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第60話
英数字の組み合わさった妙な瓶、面白そうにそれを弄り続けていた氷川の態度。甘い匂いのするそれを得意げに嗅がせられた時のことが逐一フラッシュバックするように浮かび上がってきて、紫月は思わず眉をしかめた。
――あの瓶をずっと握り続けていたというわけか。
意識を失ったにも関わらず、そんなものだけは後生大事に持ってくるだなんてと思いながらも、鐘崎が言うのだから間違いないのだろう。実のところ、あの瓶の中身が何だったのかということについては、はっきりとしたことは知らずじまいだった。何となく想像はつかないでもないが、どうせロクなものじゃないに決まっている。
「……あんなん、まだ持ってたんだ俺」
痛みも苦さもすべてを呑み込むような諦め口調でそうつぶやいた紫月を見て、鐘崎の方はますます険しく眉をしかめた。
「お前、道場育ちの段持ちなだけあって受け身の取り方が巧かったんだな。打撲だけで致命傷に至らなかったのもそのせいだろうって医者が言ってたぜ」
「……え?」
自分が危惧していたこととは掛け離れたような言葉に、紫月の方は少々困惑気味だ。だがすぐにそれも薄れた。
「問題はあの薬だ。お前の意識が朦朧としちまったのも、アレが原因だ。もちろん打撲のショックも少なからずあるだろうが、あんなとんでもねえ代物を使いやがって……」
「あれって……そんなヤバいもんだったわけ?」
「催淫剤だ。それも相当強烈で厄介なヤツだ」
「……ッ……催……って……」
内心、やはりと思ったが、鐘崎自身の口から改めて告げられると、とてつもなく恥ずかしい気がしてならない。
そういえば思い出した。あの時、氷川はうれしそうに『マジで天国にイかしてやるから』などと息巻いていたっけ。その後にされたことを思い出せば、次第にその残像が身体のどこそこでくすぶり出すような感覚が堪らなかった。薬の正体を知ってしまったから尚更なのかも知れない。
「一般人が……それも高校生のガキにまであんなもんが出回ってるとすりゃ、日本も厄介になったもんだな」
ボソリと独り言のようにそうつぶやく鐘崎の表情は相変わらず苦い。
「ああ、それなら多分……ヤツの家は貿易会社とかっつってたから……」
「貿易? ああ、そういえば剛たちがそんなことを言っていたな」
何でも香港に本社だが支社だかがあるという話だったか。親の目をちょろまかして遊び道具にするような息子など、ロクなもんじゃない。それ以前にその会社自体も胡散臭いに甚だしい。
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