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不安 ①

「はい」 「入るで」  そう言って、洋介の母親が菓子とジュースを乗せたお盆を手に部屋に入ってきた。2人を見て不思議そうな顔をする。 「あんたら2人でおんのになんで別々のことしてるん?」 「……いや、この本、読み始めたら止まらへんくなって」 「『いじめを許さない!学校教育における心構えとは』って、亜貴くん……まさかいじめられてるん? 学校で」 「え?? いや、ぜんぜん、そんなんちゃうよ」 「もしなんかあったらおばちゃんに言うねんで。しばいたるからな」 「あ、うん、ありがとう……」 「ちょお、おかんっ!! もうええって。亜貴がいじめられてるわけないやろ。何歳やと思うてんねん。今からDVD見るんやから出てってや」  横から洋介が苛々した様子で口を挟んだ。  なんやねん、そんな苛々して。禿げるで。とブツブツ言いながら洋介の母親は出て行った。 「DVD見ようや」  洋介がベッドから降りてテーブルの上のDVDを手に取るとプレーヤーにセットし始めた。  その洋介の背中を見ながら、亜貴は心の中で溜息をつく。  いつもそうだった。付き合い出して半年。キスまではある。でも、いつもその先がない。流れでキスが激しくなってきても。なぜかその先に行きそうなタイミングで洋介が止めるのだ。  そりゃ、2人とも男同士でヤッたことはないけれど。お互いもうすぐ成人になるぐらいの歳だし。女となら過去に経験もあるのだから、こんな小学生や中学生みたいにもたもたしなくてもいいはずなのだ。  なのになんで洋介は先に進もうとしないのだろう。  考えられる理由は1つ。  洋介は、本当は自分のことをそういう対象で受け入れることができないでいるのではないか。  亜貴の我が儘で勢いに任せて一緒になって、なってみたものの、やっぱ男とはできひんわ、とか思ったのではないだろうか。だけど、優しい洋介のことだから亜貴を好きなフリをして実は言い出せずにいるのではないだろうか。  自分のことがそんな対象に見られないのならキスだって無理じゃないのかと思ったが、ぶっちゃけ、目を瞑ったら男だろうと女だろうとやっていることは一緒だし、やろうと思えばできるのではないかと思った。  そんなわけで亜貴が求めたら洋介ならばキスくらいは応えてくれる気がした。  でもセックスは違う。男と女で違う。だから、洋介にとってそこは例えフリでもできないのではないだろうか。  洋介は自分のことを恋愛対象として好きではない。  そんな考えがここ最近、亜貴の頭をぐるぐる回っていた。こんな風に不安になるのは、たぶん、付き合い始めてから一度も洋介からはっきりと気持ちを告白されていないこともある。

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