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偽名

 亜貴は2、3口すすってそれ以上コーヒーに口を付けずさりげなくテーブルへと置いた。そこで、花束を届けた時思った疑問を思い出して太田に尋ねた。 「なあ。さっきの花束、宛名が田中広美さんになってたんやけど……太田じゃなくて」 「……あれは……偽名やねん」 「……なんで?」 「……配達してもらうための口実やったから」 「…………」  太田の言っている意味が分からず亜貴は黙った。そんな亜貴の気持ちを読んだのか、覚悟を決めたように無口だった太田が急にしゃべり出した。 「俺、告白したやろ? 工藤に。夏休み前。断られて諦めるつもりやった。やけど、どうしても諦められへんくて。夏休み入っても工藤に会いたくて、住所調べて工藤に何度か会いに行ってん」 「……俺に?」 「……おん。花屋の近くまで行った。工藤が店手伝って配達してんのをそこで知ってん」 「やけど……やったら声かけてくれたらよかったやん」 「見られたらそれでええと思うてたから」 「……それがなんで注文に繋がんねん」  そう尋ねると、太田が一瞬黙った。そしてゆっくりと口を開いた。 「……見てん」 「……何を?」 「工藤が男と家から出てくるとこ」 「…………」  それはきっと、洋介と出てきたところ見られたのだろうけど。その太田の言葉と花束がやはり結びつかず困惑して黙る。太田がちらっとこちらを見たのが分かった。 「その男と付き合ってんのやろ?」 「……なんで?」 「工藤のそいつへの態度見てたらすぐ分かったわ」 「…………」 「それを知ったら、なんか、よう分からへんけど腹が立ってん」 「……どういうこと?」 「相手が女やったらまだ諦めもついたのに。なんで男なん? って。あいつがよくて、なんで俺はあかんねんって」  太田が真っ直ぐにこちらを見た。その目に不穏な空気を感じて体に緊張が走った。

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