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第41話

 ソファの上で片肘をつきながら随分と余裕の調子でそう言う紫月の口元は、わずかながらも薄く笑んでいる。まさに多勢に無勢、しかも手負いの上に背後には絶壁。救いの手を差し伸べる者など誰もいないこの状況下にて、明らかに似つかわしくない。  まるでそれが己の乾坤一擲と言わんばかりの読めない態度――。  一見、投げやりかと思いきや、あるいは諦めなのか策略なのかがまるで伝わってこないような紫月の不敵さに、氷川をはじめ、皆はしばし戸惑わさせられてしまった。  ズタボロの中にあってひどく冷静なその仕草は、威風堂々ともとれる程に落ち着きを伴ってもいて、それは独特の誇りのようにも感じられる程だ。  ほんのしばしの間ではあったが、その場の全員が、孤立した彼に押されるような雰囲気に呑み込まれる。少なからず誰しも背筋が寒くなるような奇妙な感にさせられていたのは確かだった。  そんな空気が気に入らないとばかりに、氷川は紫月の額をグイと押さえ付けると、完全にソファの上で仰向けに組み敷いてみせた。 「ふん、なら遠慮なくヤらしてもらおうじゃねえの」  チッと憎々しげに舌打ちを鳴らし、少々乱暴に、破いたTシャツを学ランごと剥ぎ取った。  半裸の鎖骨に細い銀のネックレスがライトに照らされキラリと光る――  先程引きずり下ろしたジッパーからは濃灰の木綿に茶のボーダー部分が洒落た感じの下着が、ちらりと顔を覗かせている。  氷川は自らも学ランを脱いでベルトをゆるめ、今日こそはこの前のように不意打ちを食らってたまるかと睨みを据える。  腹の上でモゾモゾと準備万端に焦れる様子をぼんやりと眺めながら、紫月は未だ口元に薄い笑みを浮かべたままでいた。  いよいよという感に、周りの全員が息を飲むような気配が充満していく――  単に経緯を気に掛ける者。  少なからずは興奮気味な者。  相反して多少呆れ気味な思いを素直に表情に出している者。    氷川に組み敷かれながら、薄ら狭いこの店にひしめく彼らの様子が手に取るように分かる気がしていた。  そんなことが可笑しくて、紫月はまた少々腑抜けのような笑みを浮かべると、クスッと鼻先を鳴らしてみせた。 「なあ氷川。こないだも訊いたっけ?」 「何をだよ! 話そらして逃げようたってムダだぜ」 「は、怒んなよ。つか、てめえマジでそっちの趣味か?」 「はぁッ!?」 「女にモテねえってわけでもなさそうなのに、俺なんぞに鼻息荒くしてるってどーゆーのかと思ってよ。それとも両刀だとかっつって自慢してえのか?」 「――もうその手には乗らねえよ!」

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