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第61話
そんなことを巡らせながらますます険しい表情で黙り込んでしまった彼を横目に、紫月は急に疼き出した身体の変調を鎮めようとかなり焦っていた。
「あ……のさ、悪いんだけど……」
もう少し眠らせてくれないか――とでも言えば当たり障りがないだろうか。とにかく熱を持ち始めてしまったこの変調を何とかしたくて堪らない。単刀直入に出て行ってくれと言うのは気が引けるし、この場を丸く収めるにはどうすればいいのだろう。そんなことが頭の中でグルグルとしていた。
「えっと、鐘崎……その悪いんだけど俺……」
モゾモゾとうつむき加減の紫月の様子に、鐘崎はちらりと気をやった。どうにも逸ったような仕草で視線を泳がせ、言いたいこともはっきりと言い出せないような態度でいる。鐘崎は先回りをするように、低い声で訊いた。
「一人にして欲しいのか?」
「――えっ!?」
何で分かったのかといった表情をした直後に、バツの悪いように再び視線を泳がせている紫月の様子を見れば一目瞭然だった。要はまだ薬の余韻が抜けきらなくて辛いのだろう。一人になって楽になる為の『処理』をしたいのだろう彼を気の毒に思うと同時に、裏を返せば彼をこんな目に遭わせた氷川という男に対しての怒りが燻ぶり返す。
鐘崎は部屋を出ていくどころか、もっと紫月の傍へ寄るようにベッドサイドへと腰を下ろした。
「紫月、お前は楽にして横になってろ」
「え……? え、あ……えっと……」
苗字ではなく、いきなり名前の方で呼び捨てられたことにドキッとさせられる間もない内に、軽く顎先まで持ち上げられて、紫月は目を白黒させてしまった。焦る暇もなく、既に視界に入りきらないくらいの近い位置にあるのは、仄かな想いを抱いていた唯一人の男の視線だ。
普段、教室の隣の席で微かに知っていた香りが、近距離にいることで熱を伴ったように立ち上り、ゾワゾワとした欲情となって瞬時に背筋を這い上る。
催淫剤の余韻と恋慕の念が渦巻いて、突然の展開に気が動転しそうだった。
「俺が嫌か――?」
「え……?」
「嫌なら無理強いはしねえ」
「それって……どういう……」
温かく大きな掌が頬に添えられる。と同時にクイと自然に傾げられた顔の角度で、唇を重ねられる気配を悟る。近過ぎて焦点は合わないものの、そんな仕草にとてつもない色香を感じて、バクバクと心拍数が加速した。
「その怪我じゃ一人でやるのは苦痛なはずだ」
「……え、あの……それって……」
まさか手伝ってやるとでもいうつもりなのだろうか。無論断る理由などないし、好意を抱いていた男にこんなことをされれば、うれしくないはずはない。
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