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第40話
そんなことが脳裏を巡れば、紫月は自分の置かれている状況とは裏腹の形相で、クククッと声まで上げて笑いが漏れてしまうのを抑えられなかった。
そんな様子に氷川の方はキッと眉を吊り上げて、
「何、笑ってんだてめえ。ついぞおかしくなっちまったか?」
少々癇に障るというふうに凄んでくるのに、それさえも微笑ましいといった感じで、紫月は更に口元をゆるめてみせた。
「――別に。ただお前がさ……マジ、めでてー野郎だなって思ってよ……」
「は――!?」
「や、なんつーか……俺をボコったまでは分かるんだけどよー。よくまあ野郎相手にサカる気になれんなって。ちょっとヘンな感心が湧いちまって……」
いくら報復の為とはいえ、男同士でよくその気になれるものだと少々呆れ気味にそんなことを言ってのけた。
てめえはそっちの趣味かよ。そうでなきゃ何の為にこんなことしてんの、と言わんばかりにだ。
氷川にしてみれば多少おちょくられた感もあってか、ここは怒るところだろうか。
だが、紫月の方は本心から感心めいた調子でいるので、根っからバカにして言っているのではないという雰囲気が伝わるわけか、氷川はしばし返答につっかえる感じで首を傾げていた。
そんな様子を見上げながら紫月はホウッと大きな溜息をつくと、
「ま、いいわ。埠頭の勝負ン時にゃ、確かに俺がケツまくっちまったわけだからよ。てめえが怒んのも当然だわな」
半ばかったるそうな仕草でソファの背を掴みながら半身を起こした。
まるで他人事のように余裕をかます紫月の口ぶりに、氷川の方はますます眉を吊り上げる。
「余裕ブッこいたふりして今度は何だ? 何か企んでやがんじゃねっだろうな?」
「はは、こんな状況で何をどう企めっての? 俺はただ……あン時のてめえの条件を呑んでやろうって言ってるだけだ」
「は――?」
そうだ、一発ホらせろという例の呆れた条件をだ。
「何、考えてやがる……。今度は開き直りか?」
紫月のあまりの堂々たる様子に幾分警戒心を伴った不機嫌そうな表情で、氷川は彼を組み敷いている両脚に体重を加えると、逃がさないとばかりに一層拘束を強くした。
「ンな、ギュウギュウ乗っ掛かってくんなって! てめえ、重いんだけど……」
「う……るせえな……! ベラベラしゃべくって隙を窺ってるかなんか知らねえが、今日は逃げられると思うなよ!」
「――んなこと思っちゃいねえよ。けど、マジでヤらしてやんよ。俺のケツを掘りてえんだろ? 好きにしろって言ってんだ」
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