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第58話

「悪かった。もう少し早くに行ってやれればよかった」 「……あ、えっと……お前が……助けてくれた……んだ……」 「ああ、駅前の大通りでお前がガラの悪い連中と連れ立っていくのを目にしたんだ」 「……そっか」  ではすべて知られてしまっているということだろうか――紫月は咄嗟にそう思った。  昨夜のことを何もかも、集団暴行に遭ったことは無論のこと、氷川にされたことの一部始終をこの男は知っているのだろう。今更どう繕おうにも手立てなど無い。敢えて細かいことを訊いてこないのが彼の気遣いなのだ。  憐れまれているというわけではないだろうが、もしもそんなふうに思われていたら堪らないという思いに、紫月はわざと平静を装おうと賢明になっていた。よほど焦っていたのか、しどろもどろに言い訳めいたことまでが口をついて出てしまった。 「あ……のさ、俺ならその……平気だから……! なんか、すげえ迷惑掛けちまったみてえけど……桃稜の連中とは犬猿の仲ってーか、遅かれ早かれああなることは分かってたんだ」 「――?」  無言のまま、ほんの一瞬険しく眉根を寄せた鐘崎の様子に、紫月は慌てたように言葉を付け足した。 「あー……っと、その……ッ、お前は転入してきたばっかだから知らねえだろうけど……あいつらとはいっつもいがみ合っててよ……。何かにつけてぶつかり合うのは珍しくねえっつーか……」  早口で捲し立てるようにした言い訳にも、鐘崎の怪訝そうな表情は崩れない。それ以上何を訊くでもなく遮るでもない間の悪さに耐え切れずに、紫月は思わず一番気に掛かっていることを口走ってしまった。 「それに……っ、あーゆーのも……慣れてっから……俺……」 「――ああいうの?」  やっと開いた彼の口から出たひと言は、質問するふうな疑問符とは裏腹に、それが何を指しているのかが薄々理解できているのだろうと思えるのはこちらの勝手な思い込みか――。 「……氷川に……されたこと、知ってんだろ……?」 「……ああ」 (やはり――)  分かってはいたことだが、紫月は愕然とした。 「俺ッ、野郎と寝んのとか……初めてじゃねえし……前にも言ったことあると思うけど、ゲイバー行ったりとか……結構好き勝手して遊んでっから……」 「だから平気だとでも言いてえのか?」 「……え、あの……」 「――俺は許せねえな」  そう言う鐘崎の表情は険しく歪み、その瞳の奥には蒼白く煮え滾るような怒りの感情がありありと浮かんでいた。 「許せねえよ。お前に不埒なちょっかい出しやがった氷川って奴も、それにもっと早くに行ってやれなかった俺自身もだ」  その言葉に紫月は酷く驚いた。 「……そ……んなん、お前のせいじゃないじゃんよ……実際、お前が来てくれてすげえ助かったんだし」

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