちが決めるので、毎年変わると言う。 去年は地味めの年だったそうだけど、本来は今年のような派手な服装の年が多いらしい。 ますます母様、シンデレラで良かったんじゃ……。心配して損した!何なら地味すぎて逆に浮いてたらどうしよう。そんな心配をしながら下を覗いていると、見慣れた車がやって来た。多分あれ、柴牧の車だ! 停まった車の運転席から、土井さんが降りてきて後ろのドアを開けると、先に出てきたのはシルクハットと手袋を手に持った燕尾服の父上だった。おあっ!っていうか土井さん、仕事復帰したんだ。良かった! 父上は車を降りると、車の中に手を伸ばした。車から降りてきたのは、水色のタイトなドレスを着た母様だ。うっわ!シンデレラじゃないけど、十分派手!……いや、母様だもんね。地味だったらどうしようなんて心配する必要なかった。っていうかあの感じ……どこかで見たことある。 「あ!すごい!エ○サじゃん!」 隣でサクラが、うちの母様を指差していた。 そうだ!どこかで見たことあると思ったら、あのドレスにあの髪型!テレビで観たア○雪のエル○みたいじゃん!シンデレラじゃなくてそっちかよ!どっちもどっちだろうが!……いや、今となってはそれくらい派手なドレスを着てきてくれて良かったけどさ。だって他の保護者の人たち、背中に羽を生やしてる人とか、頭に鳥乗せてるみたいな人とか、四人分くらいの席が必要だろうっていうボリュームのドレスの人とか……そんなんばっかりだし。 とりあえず母様は、派手過ぎず地味過ぎない感じで良かったとホッとしているところで、神猛最後の朝のホームルームが始まった。 参列者の拍手を受けながら会場入りしたけど、思っていた以上に保護者席が華やかだ。服装も去ることながら、テレビで見たことがある人もチラホラ見える。 PTA会長を長年勤めてきたという田頭のお父さん……現官房長官を筆頭に、多分俳優さんやら女優さん、モデルさんだと思われる人も何人かいる、と、思う。 うちの父上と母様がどこらへんにいるのかチラチラ確認していると、最前列に、とと様とかか様、天戸井んちの両親と思われる二人と一緒に並んで座っていた。天戸井んちのお母さんは元女優さんだ。黒のロングドレスがめちゃくちゃ似合ってる。……ま、子供の欲目かもしれないけど、天戸井のお母さんと並んでも、うちの母様も見劣りしてない、なんてちょっと思ったりしたんだけど……。 そんな中にあっても、とと様とかか様はとにかくめちゃくちゃ目立っていた。とと様は渋いグレー、かか様は真っ白な着物を着てるんだけど、二人共とにかく背が高いし、着物を着慣れてるからかビシッとしてて……。カッコいいなぁ。普通の着物だから、ドレス姿の人たちに比べたら、全然服装は地味なんだろうに、雰囲気っていうかオーラっていうか、もう”かっこいい”しか言葉が出てこないよ。入場している最中のオレと視線が合ったかか様は、こちらに向かって大きく手を振った。 かか様!オレじゃなくて実の息子のほうを見て!少し前を歩いてるから!と思って皇を見ると、うわぁ……こっちもやっぱりものすごく目立ってる。服装は本当にシンプルなのに、それがかえって目立ってるっていうか……。とにかく後ろから見ても、ものすごくスタイルがいい! ……オレ、いずれあの華やかな一族の一員になるん、だよね。改めてオレでいいのか心配になってきた。オレが鎧鏡一族の外見偏差値下げちゃうんじゃ……。なんか、うん。色々といたたまれない。 若干へこみながら、自分の席についた。 卒業証書をもらう皇は、本当にかっこよかった!オレもめちゃくちゃ写真撮りたかった!誰か撮ってるはずだよね。あとで絶対もらおうっと! 無事に式が終わり、最後の学活が終わって第一体育館に戻ると、そこから集合写真の撮影と個人での写真撮影が始まった。これが終われば本当に卒業だ。このあと、PTA主催の謝恩会があるんだけど、オレ、皇、ふっきー、天戸井は、親同伴のその謝恩会に参加する予定はなかった。オレの身の安全のためって理由が一番らしいけど、しらつきグループについて色々詮索されるのも何かと面倒だかららしい。 田頭に聞いた話だと、その謝恩会がプロムナードみたいなダンスパーティだという。だから保護者は華やかな洋装が多かったんだろう。柴牧の両親はダンスが共通の趣味だから、本当なら出席したかったかもしれない。 サクラや母様、かか様に連れ回されて、とにかくヘトヘトになるくらいそこら中で撮影をしたあと、『保護者は先生から最後の挨拶を受けてから解散になるんですって。またね、あっくん』と、母様と別れると、皇がオレの腕を引いた。 「何?」 「零号温室に行く」 「へ?」 皇はとと様に、『せっかく学校に来たんだし、自分でデザインした温室の具合を見たいから鍵だけ貸して』と言われたという。そう言われた皇は、自分も最後に零号温室を見ておきたくなったんだそうだ。『雨花を連れて先に行っています』と、とと様に言うと、一緒にいたかか様が、『青葉だけ一緒に屋上に連れて行ったら大老に怒られそうだから一緒に行ってやって』と、ふっきーと天戸井に頼んでくれたそうで、オレは、皇とふっきーと天戸井と一緒に、生徒会室棟のエレベーターに乗った。 『ふっきーはまだしも、天戸井までごめん』と謝ると、皇が『楽は余の家臣団だ。そなたを守るためゆえ共に参って当然であろう』と、オレの頭に唇をつけた。 ちょおおおおお!二人もいるのに!皇をグッと押して体を離すと、天戸井が、『若様……そういうかただったんですか』と、驚いた顔をした。 『そうか。楽様はコレ見るの初めてなんですね。これが雨花ちゃんといる時の若のデフォルトですから、早いとこ慣れてください』と、ふっきーが腕を組んでどや顔をした。『あなたはあなたで、そういう感じの人だったんですね』と、天戸井に言われたふっきーが、『そういう感じ?』と聞き返すと、『あなたが若様の大老になると聞いたので、もっとなんていうか……若様に絶対服従で家臣らしい腰の低い、堅苦しい人なのかと思っていました』と、これまた驚いた顔をした。 「は?僕は若に絶対服従の堅苦しい腰の低い家臣ですけど」 「うん。天戸井、ふっきーはね、堅苦しくはないし服従してそうにないけど、皇の言うことは絶対っていうゴリッゴリの家臣さんだと思うよ?」 「雨花ちゃん!僕は若に絶対服従させられてるでしょう!」 ふっきーが顔をしかめると、皇は『させられている?人聞きの悪い』と、ふっきーよりもっと顔をしかめた。 「何となく、ここらへんの関係性がわかってきたように思います。改めてよろしくお願い致します。若様、雨花様。それから……お詠様」 天戸井が頭を下げると、ふっきーが『うん。楽様は……あ、もう天戸井でいいよね。天戸井は若の最初の家臣団。言ってみれば、僕に出来た初めての”仲間”だ。こちらこそ本当によろしく。僕の素性は隠しておかないといけなかったから今まで色々あったけど、それはお互い全部水に流して、とにかく僕を助けて』と、天戸井の肩をたたいた。『助ける?』と天戸井が聞くと、『こういう時に使われることが多々あるんだよ』と、オレたち四人を指さして、『門外の人間に、雨花ちゃんが奥方様決定だって思われないための偽装工作の呼び出し』と、ふっきーは小さくため息をついた。『若、これからは、雨花ちゃん関連での呼び出しは、天戸井と私、半々にしてください』と、ふっきーが皇を睨むと、天戸井は、『これが初仕事ですね』と、ふっと笑った。 うわぁ……なんていうか、嬉しい!天戸井も、”仲間”なんだなぁ。ずっと悪い奴じゃないだろうとは思ってた。だけど、こんな風に話せる間柄になるなんて思ってなかった。 ふっきーは急に『あ!』と言うと、エレベーターの五階ボタンを押した。『僕と天戸井は五階で降ります。そこから上は誰にも見られることはないでしょうから。ご一族でゆっくりなさってください』と、生徒会室のある五階で降りて行った。 そういうとこなんだよ、ふっきー。そんな風に気遣ってくれるから、つい皇も何でもふっきーに頼んじゃうんだと思うんだよね。 っていうか……いくら鎧鏡がこの学校の創設にかかわったとはいえ、勝手にとと様とかか様を連れて、零号温室になんて行っていいの?先生たちはもうすぐ謝恩会会場に行っちゃって、この学校に残るのは、警備の人くらいになるんじゃないのかな? 「ねぇねぇ、勝手に上がっていいの?とと様とかか様も一緒なんて……」 ふっきーと天戸井がエレベーターを降りてすぐ皇にそう聞くと、『ああ、理事長にはさっき連絡しておいた』と、サラッとそう言われた。 オレが『え?理事長に連絡?お前が?どういうこと?』と聞くと、皇は『ああ、言うてなかったな。ここの理事長は、余の昔馴染みだ』と、笑った。 「は?え?昔馴染みって……しーくん?」 「しーではない。また別の昔馴染みだ」 皇がしーくんと出会ったっていう特殊な幼稚園の時からの幼馴染……しーくんはその集まりを自分たちで”ヤンマーズ”って呼んでるって言ってたけど……そのヤンマーズの中の、しーくんじゃない別の人ってこと? 皇にそう聞くと、『ああ』と頷いた。 ヤンマーズの一員ってことは、オレと同い年ってこと?え?この学校の理事長だよ?え?普通理事長って、とと様くらいの年代以上の人がなってるもんなんじゃないの? 「え?同い年?」 「奴の証明書類を見たことはないが、同学年で学んでおったゆえ、同い年かと思うが」 「……」 オレと同い年の人が、この学校の理事長だったの?!言われてみれば理事長が行事に出席してくることはなかった。え?理事長の名前、なんだっけ?……全然覚えてない。っていうか、そういう大事なこと言っておいてよ!……いや、聞いていたところで理事長に会う機会なんて一回もなかったけど! 『理事長とそのような関係でなくとも、屋上の鍵は余が持っておるのだ。勝手に入って何か問題があるか?』なんて殿様発言をするから、『神猛ってセキュリティ厳重で有名なんだろ?いくら理事長だからって、これから謝恩会で、先生たちもいなくなっちゃう学校に好き勝手残っていいなんて許可しちゃっていいの?』と言うと、『ならぬとしても、御台殿の名を出せば奴はやらざるを得ない』と、言った。『かか様?』と聞くと、『そうだ。余の昔馴染み共はみな、御台殿を恐れておるゆえ。御台殿の望みだと言えば、何が何でも許可するであろう』と、笑った。『かか様が怖い?なんで?』と聞くと、『奴らから早うそなたに会わせろと言われておる。近々しー以外の奴らに会うこともあろう。何故御台殿を恐れるのか、直接奴らに聞くが良い』と、オレの頭をポンっと撫でた。 うわぁ……ヤンマーズの一人がここの理事長とか、そんな前情報聞いておかないほうが良かったかもしれない。しーくんと会った時以上に緊張じゃん!皇が、日本昔話そのまんまみたいな鎧鏡家の若様なんだから、その幼馴染であるヤンマーズの人たちだって、それなりのもんを背負ってないわけがない。オレ……受け入れてもらえるのかな。改めて思うけど、皇の周りってすご過ぎて……本当にオレが嫁でいいのかな。 皇をちらりと見上げると、『ん?』と口端を上げて、オレに軽くキスをした。 キスしてって意味で見上げたわけじゃないけど……ま、そういうことでいっか。キスをして、オレの帯飾りを嬉しそうに触った皇を見てたら、おかしな心配をする必要ないか……って、思えたから。 オレたちが温室に入ってから10分とせずに、とと様とかか様がやって来た。 「すくすく育ってるな」 とと様は温室の木を次々触りながら、嬉しそうだ。 「ここ、もともとはとと様がかか様のために建てたって聞きました」 「うわ……千代から聞いたんだ?千代!そういう恥ずかしい話、青葉にするなって」 母様はみるみる真っ赤になった。 ヤンマーズのみんな、このかか様のことを怖がってるの?かか様ってすぐ照れて赤くなってすごくかわいい人なのになぁ。拷問術の達人っていう側面もあるらしいから、それを知ってたら怖がる人もいるのかもしれないけど、少なくとも普段のかか様は、すごく優しくてかわいい人だと思うんだけど。 オレが『かか様が怖いなんて』と、つい声に出してしまうと、『何?何?』とかか様が聞いてきたので、さっき皇から聞いたヤンマーズの話をした。 かか様は『ああ、ヤンマーズね。あいつら個体だとかわいいんだけど、集まるとたちが悪いんだ。何度お仕置きしてやったかなぁ?さすがにもう悪さする年でもなくなっただろうけど』と、腕を組んで笑った。 それを聞いて皇が『御台殿はよその子供でも悪さをすれば容赦なかったのだ』と笑うと、『ばかだね千代。子供は人類の宝だ。みんなで育てていくもんなんだよ』と、皇にでこピンした。ゴスっという鈍い音がして、皇がおでこを手で押さえてうずくまった。 「皇っ?!」 「はいはい、大袈裟だな。青葉に心配されたいだけだろ」 母様はそんな風に言ったけど、顔を上げた皇のおでこは真っ赤になっていた。……大袈裟、じゃ、ないと思います、かか様。ヤンマーズのみんなが、かか様を恐れる理由がなんとなくわかる気がする。 オレたちがそんな話をしている間、グルッと温室の木を見て回っていたとと様が、『みんな元気そうだ。さて、朋ちゃん帰ろうか。すーとあっくんはどうする?』と、聞いてきた。うちの側仕えさんたち、またいつものごとくこっそりパーティーの準備とかしてそうだし、運転手さんも待ってるから、オレも一緒に下に……と返事をしようとしたら、『ここに泊まります』と、皇がとと様にそう言った。 え?泊まる?いやいや、うちの側仕えさんたちが待ってると思うんだけど……。『え、でも、うちの側仕えさんたち、きっとパーティーとかしようとしてる気がするんだけど』と言うと、皇は『今夜は初めからそなたと二人で過ごすつもりでおった。そなたのところの一位にはその旨伝えてあるゆえ案ずるな。そなたの屋敷に出向く予定であったが、先ほど考えが変わった。今夜はここに泊まる。それも一位には先程伝えてある。あとでこちらに昼餉と夕餉を持って参るそうだ』と、シレッとそんなことを言った。 「え?急に泊まる場所変えたって……また駒様に怒られるんじゃないの?なんか駒様、最近お疲れ気味っぽいのに、余計な仕事増やしたら……」 そう言うとかか様が、『ああ、駒が疲れて見えるなら、ただのヤリ疲れだろうから心配いらないよ』と、ニヤリと笑った。 「やりづかれ?」 「そう。先生と」 「先生?」 「あれ?知らない?曲輪の中じゃ結構有名になってきてるから知ってると思ってた」 「え?なんのことですか?」 「駒、蔵路先生と付き合ってるんだよ」 「くらじ……?」 どこかで聞いたことがある。くらじ?くらじ……。 「ああああ!皇の夜伽の先生?」 「そう!その蔵路先生」 「う……え?うわぁぁぁ」 あの駒様が!?あの駒様が!夜伽の先生である蔵路先生の……恋人おおお?! で、やり疲れって……ヤリ疲れ?!うえええええええっ?! 「この前ようやくうまいことまとまってね。(かい)も喜んでた。駒、今すごく幸せそうだよ。だから怒られることはないだろうし、気にしなくていいよ」 「そうだったんですね」 駒様……幸せなんだ。 「良かったね、皇」 「ん?」 「だって駒様、お前の初恋の相手だし?」 そう言って笑うと、かか様が『そうだったの?!』と、ものすごく驚いた。 「今思うにそうではなかったと言うたであろうが」 「でも、それくらい大事な人だろ」 「……そうだな」 皇がオレの腰に手を置いたのを見たかか様は、『じゃあ私たちは帰るね。下の二人も青葉も、今夜は実家に里帰りしたってことにしておくから、ゆっくりしておいで。二人とも、卒業おめでとう』と言って、とと様と温室を出て行った。 二人が出て行ってしまうと、『少し暑いな』と言いながら、皇は学ランを脱いで、温室の奥のほうに歩いて行った。 「どこ行くの?」 そう声を掛けると、奥のほうから『汗をかいた』と言いながら、皇がタオルと多分、着替え?を持って戻って来た。 「そなたの着替えも置いたままだ。袴では窮屈であろう。着替える前に共に風呂に入るが良い」 そんな風に誘ってくるから、オレは『着替えはするけどお風呂は入らない』と、断った。だってこれから、いちいさんがご飯を持ってきてくれるんでしょ?いつ来てくれるかわからないのに、皇と一緒にお風呂なんて絶対入れない!だって絶対こいつ、おかしなことしてきそうだし。二人でお風呂でそんなことしてるのをいちいさんに見られたら……もう恥ずかしくて屋敷に帰れない! オレは逃げるように、着替えがある物置きに急いだ。 物置きに置いてあった学校指定ジャージに着替えて戻ると、皇は一人で湯船に浸かっていた。オレに気付くと、『共に入れば良いものを』と、笑った。オレは湯船のすぐ近くに椅子を置いて座って、『このお風呂、丸見えじゃん。いちいさんがご飯持ってきてくれた時にお前とお風呂入ってたら恥ずかしいだろ』と言うと、『それもそうだ。そなたの裸体は一位といえど見せるわけにいかぬ』と、ズレたことを言った。いや、そういうことじゃなくて!と反論しようと思ったけど、理由はどうあれ結果は同じだしいっか……と、反論するのはやめた。 「なんで今日ここに泊まることにしたの?」 そう聞くと皇は、『先ほど、ここの夜空は格別綺麗だとお館様がおっしゃってな。ここで夜空を見たことはなかったゆえ、今宵そなたと共に、お館様が絶賛するその夜空を見ておきたかった』と、天井を見上げた。 「そっか。でもまだ夜空にはてんで早いね。それまで何してる?」 まだお昼を過ぎたばかりだろう。夜空になるまで皇と二人、何をして過ごそうか。 「ここ、なんか色々置いてあったよね。一緒に出来るボードゲームとか置いてあるかな?」 「そのようなもの、しておる暇があるだろうか」 「え?」 皇は湯船から手を伸ばして、オレの手を掴んだ。お風呂に入っていたからか、皇の体温はいつもより熱く感じる。 『濡れる』と言うと、ふっと笑った皇は、『出る』と、オレの手をギュッと握った。湯船から皇を引っ張り上げて、近くに置いてあったタオルを渡すと、軽くパタパタと全身を拭いた皇が、『参れ』と、優しくオレを引き寄せた。 「ちょっ!なんか着ろ!」 全裸でそういう雰囲気を出すなっ!いちいさんが来るっつぅの! 「今すぐそなたをそこに押し倒したいところだが、腹が減ったな」 近くのベッドを見ながら、そんなことを言って口を尖らせた皇がおかしくて笑うと、オレのお腹がグーッと鳴った。 それを聞いて皇は、『まったくそなたは腹の虫まで愛らしい』と、笑いながらオレのおなかをさすった。 「だから!とにかくパンツだけは履け!いちいさんが来るだろ!」 「余が何も着けぬのは、家臣への信頼の証と言うたであろうが」 「そうかもしれないけど……嫌なんだもん」 家臣さんたちへの信頼の証だとしても、お前の裸、とか……本当は誰にも見せたくない。毎日お風呂で皇を洗ってるっていう湯殿係のあの子たちにだって、本当はめちゃくちゃ、妬いてる。そんなこと言えないけど。だって嫌って言ったら、皇は湯殿係をなくすだろう。あの子たちから仕事を奪うことになっちゃう。それは出来ない。 でも、今いちいさんに裸を見せる必要ないじゃん! 『ん?何が嫌なのだ』と、とぼける皇に、『いちいさんにも見せないで。オレのなんだから』と言うと、ちょっと驚いた顔をした皇が、『そうだな。これはそなただけのものだ』と、すぐにパンツを履いた。 「そっ!そこだけじゃなくてっ!」 「せめて下着だけは着けろと言うたのはそなたではないか」 言った!けどっ!お前のソコだけオレのものって言ったんじゃないのに! もうなんて言ったらいいのかわからなくて、『んんんんんっ!』と叫ぶと、『そう怒るでない。わかっておる』と、しっかり服を着た皇が、『余のすべてはそなただけのものだ』と、オレにキスをした。 その時、皇の携帯電話が鳴った。携帯を見た皇が、『一位が来たようだ。間に合ったな』と、ふっと笑った。 いちいさんが来たと思ったら、いちいさんに頼まれたと言うぼたんが、お昼ご飯と夕飯の重箱を持ってきてくれた。確かに、いちいさんは学校の中まで入って来たことはないから、ここまでご飯を届けるのは難しいよね。その点ぼたんなら、高等部の内部にも詳しいだろう。ぼたんはご飯を置くと、『ご卒業おめでとうございます。ごゆっくり』と言って、すぐに温室を出て行った。 お昼ご飯を食べ終わると、すぐに皇に手を引かれて……まぁ、そういうことになって……。疲れていつの間にか寝ちゃってたらしい。『雨花』と、皇に呼ばれて薄く目を開くと、目の前はすでに満天の星空だった。 「うわぁ……」 「お館様のおっしゃった通り、誠、見事だな」 「ホントすごい!」 街の光が邪魔をしないこの場所から見る星空は、ものすごくキレイに見える。 「皇は、4月生まれだから牡羊座だ」 「ん?」 「今頃だと……確か西のほうに見えるはず」 「そなた星にも詳しいのか」 「詳しいって威張れるほどじゃないけど……イングランドに住んでた頃、父上がね、星がすごく綺麗に見える場所があるって言って、多分、アイルランドだったと思うけど、連れて行ってくれたんだ。何て場所だか忘れちゃったんだけど、本当にすごい星空で。すご過ぎてオレ、星が落ちてきそうに見えて、怖くなって泣き出して……すぐ帰ってきちゃったんだよね。帰ってから、父上が星は怖くないんだよって、星についての本をたくさん買ってくれて……だからちょっとだけ詳しいかも。今だったら、あの星空だってずっと見ていられるのに」 「いつだかそなた、占者殿が虫を怖がった際、怖がる必要はないのだと虫の図鑑を贈っておったな」 「ああ。あったね、そんなこと。オレ、父上とおんなじことしてた」 オレが笑うと、皇は『アイルランドにはいずれ余が連れて参ろう』と、オレの手を握った。 「アイルランドかどうかもわかんないよ?」 「必ずどこか突き止めて、余がそなたを連れて参る」 「えー……わかるかな?」 「余に不可能はない」 「はいはい。若様、若様。ホントお前のその殿様気質、たまにうらやましいよ……って、あ!わかった!父上に聞くつもりだろ!オレが聞いてくるよ」 そう言うと皇は、『そなたが義父上(ちちうえ)様に聞いてはならぬ。余が連れて参るゆえ、そなたはただ楽しみにしておれ』と、体を起こして、オレのおでこにキスをした。 つい最近、ちょっとした事件があって、皇は柴牧の父上と母様を、義父上(ちちうえ)様、義母上(ははうえ)様と呼ぶようになった。 父上は未だに恐れ多いって言ってるけど、母様はすでに皇にそう呼ばれることに慣れたらしい。 「でもオレ、この星空のほうが……あの時見た空より、好きかも。すごく、キレイ」 またベッドに横になった皇の手を握ってそう言うと、皇はふっと笑って、『己が美しいと思う物を、共に美しいと言うてくれる、(たま)の片割れの存在とは何と尊いことか』なんて言うから、『片割れ関係ないだろ。こんな星空、綺麗じゃないなんて言う人いないよ』と、オレも笑った。 皇は、『では、いずれ世界中共に歩き、余が美しいと思う景色を全てそなたに見せよう。そなたも美しいと思うかどうか確かめるが良い』と、オレの手を強く握った。 「どうだ?参るか」 「ん。いいね。お前が本当にオレの片割れか、見極めてやるよ」 皇を見てふふんと笑うと、皇は『そなたは余以外の者には優しげなくせに、余には誠、意地が悪い』と、オレの上に覆いかぶさって、睨みながらキスをした。 「意地悪なんか言ってないじゃん」 「余がそなたの片割れか見極めるなど……どこに連れて行って良いか悩むではないか」 皇が顔をしかめながらそんなことを言うから笑ってしまった。 「お前に不可能はないんだろ?期待してるよ、若様」 今度はオレが、皇をベッドに押し倒して見下ろすと、皇はちょっと口を尖らせた。 こんな可愛い顔をされたらいじめたくもなるけど……それよりもっと、違うことが、したくなる。 皇の尖った口先にチュッとキスをすると、皇は『手っ取り早くそなたが余の片割れだと教えてやる』と、またオレをベッドに押し倒して見下ろした。 「どうやって?」 「今そなたがしたいと思うておることを当てる」 皇は、オレの唇を指で触ると、口の中に舌を滑り込ませた。 「んんっ」 口の中で蠢く、皇の、舌。気持ち、いい。 皇はオレの舌を軽く噛んで、唇を離した。 「余はそなたの片割れであろう?」 優しく笑った皇が、ものすんごく……かっこいい。これで、おしまい?……なのかな。もっとしたいなんて言えなくて、『まだ、わかんない』と言ってちらりと皇を見上げると、目を丸くした皇が、『そなたがおっては美しい景色なぞ全て霞む』と、オレのジャージをめくった。さらされた素肌を指でなぞって、皇はオレの胸に顔を近づけた。 「どれだけ美しい景色がそこにあろうが、そなたがおれば余は……そなたしか目に入らぬ」 そう言った皇の鼻先が、スリっとオレの乳首を擦った。 「んぅっ!」 もうオレも、満天の星空が目に入らない。 軽く開けた皇の唇に、自分の乳首が包まれるのを期待して、体が震えた。 「余はそなたの片割れであろう?」 散々繋がったあと、皇がオレの頬を撫でながらまたそう聞くから、『ん』と、今度は素直に頷いた。 『まだわからぬでも良かったものを』と、皇は笑いながらキスをして、オレを胸に抱きしめた。 「そなたが望む時望むままに、そなたをこうして胸に抱ける日が待ち遠しい」 「お前がそうしたい時に、すればいいじゃん」 「余は四六時中、そなたをこの胸に抱いていたい。そうして良いのか?」 「……」 またそういうことを恥ずかしげもなくぅぅぅ! 「一歩曲輪の外に出れば、そなたを一嫁候補として扱わねばならぬ。今更ながら、大老とそのような約束をするのではなかったと悔やまれてならぬ」 「家臣さんたちはオレのこと守ろうとしてくれてるんだから」 「わかっておる。ゆえに、門外の人間の前では、そなたを一嫁候補として扱うようにという大老の申し出を承諾した。だが、そのような状態でそなたを大学に通わせるのは気が気でない」 「何、それ」 「余もそなたも、世界で指折りの大学である東都大卒という学歴を持っておって損はない。が、思うままにそなたを守れた神猛とはあまりに環境が違う。東都は共学ゆえ、今まで以上に肝を冷やすこともあるのではないかと今から案じておる」 「なにそれ?」 「余と違ってそなたはついこの前まで、普通の男子として育って参ったのであろう。ゆえに……」 「……ゆえに?」 「そなたが……女子学生に心奪われるのではないかと……」 そう言われてオレは爆笑した。 目の前にいるこのイケメンって言葉をぎゅーーーーって固めて作ったみたいな皇が、そんな心配してるなんて! イケメンなのに中身かわいいって、どんだけだ!もおおおっ! 「お前、ホントずるいよね!お前はそうやってずっとオレの心配してたらいいんだ!」 『あ?』と言った可愛い皇の唇を割って、舌を滑り込ませた。 そうやって一生ハラハラしながら、オレのこと、ずっとずっと捕まえといて。 星空を見ながら皇と一緒にお風呂に入っていると、急に卒業旅行のことを思い出した。 「あっ!」 「ん?」 「卒業旅行!」 「ああ、藤咲に誘われた……」 「そう!あれ、駒様に話すの忘れてた」 「詠が話しておるであろう」 「あ、そっか!ふっきーだもんね」 皇と一緒に旅行なんて、修学旅行以来だ。 うちに皇が泊まることなんて何度もあるけど、旅行はそれとは全然違う。 「ねぇ、皇」 「ん?」 「サクラんちの島に行くって話だったじゃん?きっとすごく綺麗だよ。お前、世界中の綺麗な景色を見せてくれるって言ってたけど、まずは日本で、一緒に綺麗な景色を探すってのもいいんじゃん?ここの星空みたいなさ」 『そうだな。そう致そう』と、笑いながらオレを膝に乗せた皇にキスをすると、皇はオレをギュッと抱きしめた。 「そなたがここに編入してからの二年間、余にとって宝のような時間であった」 「……オレも」 「神猛最後の日に良いものを見つけた。またそなたと共に、たびたび星を見にここに参ろう」 「うん。星もだけど、鯉の成長も見たいしね」 「ああ、そうだな」 小さい時から転校が多くて、たくさんの学校に通って来たオレだけど、その中でもこの神猛は、間違いなく一番色んな事件が起きて、一番色んな経験をした、思い出がたくさん詰まった学校になった。 「理事長にあったら、お礼言いたい」 「ん?」 「神猛、いい思い出たくさんくれたって」 「ああ。奴も喜ぶであろう」 編入したての時は、面食らうことも多々あったけど……。神猛に通えて、本当に良かった。皇との大事な思い出をたくさんたくさん作らせてくれた、オレの大事な場所。 いずれ、オレたちのところに来る子も、ここに通うことになるのかな。その子はどんな高校生活を送るんだろう。そんな話をしながら、満天の星空の下、手がふやっふやになるまで長風呂をして、オレは皇と二人で、神猛学院高等部最後の日を終わらせた。 最後の最後まで、こんなキラキラな思い出を作ってくれるなんて……本当にありがとう!神猛! fin.

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