30 / 42
藍田衣織の憂鬱①
これは……おれの最低最悪の、嫁取り話だ。
「三様 、どうぞご笑納くださいませ」
かまちょがそう言って、かまちょの隣で正座してる、得体のしれねぇ男のほうを手で示した。
頭を下げたままで、顔は見えない。でも多分、知らねぇヤツだ。
誰?こいつ?
「は?」
「先日、鎧鏡次期当主様の奥方候補である雨花様に、こっぴどくお振られになられた三様へ、私からささやかな贈り物です」
おれが雨花にこっぴどくフラれただと?おれから潔く身を引いたんだっつの!
イライラしながら、かまちょの隣で正座をしている男に視線を移すと、そいつは、さっきからずっと下げたままの頭をさらに下げた。
「は?何を笑納しろって?」
かまちょの隣で頭を下げている男は、何も持ってねぇけど。
「この者を、です。三様がご自分の男嫁様とすべく狙われていた雨花様は、三様をこっぴどくお振りくださいましたので、代わりの者をご用意致しました」
「はぁ?」
笑納しろって、こいつ自身をかよ!
バイトから疲れて帰って来て早々、何の話かと思いきや……。
「いしゃあ、何、馬鹿こいてんだか」
「お言葉遣いはご丁寧に。きちんとしたお言葉が普段から出て来ないようでは、立派なご当主様にはなれませんよ」
「静生も寿恩 も、もっとひでぇじゃねぇか」
「一 様も二 様も、今ではすっかり標準語でいらっしゃいます」
「嘘こけ」
「ほら、またそのようなお言葉を!」
「うるせぇ。いしゃあ、黙っておれを守ってりゃいいんだよ!」
「いいえ。三様が藍田 の……いえ、藍田 家の次期ご当主様におなりになれば、私はそのまま藍田 家ご当主様付きの”影”になるお約束を頂いております。この私が、生涯お仕えするかもしれないのですよ。それに値するおかたになって頂きたく存じます」
この私が……って、かまちょにどんだけの価値があんだよ。
ちっ!と舌打ちすると、かまちょは『はしたない』と、顔をしかめた。
「外ではちゃんと標準語話してっし!んなことより……こいつを雨花の代わりにだと?ご笑納もご笑納じゃねぇか」
かまちょの隣の男が、びくりと肩を震わせた。
「いや、ちょっと待て。おれの嫁にって、いしゃあ……どっからこいつ拾ってきた?法に触れるようなことしてねぇべな?!」
「三様!今のは、”僕の嫁にと言うが、お前、どこからこいつを拾ってきた?法に触れるようなことはしていないだろうな?”です!」
「……してないだろうな?!」
そう言い直すと、かまちょはにっこり笑って『しておりません』と、頭を下げた。
「どこから……とは、申し上げられませんが、身元はしっかりしております」
”どこから”を答えられない時点で、怪しいだろうが!
「現在三様は、鎧鏡家次期当主様の奥方候補様をご自分の男嫁様に……などという離れ技を繰り出そうとなさったおかげで、思った通りこっぴどくお振られになり、ご当主争いからたいぶ後退なさっておられます」
「いちいち、振られた振られたうるせぇよ!」
「どれだけ無謀なことをなさろうとしていたか、ご自覚していただくためです。二度と同じ過ちを犯さぬように」
「……」
「鎧鏡家次期当主様が、一様のご友人であったがため、一様のお口添えもあり、特別にお許しいただけましたが!鎧鏡家次期当主様の奥方候補様に手出ししようなど、下手をすれば鎧鏡と戦が起こっていたかもしれません」
「この時代に、んなわけねぇだろ。逆に、雨花がおれになびいてりゃ、鎧鏡との縁は深くなってたでねぇか」
「三様が藍田 を継げないとなれば、別に女性のお嫁様をお迎えしなければならないのに……ですか?」
「おれが当主になるに決まってっぺ!」
「万が一ということもございます。ご当主様に選ばれなかった場合、雨花様に対して、どう責任を取るおつもりだったのですか?」
「選ばれねぇ可能性なんかねぇよ。嫁連れてきゃあ、おれで決まっぺよ」
そう言って腕を組むと、かまちょは顔をしかめた。
「鎧鏡次期ご当主様の奥方候補様に関しましては、すでに三様をお振りくださったので、大事には至らずに済みましたが……問題はこれからです。三様は、あくまでご当主様候補なのですよ?候補というオマケがついている限り、絶対はございません。そこはしっかりご認識頂かねば。ご当主様に選ばれねば、藍田 の血を残すため、女性のお嫁様を娶らねばならぬ決まりは絶対です。三様がご当主様に選ばれねばお別れすることが前提で、男嫁様になることをご了承くださる方を探さねばなりません。そのような方を探し出すなど、もともと無理難題なのでございます。次の夏に開催されるご当主選抜会議までに、三様がご自分で、そのような条件を飲んでくださるかたを探し出せるとお思いですか?」
「……」
藍田 の次期当主になるためには、来年の夏に開催される”次期戦”に参加し、勝たねぇとならねぇ。その”次期戦”に参加出来る条件はただ一つ。藍田 家を一緒に支えていく男の嫁を連れて、当主選抜会議で、次期戦の参加を了承されることだ。
次期戦では色んなことをさせられて、今の当主と重鎮の家臣らの投票で、次の当主が決まると聞いてる。
静生は、”天子様”なんて言われてっから、次期戦に出ても多分、選ばれることはねぇだろう。寿恩はハナから男嫁なんざ見つけてもいねぇみてぇだし。おれが次期戦に出りゃ、ぜってぇ当主に選ばれる。嫁さえ連れ帰りゃあ、おれが次の当主で決まりだ。
でも……万が一ってことも……ないことは、ない……かもしれねぇ、けど。
おれが当主に選ばれなきゃ、藍田 の血を絶やさねぇために、男嫁とは別れて女嫁を探さねぇとなんねぇ。
そんな条件飲んで、男嫁になってもいいなんて言うやつ、どこにいるってんだよ。
かまちょの言う通り、おれが当主に選ばれなきゃ、どっちにしろ雨花と結ばれることはなかったんだ。
そんな条件のあるおれが、雨花と結婚の約束なんかしねぇで良かったんだって、今は……思えるようんなった。
おれがぜってぇ幸せにする!なんて約束ができねぇのに、雨花んこと、男嫁に出来ねぇで良かったんだ。
ようやくそう思えるまでになってきたところで、こんな話かよ。
確かに……嫁になってもならなくてもいいなんて言う奴、自力で見つけられる気がしねぇ。
しねぇけど!
この、まだ顔すら見せねぇ、どこの馬の骨ともわかんねぇこいつを、おれの男嫁にだと?……いくらなんでもありえねぇ。
「この者は、全て承知の上で、今この場におります。この者を逃せば、三様がご自分で、ご当主選抜会議までに、男嫁様を見つけるのは至難の業でしょう」
それはその通りだけんど……。
「この者を本当に娶れと言っているのではありません。次期戦の参加資格を得るためだけに、この者をご利用くださればいいのです。次期戦を勝ち抜き、ご当主様になると正式に決まったのち、三様が本当に望まれるお相手を、ごゆるりとお探し下されば良いのです」
「ああ、そういうことか」
まあ、そういうことならそれでも……。いやいや、でも万が一、嫁にしてぇって思える奴が見つからない時はどうすんだ?
「おれが、いつまでたってもホントの嫁を見つけらんねぇ時は、こいつがおれの嫁になっちまうってことじゃねぇか」
この、どこの馬の骨ともわかんねぇ男が、オレの嫁に?
顔はまだ見えねぇけど、体格だけで、すでにねぇわ。おれの好みじゃねぇ。おれは、雨花みてぇに、ガリッガリに細くて折れそうな、守ってやりたくなる系がいいんだよ!こいつ、ゴリマッチョってわけでもムチってもねぇけど、いたって普通の男体型じゃねぇか。
ま、こいつがムキムキだろうが、ガリガリだろうが、顔がどんなに可愛かろうが不細工だろうが、今はまだ、雨花以上に思える奴なんか、見つかりっこねぇだろうけど。そんな気分じゃねぇし。雨花を吹っ切るって決めたのがついこの前なんだぞっ!まだてんでちゃんと吹っ切れてなんかねぇよ。誰を見たって雨花と比べちまうし。雨花か雨花じゃねぇか……今はまだ、おれの世界はその二択だ。まぁ、雨花じゃねぇならみんなおんなじか。だったら、手っ取り早く、こいつを男嫁にってことにしたらいいか。
「いえ!この者をそのまま嫁になど、それはなりません!そこは私が、何としても三様がお気に召すような、三様にふさわしい方を探して参りますので!」
かまちょが珍しく、鼻息荒くそんな風に言うんで、おれは『あっそ。期待しとくわ』と、適当に返事をした。
おれにふさわしい奴って、どんなんだよ。家柄だとか見てくれだとか、そんなんか?そんなんが大事なら、最初からかまちょが見つけてきたやつ、あてがってくれりゃあ良かったじゃねぇか。
雨花を知らねぇまま、お前が見繕ってきた奴と結婚して藍田 継いでたら、こんな苦しい気持ちなんか知らねぇままでいられたかもしんねぇのに。
「今はひとまず、この者でご了承いただき、ご当主選抜会議への参加資格をお持ちください」
かまちょとどこの馬の骨ともわかんねぇ男が、またおれに深々と頭を下げた。
来年の夏……次期戦やる頃には、雨花んこと、少しは諦められてりゃいいけど。そのあとで、のんびり好きになれる奴を見つけたらいいなら、それが一番いいような気ぃする。
次期戦は、静生との一騎打ちになるだろう。
でも静生は”天子 ”だ。おれが男嫁を見つけらんねぇ限り、静生が当主になる可能性は、まずねぇ。
本当に寿恩が次期戦に出ねぇなら、次の藍田 の当主はおれで決まる。
家臣の多くに、それを望まれてんのもわかってっし。だからおれは、どうしても当主選抜会議までに男嫁を探して、次期戦参加資格を持たねぇとなんねぇんだ。
男嫁がいねぇことには何も始まんねぇとはいえ、このどこの馬の骨ともわかんねぇ男が、とんでもねぇ奴だとしたら?……いや、かまちょが連れてきたんだ。おかしな奴じゃねぇことは確かだろう。ま、当主になることが決まるまでの仮の男嫁なら、どんだけとんでもねぇ奴でも構わねぇけどな。
「おめぇ、うちの家臣か?何でこんな話、引き受けた?」
おれには、このどこの馬の骨ともわかんねぇこいつを、"嫁"に選ぶだけの理由があっけど、このどこの馬の骨とも……あああああ!うぜぇ!馬男だ!馬男!この馬男に、おれの嫁になるなんつうことを了承するだけのどんな理由があるっつうんだ?
「金を、くれると、いうことだったので」
馬男は、小さい声でそう返事をした。
「金?」
そう聞き返すと、かまちょが『そうです。三様はこのままでは、藍田 の次期当主様になる資格を持つことすら出来ません。そう思っておりましたところ、友人から、遠縁で金に困っている者がいると紹介されました。これも縁かと、この話をこの者に持ちかけましたところ、了承を得ました。この者は、藍田の家臣ではありません』と、頭を下げた。
金が理由か。そりゃいいや。それが一番あとくされねぇし。あとでどうなったって、全て金で解決出来るってわけか。
ま、どっちみちこいつは仮の男嫁で、本気で娶るわけじゃねぇし、どうでもいいけどな。
「わかった。こいつでいい」
そう言うと、そこで初めて頭を上げた馬男の顔は、ただのイケメンだった。
……何かムカつく。
こういっちゃなんだが、おれの周りには、オスくさいイケメンがゴロンゴロンいる。イケメンなんぞ見慣れ過ぎてて、そこらのイケメン程度じゃ、イケメンなんて思うことはそうそうねぇ。でも、目の前の馬男は、一目見てイケメンだと思った。このイケメン耐性強めのおれがそう思ったんだ。間違いなく、馬男はイケメンの中でも結構なイケメンの部類に入る、はず。
こんだけの見てくれなら、他にいくらでも稼げる手段、あったんじゃねぇの?
しっかしこいつ、女にゃモテんだろうが、やっぱおれが守ってやりたい系の面でもねぇわ。
こいつもおれの嫁になんかなるより、女と結婚したいだろ。こんだけのツラしてんだし。
「ま、てんでおれの趣味じゃねぇけど、仮の男嫁ならどんだけ不細工だろうが誰でもいいわ。金で雇ったっつうならそれが一番あとくされねぇし、いいんじゃねぇの?って……ん?ちょっと待て。金でって……その金、どっから出てんだよ?」
かまちょと二人分の食費だけでも大変だっつうのに。男の嫁になる約束なんかさせんだから、相当な金額、この馬男にふっかけられてんじゃねぇの?
「三様のへそくりを渡しました」
「ああ、おれのへそくりを……って!おいっ!なんでおめぇがおれのへそくり使ってんだ!」
こっちに来る時、母ちゃんがこっそり持たしてくれた金と、雨花の誕生日にすげぇもん買ってやろうと思って、夏に必死こいてバイトして貯め込んだ金をあわせて、相当な金額あったはずだぞ!
「待て、おめぇ。まさか全額渡したとか言わねぇよな?」
「あれでご当主様になれるのなら、お安い金額かと思いますが」
「はあ?!てめぇ、心底、馬鹿だろ!おい!馬男!金返せ!この話はなしだ!」
「うまお?」
「どこの馬の骨ともわかんねぇ馬男だよ!んなことより!金!金返せ!」
「もう……ありません。使ってしまいました」
「はぁぁぁ?!」
その後……使っちまったっつう金が馬男から返ってくるはずもなく……。だったら馬男を、どこまでも利用してやる!と、心に決めた。遠慮なく、おれの全財産使った分、馬男を馬車馬のごとく働かせてやろうじゃねぇか!
おれの高1の夏休みの努力の結晶を!こいつは、一日二日で何に使っちまったっつうんだよ!くそが!んなだから、金に困んだろうが!
かまちょは必死こいて、こいつ以外の男嫁を探すっつってたけど、おれもどんだけ嫁探しに困ろうが、こんな金のありがたみがわかんねぇこいつを、藍田 の嫁に迎える気なんかサラサラねぇ。こんな奴と一緒に、一族を守っていけるわけがねぇ。
こうなりゃ、かまちょだけに任せちゃおけねぇ!おれもいつまでも雨花に振られたの引き摺ってねぇで、本腰入れて嫁探してやんよ!間違っても馬男をそのまま嫁になんぞしてたまるか!
次の当主に選ばれちまえば、男嫁を娶ることが決まる。当主になることが決まってからゆっくり、一緒に藍田 を守っていってくれる男嫁を探せばいいかなんて思ってたけど、んな悠長なこと言ってる場合じゃねぇ!
かまちょは、おれが馬男を仮の男嫁にするって了承した途端、さっそく藍田 の本家に、おれに男嫁が見つかったと報告を入れた。
藍田 の一族に、見つけた男嫁が”仮”ってことは知られちゃなんねぇってことで、馬男はこの日から、うちで一緒に住むことんなった。
部屋の数が足りねぇじゃねぇかと言うと、かまちょは自分の部屋に、馬男を一緒に寝かせると言い出した。
おれの嫁設定なのに、かまちょと一緒の部屋でいいのかよ?とも思ったけど……どこの馬の骨ともわかんねぇ金の亡者と一緒に寝る気はサラサラねぇし、あえて突っ込まねぇで、そのまんまにしておいた。
そんな経緯で、馬男がおれんとこに転がり込んだのは、おれが高1の冬休みに入ってすぐのことだ。
一緒に住む奴が一人増えることになったと、大家さんに説明しねぇといけねぇって時、おれの兄ってことにしておいたほうがスムーズに受け入れられるだろうからってことで、馬男はここに住む時、藍田姓を名乗ることになった。
馬男は、一緒に住み始めてすぐ、自分の生活費を稼ぐために、いくつかやってるおれらと同じバイト先で、バイトを始めた。
馬男と一緒にバイトとか、すげぇ気乗りしねぇけど、おれの"嫁"が、別のとこでバイトをしてんのもおかしいだろうってかまちょが言うから、仕方なく承知した。
金の亡者の馬男も、バイトとかする気あんのかって、ちょっと意外だった。金に困ってるくれぇだから、どうせおれらの稼ぎでぐーたらする気だろうって思ってた。ま、そこはかまちょが言ったのかもしんねぇけど。バイトしろって。金に困るくれぇなら、最初から働けっつうの。今までどうやって生きてきたんだ?こいつ。急な話だったのに、ここに一緒に住むのをすぐに了承したってことは、それまで住むとこもなかったとか、そういうことか?
……。
いやいや、こいつは仮!仮だから。仮の男嫁のことなんざ、おれが心配することじゃねぇ。
同じところでバイトを始めたっつっても、馬男と同じ日にシフトを入れることは極力避けるようにした。馬男と一緒に働いているところを、静生だの寿恩だのを推してる奴らに見つかると面倒だからだ。馬男は、おれが男嫁に決めた相手って設定なんだから、一緒にいたら、それなりに仲良くしねぇとなんねぇし。でも、金の亡者で素性もハッキリしねぇ馬男と、仲良くしろってほうが無理がある。
一緒に住み始めたっつっても、馬男は早朝から夜遅くまでうちにいることはそうそうなくて、家には寝に帰って来るだけみてぇな感じだった。バイト先で顔を合わせることもまずねぇから、かまちょと二人暮らしの時と、そんな変わりねぇ生活が続いてた。たまぁに家ん中で馬男と顔合わせても、おれから話し掛けることはねぇし、馬男も挨拶してくるだけで、それ以上話し掛けてこなかった。
そんな感じで、極力接点持たねぇようにしていたからか、一緒に暮らし始めても、おれの馬男に対する第一印象の悪さは、ずーっと続いてたわけだけど、正月、おれの馬男に対する印象がさらに悪化した。
本家への正月の挨拶に、馬男を同行させようと思ったのを、頑なに拒否されたからだ。おれの男嫁だって、父ちゃんと母ちゃんに紹介してやろうと思ってたのに、馬男は『そこまでの金はもらってません』とか言い出しやがった。その言い方におれがぶち切れる寸前に、かまちょが『一緒に本家に挨拶に行けばボロが出るかもしれないのでやめたほうがいいです』なんて、馬男の味方をするから余計腹が立って、おれは腹を立てたまま、かまちょと二人で本家に戻って、正月の挨拶を済ませた。
父ちゃんと母ちゃんを喜ばせたかったのに恥かかせやがって!と、思ってたけど、静生も男嫁を連れてこなかったから、それでちょっと怒りは鎮まった。でも、ホント金、金、金だよ!馬男のやつ!くそっ!金の亡者がっ!早いとこ本当の嫁を見つけて、あんな奴、追い出してやる!
馬男が一緒に暮らし始めて一カ月経ったあたりで、三学期が始まった。
あの学祭のあとから、おれはモッテモテで……でも、雨花以上に好きになれる奴なんかいねぇと思って適当に流してきてた。
けど!もう雨花から卒業しねぇと。本当の嫁を見つけねぇと、いつまで経っても馬男を追い出すことが出来ねぇ。間違っても馬男がそのまんまおれの嫁になるなんてことには、ぜってぇしたくねぇし!
かまちょは、本当のおれの嫁を探すって気合い入ってんのはわかってたけんど、かまちょがどんな奴連れてくるかわかんねぇ。なんてったって、馬男を連れて来た張本人だし。かまちょのことは信じてるけど、馬男を連れて来たことはいただけねぇ。そういやぁ、かまちょに彼女がいるとか、そんな話は聞いたことがねぇ。ずーっとおれのそばにいんだから、彼女なんかいるわけねぇか。彼女の一人もいねぇようなかまちょに、おれの男嫁を探せる気がしねぇ。おれの嫁なんだから、おれの好みで決めてぇし。
神猛に通えるくらいの財力持ってる家の息子なら、藍田 の嫁としての釣り合いは取れんだろ。神猛の生徒なら、誰を嫁にしても間違いねぇはずだ。雨花以上にいいと思えるような奴が出てくるかはわかんねぇけど、とりあえず、片っ端から付き合ってみっかと思い立った。雨花以上の奴なんかいるわけねぇとか決めつけてる場合じゃねぇ。おれも好きになれる奴が、ひょっこり出てくっかもしんねぇし。何より、早いとこ嫁を見つけねぇと!あの金の亡者を、一瞬でもおれの嫁として認めちゃなんねぇと思った。後々おかしな争いに発展しねぇとも限らねぇかんな。
ってことで、おれは、おれのことが好きなんて言ってきた奴ら全員と、お試しでって条件付きで、片っ端から付き合ってみることにした。
本腰入れて嫁探しする、片っ端から付き合ってみるとかまちょに話すと、バイトを減らして頑張って欲しい、おれがバイトを減らした分は、自分が補うからと言ってくれた。
ってことで、おれはバイトを減らして、その分、告白してきた奴らと、とりあえず何日間か付き合ってみることにした。
三学期が始まってしばらく経った朝、懐かしい、すげぇいい匂いで目が覚めた。
これ、母ちゃんの作る、納豆汁のにおいじゃねぇの?
母ちゃんが来たのか?
急いで部屋を出ると、ホッカホカのごはんと納豆汁と焼き鮭と漬物が、机の上に乗ってた。昨日まで、節約も兼ねて、朝ご飯は菓子パン一人二個だったっつぅのに!
「母ちゃん来てんのか?」
「伴 様?いえ、いらしてませんが……」
「じゃ、どうした、これ?」
並んだ朝飯を指さすと、朝から無駄に機嫌のいいかまちょが、『ゆうが作りました』と、頭を下げた。
「ゆう?」
誰?
かまちょはメモ用紙に『邑』と書いて、『この字で"ゆう"と読みます。いくら仮とはいえ、ご自分の男嫁様の名前くらい覚えておいてください』と、顔をしかめた。
「ああ!あの馬男、邑っつうのか」
「うまお?おかしなあだ名を付けないでください」
「何でかまちょがそんな怒んだ?」
まさか、一緒に寝ているうちに馬男とそんな関係に?!そういえば、かまちょの奴、最初からおかしいくらいに、馬男はおれの嫁にはぜってぇしねぇとかムキになってたっけ!
まさか……彼女の一人もいねぇとか思ってたかまちょと、あの馬男がデキてるとか?!
「おかしな勘繰りしないでください。邑は、私の友人の遠縁なんですから、大事にして当然です」
「ふぅん。ま、かまちょと馬男がデキてようが、おれには関係ねぇけどな。好きにしろ」
「でっ!できてませんから!」
「それはどーでもいいけど、馬男、飯作れたのか」
「あ、はい。長く一人暮らしをしておりましたので、家事は一通り出来るようです。って、邑です!邑!」
「ふぅん」
生返事をしながら、恐る恐る納豆汁を一口含んで驚いた。
「どうなさいましたか?」
「いや」
これは……。
久々に食ったあの味だ!母ちゃんの得意料理の一つ、納豆汁の味、そのまんまじゃねぇか。かまちょはお世辞にも料理上手とは言えねぇし、かまちょと二人の時は、ほっとんど外食ばっかだったから、納豆汁なんかいつぶりに食った?この前の正月にも、納豆汁は出てこなかったから、実家出てこっち来てから食ってな……いや、食ったな。夏、一回だけ食ったわ。去年の夏、雨花に誕プレ渡そうと張り切って、いくつもバイトしてた頃に食った。おれがバイトを増やしたから、かまちょも仕事、増やしてて……で、かまちょが忙しいからって、家事の手伝いに、かまちょが家族を呼んだって言ってた。おれはバイトで忙しくて、そのかまちょの家族ってのに直接会わねぇまんま、夏休みが終わっちまったけど……。そのかまちょの家族が、おれが夏休みの間うちで家事してくれて、そん時、一回だけ納豆汁が出てきて、すげぇ懐かしく思ったんだ。バイトですげぇ忙しくて疲れてたから、納豆汁食って、すげぇホッとしたんだよな、あん時。
好きなんだよなぁ、納豆汁。こっちのほうじゃポピュラーじゃねぇみてぇだけど。
自分で作れるように、こっち来る前に母ちゃんに作り方教わっとくんだった。一回、どうしても納豆汁が食いたくなって、市販の納豆ぶち込めばいいだろって思ってやってみたけど、自分で思ってたのと全然違うもんが出来てから、自分で作ろうと思わなくなったんだった。
母ちゃんが作ったのとおんなじ味がする納豆汁を、あの金の亡者の馬男が作っただと?!
嘘だろ!
「そういやぁ、馬男はどうした?バイトか」
「いえ。いつも通り学校です」
「……は?」
いつも通り学校?
「は?」
おれが首を傾げると、かまちょも同じように首を傾げた。
「え?なんですか?」
「学校って……」
「え?はい。いつも通り学校に行きましたが、何か?」
「ほあ?!あいつ、学生だったのか?大学生か?」
「まさか」
「えっ?!あ!教師?」
「何をおっしゃってるんですか。邑は大人っぽく見えますが、まだ高校二年生です。それも話したはずですよ」
かまちょはそこから『三様は本当に人の話を聞かないのですから』とか、ブツブツブツブツ文句を言いながら飯を食ってたけど……馬男がおれのイッコ上?!
おれよりかまちょとのほうが、馬男は年が近いと思ってた。でも言われてみりゃあ、馬男がかまちょと話してる時は、ちょっと幼く見えることもあった気がする。
あの普段はクールビューティーな雨花も、すーちゃんの前だと、なん割増かですげぇ可愛かったっけ。
え?ってことは……うわ!こいつら本当に、デキてたりして?!
「かまちょ、おめぇ、いくつだ?」
「年齢ですか?」
「ああ」
「28です」
「おめぇ、馬男がいくら老けてるからって、18歳未満に手ぇ出したら犯罪だぞ」
「ですから!そういう関係ではございません!」
「馬男が18になるまでは、同意があっても手ぇ出すんじゃねぇぞ!」
「ですから!」
「しっかし、馬男がおれのいっこ上とはな」
「はい。邑 は優秀な学生です。ここに来る前は、学校の寮に入っておりました。ですが、三様の男嫁様を偽装するため、ここから学校に通うことになったのです。自転車でざっと、片道一時間というところでしょうか」
「片道一時間?!」
遠っ!
「電車賃を節約せねばと、雨でも自転車通学を続けております。早朝出ねば間に合わないので、朝ご飯の支度など、せずともいいと言ったのですが、私の仕事が増えているのに、自分はこれ以上バイトを増やせないから、せめて家事をすると、気を使ってくれまして」
あの馬男が?
益々、かまちょと馬男デキてる説が濃厚に……。
しっかし、ここに住んでるせいで、片道一時間もチャリ通させてるとか……ありえねぇだろ!馬男は友人の遠縁だから大事にするとか言ってたの、どこのどいつだよ!大事にしてる奴、片道一時間チャリ通させるか?
「そういうことは、早く言えや!くそが!」
男嫁を偽装するために、ここに住まわせたことで、いくら金で雇ったやつとはいえ、毎日自転車で行き帰り二時間かけて通わせることになってたなんて……。
おれの都合を優先して、誰かが犠牲になるなんてぜってぇ駄目だ!毎日往復ニ時間かけて登下校させるとか……馬男にそんな大変な思いさせて当主になっても、何の意味もねぇ!
かまちょは、『邑は大変優秀な学校に通っております。努力してようやく入った学校ですので、ここに住まわせるために、この近くの別の学校に編入をさせるという選択をするのもかわいそうだと思いましたので、時間がかかっても、今の学校に通わせてやりたいと思いまして』なんて言いやがったけど、二時間かけて登下校させんのは、かわいそうじゃねぇのかよ!
おれは、なんかすげぇ悪いことをしちまった気がして、その日の夕方、うちに帰ってきた馬男に、『寮に帰れ』って言ったんだ。
そもそもこの同居は、静生や寿恩を推してるやつらに、おれが嫁を見つけたのをアピールするためだけのものだったんだし。今はもう、おれが嫁を決めたってのは周知されたんだから、ここで一緒に住む必要もねぇ。
そうじゃなくても、毎日バイトさせて、家事までやらせるとか……それに加えて、毎日チャリで二時間の登下校なんざ、いくら金払ったからって、やらせ過ぎだろ!そんなん知っちまったら、ここに置いておけるわけねぇじゃねぇか。
ここに住まねぇなら、無理にバイトすることもねぇし、家事もしねぇでいい。すげぇ落ち着いてっし、もう社会人なのかと思ってた馬男が、本当はおれといっこしか違わねぇ高校生だったなんて……。高校生の馬男に、バイトに家事やらせた上、二時間かけて登下校させてたとか……どう考えたってやらせ過ぎだろうが!
馬男に全く興味持ってこなかった自分に原因があるとはいえ、かまちょだって馬男だって、つらいとかなんとか言ってこいや!くそが!
……いや、少なくとも、馬男はおれにそんなこと言えなかったよな。今までの、馬男へのおれの態度じゃ……。
馬男が進路をどう考えてんのか知らねぇけど、もうすぐ三年じゃねぇか。頭いい学校行ってんなら、大学受験すんだろ?受験が始まるってぇのに、金のためとはいえ、おれの生活助けてる場合か!おれはそこまで、鬼畜じゃねぇ。
『寮に帰れ』って言ったおれに、馬男は、『寮はもう、解約していて戻れません』なんて返事をして、うつむいた。
おれがかまちょに、『父ちゃんに頼んで、こいつの学校の近くに部屋借りてやれ』と命令すると、馬男が、『片道一時間の自転車は、私にとって運動になっているんです。だから、ご当主様にそんな無理をおっしゃらないでください』なんて、必死な顔をしやがった。
ご当主様?サラッと父ちゃんのこと、ご当主様とか言ったけど……こいつ、藍田の家臣じゃねぇって、かまちょが言ってたよな?
……いやいや、今はそこはどうでもいい!馬男をここに置いてはおけねぇって話だ!
「んなこたぁどうでもいいんだよ!おめぇが無理してここにいる必要はもうねぇって言ってんだ!いいからこっから出て、おめぇの学校の近くに住め!父ちゃんに気ぃ使うっつうなら、かまちょに探させっから!」
「無理などでは!」
「かまちょ、明日探してこい!」
「本当に無理ではございません!」
「てめぇに無理させて当主の座についたなんて言われちゃ、おれの名がすたるんだよ!かまちょ、明日住むとこ探してこい!いいな?!」
「……かしこまりました」
「住むとこ決まり次第、出てけよ!いいな?!」
馬男は、『わかりました』と、泣きそうな顔をして、かまちょの部屋に消えて行った。
な……ん、だよ!その顔!
「三様、今の言いようは……」
「ここにいたら!……あいつ、大変なだけじゃねぇか。そんないい学校行ってんなら、大学受験だってすんだろ?こんなとこいて、バイトして家事なんかしてたら、受験失敗すっかもしんねぇぞ。万が一おれが選抜会議までに本当の嫁見つけらんねぇ時は、会議ん時だけいてくれりゃあいいんだ。それまで無理してここにいる必要ねぇ。金で雇っただけっつったって、おれのせいであいつの人生、棒に振ったなんつったら、夢見悪ぃだろぉが」
もしかしたらあいつ、もらった金の分、働こうとしてくれてたのかもしんねぇ。片道一時間の自転車通学は、あいつは本当に、いい運動程度に思ってんのかもしんねぇけど……普通に考えたら、めちゃくちゃ大変だっつぅの。毎日ニ時間あったら、どんだけ受験勉強出来ると思ってんだ!おれのためじゃなくて、自分のために時間使えっつぅの!くそが!
「三様……」
「早いとこ、うち探してやれ。金が必要なら、母ちゃんに話してやっから」
「わかりました。ありがとうございます」
「何でおめぇが礼すんだよ。やっぱりおめぇらデキてんじゃ……」
「本当にそれは違います!ですが……ありがとうございます」
かまちょがそんなこと言って、珍しくおれに深々頭を下げるから『気持ちわりぃからやめろ』っつって、おれも自分の部屋に入った。
泣くかと思った。さっき。馬男のやつ……。
おれに、追い出されるみてぇに思ったのかもしんねぇけど……悪ぃようにはしねぇよ、くそが。
馬男の印象はずーっと悪かったけど……片道一時間かけて通学してることとか、バイトしまくって生活費入れてるくせに、かまちょのこと考えて、自分が家事やるって言い出したこととか……おれはそんな馬男のことを知らねぇでいて……悪いとこばっか見て、いいとこは見ねぇで、嫌な感情ばっか持ってて……何かちょっと……罪悪感、わくじゃねぇか。
あいつには、金ぶんどられたけど、あいつがいっから、次期戦に出られるわけだし。のんびり嫁探しも出来るわけだし……。今日のことがなくたって、本当は最初っから、感謝しねぇといけねぇ相手なんだ。
……うん。馬男のためにも、とにかく早ぇとこ、ホントの男嫁、探してやんねぇと。
翌日、かまちょはすぐに馬男の新しいうちを見つけてきた。2月に入ってすぐ、馬男は自分の学校の近くのアパートに引っ越してった。
これで馬男の負担も減るだろって、いいことした気でいたのに、引っ越し当日の夜中、馬男はかまちょと一緒に、うちに帰ってきた。
なんでかって、馬男が新しい部屋で一人になった途端、馬男の部屋に暴漢が入ったからだ。馬男の引っ越しの手伝いをして、こっちに帰る途中だったかまちょんとこに、かまちょが馬男に付けてた守り鳥?が、異変を知らせに来て、急いで馬男んちに引き返したから、大事には至らなかったってことだったけど……。
ちょっと前に雨花が、候補同士のいざこざで家臣に狙われたって話は、藍田にも聞こえてきてた。
馬男を襲った暴漢は、その後の藍田の調べで、純粋な強盗だったってのはわかったけど、かまちょが、馬男も雨花みてぇなことにならねぇとも限らねぇとか言い出して、やっぱ馬男はおれんちにいたほうが安心だろって話になり、馬男を学校近くに一人暮らしさせるために契約したアパートは、一日も住まずに解約することんなった。
しっかし……雨花みてぇなことが、馬男に起こるか?うちの兄弟仲は、めちゃくちゃいいと思うけど。
次期戦が終われば、誰が当主を継ごうが恨みっこなしで、決まった当主を支えていくっていうのが藍田 の鉄の掟だ。
静生も寿恩も、おれの嫁を狙って、おれを次期戦に出さないようにするなんつぅ、せこい真似するような奴らじゃねぇ。
いや、だけど雨花だって、他の嫁候補が狙ったんじゃなくて、推してる候補を嫁にしたい家臣が、勝手に雨花を狙ってたっつうんだから、静生と寿恩を推す誰かが、馬男を狙ってくる可能性はあるってことか。
そんな風に、うちの家臣を疑うのもどうかと思うけど、当主の権力ってのは絶大だ。絶大だけど、おれたち兄弟は、誰が当主んなろうが、推してくれた家臣だけを優遇する気なんかねぇのに。
でも、次期戦前から応援してれば、当主に決まったあと優遇してもらえるだろうって思うのが普通だよな。
鎧鏡は、嫁候補が何人もいるから、嫁候補が狙われたりするんだろうって思ってたけど、おれらの嫁候補だって、同じ理由で狙われても、てんでおかしくねぇんだよな。嫁がいなくなりゃあ、選抜会議にすら出席出来ねぇんだから。
そんなこんなで、馬男を学校近くに引っ越しさせてやろうっていうおれの優しい計画は、馬男を怖い目にあわせただけでぶっつぶれるっつぅ、何とも申し訳ねぇ感じで終わり、結局、また馬男には、ニ時間かけて登下校させることになっちまった。
気ぃきかせたつもりで怖い目にあわせちまったと思うと、さらに馬男に対して、すげぇ罪悪感がわいた。
うちに戻ってきた馬男は、強盗に襲われたっつうのに、全然ガッカリ感みてぇなんもなく、何ならむしろ嬉しそうな感じで帰ってきて……まぁ、馬男のそんな感じに、ちょっと救われた感じがした。
やっぱり馬男とかまちょは付き合ってて、馬男はかまちょのところに戻ってこられて嬉しい、とか、そういうことか?二時間の登下校の苦痛より、かまちょといるほうが馬男にとって幸せだっつぅなら、それこそおれは、余計なことをしようとしてたのかもしんねぇ。そう思うと、さらに馬男に対して罪悪感がわいた。
馬男は、次の日からまた朝早く起きて、おれとかまちょの朝ごはんと弁当作って、朝早くチャリで学校に出掛けて行くようになった。今までと違うのは、かまちょに頼んで、馬男に護衛を付けるようにしたことと、雨の日は電車で行けっつって、電車賃を渡すようになったことだ。
馬男は最初、電車賃を受け取るのに遠慮しやがったけど、いらねぇならこの金はどぶに捨てるっつったら、大人しく雨の日は電車で通うようになった。
馬男に対して、悪い印象は薄れてったけど、代わって湧いてきた罪悪感で、おれの馬男への態度は、相変わらず硬いまんまだ。
とにかく早く嫁を見つけねぇとって、数日交代で色んな奴と付き合ってみるってのは続けてたけんど、これといった相手には、未だ出会えずだ。
結局、どうしても、雨花と比べちまう。雨花と比べてる時点でもう駄目だよなって、冷めちまうんだ……。
このまま変わらねぇ生活が次期戦まで続くのかもしんねぇと思ってた三月末……馬男が何故か、神猛への編入を決めてきやがった。
おれもかまちょも知らねぇ間に、編入試験を受けていたらしい。四月から神猛の三年に編入することが決まったと、ある日神猛の制服を持って帰ってきやがった。
編入試験の成績が良かったってことで、馬男は特待生扱いで編入するという。学費は全額免除だから、学費の心配はいりませんとか、嬉しそうに頭を下げた。
かまちょは、『ようやく入った学校をやめて神猛に編入するだなんて!』とか、何かすげぇ怒ってたけど、いや、神猛だって相当偏差値高ぇからな?しかもなんでかまちょがそんなムキになって怒ってんだよ。やっぱりかまちょと馬男は、そういう仲なのか?
馬男が、なんでいきなり神猛に編入してきたかって、かまちょの話じゃ、藍田の本家から薦められたかららしい。次期当主になるおれの嫁が、強盗なんぞに襲われたんだ。遠い学校への登下校中に襲われたら困るっつって、馬男に、神猛に編入したらどうだと、おれの知らないとこで、父ちゃんか母ちゃんの家臣が、馬男を説得してたらしい。
なんつぅ余計なことしてくれてんだ!
しっかし、本家は、馬男がおれの本当の男嫁候補だと思ってるわけだから、馬男を守ろうとしてくれたその思いにケチつけるわけにもいかねぇ。
でも!本家に勧められたからって、何で本当に編入なんかしてんだよ、馬男のやつ!
かまちょにも相談なしで決めたってことで、編入なんて大事なこと、相談くらいしてくれたって良かっただろ!この先の人生が決まるかもしれない大きな決断なのに!……と、本気で馬男を怒ってた。
かまちょがあんまりにも本気で怒ってたから、おれはなんか馬男がかわいそうになって、『もうそのへんで許してやれ!おめぇが何でそんなに怒んのか知んねぇけど、元はと言えば、おめぇがおれの男嫁候補に連れて来たことが原因じゃねぇか』って、馬男を庇ったりなんかしちまったりして……。
馬男は、かまちょに怒られてちょっと涙目になってたくせに、おれが庇ったらすげぇ嬉しそうな顔しやがって、『ありがとうございます』なんて、深々頭下げてきやがった。
馬男に対して、今までずっと頑なな態度をとってきたのに、庇っちまった自分がちょっと恥ずかしくなって、『おめぇも金のためとはいえ、そこまで自己犠牲払ってんじゃねぇよ!決まっちまったもんは仕方ねぇけど、次こんな大事なこと、勝手に決めたりすんじゃねぇぞ!』なんて逆ギレみてぇなこと言って、自分の部屋に逃げるみてぇに入ってきちまった。
にしたって……。金に困っておれの嫁になっただけだっつうのに、馬男は学校を編入するはめにまでなっちまって……。あいつ、それでいいのかよ。
なんであいつ、そこまですんだ?……かまちょのためか?やっぱりかまちょと馬男、付き合ってんのか?
おれは、馬男がどうしてそこまで出来るのかすげぇ不思議に思って、その夜、かまちょにこっそり、『やっぱ、おめぇら付き合ってんのか』って、聞いてみた。
「ですから!本当にそれはないです!」
かまちょのこの言い方……本当に付き合ってねぇのか?
だとしたら、どうして藍田の本家に言われたくれぇで、せっかく頑張って入った難しい学校から、あっさり神猛に編入なんか出来んだよ!
かまちょと付き合ってるわけじゃねぇなら、やっぱりあいつ、藍田の家臣じゃねぇの?うちの家臣でもなきゃ、普通ここまで自己犠牲払わねぇだろ!
いや、馬男を連れて来た日にかまちょが、馬男はうちの家臣じゃねぇって言ってたけど……だったら、何で?何でここまで犠牲になれんだよ。うーーーん。
あ!これから藍田の家臣になろうって思ってるとか、そういうことか?はあはあ、そういうことか!
あいつ、金に困ってんだもんな。藍田の家臣になりゃあ、金には困んねぇだろうし。そういうことか?
「おい」
おれは、夕飯を作っていた馬男に声を掛けた。
「はい」
「おれが当主に選ばれたあと、おめぇがそうしてぇなら、おれの側近にしてやってもいい」
それが、おれが馬男にあげられる最上級の褒美だと思った。
二つ返事で『ありがとうございます』なんて言うと思った馬男は、『いえ、遠慮致します』と言って、台所から自分の部屋に入っちまった。
……え?おれ、何かおかしなこと言ったか?
なんだよ、あいつ!わけわかんねぇ。
うちの家臣狙いじゃねぇのかよ?
じゃあ何で、ニ時間かけて学校通ったり、学校編入したり、んなことすんだよ!
それより、このおれが家臣にしてやるっつってんのに断るか!?
「……ちっ!」
おれは舌打ちして、その夜は、馬男が作った夕飯も食べずに、ふて寝した。
ともだちにシェアしよう!