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洗い流す

 最悪の気分だった。誰が悪いわけでもない。自分で自分の首を絞めているだけなのだ。  どこをどうやって家まで帰ったのか覚えてなかった。家に着くと、汗だくで傷だらけの亜貴を見て母親が驚いた顔を見せた。 「どうしたん??」 「転んでん……」  そう呟くように答えると母親はじっと亜貴をしばらく見つめた後、ニコッと笑った。 「お店の方はもうええから。落ち着いたし。シャワー浴びてきたらどう? きっとスッキリするわ」 「……おん」  亜貴の母親は勘がいい。小さい頃から亜貴の微妙な変化にもすぐに気が付いた。だからきっと今も亜貴に何かあったんだろうと察しはついたのだろうが。放っておいてほしいと自分が思う時には、母親はそれも分かってくれてさりげなくそっとしておいてくれる。  亜貴はそのまま浴室へと向かった。熱めのシャワーを頭から被って、しばらくじっとする。汚いものが全て流れていくような感覚がした。気持ちが落ち着いてくる。  それから念入りに体を洗った。  太田の唾液のついた首筋や、汗ばむ手で触られた腹辺りをこれでもかと言うくらいに擦る。幸い、最後までされたわけでもないし、できることなら忘れてしまいたかった。この流れる水と一緒に、綺麗さっぱり流れ去って欲しかった。  実は太田は新学期を待たずして自主退学するためその後会うことはなかったのだが、この時の亜貴はそんなことはもちろん知る由もなかった。  また太田に会わなければならないという憂鬱が流しきれずに亜貴の中にどんよりと残る。

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