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秘密〜卒業旅行編〜②
「何、言ってんの?」
だってサクラと田頭、ラブラブだったじゃん!ついこの前まで、サクラは田頭のことを好き好き言ってたし、田頭だってサクラのこと、すごい大事だって言ってたよ?え?なんで?どうしたの?
「田頭とケンカしたの?」
「うーん……そうなら良かったのにね」
サクラは、『もう高等部は卒業したし、公康とも終わりなんだから、ばっつんになら話してもいっか』と、ため息をついた。
「ずっと……誰かに話したかったのかも。ちょっと長くなるけど、時間ある?」
こんな寂しそうな顔のサクラ……初めて見た。
どれだけ今予定が詰まってたって、全部キャンセルしてたよ。こんなサクラ、放っておけるわけないじゃん!
「うん。聞かせて」
オレは、サクラの座っているソファの隣に座り直した。
サクラは神猛に高等部から入った、いわゆる”外部入学生”だ。神猛に入る前は、日本のインターナショナルスクールに通っていたんだと話し始めた。
サクラの家は、世界的に名前の通ったアパレルメーカーを経営している。サクラは跡取り息子で、ワールドワイドな教育をってことで、小等部からインターナショナルスクールに通わされていたんだそうだ。
高等部もそのスクールに通うんだと思っていた矢先、神猛の高等部に入るようにお父さんに言われて、素直にそれに従ったという。神猛は、日本有数の金持ち学校で、名の通った企業の跡継ぎがゴロゴロ通ってる。サクラのお父さんは、これから先、サクラが会社を継いだ時に有益になる繋がりを神猛で広げてくれたらいいと思って、神猛への入学を決めたらしい。
神猛って学校は、入ってみるとわかるけど、とにかく階級意識が強い学校だ。幼稚舎から大学まである神猛では、長く通っていればいるだけ学校内の権力が強くなる傾向にあると思う。高等部から入学するってことは、それだけで学校内カースト最下位スタート確実なんだと、サクラは憤ったようにフンッと息を吐いた。
サクラは、見た目が女の子みたいにかわいい。入学式の日から先輩たちにチヤホヤされるサクラに対して、カースト最下位のくせに!と、面白く思わない同級生が一部発生するのは当然だったかもしれないと、サクラは今度は口をかたく結んだ。
「入学してすぐから……いじめにあったんだ」
しばらく口を閉ざしたサクラから、ようやく出てきたその言葉は、オレにとってあまりに衝撃的だった。
だってオレが二年で編入した時には、田頭、サクラ、かにちゃんはすでに、何も知らないオレから見ても”一軍”だったよ?
二年から成績順でクラス分けされる神猛は、A組のクラス章を付けているだけで『すごい』と思われる。その中でも、田頭はさらに特別な存在なんだろうってことは、田頭と仲良くなった随分あとに知った。田頭は幼稚舎からの内部進学組だ。田頭が幼稚舎に入ったその年から、現官房長官の田頭のお父さんが、ずーっとPTA会長をしていると聞いたのはいつだったっけ?とにかく田頭は、あの学校の中でバリバリの権力者だった。……仲良くなっちゃうと、全然そんな感じしないけどね。
かにちゃんも高等部から入学の新参者だったけど、かにちゃんは日本有数の大企業、蟹江電機……通称クラリバのご子息様だ。うちみたいな、そこらへんの社長の息子とは格が違う。蟹江電機系列の会社は、日本にごまんとある。神猛にも蟹江電機系列の会社の社長や役員の息子ってのが、たくさん通っていたらしい。かにちゃんはそんなこんなで、入学前からカースト上位者だったとサクラが口を尖らせた。
サクラんちは、おじいさんが今の会社を興したまだ新しい会社……と言えばそうかもしれない。今では知らない人はいないんじゃないかってくらい、サクラんちのearly springは有名ブランドだけど、そんなサクラんちでも、神猛では、サクラ曰く『中の上か、よくて上の下ってとこかな』になっちゃう……んだよね。わかる。だって田頭とかかにちゃん……誰よりあの皇が通ってるような学校なんだから。
ってことで、サクラは入学式から目を付けられて、数人の内部進学組の同級生からいじめにあっていたんだそうだ。
でも、容易には想像出来なかった。そんな話、誰からも聞いたことがなかったし。
サクラにそう言うと、『それも全部、公康のおかげなんだ』と、サクラは自分の膝に顔を埋めた。
田頭は、サクラがイジメられている現場に偶然出くわしてサクラを助けたあと、これから自分の恋人のフリをすることを提案してきたと言う。神猛で絶対的な権力を持っている田頭の”恋人”に、下手な手出しは誰もしないからって。いじめにあっている事を、それまで誰にも相談出来なかったサクラは、その場で田頭の申し出を受け入れたんだそうだ。
その翌日から、サクラをいじめていた奴らは全員、学校に来なくなったという。最初は集団で不登校じゃないかなんて噂が出たらしいけど、噂にものぼらなくなった頃、そいつら全員、重大な校則違反があったという理由で、ひっそり退学処分になっていたことをサクラは知った。
「急に何人もいっぺんに退学処分になったら、どうしてだってことになるでしょ?そうなったら、僕がいじめられてたことがどこかから漏れるかもしれない。僕がいじめにあってたって誰にも知られないように、フェードアウトさせてから退学処分にしたんだと思う。僕のプライドを守ってくれたんだ。学校にとってもそのほうが助かるだろうし……公康本人に直接聞いてないけど、公康以外、そんなこと出来ないと思う」
っていうか、田頭ってそんなことする人だったんだ?!意外過ぎる!
オレの中の田頭像は、のんびりした、だけど正義感の強い、でもちょっとどこか抜けてるところが好感度高いオレたちのリーダー……みたいな感じだったんだけど。そんな田頭が、どれだけいじめっ子だったとしても、退学させるなんて強硬手段をとっていたことに驚いた。確かに、サクラにとってはそれが一番安心だっただろうけど。
サクラをいじめていた奴らが退学処分になったあと、もう付き合っているフリをしなくても大丈夫じゃないかって言ったサクラに、田頭は、『出来たらこの先も俺のために付き合っているフリをしていてほしい』と、お願いしてきたという。田頭の絶大な権力狙いで近づいてくる奴らに、交際を断る口実になるからって……。
田頭はいずれ、父親か祖父が見つけてきた”支援者が一番納得してくれるだろう人”と見合い結婚することになるだろうから、それまでは誰かと付き合って、面倒なことになるのは極力避けたいのだとサクラに話したという。
死にたいくらいつらかったイジメから救ってくれた田頭のお願いを、サクラが断るわけはなかった。サクラは、『田頭と付き合っているということにしておけば、この先もまたいじめられるようなことなく安心して高校生活を送れるだろうと思ったし、助けてもらった恩返しが出来ればいいなって思って……だから、最初から、お互いに気持ちなんかない打算的な付き合いだったんだ』と、視線を下げた。
オレは修学旅行で、田頭からサクラとのなれそめを聞いたことがある。田頭が困ってる時にサクラに助けてもらって、そこで一目惚れしたんだって言ってた。その馴れ初めが嘘だったとしても、田頭があの時言った、サクラのこと『すげぇ好き』って言葉……あれが嘘だったなんて、信じられない。サクラだって、田頭が他の人のことをかわいいとか言ってると、本気でやきもち焼いてたじゃん!あれが全部嘘だったってこと?
「本当に、そうなの?」
少なくとも、田頭が言ったサクラに対する『すげぇ好き』に、嘘はなかったと思う。嘘で付き合ってるとして、あんな嬉しそうにサクラとの話、する?付き合っているフリをするためだけに、気持ちがないのにあんなにサクラのこと、大事には出来ないと思う。
サクラだってそうだ。田頭のこと好き好き言ってたのが全部嘘だったとしたら、どんだけ演技派だよって思う。だっていっつも嬉しそうだったじゃん。田頭と一緒にいる時のサクラ……。
「どういうこと?」
「好きじゃないとか、嘘だろ?」
オレがそう言うと、サクラはまた膝に顔を埋めてしまった。
「好きになんて……なるわけない」
「なんで……」
「だって公康は!……田頭の地盤を継いで、いずれ政治家になる人なんだよ?それもただの政治家じゃない。将来の総理候補だって、今から言われてるような人なんだ。公康はいずれ、ふさわしい相手と結婚する。そうしないといけないんだ。だから……公康とは、この旅行で終わり」
「……田頭はなんて言ってるの?」
「聞いてない。でも、最初から高校の間だけって話だったし……公康はもしかしたら、卒業式で終わってると思ってるかもね」
「それはないよ!さっきまでオレ、二人が付き合ってるって信じて疑わなかったし、それに田頭はサクラのこと……」
「公康は!……何の得もないのに僕を助けてくれた。恩人なんだ。公康を困らせる存在には、なりたくない」
サクラは一旦上げた顔を、また自分の膝に埋めて、『ばっつん』と、オレを呼んだ。
「ん?」
「ここだけの話、してもいい?」
「……うん」
「笑わない?」
「笑わないよ」
「僕んちさ、姉が三人の四人兄弟だって話、したことあったっけ」
「うん。聞いたことある」
「姉が三人いるから、僕、小さい頃、ずーっと女の子向けのお姫様が出てくるような絵本ばっかり読まされてきたんだ」
だからサクラはディ○ニーのプリンセスたちにも詳しいのか。
「うん」
「姉たちはさ、大きくなったら王子様が迎えにくるっていうのを、本気で信じててね」
「ああ、うん」
「……僕も信じてた」
「おお、そうだったんだ」
「うん。……いじめにあうなんて、それまで一回もなかったから、あの頃は、本当につらかった。神猛に入学しろって言ったパピーのこと……あ、父のことね。パピーのことも、すごい恨んで……。いじめられてるって、誰にも言えなかった。恥ずかしいことだって思ってたから。誰にも相談出来なくて……毎日、いつ死のうかって、そんなことばっかり考えてた。それをあっという間に、公康が解決してくれた。……王子様だって、思ったんだ」
「……あの田頭が、王子?」
「そうだよ!僕にとっては王子様だったの!」
「サクラ……」
「……好きに、ならないわけ、ないじゃん」
サクラはまた顔を膝に埋めてしまったけど、泣いているのがわかった。
サクラの背中をそっと撫でると、サクラはさらに泣いてしまって……オレは、何て声をかけたらいいのかわからずに、ただサクラの背中を撫で続けていた。
サクラが泣いてるとこ、初めて見た。こんな風に声を殺して、ひっそり泣くイメージ、全然なかった。
サクラ……。
しばらく泣いたあと、『もう大丈夫。ありがと』と言ったサクラは、まだ真っ赤な目を潤ませて、オレに『ありがとう』と、もう一度そう言ってにっこり笑った。
「ああああ、泣いた泣いた。泣いたらちょっとすっきりした。ありがと、ばっつん。……さっきの、ここだけの話だからね」
「うん。……ここだけの話なんだから、もっと言いたかったこと言っていいのに」
「そっか!じゃあ……言っとく!僕……本当に、公康が好きだった。公康のこと……今だって、大好きだよ。だけど、僕がどれだけ公康のことを好きになったって、公康とずっと一緒にいる未来なんか、ないから……」
「サクラ……田頭の気持ち、聞いた?」
「聞けるわけないでしょ。……怖いじゃん」
「オレは、田頭はサクラのこと……」
『好きだと思う』と、言おうとしたのに、サクラに『ないから!』とハッキリ言われて、オレは続きの言葉を言えなくなってしまった。
「ばっつん……田頭家の支援者が、公康に何を望んでるか知ってる?まだ高校卒業したばっかりだっていうのに、未来のファーストレディーはまだか……だって。見合い話がいくつも来てるの、知ってるんだ」
「でも……」
「きっと公康に、この旅行で終わりにしようって言ったら、そうだな、で終わると思う」
「本当にそうなると思う?」
「……」
「オレは、田頭はサクラのこと、好きだと思うよ」
「もし、本当に公康が僕のことを好きでいてくれてるとしたら……なおさら、この旅行で終わりにしなきゃ」
「なんで?!」
「公康とずっと一緒にいるなんて未来は、絶対にないから。この旅行で終わりにして、公康はたっくさんきてる見合い話の中から、一番ふさわしいお嫁さんをもらって……子供を作って、選挙に勝って、いずれ総理になってさ。ここで別れて正解だったなって、思う日が来るよ」
「正解か不正解かで、決めていいの?」
「それ以外に何で決めるわけ?」
「気持ち」
母様に言われた言葉を思い出していた。『自分には好きって気持ちしかなかったけど、その気持ちがあったから頑張ってこられた』って。
「気持ちで決められたら、どんなにいいだろうね。気持ちだけじゃどうにもならないことって、たくさんあるでしょ。ばっつんだって、お父さん、社長さんでしょ?家を継ぐように言われたりしないの?これからどうするの?ふっきーの彼氏とさ」
ふっきーの彼氏?ああ、皇か。そういう設定だったっけ。
「ふっきーの彼氏んち、謎が多くて良くわかんないけど……でも、やっぱりいずれ結婚して、家を継いでって話になるんじゃないの?」
「えっ、と……」
「違うの?」
「えっと……ちょっと一緒に来て!」
オレは、サクラを連れて皇の部屋に急いだ。
この先も、サクラや田頭、かにちゃんとは、友達でいたい。友達でいるために、皇とのこと、隠しておきたくない。ずっとそう思ってた。あの三人になら話しても、何か問題になるようなことはないと思うし。
サクラは田頭とのことをあきらめようとしてるけど、本当にそれでいいの?サクラが言ってること、すごくわかる。オレだってサクラと同じ立場なら、世間体とか絶対考えたと思う。田頭は、オレたちなんかより、”普通”の結婚を求められる人だっていうのもわかる。でも……サクラが田頭のことを本当に好きなの、痛いくらいわかっちゃったし。田頭だってそれは同じなんじゃないの?世間体がどうのとか、簡単に乗り越えられないのもわかるけど!でも……二人の気持ちを守る選択は出来ないの?
皇なら、何か方法があるかもしれない。
皇とふっきーの部屋には、皇しかいなかった。ふっきーは田頭とかにちゃんと一緒に、大浴場に行ったんだっけ。ふっきーがいたら、さらにいい案が出るような気がしてたけど、いなくてもまぁいいか。
とにかくオレは皇に、サクラはこれからも友達でいたいから、本当のことを話したいとお願いした。
皇は、『そうだな』とだけ言って頷くと、オレの頭を撫でた。
オレはサクラに、皇との出会いから、今の状況までをかいつまんで話した。
鎧鏡家の内情なんて、実際この目で見なきゃ信じられないことばっかりなのに、サクラは日本昔話みたいな鎧鏡家の話を、何一つ疑わずに信じてくれて、さっきオレにした話を、皇にも話してくれた。
「ふっきーのいじめ問題を調べた時に、鎧鏡家ってとてつもなくやばそうだって公康と話してたんだけど……思ってたよりずっとやばいおうちだったんだね。女人禁制か……公康んちも、そんな設定だったら良かったなぁ」
「サクラ、田頭の気持ち、聞いてみようよ」
サクラは、小さく首を横に振った。
「三年間、公康に守ってもらった。それで、もう十分」
「サクラ……」
「ここに来る前に、もう散々悩んだんだって。で、ここで別れようってようやく決心して来たんだから、止めないでよ。どっちにしろ、夏には公康、オランダに留学しちゃうんだし。それって、公康も長くたって夏には終わりにしようと思ってたってことでしょ」
「そんなのわかんないじゃん!田頭に聞いたわけじゃないんだろ?田頭、絶対にサクラのこと好きだよ」
「だから!そうだとしたらなおさらなんだよ。……僕の存在が、公康の名声に傷をつけるようなことになる前に、離れたいんだ」
サクラは、本当に苦しそうな顔をした。
「……オレ、サクラが、そんな風に我慢しちゃう人だと思ってなかった」
「……」
「悪いって言ってるんじゃないよ?サクラがそう決めたなら、オレもそれを支持する」
「ありがと、ばっつん」
「だけど、オレ、田頭とも友達なんだ」
「え?」
「オレ、田頭の気持ち、聞いてくる!二人のことなのに、一人で勝手に決めたらダメだよ!田頭がそれでいいなら、オレも納得する!田頭が本当に別れていいなんて言うようなら……改めてサクラの傷心旅行に付き合うから!ちょっと待ってて!」
「ちょっ……ばっつん!」
オレは皇の部屋を飛び出して、大浴場にいるだろう田頭のもとに急いだ。
大浴場につくと、田頭とかにちゃんはすでに浴衣に着替えていた。
「おー、ばっつん。何?風呂入んの?」
「いやいや田頭、そりゃないって。ばっつんが大浴場とか、ふっきーの彼氏に怒られるだろ?」
ニヤニヤするかにちゃんのそんな言葉を無視して、オレは田頭を、田頭の部屋に連れて行った。
「何?何?ちょっ……あれ?サクラは?」
部屋に入るなりそう言った田頭に、『サクラは皇の部屋にいる』と言うと、『は?意外な組み合わせだな』と、笑いながら、部屋の冷蔵庫を開けて水を取った。『ばっつんも何か飲むか?』と聞かれたけど、それどころじゃない。
「サクラのこと、好きって言ってたよな?」
「ん?うん」
「本当に?」
「ん?何?本当だよ」
「サクラ……この旅行で、田頭と別れるつもりだって言ってた」
田頭は、ちょっとびっくりした顔をすると、『そっか』とだけ言って、水を飲んだ。
「そっかじゃないだろ!いいのかよ、それで」
「何でばっつんがそこでアツくなるかな」
「二人のこと応援するって言っただろ!サクラに聞いたんだよ。付き合うフリしてただけだって。でも、田頭がサクラのこと好きってオレに言ったの、嘘だと思えなかった」
「嘘じゃねぇしな」
「そうだよね?!じゃあ、どうすんの?サクラ、田頭が夏にオランダ留学するから、夏には終わらせるつもりだったんだろうって言ってたよ?」
「サクラが勝手に言ってるだけだろ?」
「そうだけど!その前にもっと大事なことがあるだろ!」
「何?」
「田頭がサクラのこと、本当に好きって、サクラに伝わってないってことだよ」
「伝わってるって」
「は?」
「ハッキリ言ってねぇけど、伝わってるからあいつ、俺から離れようとしてんだろ?俺の将来に自分はいたらダメだ的なやつな?でも大丈夫大丈夫。そんなことにはさせねぇから」
「え?」
「勝手に盛り上がってる奴の話、鵜呑みにすんなって。ばっつんは見た目冷静そうだけど、中身は案外アツいよな」
「大丈夫なの?」
「だーいじょぶ、だいじょぶ。俺が田頭の地盤継ぐって決めたの、サクラと結婚するためだから」
「は?」
「政治家んなって、日本も同性婚がふ、つーになる世の中作って、サクラを堂々と配偶者に迎える。そんな世の中になりゃ、ばっつんも助かんだろ?ふっきーの彼氏とさ。ああ、まぁふっきーの彼氏は、法律とか憲法とか関係ねぇか」
「でもオランダに留学って……」
「知らねぇ?オランダって世界初、同性婚が法制化された国なんだ。それ勉強しに行くつもり」
「はあ?!」
田頭ぁぁぁぁ!こいつ、本当にいつも飄々としてるけど、ちゃんと考えてるじゃん!田頭の事、あんまりそう思ったことなかったけど、文句なくかっこいいよ!さっき笑いそうになったけど、田頭は王子様っての、あながち間違ってないよ、サクラ!
「そういうことだから心配いらないよ。でもありがとな、ばっつん」
「っつか、そんな計画なら早いとこサクラに言ってあげたら良かったじゃん!あんなに思い詰めてんのに!」
「別れようってあいつが言い出してきた時に、俺は別れない!お前が好きだ!法律も変えてみせる!ってビシッと言ったほうが、かっこよくね?あいつも俺に惚れ直すっしょ?」
「……」
「何?」
やっぱり、さっきの撤回。こんな打算的な王子、やだ。
でも……オレが思ってたよりずっと、田頭はサクラとのこれからを考えてて安心した。もうサクラがあんな風に泣くとこ、見たくないよ。
「心配して損した」
田頭のほうが、世間体気にして別れるとか言いそうだと思ってたけど……田頭がこんななら、大丈夫だな、これ。
「えー、何だよ、それ。心配しててよ、ばっつん」
「田頭」
「ん?」
「サクラに好きってちゃんと言ってあげてよ。今のままじゃサクラ、お前の前から消えるよ、多分」
「ああ……まぁ、どこ行こうが追っかけるけど……でもまずは、そっからか」
「そうだよ!好きな人が自分のこと好きって言ってくれるのって、すごい力になると思うよ?二人一緒なら、何でも出来る気になったりするじゃん?サクラも田頭の気持ち聞いたら、きっと今の悩み全部吹っ飛ぶと思う。早いとこ吹っ飛ばしてあげてよ」
「ああ、わかった。に、しても……」
田頭がじーっとこちらを見るので、『何?』と言うと、『二人一緒なら何でも出来るって、ばっつんの場合は相手が相手だからだろ?ふっきーの彼氏と一緒なら、まじで何でも出来るだろうし?』と、笑った。
「オレの相手はどうでもいいだろ!とにかく早く迎えに行け!」
「はいはい。そのうちばっつんの恋バナも聞かせてな」
「うん。サクラと一緒に聞いてよ」
「わかった」
「よし!じゃあ、皇の部屋にサクラを迎えに行こう」
オレは田頭と一緒に、皇の部屋に向かった。
皇の部屋に戻ると、すでにふっきーが戻って来ていて、サクラは散歩をしてくると言って、ついさっき外に出て行ったという。
オレは『早く追いかけろ』と言って、田頭の背中を押した。
田頭は、『俺らが戻ってこなくても探すなよ』と、親指を立てると、走って外に出て行った。
「何?今の?」
状況が呑み込めていないふっきーが、ぽかんとした顔で田頭の背中を見送ってるのを笑いながら、オレは皇の手をそっと握った。『ん?』と言う皇に、『心配する必要なかった』と言うと、『そうであろうな』と笑った皇が、オレの手を握り返して、『余らも散歩に出るか』と、聞いて来た。
え?
「は?散歩?外に出たいのでしたら、若の”恋人”の私がご一緒します」
ふっきーにそう言われて嫌な顔をした皇が、『あり得ぬ』と、ギュッとオレの手を握った。
「その窓辺からで構わぬ。雨花と共に夜景が見たい」
「夜景?外を見るってことですよね?外が見えるってことは、外からも見えるってことですよ?ダメに決まってるじゃないですか!」
「室内灯を消せば、外からはこちらが見えぬであろう」
「私がパパラッチなら見つけますし、真っ暗だろうが綺麗にお二人を撮る自信もあります」
そう言われてまた嫌な顔をした皇に、『ふっきーの言う通りだよ。何言ってんの?急に』と聞くと、『何故そなたが詠の肩を持つ?!』と、睨まれた。
「肩を持つとかそういうことじゃないじゃん。ふっきーの言ってることが正しいだろ」
「そなたとの契りを果たせぬではないか」
「え?」
ちぎり?何か約束してたっけ?
「……もう良い!そなたは部屋に戻るが良い!」
皇がふいっとオレから顔をそらすと、ふっきーは『ちょっと!若!雨花ちゃんに何てこと言ってんですか?!』と、慌てた様子で大声を上げた。
「あ?部屋に戻れと言うただけだ」
「そんな、お二人に揉められたら困ります!……わかりましたよ。二人きりにすればいいんでしょう?でも少しですからね」
「いや、もう良い。雨花はそのようなこと、望んでおらぬようゆえ」
こちらを睨んだ皇が、『早う部屋に戻るが良い』と言い捨てて、またふいっと顔をそらした。
「なっ……」
何だよ!それ!感じ悪っ!
「ちょっ……本当に何言ってんですか、若!」
「お前が二人きりにはなるなと申したのであろう。ゆえにそうすると言うておる。雨花は早う部屋へ戻れ」
「……あっそ!じゃあね!」
「雨花ちゃん!」
「ふっきーもまた明日ねっ!」
「ちょっ……お二人とも落ち着いて!雨花ちゃんは行かないで!わかりました!私が出て行きます!私が出ていきますので、仲直りしてください!こんなことでこじれて、お二人が婚姻をやめるなんてことになったら、私が若の奥方様にさせられる可能性が……いや、その前に大老様に消されるかも……。ちょっと!お二人とも!サクッと謝り合って仲直りしてください!それまでここから出たら駄目ですからね!」
青い顔をしたふっきーは、部屋についている露天風呂に行けるドアから外に出て行ってしまった。
「……」
「……」
皇が何も言わないから、オレも何も言わないで黙っていた。でも、皇も、オレが何も言わないから、何も言えないのかもしれない。
急に怒り出したのは皇だし、オレから折れるのはめちゃくちゃむかつくけど……オレから折れて、話しかけてみる?せっかく二人きりなのに、こんなのイヤだし……。
「……いつまで怒ってんの」
「……」
オレから話しかけたのに、皇が何の返事もしてくれないから、怒りを通り越して不安になってきた。
ふっきーがさっき心配してたみたいに、皇がオレのこと、嫁にするのやめたいとか思ってたら……どうしよう。
「……」
何も言わない皇の気持ちがわからなくて、ものすごく不安になる。
こんなことで、皇がオレのこと嫌になってたらどうしよう。皇のそばにいられなくなったらどうしよう。っていうか、皇、何を怒ってんの?オレが悪いの?いや、悪くないでしょ?だって二人でいるところを見られたら、絶対ダメじゃん!それなのに、二人で外に出たいとか言い出して……そんなのダメに決まってる。ふっきーが言ってることが正しいじゃん!なのに、ふっきーの肩を持ってとか言って……肩を持つとかそういうことじゃないじゃん。それなのに、急に怒り出してさ……。
「二人でいるところを見られるかもしれないからダメって言ったふっきーに同意したの、何か間違ってた?オレ」
「……」
「オレが嫁だってわからないように頑張ってくれてる家臣さんたちの努力を、オレたちが無駄にしたらダメじゃん。違う?」
「……」
「……何か、言ってよ」
「……」
「違うと思うなら違うって言ってよ」
「……」
「皇は……オレと仲直り、したくないの?」
したくないって言われたら、どうしよう。
そんな不安感でドキドキしていると、大きくため息をついた皇がスッと立ち上がって、ふっきーが出て行った窓まで歩いていくと、ほんの少し開いていたカーテンを、隙間なく閉めた。
「え?」
こちらに戻ってきた皇は、オレを思い切り抱きしめてため息をついた。
何?!
「もう少し腹を立てておこうと思うたに、そのように愛らしいことを言われては、腹を立て続けることもままならぬ」
「なんだよ、それ!」
「そなたが詠ばかり庇い、契りも忘れておるようゆえ腹が立った」
「え?」
そういえばさっき、契りを忘れたかって言ってた。契りって……皇と何か約束してたっけ?
「まずは二人で日本の美しい景色を探そうと契ったであろうが」
「……あ!」
卒業式の日、零号温室で約束した……。
「忘れておったのであろう?」
「忘れてたっていうか……今回の旅行は、二人きりになったらダメって言われてたし、そんなこと出来ないって……諦めてた。……お前、あの約束、守ろうとしてくれてたの?」
「ああ」
そうだったんだ。それで散歩にって言ったんだ。それなのにオレ、皇が二人で外に出たいなんて言い出した理由を聞こうともしないで……頭ごなしにダメダメ言ってた。
「……ごめん」
「今回は、誠、腹が立った」
「ごめん。お前、約束守ろうとしてくれてたのに、オレ……理由も聞かずに……」
約束を忘れてたわけじゃないけど……オレとの約束、皇は何とかして守ろうとしてくれてたのに……オレはすっかり諦めてて……。
「ごめん」
「……」
皇が、何も言わずにオレを睨みつけるから、鼻の奥がツンとして、涙がじわりとにじんできたのがわかった。今、泣くのはずるい。そう思うけど……皇が本当はまだ怒ってるのかもと思うと、勝手に涙がこみあげてきた。だって、オレが皇の立場だったら、きっとまだ怒ってる。
オレが下を向いて口を結んで泣くのをこらえていると、それに気づいた皇が、『ああ、すまぬ。泣かせるまで責めるつもりはなかったに』と言って、オレのことを胸にギュッと抱きしめた。
「泣くでない。もう怒ってはおらぬ。詠の言うことも、そなたが詠に同意したのも何も間違ってはおらぬ。そなたが余との契りを忘れておったわけではなく、諦めておっただけというのも、この状況ではそうなって当然だろうと思うた」
「ホント?」
「ああ。余の怒りに戸惑うそなたが愛らしいゆえ、しばらく見ておこうと思うただけで、怒っておるふりをした。許せ」
「何だよ、それ!許すか!バカ!」
皇は、睨み上げたオレの頬をついっと撫でて、『誠、許さぬか?』と、眉を寄せた。
「だって……もうオレのこと嫌になって、嫁にしないとか言われるかもしれないって……怖かったじゃん!バカ!」
「……」
「何ニヤニヤしてんだよ!」
「いや……誠、愛らしいと思うてな」
「はぁ?!」
「雨花」
皇は、オレの頬を両手で包んだ。
「……何?」
「仲直りを致すか?」
皇の顔が近づいて来た。
「……もう、本当に怒ってない?」
皇の頬をそっと撫でた。
「そなたはどうだ?」
皇の親指が、オレの唇に触れた。
「もう、早く部屋戻れとか、言わない?」
皇を睨むと、口端がキュッと上がった。
「言わぬ。そなたも、余を放って部屋に戻るなぞ、言わぬか?」
皇の指が、またオレの唇に触れた。
もう……キス、したらいいのに……。
皇の頬を撫でていた指を、皇の唇に、滑らせた。
「……言わない」
「仲直り、致すか?」
皇の唇が、もう、すぐそこまで近づいてる。
「……仲直り、したい?」
「……したい」
『する』と言いながら、皇にキスをした。
「ん……」
鳥のさえずりで、目が覚めた。
ぼんやり開けた視界の中に、皇の寝顔が見えた。
皇、まだ寝てるんだ。
あれだけしたら、そうだよね。
仲直りあとの夜伽は……いつもよりなんていうか……ものすごかった。
はぁ……まだ皇のあれが、入ってるような感覚が残ってる。今、何時だろう。もう外は明るいみた……。
「いっ?!」
皇の寝顔の奥に、ふっきーがうらめしそうな顔で窓際に立っているのが見えて、思わず悲鳴を上げた。
悲鳴を上げた途端、皇がビクッと起きてオレを抱きしめると、『どういたした?!』と、あたりをキョロキョロと見まわした。
ふっきーはこちらに近づいてきて、オレたちのすぐ横で仁王立ちすると、『確かに!仲直り出来るまで部屋から出てくるなと言いました!私が!私が言ったんですけどっ!そこまで仲良くしろとは言ってませんっ!』と、睨まれた。『え?』と言うと、『え?じゃありませんよ!それ!完全に事後じゃないですか!事後!』と、オレたちを指さした。
じご?
そう言われて自分たちを見ると、布団は掛けているけど、皇もオレも完全に裸で……事後おおおお!うおおおお!これは完全に事後っ!
ふっきーにこんなところを見られるなんて……。
真っ赤っていうより真っ青になりそうな気持ちで、オレは皇に抱きしめられたまま、さらに布団に潜った。
「詠……お前、雨花の体を見てはおらぬであろうな」
「第一声がそれですか。見ておりません!っていうか!そのような心配をなさるのなら、こんなところで眠りこけるほど、不必要に盛らないでくださいよっ!私が入って来ても気づかないなんて!もー!夕べあんなに気を揉んだ自分が本当にアホらしいですっ!」
そう言われて、布団の中から『ごめん、ふっきー』と言うと、ふっきーに『本当に反省してくださいねっ!』と言われて、オレは素直に『はい』と返事をした。
「若もいいですねっ!」
「わかった。だが一つ言うておくが、部屋に入って参ったのがお前でなければ起きておったはず。お前の気配であったゆえ、眠りこけておったまでだ」
皇がそう言うと、ふっきーは『ああ、まぁ、そう、いうことなら』と、モゴモゴ言い出したので、オレは布団の中で笑いをかみ殺した。皇って、案外ふっきーの扱い方がうまいんだよね。普段人前で寝ない”若様”に、お前だから寝ちゃってた……なんて言われたら、そりゃふっきーの怒りだってもにょもにょしたものに変わっちゃうよ。
ふっきーに『もういいですから早く着替えてくださいっ!私は見えないところにおりますので』と言われて、オレは急いで脱ぎ散らかされてるパンツとシャツと服を着た。
「あ!オレお風呂入ってない」
「余も入っておらぬ。共に入るか」
皇がそう言うと、ふっきーが隣の部屋から『そんなのダメに決まってますっ!無駄に長くなるに決まってるんですからっ!』と、大きな声で叫んできた。
「ダメだって」
そう言って笑うと、皇は『詠をあまり怒らせて大老職に就かぬと言われても面倒だ。此度は言うことを聞いてやろう。風呂は明日、共に入れば良い』と、オレに軽くキスをした。
「明日?」
「ああ」
明日曲輪に帰ってからってこと?と聞こうと思ったらふっきーが、『若は露天風呂!雨花ちゃんは内風呂にでも入ってください!ささっとですよ!ささっと!』と、また叫んできた。
「はぁい!」
オレはふっきーにそう返事をして、皇にキスを返してから内風呂に入った。
お風呂を済ませてかにちゃんとの部屋に戻ると、かにちゃんはまだ眠っていた。
オレは着替えをして、かにちゃんが起きるまで、皇と携帯電話でメッセージのやりとりをした。
”かにちゃんまだ寝てる”とか”詠はまだ文句を言っておる”とか、そんな他愛もないやりとりだ。でも……オレ、こういうのがやりたかったんだよね、と、めちゃくちゃテンションが上がった。
かにちゃんが起きてきて、『お!戻ってきたんだ?』と言われたので、ゴニョゴニョ言い訳しようとすると、『ふっきーが夕べ、外の露天風呂に続く窓から入って来て、何度も出たり入ったり繰り返したあと、深夜過ぎにこの部屋で寝てたから、俺が部屋を代わらなくてもうまいことやったんだなって思ってた』と、言われた。
そうだったんだ……本当にごめん、ふっきー。
ふっきーに謝罪メッセージを送ったあとすぐ、サクラからグループメッセージが入った。”みんなが起きたなら昨日の大広間で朝ごはんにしよう”と、書いてある。田頭とのこと、大丈夫だったかな……と、朝食の返事と一緒にその件もメッセージで送ろうと文章を書いている途中で、サクラから、”公康と正式に付き合うことになった。ありがとう、ばっつん”という個人メッセージが送られてきた。
「うわぁ」
オレは、”あとで詳しく聞かせてね。田頭にもオレと皇とのこと話していいから”と返事を送って、かにちゃんと一緒に大広間に向かった。
朝食を済ませたあと、今日も水上バイクで遊ぼうということになり、みんなで海に出てきた。
砂浜で、他の四人が水上バイクに乗るのを見ながら、オレと同じく水上バイクに乗るのをパスしたサクラにこっそり『うまくいって良かったね』と言うと、『うん、ありがとう、ばっつん。なんか今もずっとふわふわしてる』と、珍しく頬を赤らめた。
うわぁ……二人は付き合ってて、とっくの昔にヤッてるってずっと思ってたけど、実際は昨日本格的に付き合い始めたところなんだよね。ふわふわした感じって……昨日、初めてヤッたってこと?かな?
オレも昨夜の閨で、未だになんていうかちょっとおかしな感覚が残ってて、水上バイクは楽しめそうにないからやめておいたんだけど、サクラもパスしたのは、そういう理由だよね、きっと。
うわぁ……サクラが本当の本当にオレ側の人間になったってことじゃん!これから何かあったら、躊躇なくサクラに相談できる!
「どうだった?夕べ」
「え……うん。なんていうか……幸せだった」
「痛くなかった?」
「え?」
「え?」
「ちょっと!夕べどうだったって、何したと思ってるの?キスだよ!」
「え?キス?……だけ?」
「だけ?!昨日付き合ったばっかりなのに、何するっていうんだよ!ばっつん、ただれてるっ!」
「いや、だってサクラだから……」
「そりゃあ、知識としては、あるけど……見るのとやるのとは、全然違うでしょ」
「そうだけど……」
「それに!そんな……公康に、そんなとこ触られ……いや、見られるって思っただけでもう恥ずか死ぬっ!ばっつん、がいくんにさらけ出してるんだよね?よく平気だね。僕……公康とキスしただけで……今まで経験したことない心拍数高止まりで、もう死にそうだったのに!」
「ああ……そっか。王子だもんね」
サクラにとって田頭は王子様なんだった。そんな相手にキスされたら、確かにバックバクかもしれない。
これは……田頭が余程頑張らないと、サクラとそういう関係になるまでが大変そうだなぁ。
「そうだよ!夢みたいに嬉しいんだけど、公康が本当に僕と付き合ってると思ったら、もう緊張しちゃって……今までなんであんなに普通に話せてたのかわかんない!もうどうしよう、ばっつん!」
これは……思ったより重症じゃん。
あの田頭を王子様なんて言ってる時点でだいぶおかしいんだけど、このサクラにこんな一面があったなんて。
あ!これは……今のサクラにはもうアレしかないでしょ!
「オレ、いいの知ってる。ちょっと待って。メッセージで送るから」
オレは、ものすごくお世話になった『正しいお付き合いの仕方』のページをコピーして、サクラの携帯に送った。
「正しいお付き合いの仕方?」
「そう。これ、案外役に立つからやってみて」
「ありがとう!ばっつん!」
サクラがオレの手を取ってブンブン振ってる向こう側で、田頭がこちらに向けて手を振っているのが見えた。
「あ、ほら、王子が手ぇ振ってるよ」
ニヤニヤしながらそう言うと、『王子様の話、公康に言わないでよ!』なんて言いながら、顔を真っ赤にしたサクラが、田頭に控えめに手を振り返した。
何それ!かわいいっ!
サクラが好きな人の前では、こんなにかわいいキャラだったとは!
サクラは隣で真っ赤になりながら、『はぁ……かっこいい』と、自分の膝に顔を埋めてしまった。
うわぁ……そんなに?え?そうかな?……田頭より断然皇のほうがかっこいいと思うけど……。
「ねぇ、ばっつん!」
「ん?」
「今夜、部屋変わってくれない?」
そう言ってサクラは、オレを拝むようなポーズをした。
「え?」
「だって、公康と部屋に二人きりとか……何話していいのかわかんない!またキ、キスとかされちゃったら、絶対倒れる!自信ある!」
「昨夜、二人でいたんだよね?何してたの?二人で」
「何って……付き合う、付き合わないって話を延々として……でも、公康が急に、キ……キス、してきて……それで……うおおおおおおお!」
「うおっ!ちょっ……思い出し雄叫びやめて!怖い!」
「はあー……だってもう……はあー……もう」
「そんな、キスごときで倒れるとか言ってたら、田頭がもしそれ以上しようとしてきたらどうすんの?」
「それ以上っ!?」
サクラはさっきより顔を真っ赤にしてオレを睨んできた。
「公康はそんな……そんなことっ!」
「田頭、ハァハァ言いながら襲ってきそうじゃん」
サクラがあまりにピュアでかわいいので、ちょっといじめたくなってそう言うと、サクラは顔を真っ赤にして『何言ってんの!』と、オレを睨んできた。
「公康は王子様なんだから、ハァハァなんてしないからっ!」
「何なのその王子様病。田頭だってトイレにもいくし、サクラを前にしたら、頭ん中80パーセントくらいハァハァしてるって」
「80パー?!公康はうんこはするけど、そんなハァハァなんかしないから!がいくんと一緒にしないでよ!」
「ちょっ!皇はそんな……いや、そんなんか」
「えっ?!がいくん、あんな感じなのに、ハァハァしてんの?」
「ハァハァっていうか……いや、皇の話はどうでもいいんだよ!今夜、田頭が本当に迫ってきたらどうすんの?そんなんで」
サクラは『えっ?!』と驚いたあと、『どうしよう!ばっつん!』と、オレの腕に手をかけた。
ふっと海のほうを見ると、ふっきーに腕を掴まれている皇がこちらを睨んでいた。え?サクラに妬いてるのかな?ホント、かわいいやつめ。
とりあえず今は皇のことは無視して、サクラに『部屋は変わらない。田頭と付き合うことにしたんだから、二人でいることに慣れなくちゃ。とにかく、さっき送った正しいお付き合いの仕方を二人でやろうって言ってみなよ。少なくともあれをやってれば、急に襲われることはないと思うから』と、アドバイスした。
このサクラが、正しいお付き合いの仕方を頑張ってやっている姿を見たら、田頭だってさすがに今夜手を出すなんてことは出来ないだろう。田頭と手を繋ぐって時点でもう、サクラはきっと真っ赤になっちゃうだろうから、そんなピュアっピュアな奴、どうやったら襲えるんだよ。オレは完全にサクラ側の人間だから、田頭を王子様とか言って緊張してるサクラを見ちゃったら、キスより先に進むのに時間をかけてあげて欲しくもなる。自分のことは棚に上げてる感は否めないけど……サクラにとって田頭は王子様なんだから、オレと皇みたいな性急な進み方はおススメ出来ないよね……。
この先、二人が二人のスピードで進んでいけるように、陰ながらオレも手を貸すからね!頑張れ、田頭!
その日の夜、オレはお腹の調子が悪くなったとみんなに言って、一足に先に帰ることにした。
『大丈夫か?』と心配そうな顔をしながら、皇も一緒に帰ると言うので、”皇の彼氏”のふっきーも連れて、三人で先に帰ることにした。
うちの使用人さんたちはみんな、慰安旅行に行っているので、皇が本丸からお迎えを呼んでくれた。
鎧鏡家のヘリコプターに乗り込むと、皇が『腹が痛むなぞ嘘だな?』と口端を上げたので、『うん。嘘』と、皇の手を握った。やっぱり皇にはわかってたか。
どうせ明日の朝には、みんなで島を出発する予定だった。それなら、今夜中に帰ってもいいかなって思って、嘘ついちゃった。サクラと田頭がうまくまとまって安心したし、何より二日連続ふっきーに気を揉ませるのは申し訳ない。かといって今夜、オレが皇と一緒にいることを我慢したら、ふっきーと皇が二人きりで同じ部屋で寝ることになる。考えれば考えるほど、それが一番……イヤだったから。
「あの島にいたら、今夜もまたお前と綺麗な景色は探せないだろうから……。一緒にきれいな景色を探しながら帰ろう。あ、でもうち誰もいないから、本丸に泊まっていい?」
ふっきーは、『雨花ちゃんがそんな嘘をつくなんて!』と、深いため息をついたけど、皇はヘリの操縦士さんに『曲輪ではなく、”うつつひ”へ向かえ』と、言った。
「うつつひ?」
「は?うつつひ?!」
皇のその言葉を聞いて、ふっきーがすごく驚いている。
うつつひって、どこ?
「え?どこ?」
二人に向けてそう聞くと、ふっきーが、『僕が掘り当てた温泉の名前だよ。現実の現に逃避の避で、現避 って読むんだ。現実逃避出来る温泉って意味でね』と、得意げな顔をしながら説明してくれた。
「え?!ふっきーが掘り当てた温泉って……」
今、うちの使用人さんたちがみんなで慰安旅行に行ってるところ、ってことだよね?え?!そこに今から行くの?
「詠が初めて手掛けるしらつきグループの仕事ゆえ、余も見ておかねばなるまいと思うておった。明日、そなたと現避 に寄ってから帰るつもりでおったが、ちょうど良い。今から向かえば、長湯出来よう」
昨日皇が、明日一緒に温泉に入ればいいって言ってたの、その温泉に行くつもりだったからか!
っていうか、ちょっと待って!
「ダメだよ!」
「あ?」
「だって、うちの使用人さんたちがみんなで慰安旅行に行ってるんだよ?オレだけならまだしも、お前なんか一緒に行ったら、慰安にならないじゃん!」
慰安旅行だから何もしないでいいなんて言ったって、皇がいることを知ったら、うちのみんな気にしちゃって、絶対休めないよ。
皇は『それもそうか』と納得して、『では、決して見つからぬよう、密やかに行動致そう』と、口端を上げた。
「え?結局行くの?」
「そなたの知らぬ一位らが見られるやもしれぬぞ」
「……」
それは……見たい!
何の返事もしなかったのに皇は、『家臣らをよう休ませるためにも、決して見つかってはならぬぞ』と、また口端を上げた。
オレたちが行かないほうが、うちのみんなに見つかって気を使わせる危険性もなく、確実に休ませてあげられるとは思う。……思うんだけど!
オレの知らない普段のみんなの様子とか……めちゃくちゃ知りたいっ!
オレは自分の好奇心に勝てず、皇の言葉に、小さく頷いた。
オレが頷くと、隣でふっきーが、『うちの一位も一緒に行ってるんだよね、現避 』と、ニヤリと笑って親指を立てた。
……みんな、ごめん!皇もふっきーも喜んでるし、オレも好奇心に抗えない!絶対見つからないようにするから、思いっきり楽しんでね。
いつもはこっそり見守ってもらってる立場のオレが、逆にみんなをこっそり見守れるなんて……。はぁ……ワクワクが止まらないんですけど!
絶対にみんなの邪魔をしないようにしなくっちゃ!
それにしても……松の一位さんまで一緒に行ってるなんて!これは……うちのいちいさんとの本当の仲がわかるかもっ!いちいさんは松の一位さんと付き合ってないって言ってたけど、もしかしたら、いちいさん、松の一位さんに片思いしてる……とか、だったりして……。
もしそんなことなら、サクラと田頭をくっつけたばかりのオレが、今度はいちいさんの恋を応援しちゃうからね!
そんなワクワクを抱えながら、ヘリから見える夜の街の灯りと星空の美しいコラボレーションに、皇に『きれいだね』と声を掛けたのと同時に、皇も、『美しいな』と、オレに声を掛けた。
二人同時に吹きだすと、皇がオレにふいにキスをした。
『うわっ!』と、とっさにふっきーを見ると、『はいはい。ここなら誰にも見られないからいいですよ……なんて言うとでも思ってるんですか!若!私がいるんですよ!私がっ!二人きりでもないのに、サラッとそんなことをなさって!普段からそんなことをなさっていると、見られてはいけない時にも、サラッとしちゃうもんなんですよ!サラッと!』と、怒られた。『慣れろ』と反論した皇に、ふっきーが『私が慣れたら一番ダメじゃないですか!ですから!普段から気を引き締めてくださいと言ってるんです!』と反論すると、さらに皇が『お前は置いてくれば良かった』と顔をしかめて、それを見たふっきーが、『そんなことをしたら、私は奥方様に選ばれないと思われるじゃないですか!大老様の作戦が丸つぶれですよ!』と反論して……って、この二人、話が尽きないよね。本当に仲いいんだから……。
「ちょっと、雨花ちゃん!なんとか言ってよ!若の暴走を止められるのは、雨花ちゃんだけって言ったでしょう?」
そんな風にオレに助けを求めてきたふっきーをちらりと見ると、ふっきーは、『何?』と、ちょっと怪訝そうな顔をした。
「二人、本当に仲いいなぁって思って」
そう言うと、『は?!』と、皇とふっきーが同時にオレを睨んできた。
「ほら、息もぴったり。本当に二人が付き合ってるみたい」
そう言って口を尖らせると、ふっきーは、『ちょっと待って、雨花ちゃん!何、言って……あああああ……わかった!わかりましたよ!もう何も言わないし、あっち向いてるから!僕はいないものとして、思う存分、若と仲良くして!』と、大袈裟にオレたちに背中を向けた。
それを見て皇が、『そなたは詠の扱いがうまい』と、オレにこっそり囁いた。
ふっきーが折れるように、わざとあんなことを言ったわけじゃないけど……ふっきーって、オレと皇がこじれたら、本当にイヤなんだろうなぁ。
皇に『仲良くしろだって』と言うと、『思う存分と申しておった』とニヤリと笑って、オレの鼻に自分の鼻をスリッと擦りつけた。
現避 が見えてきたとふっきーに声を掛けられるまで、オレと皇は、鼻をかじり合ったりキスしたり、思う存分”仲良く”した。
こうして、最後は嘘をついて先に帰って来ちゃったけど、サクラたちとの卒業旅行は、サクラと田頭の秘密を知ったり、オレと皇のことを話せたりと、大事な思い出の一つになって終了した。
現避 でこれから起こることも、きっと卒業旅行とセットで大事な思い出になるんだろうなぁ。
そんなことを思いながら、オレは皇とふっきーと一緒に、うちのみんなに気付かれないような場所でヘリから降ろしてもらった。
うちのみんな、どんな風に慰安旅行を楽しんでるんだろう。それをこっそり見に行くとか、ちょっと悪趣味な気はするけど……みんな、ごめん!めちゃくちゃ楽しみー!
皇とふっきーと一緒に、人差し指を顔の前に立てながら、現避 の旅館の敷地に、こっそり足を踏み入れた。
fin.
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