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第37話

 そのまま、掴まれた手首がねじれるんじゃないかというくらいにひねり上げられて、あまりの苦痛に紫月はギュッと唇を噛みしめた。 「ほら、ちゃんと握ってろよー? 気持ちよくなるまじないなんだからよー?」  掌の中に握り込まされた小瓶は、ずっと氷川が弄っていたせいでかガラスが生温かくて、そんな感覚がゾクリと背筋に伝っては鳥肌がたつのが気持ち悪い。抵抗しようにも、もう片方の腕は先程の乱闘で痛手を食らったらしく、力が入らない上にちょっと動かそうとすれば激痛が走って使い物にならない始末だ。  全身の痛みも相まって抵抗などは以ての外、普段なら何てことのないはずの動きがままならない。腹の上の氷川を跳ね除ける気力すら湧かなかった。それどころか氷川に乗り掛かられた体重の重みでか、触れ合っているところがズクズクと疼くように熱を帯びてゆくのが驚愕だった。  自身の身体の中心が意志とは裏腹に快楽に浸食されていく――  次第に荒くなる吐息は、気を許せばきわどい嬌声まがいの声にとって代わりそうになる。  そんな様子をおもしろおかしそうに見下ろす氷川の視線は無論だが、今のこの状況を、此処にいる他の連中がどんな思いで見ているのかと想像すれば、顔から火を噴きそうになるくらいの恥ずかしさがこみ上げた。  番格だなどともてはやされた男が何てザマだ。みっともないったらこの上ない。  だが何より苦渋だったのは、男として屈伏させられるということ以上に、おそろくは破廉恥な視線で皆に見られているのだろうかということの方が気に掛かって仕方なかった。  おぼろげな意識の中にあってもはっきりと感じ取れるそれは、逸った息使いと興奮した気配、そして蔑み嘲笑うかのようなニヤけた視線。  まるでこの場の全員に視姦されているような気分にさせられるのが堪らなかった。  そして挙句は自身の身体までもがおもしろがるように自らを裏切っては反応し、屈辱を差し出すように淫らに疼く。あまりの悔しさに、紫月は思わず涙がにじみ出しそうになるのを必死でこらえていた。  その機を逃さずといった調子で氷川はニヤッと笑うと、組み敷いている紫月のベルトを解いて間髪入れずにズボンのジッパーを引きずり下ろした。 「……な……っにしやがるッ……! てめえっ……!」  さすがに驚いたわけか、瀕死のはずの体力をよそに無意識に腹の上の氷川を跳ね除けて、気付けばドカリと彼の太もも目掛けて蹴り上げていた。 「おーっと危ねえ。油断も隙もあったもんじゃねえ! まーたこの前みてえにタマ蹴られちまうとこだぜ」  口元には笑みを浮かべながらも、それとは裏腹な乱暴さで、氷川はお返しとばかりに紫月の右足を目掛けて鉄拳を食らわした。 「っぐ……っああーーーっ……!」  とてつもない程の絶叫が狭い店の天井にこだまし、だがその叫び声をかき消すかのようなカラオケの歌声が周囲の店の方々から漏れてくるのが恨めしかった。

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