53 / 296

第53話

 氷川が――やはり低めのドスのきいた声で、男の問い掛けに相槌を返す。 「てめえこそ誰だ? 随分とまた派手にやってくれたようだが……表の連中を一人で片付けてきたってか? ……にしても、見ねえツラだな? 俺に何の用だ」 「そいつを放せ――」 「はぁッ――?」 「そいつを、紫月を放せって言ってるんだ」  その言葉に、氷川は何かに思い当たったとでもいうようにニヤッと口元をゆるめると、大袈裟なくらいの侮蔑まじりで啖呵を切ってみせた。 「はーん? ……もしか、てめえが金田って野郎かよ? わざわざ助けに来たってか?」  よくぞこんなマニアックな場所が分かったものだと感心しながらも、呆れ半分で冷やかすようにそんなことを口走る。だが、当の男の方は何のことだとばかりに沈黙したまま、首を傾げているふうだ。そんな様子に氷川も面食らい顔で、ますます嘲笑、おどけてみせる。侮蔑丸出しで中指まで突き立てながら、 「まさか人違いだった? てめえ、コイツのコレじゃねえの?」  今度はその中指を小指に変えて『想い人』を表し挑発してみせる。  恋人でないのなら何しに来たんだとばかりにクイと顎まで突き出しては、睨みをきかせながら男を見据えた。 (金田だと――?)  男はわずかに眉をひそめ、 「――何のことか知らねえが、それよりてめえ、そいつに何しやがった」  相も変わらずの低い声でそう言った。  だが、そんなことはいちいち訊かずとも一目瞭然な感じの、凶暴かつ淫猥な空気が狭い部屋の中に混沌としている。全裸で転がされている白肌には、ところどころに青黒い痣が浮かび上がってもいる。  唇の端は切れ、視点の定まらない虚ろな瞳ひとつをとってみても、何があったのかなど聞かずとも理解できる状況だった。加えて、目の前で啖呵を切っている輩も半裸だ。  男はギラつく視線で氷川を見据えると、不機嫌極まりないといった感じで、眉間に立ち上る深い皺をビクビクと引きつらせた。  長身の男が二人、薄ら狭い空間で睨み合う――  氷川にしてみても、ざっと見渡したところ、この男がたった一人で見張りの連中を片付けてきたのは間違いなさそうだということが分かっていたから、内心穏やかではなかった。しかもかなり余裕の窺える様子からして、相当腕の達つだろうことも容易に想像がつく。  それ以前に、この男から発される雰囲気がそこいらの不良連中とは明らかに違っているというのを本能で感じるのだ。氷川は、不本意ながらも若干気後れしそうな心持ちでいた。

ともだちにシェアしよう!