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第46話

 そんなことは露知らずの氷川の方は、征服した獲物を目の前に満足げな様子でいた。  一方の紫月はそんな男に組み敷かれながら、急に静まり返ってしまったせいでか、自身の鼓動やら疼きやらが妙に耳に付くのがうっとうしくてたまらないといったふうでいた。  相手が因縁関係にある氷川だから多少の違和感があれど、決して不慣れなわけではないこんな状況に、身体が素直な反応を覚えるのが何とも癪で仕方ない。  こんなことなら何処の誰とも分からないゲイバーでの行きずりの男とヤる方がずっとマシだ。そんな思いに、紫月はクッと瞳をしかめた。  苛立つ状況に加えて、頭上を直撃しているダウンライトがひどく眩しくて、不快感をあおる――  ここはやはりカラオケ用のステージとして使用されていたのだろうか――、どうでもいいようなそんなことがおぼろげに脳裏を巡る。  ふと、その眩しさがやわらいだと思った瞬間に、既に視界に入りきらないくらいの近距離に氷川の吐息を感じて、ギョッとしたように肩をすくめた。 「今更何? ひょっとしてビビッてんの、お前?」  ニヤけた唇からこぼれてくるのは微かな煙草の匂いだ。  そういやこの野郎、さっき煙草をふかしていやがったっけ――それこそどうでもいいようなことばかりが脳裏をよぎる。と同時に髪を掴まれ唇を重ねられそうになって、紫月は焦って顔を背けた。 「往生際悪りィぜ? いい加減観念しろって。つっても俺の方はお前と違って野郎とヤるなんざ初めてなわけだから……正直どんなモンか感じがつかめねえってのが実のトコだけどー。つか、お前、香水なんかつけてんの?」  首筋辺りをクンクンと嗅がれる仕草に、ゾワッとした欲情が背筋を走る。 「いい匂いじゃねえの。そこいらのオンナなんかよりよっぽどソソられんぜ……! これでいっつも野郎をたぶらかしてやがんのか?」  今度は耳たぶを撫でられるように囁かれるその声が、ますます背筋を伝う欲情をあおる。否が応でもそれを受け入れたがる自らの反応が恨めしい。  これも薬の作用だと思えども、実際にはもうそれだけのせいなのか疑わしいくらいに欲情させられているのをはっきりと感じた。 「……っ勝手なこと抜かしてんじゃねえ……っ! 誰が……っ、たぶらかしてんだって…っ……」  威嚇の言葉でも口にしていないと、本当にもう流されてしまいそうだ。 「たぶらかしまくってんだろうが。それを証拠にお前、そんだけ男前のくせして浮いた噂のひとつも聞かねえってじゃん? お前がオンナ連れてるとこを見たことねえって、俺らの間じゃ有名な話だぜ?」 「……はっ、くだ……らねえっ! そーゆーてめえはどうなんだッ……ての!」

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