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秘密〜卒業旅行編〜①

サクラから卒業旅行の提案があったのは、もうすぐ卒業式を迎えるという頃だった。 田頭のひいおじいさんの葬儀の際に、テレビに映った田頭三兄弟がバズっているため、セキュリティ万全なサクラんちの会社が所有している島に行こうという。 なんで田頭がバズると、サクラんちの島に卒業旅行に行くことになるのかはわからなかったし、バズるっていう言葉自体よくわからなかったけど、修学旅行の同じ班のメンバーでって話だったので、皇が一緒に行く予定になっている時点で、オレに断る理由はなかった。 門外の人間に、皇の嫁はオレで決定したなんてことがわかるような行動はしたらいけないと強く言われている。それがオレを守るためだってことも重々承知している。だから、”卒業旅行に誘われた”なんて理由でもなければ、皇と一緒に旅行に行きたいなんて、オレからは言い出せなかっただろう。 駒様に、卒業旅行に誘われたので行っていいか確認を取ったところ、サクラんちの島について調べてくれて、島は安全だしふっきーも一緒だしってことで、卒業旅行に行ってもいいと許可が下りた。 でもそのあと、皇がオレのところに渡って来ている時に、大老様が梓の丸にやって来て、卒業旅行には行ってもいいけど、オレたちの関係が周りにバレるような行動は絶対にしないよう、サクヤヒメ様に誓って欲しいと詰め寄られた。 大老様と皇はしばらく言い合っていたけど、『このままじゃ朝になっちゃうよ』とオレが言ったところで、最悪、人前ではイチャイチャしないってことで話はまとまったようだった。 「わざわざそんな約束しなくても、オレが人前でイチャイチャなんて許しませんから」 大老様にそう言うと、大きくため息を吐かれた。『え?なんですか?』と聞くと、『そのお気持ちは忘れないで頂きたいのですが、雨花様は現在、若との距離感が相当麻痺していらっしゃるようですので』と、腰のあたりを指さされた。大老様の指の先が示すほうを見ると、皇の手がオレの腰にまわっている。 「どはっ!」 全然、気にしてなかったー! 「卒業旅行には、(うたう)がご一緒させていただくということでしたので、私は了承したのです。詠の言うことに必ず従ってください。いいですね?」 「はいっ!わかりました!」 腰に置かれた皇の手を払いのけつつ、オレは大老様に大きく頷いた。 でも……サクラはオレが皇のことを好きなのは知ってるし、田頭もかにちゃんもわかっちゃってると思う。 今更隠すような態度をとったほうが怪しいような気もするけど……まぁ何とかなるでしょ。 先日、次の皇の誕生日に、最後の展示会が開かれることが正式に決まった。 一門には、オレが嫁になると決まったってことはすでに発表しているし、それがわかっていて、なおかつオレを身近で守れる候補を……という条件のもと、次の展示会で皇に指名される三人がすでに選ばれたと聞いている。 一門内には、杉の一位さんのような反乱者はもう出ないだろうけど、一門外から狙われることがあるかもしれない。オレは嫁には選ばれないってことを門外に強調するため、更にフェイクの奥方候補を迎えておくほうが安全だと大老様から説明を受けて、皇も渋々了承した。 神猛は、鎧鏡も設立に関わった学校だから、ある程度好きに出来たけど、東都大はそういうわけにはいかない。皇が二十歳の誕生日を迎える日まで、今まで以上にオレへの警護は厳しくなるらしい。 そんなこんなで、新しい候補様たちを迎えると、曲輪の中はバタバタすると聞いているし、春休みのうちに車の免許もとっておきたいし、出来たらおばあ様に挨拶にも行っておきたい。卒業旅行は早い時期に決行してもらったほうが、家臣さんたちのためにもいいだろう。 そう思って、『春休みは案外忙しいから、卒業旅行は早めに行けたほうが嬉しいかも』とサクラに話すと、『じゃあとにかく早いとこ行っちゃお!』と、卒業式から数日後に卒業旅行が決行されることになった。 旅行出発前日、皇と一緒にいる時に、ふっきーが梓の丸の和室にこっそりやって来た。 「サクラの家の所有島とはいえ、人が住んでいると聞いております。しかも現在、田頭狙いのパパラッチが複数人いるらしいですので、それに乗じて、我が一門の次期奥方様を暴こうとする輩が出てこないとも限りません。このような状況の中、卒業旅行とか正気かよ!と思いましたが……一生に一度のことですので、致し方ありません。旅行中、人前では、私が若の恋人として振る舞います。お二人とも、それでいいですね?」 そう言われて、オレが『ふっきーが皇の恋人として振る舞う?』と聞くと、『ええ。パパラッチを利用するんですよ。田頭の私生活を暴こうとしているパパラッチの写真に、若と私が仲睦まじい様子で写り込むんです。私が若の恋人として周知されれば、このような芝居は、今回限りで終わらせられる可能性も出て参りますので』と、ふっきーが親指を立てた。 「えっ?!本当に?」 「はい。これからの一年、雨花ちゃんが安泰に過ごすためにも、今回、若には私と恋人のフリをして頂きます」 皇はさっきから黙ったまま、ずーっとしかめっ面だ。 「雨花ちゃんもいつもみたいにヤキモチ焼かないで、僕らを遠目で見守らないと駄目だよ?出来る?」 「人前で、だけだよね?」 「人目もないのに若と恋人のふりなんてするわけないでしょ、この僕が」 「だよね。だったら頑張る!」 「若、雨花ちゃんは出来るそうですよ」 「そのような小細工、真、必要なのか」 「どうせ人前でいちゃこらなんて出来ないのですから、何なら更に一歩踏み込んで、置かれた環境をこれからのために有意義に活用したほうがいいじゃないですか」 「……どうせそれも大老へ己の能力を売り込むためであろう?」 「そうですが何か?でも、さっき言ったことも本当ですよ?私が若の奥方様で決定だと認知されれば、鎧鏡家重臣のご子息である雨花ちゃんは、門外の人間からノーマークになる可能性が高いと思います。若にも雨花ちゃんにも、そして私にも好都合ってことですよ」 「すごいよ!ふっきー!」 ふっきーの作戦をべた褒めすると、皇の顔はますます険しくなった。 「せっかくの雨花との旅行だというに、お前と恋人のふりをせねばならぬなぞ……」 「私だって喜んでそうするわけじゃありませんよ。この先のお二人のためなんです」 それでも渋い顔をする皇を見て、ふっきーは『この旅行から戻り展示会を無事終わらせてくださったら、私が持つ温泉にお二人をご招待するということでいかがですか。何の邪魔も入らず二人きりで二泊三日』と、指を三本立てた。 ふっきー所有の温泉……。 「それって、今プレオープンしてるとこ?」 「そうそう。梓の丸のみんなで、泊まりに来てくれるんだって?」 「うん。お世話になります」 「こちらこそ」 うちの使用人さんたちは、オレたちが卒業旅行に行っている間、梓の丸始動以来初めての慰安旅行に行くことになっていた。 うちの使用人さんたちに、皇から何かの褒美で金一封出たという。オレが曲輪を不在にする間は、基本使用人さんたちは宿下がりをするんだけど、その金一封で、オレが留守の間、慰安旅行でも行ったらどうだと皇から提案があったらしい。 しらつきグループの中でも一番の高級旅館……しらつき旅館に行こうかって案もあったようだけど、ふっきーの旅館に行くことにしたといちいさんから聞いている。ふっきーの旅館って確か……皇からいつぞやもらった、温泉が出るだろう土地を掘ったら、本当に温泉が湧いたので、どうせなら旅館をオープンさせようかな……と、思い立って作った旅館、だったと思う。今、ふっきーの旅館はプレオープン期間中で、鎧鏡一門の人間なら誰でも泊まれるようになっているんだそうだ。広く一般客を入れる前に、不具合がないか、一門の人たちに見てもらいたいからだろうっていちいさんが言っていた。オレがふっきーにお世話になっていることを知ってるうちのみんなが、ふっきーの助けにもなるし一石二鳥だからってことで、ふっきーの旅館に行くことを決めたんだそうだ。 それにしても、皇がうちのみんなに金一封を出して慰安旅行を勧めてくれたなんて……。 オレを嫁にって新年会で発表して一段落ついた今、皇からうちのみんなに、日頃のお礼をしてくれたんだ、きっと……と、慰安旅行の話をいちいさんから聞いた時はものすごく感激した。うちのみんなに、今までの苦労をねぎらう意味もあったのかもしれない。オレに一言も言わず、シレっと褒美なんて出してくれちゃうとか、もう!そんなんされたら、惚れ直すだろうが! そんな、うちの使用人さんみんなで旅行に行けるくらいのお金を黙って出してくれちゃう皇が、ふっきーが持ち出した交換条件には、黙ってうなずくことは出来ないらしい。 『二泊三日か』とつぶやいたあと、渋い顔で黙ってしまった皇にしびれをきらしたのか、ふっきーが『わかりました。それを2セットならいかがですか?』と、条件を上げると、皇の口端がキュッと上がった。 「手を打とう」 皇は最初からすると倍上がった交換条件に、腕を組みながら頷いた。 ふっきーの提案を飲むのに、そんな交換条件とか出してもらっちゃっていいの?大老様に、ふっきーの言うことをちゃんと聞くって約束してたんだから、そこは黙ってふっきーの言うことを聞くべきなんじゃないのかなぁ。 っつか、その条件、オレと皇で二泊三日ってことなのに、二人ともオレにはそれでいいかとか、何の確認もとってくれないんだけど……。オレの許可は一切必要ないってか?まぁ……オレも皇と二人で温泉二泊三日×2なんて、喜んで行くけどさ。 「では、ご了承いただいたということで」 どことなく満足そうな顔で和室を出て行こうとしているふっきーに、『あんな条件出して大丈夫なの?』とこっそり聞くと、『思っていたより若がグズらなくてホッとしたよ。あれくらい安いもんでしょ』と、肩をすくめた。『え?そう?』と驚くと、『そうだよ。あの程度で若がオーケーしたってことは、僕の温泉旅館で雨花ちゃんに相当色んなことするつもりだと思うよ?警備の強化をしておかないとなぁ。ま、でも雨花ちゃんなら何をされてもやぶさかじゃないよね。ホントお似合い』と、笑いながら去って行った。 相当色んなことって、どんなこと?! ……どんなことを考えているかわからないけど、皇が本気で望むことなら、まぁ、何をされたってそりゃあ、まぁ、うん。やぶさかじゃない、けどさ。 そんなこんなで、卒業旅行当日はあっという間にやってきた。 羽田空港で待ち合わせをして、サクラがチャーターしたヘリコプターで島に向かうことになっている。 皇とふっきーと一緒に曲輪を出発して、羽田空港で車から降りると、そこからふっきーの芝居は始まったらしい。すでにVIP専用ラウンジで優雅にお茶をしていたという田頭、サクラ、かにちゃんと合流する前も後も、ふっきーは皇の隣にぴったりとくっついて離れないままだ。 サクラに、『ふっきー、がいくんと近すぎない?』と突っ込まれると、嬉々として『付き合ってるんだから当然だよ』と、にっこり笑った。 ……芝居とはわかっていても、面白くない。ぜんっぜん面白くないっ! ふっきーが皇のことをどうとも思っていないことは、散々聞かされて知っている。何なら困った主としか思ってないことも知っている。でも、オレだって最初は皇のことなんてどうとも思っていなかったのに、今はこうなってるわけなんだから、ふっきーだって何かの拍子で恋愛感情が湧かないとも限らないじゃん!だって皇は……本当にかっこいいんだから。今日だって、いつもよりラフな格好だけど、それがまたカッコ良いし。 各屋敷の十位(とおみ)職は、候補のスタイリスト的な仕事をしているけど、本丸でその役目を担っているのは、”八白(はっぱく)様”だ。八白様は、うちのとおみさんに負けず劣らず、すごくセンスがいいと思う! つい皇ばかりを見ていたら、ふっきーに『見過ぎ!』と、注意された。『ごめんなさい』と謝ると、ふっきーは『今のは雨花ちゃんじゃなくて若に言ったんです』と、皇を睨んだ。確かに、さっきからチラチラと皇と視線が合うとは思ってた。 「無意識に視線が向くのは止められぬ」 「潜在意識を顕在意識でコントロールするんですよっ!そういうの普段は得意じゃないですか!ホント、雨花ちゃん相手だとまるっきりポンコツなんですから」 ふっきー……皇をポンコツ呼ばわりしてるの、もう隠そうとも思わなくなったんだね。 皇を見ると、本当に嫌そうな顔をしていた。 吹き出しそうになって口をギュッと結ぶと、皇がオレのことを睨むから、こらえきれずに吹き出すと『雨花ちゃんも本当に気をつけて!この前のは一門内のゴタゴタだったから命は取られなかったけど、門外の人間に狙われたんじゃ、下手したら本当に命狙ってくるからね?』と、ふっきーに怒られた。 「はい。気をつけます」 とは言っても、オレもつい、気付くと皇のことを見ちゃってるんだよね。でもホント、気をつけなくちゃ! 「雨花は余が命に代えても守るゆえ案ずるな」 「そういうとこが駄目だって言ってるんです!命に代えて守らない!そういう思想が行動に出ちゃうんですから。何かの時は、雨花ちゃんのことは私が守ります!とにかく若は、私と恋人のフリをすることに注力してください!」 ふっきーにそう言われた皇が『そのようなこと出来るか』と小さくつぶやくと、『聞こえてますよ!私の言うことが聞けないのなら、すぐ帰りますからね!途中棄権は温泉なしですから』と、ふっきーがまた皇を睨んだ。 途中棄権って……何かの試合じゃないんだから。 っていうか、ふっきーって、ホントすごいなぁ。温泉を餌に皇を黙らせて言うこと聞かせられるんだから。そう言うと、『若への餌は温泉じゃなくて雨花ちゃんでしょうが。ホント雨花ちゃんがいれば若は僕の意のままだよ。一門のみんなのためなんだから、雨花ちゃんはちゃんと僕に協力してね?』と、ふっきーは悪そうな顔をした。 皇が言うことを聞くのはオレが餌だから……とか言われたら、悪い気はしない。やっぱりふっきーはすごいよね。そんな一言で、オレまで気分良くさせちゃうんだから。よし!オレも家臣さんたちのためにも、ふっきーにちゃんと協力するからね! 「オレ……皇と温泉、行きたい。だから、皇もふっきーの言う通りにして。オレも、皇のこと、ついつい見ちゃわないように頑張るから。ね?」 そう言って皇を見上げると、『あとで覚えておれ』と、鼻をつままれた。 「おさわり禁止っ!」 即座にふっきーに引き剥がされたけど……あとで覚えておれ……とか、何する気だよ。期待しちゃうじゃん、バカ。お前こそ、その言葉忘れんなよ! 人前でイチャイチャしたら駄目なだけで、向こうについて部屋に入っちゃえばもう、誰にも見られないもんね?そしたら、思う存分イチャイチャしたって……いい、わけだし? って!思う存分イチャイチャって!思う存分イチャイチャってえええ! 「ばっつん、顔赤いよ?大丈夫?熱とかない?」 サクラがそう聞いてくるが早いか、皇が『熱?!』と、驚いた顔で伸ばした手を、オレの額に届く前に、ふっきーが体を張ってブロックした。 皇の手はふっきーの後頭部にフワリと置かれて、その皇の手から力学的作用が働いちゃった結果、オレの前に立ちふさがったふっきーに熱を確認されるみたいな感じで、ふっきーのおでことオレのおでこがくっついたっていう……。 ふっきーの後ろで、皇がヒュッ!と、息を飲んだ音が聞こえた。 最近、ようやく実感してきたことだけど、皇は案外、独占欲が強くてヤキモチ焼きだ。この一見完璧な皇がヤキモチなんてねって、本当に驚くけど……ちょっと嬉しい。でも、ヤキモチなんか焼く必要ないのに。だってオレ……お前じゃないと、駄目だし。 それでもヤキモキする気持ちはわからなくはない。オレなんて毎日、皇の側にいる誰かしらにヤキモチ焼いてるもんね。 ふっきーとおでことおでこがくっついただけ……っていうか、ちょっとぶつかっただけなのに、それでも息を飲むほど驚いた皇が、すごく、可愛いって思う。 そう!皇って、見た目あんなかっこいいのに、中身どんどん可愛くなってるんだけど!ホント困る。いや、困らないけど! 皇の異変に気付いたふっきーの顔が、みるみる青ざめていくのがわかった。オレは二人がもめ始める前に、『熱はないない!大丈夫だよ、早く行こ!』と、その場からふっきーと皇の手を引いて、サクラがチャーターしたヘリコプターに急いで向かった。 オレたちが乗り込むと、すぐにヘリコプターは離陸した。 ヘリコプターから下を覗き込むと、こちらにカメラを向けている人が何人か見えた。 「おわ!え?もしかしてあれみんな、田頭のパパラッチ?」 そう聞くと、サクラが『そうじゃん?』と、笑った。 『本当に島までついてくる?』と聞くと、『多分ついてくると思うよ。あの島で生活してる人もいるから、誰でも普通に入れるし』と、サクラが睨むように窓の下を覗き込んだ。 『一番高い金額出しそうなとこに、俺が田頭の半裸画像でも売りつけっかな』と、かにちゃんが笑うと、『売るならかっこよく撮れてるやつにしてな。政治家になるならイメージ大事だろ』と、田頭も笑った。 この旅行は、”どうせ追いかけ回されるなら、パパラッチに華麗な私生活を見せて田頭のさらなるイメージアップ大作戦!”をするというのは聞いている。 世間一般的に、かにちゃんちは相当有名企業だからね。田頭のご学友が、そんな有名企業のトップのご子息っていうのは、政治家的にどんどん広めたい話題らしい。自分から広めるのはイヤらしい感じがするから、勝手に広めてもらえて逆にありがたいよなと、田頭は笑っていた。 ふっきーを咄嗟に見ると、視線が合って頷かれた。『パパラッチがあんなにいるんだから若とイチャコラしないこと!』って意味だろう、多分。オレは小さく頷いて、ちょっとだけ皇を覗き見た。皇もこちらをチラリと見ていて、カチッと視線が合ったから、オレは慌てて視線をそらした。 こんな状態で2泊3日……オレ、無事乗り切れるのかな。 「うわぁ!砂浜、真っ白!」 サクラんち所有の島に着いてすぐ見えたのは、白い砂浜がキラッキラしているビーチだった。 「綺麗でしょ?お昼はあそこでバーベキューの予定だよ。今の時期はさすがに泳げないけど、海も比較的綺麗なほうだと思うんだよね」 海に目をやると、確かに透明度は高そうだ。 『あとで、この時期でも出来る遊びをしようよ。まずは荷物を置いてこようか。さて!今夜泊まるの、あそこだよ!』と、すぐ目の前にある、大きなホテルのような建物を指差した。 サクラんちの会社の宿泊施設ってことだったから、会議室とかがあったりする事務的な感じの建物かと思ってたけど、普通にリゾートホテルのような外観だ。 「ぼっちゃま、いらっしゃいませ」 施設前で頭を下げたのは、上品そうなおばあさんだ。 「きよさん、久しぶり!元気だった?」 「はい。ぼっちゃまもお元気そうで何よりでございます。まあまあ、素敵な殿方ばかりお連れいただいて。きよも若返りそうですよ」 サクラはハハッと笑ったあと、『部屋は言った通りに準備してくれた?』と、小首を傾げた。 「はい、もちろんでございます。温泉付き離れを3部屋、ご用意しております。どうぞ、ご案内致します」 温泉付き離れを3部屋?! 「僕と公康は同じ部屋で決まりだけど、そっち4人はどうする?」 サクラがニヤリと笑うと、ふっきーが、『ここ2人、同じ部屋で』と、皇と自分を指さした。 はあ?! ふっきーを見ると、宿泊施設の玄関のほうにチラチラと視線を送っている。玄関を見てみろってこと?かな?玄関を見ると、田頭のパパラッチらしき人たちがウロウロしているのが見えた。うわぁ……こんなところまで付いてきてるの?!ふっきーが皇と同室で……と言った意味をオレが理解したと思ったのか、ふっきーは、『すめ、行くよ!』と、皇の腕を軽くたたいて、案内の人に『お願いします』と頭を下げた。皇はチラリとこちらを見たけど、ふっきーにおとなしくついて行ってしまった。 呆然と二人を見送っていると、『置いて行くぞ、ばっつん』と、かにちゃんに声を掛けられた。 「あ、うん」 かにちゃんと一緒に向かった離れの部屋は、とにかくめちゃくちゃ豪華な部屋だった。 っていうか!部屋に着いちゃえばもう誰にも見られないし、皇とイチャイチャ出来るもんだと思ってたのに、何なの、この展開! 部屋すら一緒じゃないなんて、何のための旅行だよ!皇が一緒だから二つ返事でオーケーしたのに、ただただ付き合ってるフリをしてる皇とふっきーを見てなきゃいけないだけってこと?これじゃ、友情を温めるだけの本気の卒業旅行じゃん!いや、本来の目的はそれなんだろうけど!だって皇がいたら、オレには違う目的が出て来ちゃっても仕方ないじゃん!こんな機会でもなきゃ、曲輪の外で皇とイチャイチャ出来ることなんてそうそうないんだから、この旅行、すっごい楽しみにしてたのに……。ふっきーが皇と同室で何をするわけ?ううううう……オレなら皇を有効活用するのに! ……でもあの二人、学校で案外楽しそうに話してたよね。そうだよ!ふっきーはオレから見たって、皇の親友的ポジションにいたんだから。二人で楽しくやってたら、それはそれで……そっちのほうがモヤモヤするじゃん! 部屋まで案内してくれた人が出ていくと、かにちゃんが、『わかりやすく不機嫌だな、ばっつん。っつか何でがいくんとふっきーが付き合ってる設定なわけ?ふっきーに何か弱みでも握られてんのか?』と、笑った。 「弱みなんて握られてないけど……付き合ってるって言ってるんだから、そうなんじゃないの?」 オレは大いにふてくされて、かにちゃんにそう返事をした。 「あの二人が付き合ってるって言うなら、ばっつん、相当イタい奴だぞ?ふっきーの彼氏とイチャイチャし過ぎ」 今日はイチャイチャしてないじゃん!……とか、かにちゃんに突っかかりそうになって言葉を飲んだ。かにちゃんに不機嫌をぶつけるとか、したくないし。 何も言えずにいるとかにちゃんは、『そこらへんの事情はよくわかんねーけど、俺、よく寝ぼけるんだよな。夜フラフラ起きて、別の部屋で寝たりすっかもしんねぇわ』と、ウインクした。 それって、夜、かにちゃんは部屋にいないから、ここに皇を呼んでも大丈夫ってこと?!かにちゃああああん! そこにノックの音がして、サクラが入ってきた。お昼のバーベキューの前に、テニスでもしないかって。 オレは二つ返事で了承した。みんなと一緒に何かをしていれば、皇をふっきーと二人きりにしておかなくて済むわけだし……なんて思ってちょっとへこんだ。オレ、どんだけやきもち焼きだよ。重っ! 落ち着け、オレ!今回の卒業旅行、皇とイチャイチャ出来るってものすごーく楽しみにしてたけど、諦めろ!期待するからガッカリするわけだし?今回の旅行は、ふっきー嫁決定偽装大作戦を頑張るんだ!そしたら、この先皇と外でちょっとイチャイチャしても大丈夫になるかもしれないんだから!自分の未来のために頑張れ!オレ!やきもち封印! 建物のすぐ横に、テニスコートが4面もある。テニスウェアは用意してないけど、道具はあるよって、サクラがラケットを渡してくれた。 サクラは、『ダブルスで勝負しようよ』と、一枚の紙を差し出した。『チーム決めといえばあみだくじ!』と言って、紙にあみだの線を引くと、好きなところに名前を書くようにみんなを急かした。 みんなが名前を書き終わると、サクラは逆側に番号を書いて、『一番と二番、三番と四番、五番と六番がそれぞれペアね』と言って、みんなから見えないように後ろを向いてあみだくじをやり始めた。 ふっきーがサクラに、『やってるとこ見せてよ』という、当たり前のツッコミを入れると、サクラは『はい、決まった!』と言って、『きみやすと僕、ばっつんとがいくん、かにちゃんとふっきーがチームね』と、オレたちを指さした。 「それ、ヤラセじゃない?あみだくじ見えなかったし」 ふっきーがそんな物言いをつけると、『え?何それ?時間ないから始めようよ』と、サクラは完全にふっきーをスルーして、あみだくじをゴミ箱に捨てた。……絶対ヤラセじゃん。 サクラは、『罰ゲーム決めようよ。勝負なんだから、やる気が出そうなやつ』と言い出した。『やる気が出そうな罰ゲームってなんだよ』と、かにちゃんがツッコむと、サクラは『絶対負けたくないって思うようなやつ』と、ニヤリと悪い顔をした。 ふっきーが、『みんなテニスうまいの?』と聞くと、サクラは『僕ときみやすは、まぁそこそこ?かにちゃんもうまいし、ばっつんはずっとテニス部だったんだよね?』と聞いてくるので、『うん、まぁ』と返事をすると、かにちゃんが『ばっつんの体育のイメージ、水泳の補習受けてたくらいしかないからなぁ。元テニス部って言ったって、負ける気しねぇわ。ふっきーがへたくそでも、俺は自信あるから心配すんな。どんな罰ゲームだって余裕で回避』とか、変な動きをしながら豪語したので、『吠え面かくなよ!』と、ラケットでかにちゃんを指すと、『んじゃ、みんな本気出してやっても大丈夫だね。どんな罰ゲームならさらに張り切る?』と、サクラが聞いてきた。 かにちゃんが、『そうだなぁ。ふっきーとイチャイチャすると彼氏に怒られそうだから、そういう系なら死んでも勝つね』と言うと、サクラはパンっと手を叩いて、『んじゃ、負けたらチームの二人でキスでもしてもらおっか。もちろん、あのパパラッチが見てないところでね』と、また悪そうな顔でこちらを見た。 ありがたいことにっていうか、今回については迷惑なことにっていうか、オレと皇をくっつけたがっているサクラは、オレと皇にテニスで勝って、オレたちにキスさせようと思ってるんだろうけど、そうはいくか! 皇とキス……とか、みんながいないとこでなら、てんでしたいけど!てんでしたいけどおおおお!今回ばかりはそんなことしてる場合じゃないし、何よりみんなの前でキスとか、恥ずかしくて絶対無理!この勝負、負けるわけにはいかないっ! まずはオレたちと田頭サクラチームが試合をすることになって、田頭がコートに入った瞬間、パパラッチが一斉にシャッターを切る音が聞こえた。それでも田頭は知らんぷりだ。慣れてるなぁ、田頭。田頭的には、オレたちに勝って、かっこいいところを撮られたいんだろうし、オレも罰ゲームがなければそうさせてあげたい気持ちはある。でも、今回ばかりは協力出来ない!ごめんね、田頭。オレは絶対にお前らに勝ーつっ! 鼻息荒くテニスを始めると、あからさまに皇のヤル気が見えない。皇とはテニスもよく一緒にやっている。オレの指導のたまもので、一番最初に試合をした時よりも、皇は相当テニスが上達しているはずなのに! オレはタイムをとって、皇に『ちょっと!ヤル気出せ!』と、にらんだ。 すると皇は、『そなたに触れられる好機ではないか。罰ゲームで仕方なくというていであれば詠とて文句なかろう。そなたこそ負けず嫌いは封印致せ』と、オレに負けるように言ってきた。 オレだってお前とめちゃくちゃイチャイチャしたいんだよっ!でも今回は絶対にダメだろうが!と思っていると、すぐ後ろから、『絶対勝ってくださいよ』と、ふっきーの冷たい声が聞こえた。 「おわっ!」 オレが驚くとふっきーは、『どこで誰に見られるかわからない状態でキスとかありえませんからね。そんな現場を押さえられたら、雨花ちゃんが危険なんですから。この勝負に負けたら、お二人がキスする前に即帰りますから。温泉もなしですよ』と、皇を睨んだ。 皇もふっきーを睨んだけど、『くっ』とか言って、そこから見るからにヤル気を出した。その結果オレたちは、田頭サクラチームと、かにちゃんふっきーチームを下して優勝した。かにちゃんはうまかったけど、ふっきーは多分、わざと下手なプレイをしてたんじゃないかなぁって思うんだよね。ふっきー……負けたらかにちゃんとキスしないといけないっていうのに、皇とオレを勝たせようとしてくれるなんて、ホント家臣の鏡だよ!っていうか、ふっきーとかにちゃんがキスしていいの?ふっきーがかにちゃんとキスしてるところを見られたら、ふっきーとかにちゃんの関係が疑われ……ないかな?あの二人にそんな雰囲気、微塵もないけど……。 そんな心配をしてたのに、負けた2チームは、『男同士でキスとか人に見せるもんじゃないからやめておこう』とかなんとか言い出して、結局キスしないままで……オレは大いに文句を言った。 ふっきーとかにちゃんはしなくてもいいとして、田頭とサクラは……っていうか、あれ?今気づいたけど、田頭とサクラが、あからさまにイチャイチャしてるところを見たことない、気がする。お互い好き好き言ってるけど、ベタベタしてないっていうか……。オレと皇がキスしてるところは、サクラに何度か見られてる……よね?たぶん。なんだよおおお!オレたちのばっかり見ておいて!オレにも田頭とサクラのキスシーンを見せろ! オレがずるいずるいと連呼していると、田頭は『仕方ねぇなぁ。こっちならパパラッチから見えないだろ?』と言って、サクラの肩をグッと引き寄せた。喜んでキスすると思ったサクラは、『ちょっ……』と言って、田頭から少し体を離した。 オレが驚いて『え?』と言うと、サクラが『きみやす、さっきニンニクチップ食べてたから、キスするの嫌なんだけど』と顔をしかめた。そう言われて田頭が、『あ、見てた?くさいとかサクラに言われたらめちゃくちゃへこむからキスはなしな』と笑って、サクラの頭をポンッと撫でた。もー!田頭!何してくれてんだよ!確かにサクラはにおいとかすごい気にしそうだし、遠慮なくくさいとか言うよね、絶対。 サクラは、『じゃあ、罰ゲームがなくなったお詫びに、逆に優勝チームに賞品出すことにしよっか?優勝した二人は、バーベキューの支度は免除ってことでどう?準備の間、二人でのんびり温泉でも浸かってきなよ』と、オレと皇の腕にポンっと手を置いた。 『は?!』とか言ってるふっきーを無視して、サクラは『早く行っておいで!お肉が焼けたら電話するから』と、オレたちの背中を押した。 サクラー!めちゃくちゃ嬉しい提案なんけど、今日はダメなんだって! ふっきーを見ると、ふっきーはサクラに、『ちょっと部屋に忘れ物したから、二人と一緒に部屋に戻ってくる』と言って、オレと皇の手を引いた。 ふっきー!さすが!三人一緒なら大丈夫だよね? 皇を見ると、あからさまに嫌な顔でふっきーの後頭部を睨んでいた。ちょっとー!そんな顔見られたらダメじゃんか!もー! ふっきーはオレたちの手を引いたまま、早歩きというよりも小走りで部屋に入ると、『二人で温泉なんてダメに決まってるじゃないですか!余計なことを……サクラめ』と、大きなため息をついた。 それを聞いた皇が、『余計なのはお前だ。早うみなのもとに戻るが良い』と、ふっきーに早く部屋を出て行くように言った。 『ふっきーが帰ったらお前と二人っきりだってわかっちゃうじゃん』とオレが言うと、『詠が戻ったところで余とそなたが二人で同じ部屋におるなど誰にわかる?ここまで誰もついて来ておらぬのは気配でわかっておる』と、腕を組んだ。 ふっきーが、『若、念には念をです。雨花ちゃんが今言ったように疑う者もいるかもしれませんから、私はお二人と一緒に戻ります』と、膝をついた。 「雨花がそばにおるに触れられぬなぞ、御台殿の拷問を受けたほうがまだましだ!……戻らぬのなら、お前はそこにおれ。余は雨花と共に風呂に入る」 「えええ?!ちょっ!見られたらどうするんですか!」 ふっきーが部屋の窓から見える露天風呂に視線をやると、皇は『雨花の裸体が晒される危険がある風呂に入るわけなかろう。内風呂だ』と、部屋の奥のドアに視線を向けた。露天風呂とは別に、内風呂もついているらしい。 『ちょっ……待ってくださいっ!見られないからって、おかしなことはしないでくださいよっ!音とか漏れてきたら、いたたまれないんですけど!』と言ったふっきーを一瞥して、皇はオレの手首を掴んだ。 「若っ!」 「……耳をふさいでおれ」 「ちょっと!ええええ?!」 皇はオレの手首を掴んで、脱衣所に引っ張り込んだ。 耳をふさいでおれって……やる気まんまんってこと?すぐそこにふっきーがいるのに? 皇は洗面台にオレを座らせると強引にキスをして、オレの頭に鼻をつけた。『汗臭いよ』と離れようとすると、『それが良い』と、変態くさいことを言う。お風呂に三日入ってないオレのこと、いいにおいとか言ってたくらいだから、多分こいつ、くさいにおいフェチなんだと思う。 オレをギュッと抱きしめると、『部屋まで別など聞いておらぬ。大老も詠も人前でだけ堪えろと申したに』と、オレがさっき思っていたのと同じ不満を言った。それを聞いたら、オレのモヤモヤがちょっと解消した気がした。皇もおんなじように思ってくれてたのが、嬉しかったから……。 『二泊三日なんだから、長くたって丸一日我慢すればいいわけじゃん』と、自分に言い聞かせる意味も込めてそう言うと、『そなたはたった一日と申すか。そなたがそこにおるに触れられず丸一日堪えろなぞ、余には長過ぎる』と、オレの頭にキスをした。 こいつ……なんていうか最近、本当にすごくかわいいんだ。そんなにオレのこと……好き、なの?……なんて、昔のオレが聞いたら『何言ってんの?!バカじゃないの?!』とか言いたくなるような、皇に好かれてるっていう自信をオレに持たせてくれる。 皇の腕の中で首を伸ばして、皇の唇にキスをした。 「あの、さ。夜、ね?かにちゃんが寝ぼけて違う部屋で寝ちゃうかもって言ってた。そしたら……うちの部屋、オレ、一人だから……」 そう言うと、皇はまた驚いた顔をしたあと、『良い友だ』と、笑った。『パチストップもすぐ作ってくれるしね』と笑うと、『何か礼をせねばな』と、笑いながらキスをした。 もうここまで来ちゃったんだし、ちょっとだけなら……イチャイチャしても、いい、かな?本当に、ちょっとだけ。 『お風呂、入る?』と、皇の胸に顔を埋めた瞬間、ポケットに入れてある携帯電話が震えた。 『あれ?ちょっと待って』と皇に言って携帯電話を見ると、サクラからメッセージが入っている。『ふっきーが一緒じゃイチャコラどころじゃないでしょ?もうお肉食べられるけど、戻ってくる?お取込み中ならゆっくりでいいけど。何なら僕からふっきーに早く戻ってこいって連絡しようか?』と書いてある。 うーん……ありがたい申し出だし、何ならいちゃこらどころではあったんだけど、それは夜までお預けかなぁ。ふっきーに先に戻ってもらったら、やっぱり皇と二人で何してるの?って疑われないとも限らない。家臣さんたちが必死にオレたちのことを守ろうとしてくれてるのに、オレたちが匂わせたら駄目だよね、やっぱり。 オレはサクラに、『すぐ行く』と返事をして、皇に、お肉が焼けたらしいからサクラたちのところに戻ろうと話した。ものすごい渋りまくる皇に、『ふっきーがすぐそこにいると思うと、ふっきーのことばっかり気になっちゃうし……。でも、夜は、さ、オレの部屋に……一人で、来て』と言うと、『今堪えた分、夜はそなたを好きにして良いということだな?』と、聞き返してきたので、『んー……まぁ、そういうこと?かもね』と言うと、『わかった』と、口端を上げて頷いた。 ってことで、機嫌の良さそうな皇と、安心顔のふっきーを連れて、オレはサクラたちのところに戻った。 バーベキューでお昼ご飯を済ませたあと、みんなで水上バイクに乗って遊んだりしているうちに、パパラッチに写真を撮られることにも随分慣れた気がする。あっという間に夕方になって、みんなで広間で夕飯をとった。宿泊施設はオレたちの貸し切りになっていて、パパラッチたちが近づけるのは玄関の外までとのこと。それ以上中には絶対入れないと、さっき出迎えてくれたきよさんが言ってくれたそうだ。この施設の中にいれば、パパラッチに狙われることはないってことだ。 オレたちは安心して、夕飯を済ませた大広間で、トランプゲームを始めた。セブンブリッジから始まったトランプゲームは、ポーカーでめちゃくちゃ盛り上がった。 最初は夕飯の舟盛りに乗っていた海ブドウをチップ代わりに勝負してたんだけど、かにちゃんの前に山盛りに積まれた海ブドウが崩れて畳を汚したあと、一番負けた奴が一番勝った奴の言うことを何でもきくというルールに、サクラが強制変更した。 ルール変更した時点で、ポーカーだとかにちゃんに勝てる奴がいないってことになって、ほぼ運勝負のババ抜きで勝敗を決めることになった。 最初に抜けたのはふっきーで、最後までババを持っていたのは皇だ。 ふっきーが皇に何をさせるっていうわけ?!ドキドキしているとかにちゃんが、『ここならパパラッチに撮られることもないっていうし、サクっとキスしていいぞー!二人付き合ってんだろ?キース!キース!』と、囃し立てた。 かにちゃん!酔ってんじゃないの?! 『言うこときかせるってルールだったんじゃないの?』とふっきーが言うと、サクラまで『本当に付き合ってるならキスしてみせてよ』とか言い出して……。 ちょっと!いくらなんでも二人でキスとか、しないよね?!とハラハラしていると、急に首の後ろあたり?に強い衝撃を受けて、涙がジワリと滲んできた。え?何?何?別に泣きたくもないのに涙がこぼれそう! 「あー……すめに片思い中の雨花ちゃんが泣きそうだから、キスはしないでおく」 ふっきーはそう言って、オレを見てニヤリと笑った。 ちょっと待って!いつの間にオレ、皇に片思い設定になったんだよ!それよりこの涙、何?! ついいつもの癖で皇を見ると、皇がハンカチを出して、オレに手を伸ばした。もう少しでオレの顔に手が届くってところで、ふっきーは皇の手をはらって、オレの目の前にやってきた。『ごめんごめん。いくら付き合ってるからって、雨花ちゃんの前ですめとキスなんてひどいことしないよ』と、みんなに聞こえるように言いながらオレの涙をティッシュで拭いて、こっそり『涙が出るツボを押しただけ。すぐ止まるから』と言って、中途半端なウインクをした。 涙が出るツボって何?!皇とキスしたくないからって、オレの体に何してくれてんの?!ふっきー! それを見てサクラが、『ばっつんの反応がサイコーだったから許す』と言って、皇とふっきーのキスはなくなった。 はあー……良かった。どんな理由があったとしても、皇がふっきーとキスなんかしたら……絶対イヤだもん。 ババ抜き2回戦目は、かにちゃんが一抜けして、オレの手元にババが残った。 かにちゃんが、『はい、ばっつん!負け!よーし!今まで誰もしてないから、とうとうここでやっちゃうか?ばっつん、俺にキスな』と、オレの前に来たところで、皇がかにちゃんの前に立ちはだかった。 「ちょいちょい!ふっきーの彼氏が邪魔するよー!」 かにちゃんがふっきーに向かってそう言うと、サクラが、『確かにばっつんがかにちゃんにキスするとかもったいないな。絵面的に無理だからやめといて』と、みんなのトランプをまとめてシャッフルし始めた。 「どーゆー意味だよっ!」 「かにちゃんには王子感が足りないんだよ」 「サクラさん、どいひー!」 かにちゃんは泣き真似をしながら、自分のいた場所に戻っていった。 それを見た皇も、オレの頭を軽くポンっとして、オレの隣に大人しく座った。 皇は、オレのことすごいヤキモチ焼きとか言うけど……皇だって結構そうだと思う。 でも、かにちゃんとキスとかしないで良かった。かにちゃんとは普通に友達だから、キスしたところで何かが芽生えることは絶対ないけど、皇にあとで何をされるかわからない。オレだけならまだしも、かにちゃんのほうがね。 次の勝負は、田頭が一抜けで、サクラが最後までババを持っていた。 「そういや俺、お前らのキスシーン、見たことないな」 かにちゃんがそんなことを言うから、『オレも!オレも!』と手を挙げた。 「何だよ、二人共ー。見たがり屋さんか」 田頭がニヤニヤしながらサクラの肩に手を置くと、サクラはビクリと体を震わせた。あれ?さっきもこんな感じじゃなかった? 田頭が瞬間的にサクラから手を離すと、かにちゃんは『何だよ何だよ!焦らすんじゃねーよ』と、ガラ悪く囃し立てた。 「あー、サクラ、調子悪ぃのか?」 「あ、うん、ごめん。先に部屋戻る」 そう言って広間を出たサクラを追って、田頭も広間を出ていった。 「え、大丈夫かな?」 オレが心配すると、かにちゃんが『昼間のバーベキューで変なもん焼いて食ったんだろ』と、トランプをまとめ始めた。 『まだやるの?』とかにちゃんに聞くと、『4人だしジンラミーでもすっか』と言うので、オレは『サクラ心配だからちょっと見てくる。3人で七並べでもやっててよ。具合が悪いのに大勢で行くと疲れさせちゃうから、絶対ついてこないでよ』と、主に皇に向けて言って、広間を出た。 サクラと田頭の部屋に向かう途中、廊下の曲がり角に差し掛かったところで、『ばっつん、おかしく思ってたよ、きっと』という、サクラの声が聞こえてきた。 そこで出ていけば良かったのに、オレは自分の名前が出たことで、そこで足を止めてしまった。 「しても良かったんじゃねぇの?キスくらい」 そういったのは、田頭の声だ。 「それは、約束違反だろ」 そう言ったのは、サクラの声だった。 っていうか……どういうこと? オレは二人に声をかけることも出来ずに広間に戻って、ぼーっとしたまま七並べを延々とやらされた。 途中で皇が、『どうした?何かあったか?』と聞いてくれたけど、今ここで話す内容じゃない。 ……だって、どういうこと? ようやくかにちゃんの七並べから解放されて部屋に戻る途中、田頭が一人で廊下を歩いているのに出くわした。 『サクラどうよ?』とかにちゃんが聞くと、『ああ大丈夫だろ。横になってるよ』と、田頭が笑った。田頭はこれから大浴場に向かうと言う。それを聞いてかにちゃんが、『俺も後から行くわ』と言って、さっさと部屋に入って行った。 『雨花ちゃんお風呂は?』と、ふっきーが聞いてくれたけど、オレはお風呂どころじゃない。サクラは今、部屋に一人でいるってこと、だよね。田頭でもサクラでもどっちでもいいけど、さっきのがどういうことなのか聞かないことには、二人が気になって旅行どころじゃない。 オレは『お風呂はあとででいいや。ちょっとサクラんとこ行ってくる。二人で話したいから、絶対ついてくるなよ』と、皇にくぎを刺して、サクラと田頭の部屋に急いだ。 ドアをノックしながら『サクラ大丈夫?』と、部屋の中に声をかけると、『ばっつん?どうしたの?』と、サクラがドアを開けてくれた。オレは誰かに聞かれたらいけないと思って、サクラを部屋の奥のほうに引っ張った。 「ちょっと、さ。聞きたいことがあって。具合は大丈夫?」 「うん、大丈夫。ありがと。ってか、なに?なに?聞きたいことって。がいくんとのラブラブショットはところどころ撮影済みだし、明日はもっと二人で一緒にいられるように仕組んでいくつもりだから安心して」 「仕組むって何を……って、いや、それはどうでもいいよ。そうじゃなくて」 「ん?」 「あの……ごめん。さっき、廊下で田頭と話してるの、聞いちゃった」 「え?廊下で公康と?何の話……」 少し考えたようなサクラは、ハッとした顔をした。 なんの話をオレに聞かれたのか、わかったようだった。 「田頭と、キス、しない約束なの?」 さっきの会話、そういうこと、だよね?付き合ってるのにキスしない約束って……一体なんで? サクラは『あー、最後の最後でバレちゃったか』と、大きくため息をついた。 「え?」 「公康とは……この旅行で終わりにするつもり」 え……。

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