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第五話

 その罪悪感を消すかのように、ケインはオレを思う存分甘やかした。それ以外に罪の意識から逃れることはできなかったそうだ。  そんなことも知らなかったオレは、ケインの術中に嵌って勝手に幸せを感じて、この世の春を謳歌していた。ケインの苦悩なんて、微塵も気付かずに。 「心だけじゃなく体も繋げたら、もし賭けの件が発覚してもアークなら許してくれるんじゃないかと思って……君を抱いたんだ」  色事など何も知らず怯えるオレを優しく包み込み、ケインは丁寧に丁寧に抱いてくれた。  何者も触れたことがない蕾を拓き、ケインの雄を全て沈めたときは、泣きそうなほど幸福だったと彼は語った。 「愛を囁くたびにキュウキュウと俺を締め付けて離そうとしないアークに、すっかり夢中になって何度も何度もしてしまった。陰嚢が空っぽになるまで吐精して、最後には何も出さずに達したアークが本当に愛おしかった。失神したときはさすがにやりすぎたと思ったけど……でも俺は本当に幸せだったんだ」  気絶した俺の全身を清めながら、ケインはある決断をする。  アークへの想いを仲間たちに打ち明けるのだ。  これは遊びではない。自分は本気でアークを愛してしまったと伝えなくてはならない。 「でもそれじゃ、ヒーローになれないじゃないか」 「そんなことはもう、どうでもよかった。あいつらに影で嘲笑されても構わない。アークさえいれば、俺はそれでいいと思えたんだ」  まだ眠るオレを置いて、ケインは大学へと向かうことにした。一刻も早く、仲間に真実を伝えるためだ。  けれど途中、花屋で薔薇を見かけたケインは、衝動的にそれを購入。急いで俺の元へ戻ると、先ほど書いたメモの横に添えたのだ。 「アークが目を覚したとき、一人は寂しいだろうと思って……俺の代わりのつもりで薔薇を置いたんだ」  それが自分の真心であると言わんばかりに。  紅薔薇の花言葉に、自分の思いを託して。 「仲間たちを集めてすぐ打ち明けようと思った。けれどやつらを目の前にしたとき、なんと言ったらわからなくなって、なかなか言い出せなかった」  それから先は、アークも知っているだろう……ケインは力なく呟いた。  先ほどまで興奮気味に話していた瞳から、輝きが消えている。ガラス玉のような、感情のこもらない目で、遠くを見つめていた。 「アークに拒絶されたことがショックで、しばらくは何も考えられなかった。ようやく我に返ったとき、全ては終わっていたんだ」  電話もSNSも繋がらず、部屋を訪ねても開けてはもらえない。それどころか人の気配すら感じられないことに、ケインは絶望した。  そのうち部屋は引き払われて、最後の望みを賭けていた卒業式でも、俺に会うことは叶わなかった。 「バチが、当たったと思った」  自分たちの楽しみのためだけに、他者の気持ちを弄んで賭けの対象にしたことを、神は許さなかったのだと感じたらしい。  大学卒業後は件の仲間たちから離れ、一人で罪を償うことにしたケインは、必死になって俺を探していたそうだ。 「見つけるのに、五年もかかってしまった……本当にすまなかった」 「ちょっと待ってくれ。なぜそこまでして、オレを探そうと思ったんだ? 謝罪したいって気持ちはわかった。だけど別にそんなことしなくたって……あれで縁は切れたんだ。大学時代のくだらない思い出なんか忘れて、心機一転、一からやり直したっていいじゃないか」 「そんなこと、絶対にできない!」  ケインは話を始めてから初めて、強い口調で訴えた。 「あれを忘れるということは、アークの思い出もなかったことになってしまう。そんなのは絶対に受け入れられない。アークを忘れるなんて、俺にはできなかった!」 「ケイン……」 「俺は最低な男だから……赦されて、アークにもう一度受け入れてほしかったんだ。あんなことをしておきながら何を今さらと思うかもしれないけれど……俺はあれ以来、アークのことだけを想って生きてきた。アークに側にいてほしい。アークじゃなきゃだめなんだ」 「そんなこと……今さら言われたって……第一お前はヴァネッサといい関係を築いているんだろう? それなのにオレまで欲しいだなんて……強欲にも程がある。絶対に受け入れられない」 「ヴァネッサ? 彼女には協力してもらっていただけだよ?」 「え……?」 「アークの会社を訪問したとき、彼女からプライベートの連絡先を書いた名刺をもらったんだ。そこには携帯番号と一緒に、とある言葉が添えられていた」  アークのことで話があります。連絡をください。  その言葉に従って、ケインはヴァネッサに連絡を取った。  オレのことだったらどんな情報でも欲しかったのだという。 「それで就業時間が終わったころを見計らって電話してみたら……開口一番、怒鳴られたよ」 「はぁっ!?」 「あんたがアークにしたことをアタシは全部知っている、アークを五年間も苦しめた極悪人めっ! ……てね」  ……そう怒鳴り散らしたヴァネッサの剣幕が、目に浮かぶようだ。  オレはヴァネッサに、アークとのことを包み隠さず伝えていた。  それを打ち明けたとき、ヴァネッサは我がことのように憤って、一緒に泣いてくれたのだ。 「これ以上アークをからかって苦しめるつもりなら、アタシが許さないって断言されて、慌てて否定したよ。俺はアークに謝罪したいだけで、君を苦しめたいなんて思ってもいなかったから」  けれどヴァネッサはすぐには信用しなかったらしい。  そこで自分の気持ちを一つ残らず打ち明けて、彼女の許しを乞うたのだ。 「アークより先に謝罪しなきゃならない人がいるなんて、思いもしなかったけれど……彼女は俺の話を聞いて納得してくれたよ」  そして彼女は一つの提案をする。  自分が橋渡しをしてやるから、アークに全てを打ち明けなさいと。 「過去に囚われて前に進めないのは不幸なことだ、アークのためにならないから、きちんと話し合って区切りを付けることねと言われて、俺はそれを承知した」 「オレのため?」 「俺が過去にしでかしたことのせいで、アークは新しい恋愛に踏み切れないって」 「そんなことはない。俺は」 「今まで付き合ってきた人とは全員、長続きしなかったんだろう?」 「それは……」 「ヴァネッサが言っていたよ。自分と付き合っているのにアークはいつも遠くばかり見ていたって。今ここにいない誰かを思って切なそうな顔をするのが、自分は一番辛かったって言っていた」  ケインを通じて知るヴァネッサの気持ちに、オレは愕然とした。  そんなことはない……なんて否定できなかったのだ。  オレはたしかに、ケインを忘れるために、新しい恋愛にのめり込もうとしていた。  これまで付き合ってきた全員と真面目に向き合い、真摯な態度を取り続けてきたのは間違いない。  だけど時たま……本当にふとした瞬間、思い出してしまうのだ。  ケインと過ごした日のことを。  彼はこんなとき、こう言っていた。こんなふうに接してくれた。  ケインと過ごした時間はほんの僅かなはずなのに、オレはどうしても彼を忘れることができなかった。  そんな思いが滲み出るのだろうか。  相手の態度が次第によそよそしくなっていき、ついには別れを告げられてしまうのだ。  けれどヴァネッサだけは違っていた。  オレがケインのことを思い出していると、明るく別の話題を振ってきて、彼のことを忘れさせてくれるのだ。  その心遣いが嬉しくて、気付けばヴァネッサに対してたしかな愛情を持つようになっていた。  彼女となら新しい恋に進むことができると感じていた。  けれど。 「ヴァネッサに対する気持ちは、恋じゃなかったんだ」  彼女に対する愛が肉親や親友に対するものと同じだということを、オレはヴァネッサと共に過ごしたベッドの上で思い知ることとなった。 「勃たなかったんだ……全然。ヴァネッサのことはたしかに愛していると信じていたのに、肉体が求めていたのは全く別のものだった」  自分が求めているのは柔らかな肌ではなく、張りのある筋肉質な肉体。  抱きしめるのではなく、逞しい腕に抱かれたい。  柔らかい卑肉に挿入するのではなく、凶悪なまでに巨大なモノを後孔に受け入れたい……。  それをハッキリと自覚したオレは、その場で彼女に別れを告げた。  彼女のために別れなくてはいけないと思ったんだ。  青ざめた顔で、ヴァネッサは理由を教えてくれと言った。けれどそれを言うのはさすがに躊躇われた。  現在付き合っている彼女の前で、男に抱かれたいから君とはセックスできないなんて、言えるはずもない。  けれどヴァネッサは諦めなかった。しつこく何度も問いただされて、結局オレは全てを告白した。 「そのときヴァネッサはなんと言ったと思う? 辛かったねって。悲しかったねって、オレを抱きしめてくれたんだ」  きっとヴァネッサの方がオレの何倍も辛かったと思う。  付き合っていた男が、本当は自分以外の何者かを求めているなんて、さぞプライドが傷付けられたことだろう。  けれど彼女はそれをおくびにも出さず、むしろオレのために泣いてくれた。アークが可哀想だと繰り返し、泣きじゃくる彼女を見て、いつしかオレも滂沱の涙を流していた。  それはケインと別れて、初めて流した涙だった。 「結局彼女はオレの言葉を受け入れて、その場で別れてくれたけど、その後も友情は続いたんだ。今では彼女がオレの一番の理解者だよ」  だからこそケインがオレに接触する前に、一言ガツンと言ってやろうと考えたのだろう。  ヴァネッサらしい行動に、少しだけ心が温かくなった。

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