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第54話

 一之宮紫月の恋人でないのなら、いったい何処の誰だというのだ。近隣界隈では見掛けない顔の上、不良で名をはせているというにはそぐわないような出で立ちも腑に落ちない。学ラン姿ひとつをとってみても、優等生を絵に描いたような生真面目そのものだ。  だが、発するオーラは優等生のそれとはまるで違う。  一之宮紫月の知り合いなのか。それ以前に、どこの学園の生徒だというのだ。  降って湧いたように出てきやがって目障りな――!  瞬時に様々な想像が脳裏を巡る。  すべてが気に入らないというように、氷川は男を睨み付けた。 「悪りィが、今はコイツとお楽しみの最中なんでね。出てってくんねー? それともここでコイツの取り合いでもするってか?」  身構えながら後ずさり、氷川は男に正面を向けたままで、背後に転がっている紫月の髪を手探りで掴み上げて、乱暴に引き寄せた。 「野郎を犯るなんざ、気色悪りィと思うかも知んねえけどー。こいつは別格だぜ? なんたってオンナ顔負けの綺麗なツラに似合わねえ”ド淫乱”だからよー? アレの具合も良過ぎて、正直、病みつきンなりそうってな?」  自らの脇下に抱え込んだ紫月の顎を持ち上げて撫で回し、目の前にいる男に当て付けるかのように、その口中に指まで突っ込んでみせた。 「試しにアンタも一発ヌかしてもらったらどうだ?」  挑発的な台詞に、場の空気が一気に殺気立つ。  その瞬間、紫月の視界に、氷川の背の影になっていた男の姿がはっきりと飛び込んできた。 ――ッ!?  まぎれもなく、それは転入生の鐘崎遼二だった。 ◇    ◇    ◇ ――試しにアンタも一発抜かしてもらったらどうだ? 「なーんてのは冗談だな。こんな具合のいいカラダをみすみす譲ってやるつもりは更々ねえんでね。さっさと出てってくんねー?」  今までとは打って変わったドスのきいた調子で言い放つ。氷川の表情からは余裕だった薄ら笑いもすっかり消えて、本気の様を窺わせる。これ以上相手をしてやるつもりは毛頭ないとばかりに、氷川は突如降って湧いたように現れた男を睨み付けた。  だが、男の方はそんな脅しにビビるどころか、眉根ひとつ動かさない。 「おい、そいつを放せ」  静か過ぎるともいえる落ち付いた物言いに、逆に焦燥感を煽られるだけだ。  この時点で既に気負いさせられているようで、氷川は普段からは想像できない程に苛立たせられるのを感じていた。  そんな感情のままにか、あるいはそうしないではいられないとばかりの勢いで、怒りをあらわに怒鳴り上げた。 「うるせーなッ! 部外者はてめえの方だっつってんだっ! 本気でブチのめされる前にさっさと失せやがれっ!」  氷川もまさか自分が負けるなどとは微塵も思ってはいないから、ある種当たり前のようにそう言い放ったのだ。

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