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雨花は見た

卒業旅行の帰りに、皇が急に現避(うつつひ)温泉旅館に行こうなんて言い出した時は、うちのみんなの慰安旅行にならない!って反対したものの、見つからないようにコッソリ行く……なんて言われたら、好奇心に勝てず首を縦に振っていた。 うちのみんなの普段の行動をこっそり観察出来るなんて楽し……うっ、悪趣味かなぁ、やっぱり。でも見たいっ!だって、もう丸2年お世話になってるのに、オレはみんなの本当の名前さえ知らないんだもん。あ……いつみさん……いや、お義兄さんは別だけど。 いや、何が気になるって、竜宮に行った時、ふたみさんはいちいさんのことを"私生活でも幸せそう"って言ってたけど、本当にそうなのか、そこが一番気になる! いちいさんは、松の一位さんと付き合ってないって言ってたけど!松の一位さんがうちの慰安旅行に同行しているなんてふっきーから聞いちゃったら、色々と勘ぐっちゃうじゃん。もしかしたら松の一位さん、うちのいちいさんに片思い?!とかさ。 でもそうだとしたら、ふたみさんが言ってた"いちいさんは私生活でも幸せそう"ってどういうこと?松の一位さん、かっこいいし、そんな人に思われてて幸せってことかな?もしかしたら、今は仕事を優先してるけど、いずれ二人はそういう関係になる予定……とか?! どういう理由にしろ、松の一位さんがうちの慰安旅行に同行してる時点で、絶対、うちのいちいさんと何かあるのは確実だと思うんだよね!そこを何とか探れないかなぁ。だってオレ、いちいさんにも幸せでいて欲しい!本当に幸せなのか知りたいっ! 探るって言っても、うちの誰かに見つかっちゃうと、みんなが気を使って慰安旅行にならないから、とにかくこっそり様子を伺わないとね! オレと皇は、この旅館の支配人?社長?……とにかく一番偉い立場だろうふっきーに通された特別室に荷物を置いて、旅館の中を探索するため、二人でコソコソと部屋を出た。 っていうか、皇は別に付いてこなくてもいいのに……。『邪魔だけはするなよ!』と言うと、『わかった』と、素直にコクリと頷いた皇が可愛いかったから、無理矢理置いてくることはしなかったけど……。無駄に大きくて目立つ皇は、連れてこないほうが良かったかもしれない。 旅館の人にもらった部屋割表を見ながら、まずはいちいさんの個室に向かうため、暗闇に紛れてヒタヒタ歩いていると、中庭に人影が二つ見えて足を止めた。 うわぁ!誰だろう!?と、鼻の穴が膨らむのを抑えつつ目をこらすと、人影はふたみさんとさんみさんのようだ。 二人が付き合っているのは結構前から聞いていたので知っているけど、今まで二人きりでいるところを見たことがなかった。 うわぁぁぁ……何をしてるんだろう。でも屋敷で見る二人の距離感とはぜんっぜん違う!ちかーい!興奮っ!あああ……何か、見てるこっちが恥ずかしいっ! すこーしだけ近づくと、話し声が聞こえてきた。 『もう戻らないと。寒いでしょう』と言ったのは、ふたみさんの声だった。『もう少しだけ』と、さんみさんがふたみさんの手を取ったのが見えた。 ぎゃああああああ!えええええ……二人ってあんな感じで話すんだ……わぁあぁっぁあぁ。 『またキミ、風邪ひくんじゃないの』とふたみさんが言うと、『前、あなたに風邪をうつした時、一位様に怒られましたっけね』と、さんみさんが笑ったのが見えて……。 うわぁあああ!会話が大人ぁっ!っていうかふたみさんはさんみさんのことを"キミ"呼びで、さんみさんはふたみさんを"あなた"呼びしてるのっ?!うわぁぁぁ!えええ……うわああああ! 『本丸からの申し出、受けるんですか?』と、さんみさんが聞くと、ふたみさんは『断る理由がないでしょう?受けるつもりだよ。キミは本丸には入らず、実家に戻るつもりなんでしょう?』と、さんみさんに視線を向けた。 さんみさんの、実家? さんみさんは、『梓の丸でのお勤めが終わったら、そうするのが一番、あなたとの繋がりが強いでしょう?』と、ふっと笑った。 『そう、かもしれないけど』と、ふたみさんがさんみさんを見上げると、『他にいい選択がありますか?あるならそれを選びます』と、さんみさんはふたみさんの頬を撫でた。ふおおおおおお! 『わからない。でも……何を選んでも、今までのように、毎日顔を合わせることは出来なくなる』と、ふたみさんはまたさんみさんを見上げて……うおおおおおお! オレは皇の手を取って、その場を離れた。だってふたみさんとさんみさん……キス、しそうだったんだもん!いや、あの雰囲気!絶対するって!しないわけない!オレと皇なら絶対してる! 「さっきの、ふたみさんが言ってた本丸の件って何?」 誰も通らないような建物の陰に隠れてから、皇にさっきの二人の話を聞いてみた。本丸のことなら皇だって知ってるはずだ。 「ん?そなたのところの二位が、本丸の賄い方(まかないかた)になるという話ではないか?」 「えっ?!」 「今すぐということではない。遠くないうちに、そなたは本丸で生活することになろう。そうなった際の曲輪内の人事異動が、すでに水面下で動き始めておる」 「そうだったんだ。ねぇ、うちのさんみさんの実家って知ってる?」 「ああ。曲輪で使用する野菜を作る農場の筆頭だ。会社組織を立ち上げ野菜作りをしている、昔でいうところの豪農だな。あの二人、料理人と農家の後継ぎという関係性ゆえ、そなたに仕える前より繋がりがあったのではないか」 「そういうこと?!」 「本丸の賄い方筆頭である二黒(じこく)は年も年ゆえ、そろそろそなたのところの二位に二黒職を譲るつもりでおるようだ。そなたのところの二位は、もともと本丸の賄い方で、二黒について幼き頃より修行をしてきたと聞いておる。それを御台殿に引き抜かれて梓の丸の二位に就いたのだ」 「そうだったの?」 「ああ。そなたが候補の時より仕えておる二位が、二黒職を継ぐという流れを作りたかったのであろう。それが一番、代替わりの際に波風が立たぬ。曲輪の人事異動はなかなかに難しいゆえ」 「そうなんだ?」 「いずれそなたが曲輪の人事を決定する日が来る。その時には、余の今の言葉を実感することになろう。御台殿からしかと学んでいくが良い」 「はぁい」 皇の嫁になるってことは、そういうことなんだよね。ただただ皇のそばにいられるってだけじゃないんだ。 「オレに出来るかなぁ」 「ん?」 「かか様の後釜」 「余は少しも案じておらぬ」 「えっ?!」 「そなたは人の心を掴むのに長けておるゆえ」 「オレのこと、そんな風に思ってたの?」 「思うておった」 照れるじゃん!え?褒めてるよね?うっわ。 「そういうところだ」 「は?」 皇は、しゃがんでいるオレの両頬を包んでキスをした。 「ほあっ?!何、急に」 「心を掴まれた」 「お前かよ」 「あ?」 「心を掴むのが上手って、お前の心をってこと?」 「不服か?」 「いや、さっきの話の流れだったら、会う人会う人みんなの心を掴んでる……的なことかと思うじゃん」 お前の心を掴んでるのはもちろん嬉しいけど、鎧鏡家の嫁ともなれば、それだけじゃダメでしょ? 「それまで誰にも心を寄せることのなかった余の心を掴んでおるということは、家臣共からするに、大層驚嘆に値することだと聞く。そなたはそれだけで尊敬に値する人間だ」 「はぁ」 それ、お前ありきの尊敬じゃん。まぁ、いいけどさ。でもかか様は、かか様自身が尊敬されてると思う。オレもそうなれたらいいのになぁ。 「それだけではないがな」 「え?」 「あの占者殿や御台殿、お館様、大老……鎧鏡の重鎮はみなそなたを気に入っておる」 確かに、とと様やかか様、大老様、本丸の使用人さんたちにも良くしてもらってる自覚はある。 「でも、お前ありきじゃん」 「ん?」 「お前が選んだ嫁だからってことだろ」 「そうか?余はいつでもそなたのほうが大事にされておるように思うが」 「は?」 「御台殿は顕著だ。そなたが御台殿に泣きつくたび、余は切られかけておる」 「ええっ?!」 「そなたに疎まれぬようにせねば、余は誠、いずれ御台殿に切られかねぬ」 「……じゃあ、ちゃんとオレのご機嫌取っておかなきゃダメだね」 「どのように?」 皇の顔が迫ってきたので、『まずはいちいさんと松の一位さんの関係を探るから大人しくしてろ!』と、皇のおでこを押して、キスされそうな手前で止めた。 「あ?!」 「ずっと知りたかったんだよね。二人って、付き合ってるんじゃないかなぁって疑ってて」 「それはなかろう」 「え?なんで?」 「松の一位と梓の一位は、血縁だ」 「……は?」 「あの二人は血縁ゆえ、そなたが疑っておるようなことにはならぬのではないか」 「血縁関係?!え?どういう?っていうか!なんで今まで黙ってた?!」 「聞かれなかったゆえ」 「だぁぁぁぁ!」 何だよ、それっ!確かに聞いたことなかったけど!オレがずーっとめちゃくちゃ知りたかったことをサラーっと答えやがって! いちいさんと松の一位さんは、いとこ同士になるはずだと皇が補足した。 って、いとこ同士なら、"そんなこと"にならないってどうして言えるんだよ! 「いとこだからこそってことかもしれないよ?」 「そう思うなら探るが良い」 「ああ、探るよー!」 オレは部屋割を見ながら、いちいさんの部屋に近づいた。 でも、ドアから音が漏れ聞こえてくるようなことはなさそうだ。部屋に露天風呂が付いているようだから、そっちからのほうが中の様子がうかがえるかもしれない。 オレがいちいさんの部屋の露天風呂側にまわろうとすると、すぐ後ろから『露天風呂からだとすぐ見つかるかと存じます』と声を掛けられた。 「ひっ?!」 驚いて振り返ると、誓様が笑いながら立っていた。 「ぅえ?!誓様もうちの慰安旅行に同行してたんですか?」 そう聞くと、オレの後ろにいた皇が、『誓はずっと余らと共におった』と、返事をした。 「は?」 余らと共におった? ……。 ……。 どこから? 『卒業旅行から?』と聞くと、誓様は『はい』とニッコリ頷いた。 「ぅえ?!あの島にいたんですか?」 サクラのうちの持ち物だし、そんなに大きな島でもないし、事前調査で危険はないとわかっていたけど、念のためってことで、オレたちが到着する一日前から、誓様はあの島にすでに入っていたという。 『何かすいません』と謝ると、『いえいえ、旅行の警護だなんて私もすごく楽しかったです』と、にっこりしてくれた。うん、この笑顔は建前じゃなく本気で楽しいと思ってくれてるんだろうけど……。 誓様は、『梓の一位様がどちらにいらっしゃるか、私が探って参りましょう。こちらで少しお待ちを』と、忍者映画みたいにスッと消えた。 『誓様ってホントに忍者なんだね』と笑うと、『いつまで探るつもりだ』と、皇は顔をしかめた。 「なんで?」 「余がわざわざここに寄ったのは、そなたのところの側仕え共を探るためではない。家臣を覗き見るなぞ主としていかがなものか」 「はあ?!お前が、側仕えさんたちの裏の顔が見られるかもって言ったんじゃん!」 そう言うと皇は、『そなたはいつでも余より家臣共ばかり気にしておる』と、あからさまにブスッとした顔をした。 それを見て思わず吹き出すと、皇は『あ?!』と、さらに不機嫌になった。 そこに誓様が戻ってきて、『梓の丸の皆様は広間にて宴会中とのこと。広間の様子をこっそり見られる場所がございます。ご案内致します』と、頭を下げた。 オレが誓様にお礼を言うと、皇は『行く気か』と、オレの手を掴んだ。 「行くよ」 「余の話を聞いておったのか」 「聞いてたけど、お前、間違ってる」 「あ?!」 「だってオレ、いっつも断然お前のことばっかり気にしてるもん」 そう言って睨むと、皇は驚いた顔をしたあと、いきなりオレにキスをした。 「どあっ!」 誓様がいるっつーのに、何してんだよ! 「一位を探れば気が済むのだな?」 「え?うん」 「今はそなたの好きにさせるゆえ、そなたの気が済んだあとは余の好きにさせよ」 「……」 この交換条件は"危険"な気がした。けど……今更、皇の好きなようにされたところで、嫌なことなんか何もない。 ……って、ん?この自問自答、前にもやった気がする。そんでもって、何かおかしな展開になったんじゃなかったっけ?……いや、でも今は本当に、皇に何をされようが嫌なことなんか何もない……はず。……うん。 オレは『いいよ』と、うなずいた。 皇は口端を上げオレの手を取ると、誓様に『早う案内致せ』と、命じた。 いやいや、誓様を足止めしてたの、お前だけどね。 誓様のあとをついて行くと、賑やかな声が聞こえてきた。 誓様から『広間でございます。こちらからお入り下さい』と、縁側で靴を脱ぐように促された。 広間の隣に、宴会の進み具合を見られる小部屋があると言う。 ワクワクしながら小部屋に入って広間を伺うと、うちのみんなが浴衣を着て、めちゃくちゃ盛り上がっている。 梓の丸のみんなは、とにかく何かっていうとパーティーを開いてくれるような人たちだ。こういう賑やかなのが好きなんだろう。いや、梓の丸のみんなが……というより、鎧鏡一門が、かな。鎧鏡一門は、何かっていうと宴会を開くっていちいさんが言ってたっけ。 家臣さんたちの宴会姿って、そうそう見たことがないけど、この前の新年会はみんな延々と飲んでたし、オレのために開いてくれるパーティーはいつも楽しい。鎧鏡一門って、厳格で実直で真面目一筋……みたいなイメージがあったけど、実はこっちの賑やかな姿が本来の鎧鏡一門なのかもしれない。とと様も穏やかでにこやかだもんね。 この皇も、そのうちお酒を飲んで騒ぐようになるのかなぁ?あんまり想像出来ないけど。 チラリと皇を見上げると、『ん?』と言うので、『お前、酔うとどうなるんだろうね』と言うと、『そなたは余がおらぬところで飲酒は控えよ』と、おでこをツンと押された。 「う……はい」 生徒会の三送会で、チョコレートボンボンで酔うという漫画みたいな展開をやらかしたのはつい先日のことで……。後日、サクラからその時の動画が送られてきたんだけど、ちょっと観ただけで停止ボタンを押したくらい、オレは驚きの醜態を晒していた。 でも、鎧鏡一門は宴会好きみたいだから、オレも少しずつお酒に強くなっていかなきゃいけないんじゃないの? いやいや、今はそんな心配よりいちいさんだ! キョロキョロと探すと、いちいさんは上座にいて、その隣に座っている松の一位さんは、不自然なほどいちいさんにピッタリくっついている。 え?!やっぱりあの二人、付き合ってるんじゃないの?!と、思いながら見ていると、どうやら松の一位さんは、いちいさんにお酒を勧めてくるみんなから、いちいさんを守っているように見える。 それでもいちいさんのグラスには、あとからあとからみんながお酒を注いでいく。ニコニコしながらお酌をされたお酒を飲んでいくいちいさんのグラスを、松の一位さんが取り上げたのが見えた。 うーん……やっぱり松の一位さんって、うちのいちいさんのこと好きなんじゃないの? そんな風に思っていると、いちいさんが急にスッと立ち上がった。 声はあんまり聞こえないけど、どうやら宴会を終わらせる挨拶をしているらしい。 一本締めで宴会を終えたみんなは、ゾロゾロと広間を出て行った。みんなが広間を出るのを最後まで見届けていたのは、うちの側仕えさんたち10人だ。松の一位さんは先に広間を出たらしい。さっきまで中庭でイチャイチャしていたはずのふたみさんとさんみさんも、いつの間にか広間に戻ってきていた。 いちいさんがニコニコしながらスッと手を前に出すと、他の9人も笑いながら、次々にいちいさんの手に手を重ねて円陣を組んだ。 10人がみっちり肩を組んだギュッと詰まっている円陣を見ていたら、何だか泣きたくなってきて……。 嬉しかったんだ。ギュッと小さく詰まった円陣が、うちの側仕えさんたちの絆の強さを表しているようで。 オレを守るために、二年前に組織された集団が、今こんなに強い団結力で結ばれているんだと思うと、泣きたくなるくらい嬉しかった。 『良い班だな』なんて皇がオレの肩を抱くから余計泣きたくなって、誓様がすぐそこにいるっていうのにオレは、『うん』と、皇の胸に額を付けた。 展示会で皇に選ばれなかったら、みんなには出会えなかった。『ありがと』と、皇を見上げると、『ん?』とオレの頬を何度か優しく撫でてくる。その指の温かさに、また泣きそうになった。 『ウッシ!』みたいな声を上げて、円陣は解かれたけど、そのあとみんなは一人ずつ、いちいさんと笑いながら抱き合って、各々広間を出て行った。 一番最後に残ったのは、いちいさんととおみさんで、他のみんなみたいに抱き合って帰っていくのかと思ったら、いちいさんがとおみさんに頭を下げた。 え?! どういうこと? いちいさんは、さっきまでとは雰囲気が違って見える。え?とおみさんと何かあったのかな? 心配していると皇が、『あの二人は実家が主従関係ゆえややこしいのであろう』と、オレの心配がわかったみたいにそんなことを言って、オレをギュッと抱きしめた。 「え?」 「梓の十位の実家は、梓の一位の実家の直属の主君にあたるゆえ」 とおみさんの実家が、いちいさんの実家の直属の主君?! 「え?とおみさんちって……」 「直臣第廿二位(ちょくしんだいにじゅうにい)団之八(だんのはち)服部(はっとり)だ。梓の十位は、その服部の長男だ」 「うええええっ?!」 "服部"さんという直臣さんがいるのは、もちろん知っていた。オレが嫁候補になってすぐから毎度毎度、何かあるたびに、服部さんからお祝いの品が贈られてきていたからだ。何度礼状を書いたかわからない。 しかも服部さんって、しらつき百貨店の社長さん……だったはず。百貨店を開く前は呉服問屋さんだったらしく、紡績会社を営む柴牧家とも縁が深いって父上から聞いたことがある。 それがとおみさんちだったってこと?! 「梓の一位の実家は、服部の第一の直臣である(むかい)家だ。現在、梓の一位の父親は、しらつき百貨店の専務職に就いておる」 「うわぁ……そうだったんだ」 いちいさんにとってとおみさんは、実家に帰れば仕えるべき相手だっていうのに、曲輪の中では自分のほうが偉いなんて……とんだ捻れ人事じゃん!そりゃいちいさんだって、とおみさんに対してあんな感じになるよね。 「なんでそんなことになってるの?働きづらくないの?それ」 「そなたのところの十位は、本人たっての希望で、梓の十位職に就いたと聞いておる。納得済みなのであろう」 「そう、なんだ」 あの二人にそんな縁があったなんて……。 二人に視線を戻すと、えっ?!いつの間にかとおみさんが、いちいさんを……抱きしめてる?! よくよく見ると、いちいさんは寝ている?らしい。腕がダラリと垂れ下がってて、完全にとおみさんに体を預けているようだ。 あー、いちいさん、すごい飲まされてたもんね。さっきまで普通の顔をして仕切ってたのに、急に酔いが回ってきたのかな? とおみさんが、もう一度いちいさんをギュッと抱きしめたあと、そっとお姫様抱っこをした。 うわ……あれ?オレ、見落としてたんじゃないの?とおみさん……いちいさんのこと、めちゃくちゃ好き、なんじゃ……。言われてみればあの二人……何ていうか、並んでるとしっくりきてた、かも。とおみさんは、いつもいちいさんのことを気にかけて、何かあれば助けてた気がする。 そんな風に思っていると、広間に松の一位さんが入ってきた。 うわぁ!どうなるの?これ?! 松の一位さんは、とおみさんに座礼して、いちいさんをお姫様抱っこのまま受け取った。そのまま部屋を出るかと思ったら、松の一位さんは、とおみさんの目の前で、いちいさんをドン!と床に転がした。 ぅえ?!いちいさん、大丈夫?! とおみさんもそれを見てあたふたしているようだけど、気にせず松の一位さんが、いちいさんの頬を軽く何度か叩くと、いちいさんは目を覚ましたようだった。松の一位さんは、また床に寝そうになったいちいさんのお尻を叩くと、雑にいちいさんをおんぶして、とおみさんにもう一度お辞儀をしたあと広間を出て行った。 一人残されたとおみさんは、見るからに肩を落としてその場に立ち尽くしている。 とおみさん……絶対、いちいさんのこと……好き、だよね。 でも、いちいさんをお持ち帰りしたのは松の一位さんで……。うーん……付き合ってないっていちいさんは言ってたけど、どうしても松の一位さんとそういう関係なんじゃないかって疑っちゃうよ。 そう思っていたら皇が、『今のでわかったであろう?梓の一位は、松の一位とはただの血縁関係だ』と、オレの背中をポンと叩いた。 「は?お前、何を見てたの?」 「あ?」 「松の一位さんがいちいさんのことを連れ帰ったんじゃん」 「そなたこそ、何を見ておった」 「は?」 「松の一位の、梓の一位の扱いだ」 「え?」 「余ならそなたをあの様には扱わぬ」 「あ……」 確かに松の一位さん、扱いが乱暴だな、とは思った。 「余がそなたをあのように扱ったことがあったか?」 あのように? 床にゴロッと転がして、頬を叩いて無理矢理起こして……みたいな? 皇にそんな扱いされたこと……。 「あるね!」 「あ?」 「お前に背中踏んづけられたことあるし!ベッドに投げられたことも何回もある!」 「それは!そなたが余の感情を揺らしたからであろうが!いつもはそのような真似はせぬ」 「……まぁ、うん」 確かに普段の皇の行動は、オレにめちゃくちゃ優しい……と、思う。言葉は強めだったとしても、皇の手も視線も、いつも優しくオレを包んでる、と、思う。改めてそんなことを考えると……恥ずっ! 「でも!それなら松の一位さんだって、さっきはそういうことだったのかもよ?」 「愛しさは隠しきれぬ。そこはかとなく漂うものだ。松の一位にそのような思いは感じぬ。そなたのところの一位を弟のように思っておるだけであろう」 「……」 「ん?」 「お前、自分のことは鈍いくせに、人のことは鋭いよね」 「そなたは全てにおいて鈍いがな」 「はあ?!」 『気が済んだか』と、オレの頬に手を伸ばした皇を睨んで胸に飛び込んだ。気は済んでないけど、皇に見つめられたらいつだって、吸い込まれるみたいにくっつきたくなる。 愛しさは隠しきれないっていうなら、とおみさんは間違いなく、いちいさんのこと……好き、だと思う。だってとおみさん……いちいさんのこと、すごく大事そうに抱きしめてた。何だか見てたオレまで、切なくなったっていうか……。 ふたみさんは、いちいさんは現実でも幸せだと思うって言ってたけど……もしかして、いちいさんのその相手って……。いちいさんととおみさんが付き合ってたりする?! いや、さっきの感じだと、多分、違う。とおみさん、"片思い感"をにじませてたもんなぁ。え……肝心のいちいさんはどうなんだろう? 広間に今も一人で残っているとおみさんに視線を移すと、後ろから誓様に『もう戻られますか?』と、声を掛けられた。 オレが返事をする前に皇が、『ああ、戻る』と、返事をした。 誓様はその返事を聞くと、『では私はこれで』と、姿を消した。 「さあ、戻るぞ」 「皇」 「ん?」 「とおみさんが服部家を継ぐの?」 「そうなのではないか」 「家を継ぐってことは、とおみさん……普通に結婚、するのかな?」 「一位とのことを案じておるのか?」 「ん……だってどう見たってとおみさん、いちいさんのこと、好きだよね?いちいさんはどうかわかんないけど」 「酔うておったとはいえ、あれだけ体を預けられるのだ。好いておらねば出来ぬ」 さっき、いちいさんがとおみさんに頭を下げたように見えたのは、とおみさんの胸に倒れ込んだんだ、多分。とおみさんだけになった途端、酔いが回ったみたいに……。それまでは全然平気そうだったのに。 いちいさんって、いつも穏やかで癒やし系でにこやかで、普段は緊張してるような感じは全くしないけど、本当は屋敷の頂点として、いつも緊張してるのかもしれない。 それが、とおみさんの前だと緩む……みたいな?確かに、皇の言うとおりかもしれない。 「そっか。そうだよね。でも、あの感じだと、付き合ってなさそうだよね?」 「余ら一族は男子との婚姻を望まれるが、一門は繁栄のための世継ぎを望まれる。それが直臣衆を継ぐ者となれば尚更だ」 とおみさんの実家は、いちいさんの実家の直属の主君であり直臣衆だ。とおみさんは、その実家を継ぐ人であり、次の代に継いでいかないといけない人だ。いちいさんはとおみさんに後継ぎが出来るのを、一番に望まないといけない立場だろうから、自分がとおみさんを好きだとしても、思いを通じさせてはならないと思うんじゃないか……と、皇はそんな説明をしてくれた。 確かに……そうだよね。家臣としてはそれが正しいんだろう。鎧鏡家の家臣さんたちは特に、鎧鏡一門繁栄のために子孫を多く残さないと!っていう空気をオレも感じる。でも……。 オレがため息をつくと、皇は『憂いておるのか』と、オレの頭にポンと手を置いた。 「いちいさんととおみさんが思い合ってるなら、上手くいって欲しい……けど……」 二人が一門じゃなければ……主従関係じゃなければ……あんなツライ顔をしていなかったかもしれない。 オレは一門の人間だったから皇に出会えた。一門で良かったって、心からそう思う。だけど、一門であることがあの二人にとっては足枷になっているとしたら……。 とおみさんに視線を戻すと、宴席を片付けるための人たちが、広間にたくさん入ってきたのが見えた。まだ立ち尽くしていたとおみさんは、その人たちに一礼して広間を出て行った。 とおみさんがいちいさんを抱きしめていたのはほんの少しの時間だったけど、すごく大切に思っていることが、オレにも切ないくらい伝わってきた。皇の言うように、いちいさんもとおみさんのこと、好きなのかな。好きなのに、どうにもならずに苦しんでる? そんなふうに思っていると、皇に『戻るぞ』と手を引かれた。 「ちょっと待って!いちいさんがどう思ってるのかだけでも知りたい。いちいさんが苦しんでるなら、どうにか……」 どうにか……出来ることじゃない可能性のほうが高いかもしれないけど……。あんな二人を見ちゃったら、何もしないではいられない。 二人にとって、一門であることが足枷であって欲しくない。次期当主の嫁になる覚悟を決めた人間として、一門じゃなかったら良かった……なんて、あの二人に思って欲しくない。何より、ずっとオレの側でオレの幸せを願ってきてくれた二人に幸せになってもらいたい。鎧鏡一門であることが、二人の幸せの障害になっているのなら、何か……。何かって、オレに何が出来るっていうんだよ!跡継ぎ問題をどうにかって言ったって、オレにはどうにも出来ないじゃん!うおおおおお!オレにはなんにも出来ないの?! オレがそんな風に悶絶していると、オレの肩を叩いた皇は『わかった。今すぐそなたの憂いを解消する』と、どこかに電話をかけ始めた。しばらく電話をして何かをこそこそ話したあと、オレの手を強く引いた。 「何?」 「ついて参れ」 廊下を急ぎ足で進む皇に引っ張られるまま、引き摺られるように付いて行くしかない。 「どこ行くんだよ!」 「そなたの憂いを消す。そなたの気が済んだあとは余の好きに致すと言うた余の言葉、忘れておらぬな」 「は?」 皇はある部屋のドアの前に立つと、どこからかカードキーを取り出してドアの鍵を開けた。 「うえっ?!ちょっ……何してんの?!」 っていうか、誰の部屋?!勝手に開けていいの?!いや!いいわけないって! オレが止める間もなく、皇がダンッ!と音を立ててドアを開けると、部屋の奥で目をまん丸にして驚いているとおみさんと目が合った。 うわっ!ここ、とおみさんの部屋?! 「え?若さ、え?!雨花様?!え?!」 「今すぐ梓の一位と契れ」 「え?!」 「ぅえっ?!何言ってんだよ!」 え?何なの、こいつ!唐突に何言っちゃってんの?! うろたえているとおみさんに、『そち、一位を憎からず思うておるな。間違いなければついて参れ』と皇が言うと、とおみさんはおどおどしたままオレたちについてきた。 皇は、さっき覗きに行ったいちいさんの部屋まで行くと、また勝手にマスターキーでドアを開けた。 こいつのこの躊躇の無さ!ホント殿様! 『誰だ?!』と言いながら部屋の奥から出てきたのは松の一位さんで、皇を見た瞬間、ものすごく驚いた顔をして飛び跳ねた。 すぐに『若様、雨花様、失礼致しました!』と、松の一位さんが正座をして頭を下げると、部屋の奥から『え?雨花様?』といういちいさんの声が聞こえてきた。 『若様と雨花様がお越しだ!早く!』と、松の一位さんが部屋の奥に声を掛けると、今まで見たことがないボサボサ髪のいちいさんが、これでもかというほど驚いた顔で這い出して来た。 「いちいさん、ごめんなさい。せっかくの慰安旅行なのに」 「いえ、あの、卒業旅行はどうなさったのですか?」 乱れた寝間着を整えながら、いつもより声の出が悪いいちいさんが、そう言いながらオレたちの前に膝をついて座った。 「あ、それが……その……」 「その話は後で致せ。今はそちらの話だ」 『え?』と言ったいちいさんの横に、皇は、オレたちの後ろに立っていたとおみさんを座らせた。 「松の一位」 「はい」 「そちと梓の一位は従兄弟に当たるな」 「はい」 「それ以上の関係はないか」 「え?それは、どういう……」 質問の意味がわからないような松の一位さんの言葉を遮って、いちいさんが『ありません』と、皇に頭を下げた。 『従兄弟以上の感情はないか』と、また皇が質問すると、『ございません!』と、今度は松の一位さんといちいさんが、少し語気強めに二人揃ってきっぱり否定した。 いちいさんは、『私共は従兄弟です。ですが幼い頃より兄弟として育って参りました。松の一位が兄ではなく従兄弟だと知ったのもまだ数年前のことで……従兄弟と知った今でも、実の兄だと思っております』と、また頭を下げた。 『では、そちはもう良い』と、皇は松の一位さんを別の部屋に行くよう命じた。 松の一位さんが部屋を出ると、すぐに皇が、『そちら、想い合っておるな。今すぐ契れ』と、いちいさんととおみさんの二人に向けて、命令するようにそう言った。 「は?!お前、何言ってんの?」 オレが驚いて大声を上げたのとほぼ同時に、いちいさんが『何故そのような……』と、目を丸くしてこちらを見上げた。 「十位は、直臣衆に名を連ねる服部家の長子です。若様もご存知のはず。服部の世継ぎを残さねばならない立場です。男である私と契れとは、服部を潰せということですか」 いちいさんが泣きそうな顔でそう言うと、いちいさんの隣でとおみさんが『へ?』と、驚いた声を上げた。 その声を聞いたいちいさんも、とおみさんに向けて『え?』と言うと、とおみさんは『いや僕、世継ぎ出来ない』と、いちいさんに向けて手を横にブンブン振った。 「えっ?」 「え?知らなかったの?」 「え?何を……」 「僕はもともと子供が出来ない」 「え?……えっ?!」 とおみさんは、はあ……と大きく溜息をつくと、自分は生まれつきの病気で子供が出来ないから、自分のあとは弟の子供に継がせる予定になっているのだといちいさんに話した。 「知ってると思ってた」 「知りません!そんな……私は……」 そう言ったいちいさんがとおみさんと目を合わせると、皇は『服部の後継者については問題ないということだな。これで十位を拒む理由はなかろう』と、腕を組んだ。 「しかし!直臣衆である服部家の家長となる者が男と契るなど……。それより、若様は何故急にそのようなことをおっしゃるのですか」 皇が急にこんなことを言い出したのは、間違いなくオレのせいだ。オレが『あの、それは』と口を開くと、皇はオレの言葉を遮って、『そうしてもらわねば困るからだ』と、腕を組んだ。 二人がくっつかないと、めちゃくちゃ困るみたいな雰囲気を出してるけど、違うから!ただ単にオレの希望を叶えるための無茶振りだから! オレたちの前で神妙な顔をしている二人に、畳がへこむほど土下座したい気分になっていると、ふっきーが息せき切って走って来た。 「探しましたよ!若!」 「持って参ったか?」 「はい。送って頂きました。占者様からご宣託です」 「ご宣託?!」 占者様からって……あげはから?何?急にご宣託って……。 皇は、ふっきーから一枚の紙を受け取ると、『占者殿から頂いたサクヤヒメ様よりのご宣託だ。これを受け、ここに急ぎ参った。梓の一位と十位は契りを交わすこと。さもなければ服部家が危機を迎える……とある』と、紙を二人にバン!と見せた。 「……」 嘘ばっかりぃぃぃ!何が"そのためにここに来た"だよ!お前はオレとお風呂に入りたいがためだけに来たんだろうが! っつか、いつの間にご宣託なんて……。いや、そのご宣託、嘘でしょ?! 皇を見上げると、オレの視線に気づいたのか、キュッと口端を上げた。 やっぱり嘘だ! さっきのあのコソコソ電話で、あげはにお願いしてたってこと?あげは、こういうの大好きそうだもんなぁ。 っていうか、この手があったか! 一門のみんなにとって、占者様から頂くご宣託は絶対だ。いちいさんがグダグダ言おうが、とおみさんちが何て言おうが、家臣さんたちも何も言えないし、これで全部丸くおさまるじゃん! 嘘のご宣託、だけど……。いや!いちいさんが幸せになるんだから、サクヤヒメ様も許してくれる、よね? 「ご宣託はすぐ一門に告知する。良いな」 とおみさんは『はい!』と頭を下げたけど、いちいさんはなかなか返事をしない。 「いちいさん?」 「……」 「躊躇うのであれば、一門への告知は一晩待とう。どう致すか、明朝までに二人で決めよ。契りを望まぬのであれば、別の案を探って頂く。服部は潰させぬ。どう致すか、そちら二人の未来のことゆえ、二人でよう話し合え。あとのことは十位……いや、服部。そちに任せる」 とおみさんは『はっ!』と、思い切り頭を下げた。 皇は『行くぞ』と、オレの手を取ると、いちいさんの部屋を出た。 「あの二人、大丈夫かな。何か、無理矢理、みたいになっちゃって……」 オレが二人をくっつけたがったから、皇があんな命令をしたんだ。あんなことをして、良かったのかな。二人の未来を、無理矢理オレが決めてしまった気がして、ものすごく大変なことをしたんじゃないかと、急に怖くなっていた。 いちいさんの部屋が見えなくなったところで、そう言って皇の手をクッと引いて足を止めた。 「無理強いはしておらぬ。ただ、わずかばかり背を押したまで。この先を決めるのは二人だ」 「……そっか。そうだよね」 さっき、いちいさんはとおみさんと契る気がないとは、一回も言わなかった。いちいさんのあの感じ……間違いなく、いちいさんはとおみさんのことが好きだと思う。二人がいつからあんな関係なのかわからないけど、いちいさんは、直臣衆の跡継ぎであるとおみさんの立場を考えたら、好きになったらいけないって思ってきたんじゃないかな。オレがいちいさんの立場だったらと考えたら、好きなんて絶対に思ったら駄目だって、気持ちを封印しようとしてただろう。 でも、皇の嘘宣託のおかげで、跡継ぎ問題も男同士だってことも、いちいさんが躊躇ってた原因は解消された……よね? いちいさんととおみさんには、出来る限りのお膳立てがされた、と思う。あとは、二人がどうするか、その答えを待つだけだ。でも……さっきの、側仕え同士じゃない素の二人のやりとりを見た感じ、オレが願う通りになるんじゃないかって気がしていた。 それもこれも全部、皇のおかげ……だよね。うん。こんな作戦、あんな短時間で思いつくなんて、何ていうか……殿様気質っていうか、嘘つきっていうか横暴っていうか……もー!うちの"殿様"、めちゃくちゃカッコイイ!バカー! 「あの……さ」 「ん?」 「あの……いちいさんを探るっていう、オレの気は、済んだ、よ?」 そう言うと、目を見開いた皇が、『部屋に戻る』と、オレの手を強く引いた。 特別室に戻ると皇は、『風呂に入るぞ』と言って、オレの頭にキスをした。キスっていうか、オレより20センチ以上身長が高い皇がちょっと下を向くと、ちょうどオレの頭に唇が届くってだけなのかもしれない。 「お風呂?」 「ああ。そもそもそなたと風呂に入るためここに寄ったのだ」 「いちいさんたちにご宣託のお告げに来たって言ってたくせに」 意地悪くそう言うと、『そなたへのご宣託も下ろしていただくべきであった』と皇がオレの鼻をつまんだので、『どんなご宣託?』と聞くと、少し考えた皇は、『雨花は余と交流を深めよ、だの、そういう……』と言ってちょっとはにかむから、オレはもう無性にキュンとして、『じゃあ、深める』と、皇に飛びつくようにキスをした。 皇って、たまにめちゃくちゃかわいいんだよ!もー! 『お風呂、入るんだろ?』と聞くと、皇は『こちらだ』と、またオレの手を引いた。 部屋の奥の扉を開けると、地下に続いているらしい階段があった。皇に手を引かれて降りていくと、そこは地下のはずなのに、まるで露天風呂のような趣のお風呂がドン!と視界に入ってきた。 木に囲まれたお風呂で、 ひのきのいい香りが漂っている。零号温室にちょっと似てる。 皇はおもむろに服を脱いで、オレのシャツのボタンを外し始めた。皇に脱がされると、これからお風呂に入ろうっていうのに、何だかおかしな気分になってくる。 アンダーシャツも脱いだオレの胸に伸びてきた皇の指を捕まえて、『お風呂に入るんだろ』と睨みつけると、驚いた顔をして『無意識であった』とか言うので吹き出した。なんだ、それ。 「いや、そなたがそのような姿で目の前におるに、余が何もせぬほうが、そなたは不安に思うであろう?」 「はあ?」 顔をしかめたオレの鼻をキュッとつまんだ皇は、『そなたが不安に思うから、ではないな』と、ふっと笑った。 「え?」 「嫁を心身共に満足させるのは、鎧鏡次期当主としての務め……と思うておったが、そのような義務感でそなたに触れたことなぞ、今まで一度もなかった。ただただ余は、そなたの乱れる様が見たいだけだ」 「なっ!」 ……んつう恥ずかしいことを言ってんだ!こいつは! 『ならぬか?』と、囁くように聞いてきた皇の裸の胸に、何も言わず額を付けた。『いいよ』なんて、恥ずかしくて言えない。 まだ脱ぎかけだったオレの服をあっという間に脱がせた皇は、『まずは風呂だ』と言いながらオレを抱き上げると、足元の浴槽につま先をつけた。 その瞬間、少し震えた皇に『熱い?』と聞くと、『熱めの湯ではあるな』と、抱き上げたままのオレの足先をゆっくりお湯に付けた。 お湯に足がついた瞬間、体を震わせたオレを『熱かったか?!』とすぐに持ち上げた皇のおでこをペシッと叩いた。 「お前、本当に心配性だよね。大丈夫だよ。オレ、そんなにやわじゃない」 いつだったか、サクラに、だっけ?皇はオレに対して過保護だって言われたことがあったっけ。そうかな?と思ってたけど、確かに皇は"過保護"だな。 これ、オレたちに子供がやってきたらどうなっちゃうんだろ。 「そなたを少しも傷付けたくない」 「かか様がいつか言ってたろ。守り過ぎると弱くなるって。オレは強くなりたいの!大体、お前が入る予定のお風呂で、やけどするわけないじゃん。下ろせ」 皇の腕から解放されてお風呂に入っても、皇はその場に立ち尽くしていた。下から見上げる全裸の皇……色々とその……うん、破壊力がすごい。 「そなたを案じてはならぬと申すか」 「心配し過ぎるなって言ってんの」 「過ぎるとはどこからだ。そなたを抱き上げて風呂に入れるのは過ぎておるのか」 「お前……たまに本当にバカだよね」 「あ?」 『もういいから早く入りなよ』と、皇の手を引いた。チャポンと静かに胸まで湯船につかった皇に抱きついた。 「お?!」 「抱っこしてお風呂、は……いいんじゃないの」 そう言って見上げた皇にキスをすると、皇の破壊力があるアソコが、硬くなったのがわかった。 お尻の下でモゾッと動かれて体を震わせると、皇はさらにオレのお尻にそれを擦りつけてきた。 もう……オレも、我慢、出来ない。 そう思った瞬間、皇の指が、オレの乳首をクッと押した。 「んっ」 「そなたは誠、ここが弱い」 皇は、オレの左の乳首を擦りながら、首筋にキスをした。また体を震わせると、皇の手がオレのペニスをキュッと掴んだ。 「んんっ」 皇の肩に額を付けると、皇はオレのペニスを強めにしごき始めた。片方の手は、相変わらず乳首をつまんでいる。 「あっ、あ……んっ、んんっ」 地下だからなのか、お風呂場だからなのか、喘ぐ声と水音が響いて恥ずかしい。 「良いか」 「ん……いぃ……皇ぃ」 「愛しい……青葉」 そこからめちゃくちゃ盛り上がったはいいけど、熱めのお湯だったからか、オレは途中でフラフラになって、お医者さんを呼んでもらうことになったっていうね。 梓の丸のみんなにはバレずに済んだと思うけど、ものすごくドキドキした。 お風呂でヤリ過ぎてのぼせました……なんて理由で、この先の未来のことを話し合っているいちいさんととおみさんの邪魔だけはしたくなかったから。 オレの体調が落ち着いたあと、皇がめちゃくちゃシュンとしながら謝ってきたけど、盛り上がったのは皇のせいだけじゃない。 皇にそう言ったあと、恥ずかしさに布団をかぶると、皇は布団の上からオレを優しくギュッと抱きしめた。 皇……心配、かけちゃったよね。フラフラになってるオレを見て、必死な顔をしてた皇の顔を思い出していた。お前の腕の中だったからオレ……フラフラになってたけど、安心していられたよ?お前なら絶対、何とかしてくれるって思ってるから。 布団から顔を出すと、皇はホッとした顔をして、オレの頬を優しく撫でた。 「早う良うなれ」 「ん……」 「続きは屋敷でだな」 「は?」 続き? 「余は少しも好きにしておらぬゆえ」 はいいいいい?!好きにしてない?!え?!お風呂場であれだけ盛り上がっといて、少しも好きにしてないだと?!え?アレで少しも好きにしてないって……え?!帰ってから何をされるの?オレ。 っていうか、さっきまでフラフラだったオレを目の前にして、それ今言うことか! 「鬼ーっ!!この殿様気質ーっ!」 そんなこんなで、オレの『側仕えさんたちをこっそり見に行こう大作戦』は、大成功?をおさめた。……はず! だってあの翌日、いちいさんととおみさんは、契ることを皇に承諾したからね。 ニコニコ顔のとおみさんと、思い詰めた顔のいちいさんからその返事をもらってすぐ、二人についての"ご宣託"は、一門に広く知らされた。ご宣託ということで、いちいさんの家もとおみさんの家も何の文句もなく受け入れたと聞いている。改めて、一門内でのご宣託パワーの半端なさを実感したわけなんだけど……。でも、これでいちいさんととおみさんがめでたしめでたしになったかと言うと、そうでもなかったんだよね。 いちいさんはどう思ってるのか、あんまり話してくれないんだけど、とおみさんは長くいちいさんに片思いを拗らせてきたからか、どうにもいちいさんに手が出せないでいると、こっそり悩みを打ち明けてくれた。 そんな悩みを聞いちゃったらアレでしょ?!と、オレはとおみさんに、ド定番になりつつある"お付き合いの仕方"をプリントアウトして渡した。 それからは、オレの毎日の着替えの時に、とおみさんからいちいさんとの"お付き合い"の進捗状況の報告を聞くことが日課になった。 二人が付き合い始めてから一ヶ月経ったけど、まだキスすらしていないって報告をさっき受けたところだけどね。とおみさん曰く『手を繋ぐだけで胸がいっぱい』なんだって。 これは長丁場になりそうだなぁ。ま、二人がいいならいいんだけどさ。 だって、いちいさんは前よりも幸せそうなのが見ていてわかる。いちいさんは前からキレイだったけど、ここのところ更にキレイになった気がするしね。 でも、いちいさんとととおみさんは"ビジネスカップル"だと思っている人も多いらしい。ご宣託を頂いたので渋々だろう……おかわいそう……って、何人かからそんな話を聞いたからね。いやいや、おかわいそうな雰囲気じゃないけどね。いちいさんもとおみさんも。 でも、ふたみさんとさんみさんは、二人の気持ちをわかっていたみたい。ふたみさんとさんみさんは、いちいさんと一番近くでお仕事をする立場にあるので、二人のただならぬ関係に気付いていたらしい。 さんみさんの実家は直臣衆ではないけれど、一門で家柄が上の方の人たちとの繋がりが深いらしく、いちいさんととおみさんの実家についても知っていたようで、主従関係が捻れているいちいさんととおみさんのことを、ハラハラしながら見守っていたようだ。そんなだからか、ふたみさんとさんみさんは、あのご宣託を心から喜んでくれていた。 ふたみさんが竜宮で、一位様はプライベートでもお幸せそうって言ってたのは、とおみさんから一途に思われてるのを知っていたからだったんだ。 無理矢理二人をくっつけちゃった気がして罪悪感があったけど、そんな話を聞いたら、心が軽くなった。何より、いちいさんの幸せそうな顔を見ると、アレで間違ってなかったよね!って思えた。きっと、おかしなご宣託が下りておかわいそう……なんて噂も、吹っ飛ぶのは遠くないと思う。だっていちいさん、本当に幸せそうなんだもん。 「若様、雨花様、お茶をお持ちいたしました」 ほら、やっぱりいちいさん、幸せが全身から溢れてるよ。こんないちいさんを見てると、オレまで幸せ! 「ありがとうございます!」 あー……本当に幸せそうないちいさんを見てると、オレまでホワホワするよ。 『何かございましたら、お声掛けくださいませ』と言って、部屋を出て行ったいちいさんをずっと目で追っていると、『何を呆けておる』と、皇が顔をしかめた。 「え?」 「何かを凝視したいのであれば、余を見ておれ」 オレの顔を両手で挟んで、無理矢理自分に向けた皇がそんなことを言うから、キスしそうな距離なのに、大いに吹き出してしまった。 ホンっと殿様気質で、ちょいちょいどこかズレてるんだから! だけど……いちいさんととおみさんが幸せそうなのも、オレが今こんなホワホワした気持ちなのも、それもこれもぜーんぶ"殿様"な皇のおかげ……かもね。 「皇」 オレが吹き出したモノを浴びたままの皇の顔を袖で拭った。普通、『汚い!』とか言って顔を拭いている場面だと思うけど、拭かれるまでそのままでいる皇って、やっぱりちょっと感覚がズレてる……とは思う。 「ん?」 「お前、ホント色々と殿様だよね」 『あ?』と怪訝な顔をした皇の両頬を挟んで顔を近付けると、皇は目を丸くして驚いた。 ……やっぱり皇って、たまにすごくかわいいんだ。この"殿様"な皇の、こんな顔を見られる人って、きっとなかなかいない、よね? 真ん丸な目をしている皇に、『いつもは違うけど、今のは褒め言葉だよ』と、笑いながらキスをした。 fin.

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