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第44話

「けど何だかんだ言ったって、氷川さんにゃ誰も文句言えねえしー」  誰かがダルそうに壁に寄り掛かりながらそうこぼしたのをきっかけに、ため込んでいたらしい不満が口々に飛び出した。 「だいたいよー、何でアイツだけ『さん付け』なんだよ! 俺ら、タメだぜ? なのに『氷川さん』とかって呼ぶの、おかしくね?」 「しゃーねーっしょ? 喧嘩させりゃ最強、ロクに授業も聞いてねーくせしてテストの成績だきゃ文句ナシときたもんだ! そのせいでセンコーだって氷川にゃ一目置いちまって注意もしねえ野放し状態。極めつけは家がめっちゃくちゃ金持ちだってんだからよー。誰も逆らえねえどころか、媚びる奴が殆どだし!」 「ま、実際、一之宮とだって互角にやり合えんのは氷川さんだけじゃん。多少威張られても目つぶるしかねっだろ?」  ハーっ、と深い溜息をついては諦め半分に肩を落とす。  それ以前に帰ってしまってもいいものなのか、それともとりあえず氷川が店から出てくるまでこのまま待つべきなのか、どうにも手持無沙汰な状況に、誰もがほとほとかったるそうにしながらダレていた。そんな折だ。  遠目に見える路地端から一人の仲間が手を振りながら駆け寄って来た様子に、皆は一同にそちらを見やった。  どうやら、つい先刻に駅前の大通りで転入生の鐘崎が見掛けた例の男のようだ。皆は一斉にその男めがけて、「遅っせーよ!」とふてくされてみせた。  氷川に追い出された八つ当たりもあるのだろう、何も知らない当の男は照れ笑いをしながらも、大人数がたむろしているこの状況に、不思議そうに首を傾げた。 「悪りィ! ここいらって道が入り組んでてよ。迷っちまった。けど何……? お前らこんなトコで何してんの? 一之宮はどーしたよ? つか、氷川さんは?」  何で中に入らないんだとばかりにキョロキョロと視線を泳がせては、店のドアの方をチラ見する。 「何でもクソもねーよー! 氷川のバカの酔狂にゃ付き合ってらんねーぜ!」  こんな扱いにいい加減頭に来たとばかりに、リーダー格らしい男が投げやりなイキがり口調だ。そんな様子を横目に見ながら、仲間内の一人が何も知らないこの男に今までの経緯をコソッと耳打ちして聞かせた。 「氷川さんは只今お楽しみ中よ! 何でも埠頭の勝負のやり直しとかでさ、一之宮のケツをホるとかホらねえとか……」 「ゲッ……! マジッ?」  まだそんなことにこだわっていたのかとばかりに、男はギョヘーッとしたような顔をした。

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