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第67話

「――え、あの……鐘崎……ッ!?」  いきなり枕の上に頭を押し付けらるように抱き包まれたと思ったら、下半身に猛った感覚を覚えて、思わず息が止まりそうになった。 「……うそ…………」 「なにがウソだ」 「や……あの、だって……お前……それ」 「抱いてくれって言っただろう。さっきのは嘘だったってのか?」 「違ッ……! 嘘なんか……言ってねえ……けどッ、まさか――」  そう――まさか本当に抱いてもらえるなどとは思ってもいなかった。 「お前が……俺なんかにそんなん……なってるって、信じらんねえ……だけだってば……!」  何もかもが予想外の成り行きに、紫月は忙しなく表情を変え、言葉も上手くは出て来ない。精一杯強がって、淫らに誘うフリまでしたことが恥ずかしくて堪らない。相反して鐘崎の方は、そんな様子を横目に何故か満足気に瞳をゆるめては、穏やかな気配をまとっていくようだった。 「冗談や酔狂なら今ここでやめてやる。お前が本気で嫌がることはしねえつもりだ。けど……」 「……けど、何……?」 「本音なら――」  このまま抱く。  言葉にこそしなかったが彼の真っ直ぐな瞳がそう言ったのが分かって、思わず息を呑み込んだ。  諦めよう、抑えようとしていた素直な感情を丸ごとぶつけてしまってもいいのだとさえ思わせてくれる彼のやさしげな視線に、不思議な安堵感が顔を出す。 「本音だよ。嘘なんか言ってねえ。だって俺は、お前が……」  好きなんだから――  それこそ言葉に出しては云えなかったが、鐘崎にははっきりとその意思が伝わったのだろう。一層穏やかにゆるめられた瞳が甘さをも伴って、今まで以上にやさしく髪を弄ぶ。唇が触れ合うか合わないかのギリギリの近さで囁くように発せられる言葉も至福を含んだ欲情まじりだと思えるのは、それこそ都合のいい錯覚だろうか。 「なんで俺――?」 「そんなん、分かんねえ……お前こそ、こんなん、ヤじゃねえのかよ……? 俺なんか……と」  その問い掛けは最後まで言わせてもらえなかった。言葉を呑み込むように重ね合わされた唇が、すべてを奪うとでもいわんばかりに激しく絡み付いてくる。 「――紫月、お前は知らねえんだ」 「……な……にを?」 「いや、いいんだ。今はまだ――」  口づけの合間からこぼれるそんな会話は夢なのか現実なのか、それさえも分からなくなる程に濃厚な愛撫で身体中のどこかしこを絶え間なく奪われて、紫月は己の赴くままに愛する男の胸中で溺れ尽くした。

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