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第69話
「けどホント不幸中の幸いっつーか。一昨日、お前と例の茶店で別れた後さ、一緒に帰らないかって遼二の奴を誘ったんだ。けどあいつ、教科書を取りに本屋に寄るからってさ。別行動取ったのが正解だったってことだな」
「だよなー。あのまま一緒に帰ってたらと思うとさー」
二人共に、かなり興奮気味に身を乗り出しながら雑談状態だ。
「しっかしまた派手にやられたもんだよな? 身体の具合、どうだ?」
「けど骨折ったとかじゃなくてよかったよ。つーかさ、集団相手の割にはその程度で済んだのは、やっぱお前が強かったってのもあるだろうけど……」
そんなことを口走りながら、京が僅かに声をひそめて興味有りげに耳打ちをしてよこした。
「ところで紫月よー……遼二って腕っ節の方、どうだった?」
「――腕だ?」
「だってその……一応、氷川ともやり合ったわけだろ? お前はそんだけ怪我負ってたわけだし。あいつが氷川をのめしてお前を助けたってことになるんじゃねえの?」
どうやら事の経緯が気になって仕方ないらしい。
聞けば、当の鐘崎からは詳しいことを殆ど教えてもらえていないようで、そのせいで余計に気になっているらしかった。
道場を横目に縁側に腰掛け、出されたりんごジュースを飲み干しながら京が口を尖らせている。
「遼二の奴さぁ、どんなふうな様子だったかって訊いても『ああ』とか『うん』とか言いながら肝心なことはさっぱりでよー。無口っつーか、寡黙っつーか、どうにも埒があかねえのよ! そりゃ英雄気取りされるよりはいいけどー、俺らにしてみればやっぱ気になるところじゃん?」
確かにそうだろう。剛や京にとっても他人事ではない上に、いつまた桃稜の連中が絡んで来ないとも限らない。どんな乱闘で、どんな形勢だったのかを一応知っておきたいのは当然といえばそうだ。
まあそれ以前に、京にとっての興味の種は、転入生の鐘崎がどの程度デキる奴なのかということの方らしい。彼の風貌や雰囲気から想像させられる見掛け通りに、実際のところ喧嘩も強かったのかということが気になって仕方がないようだった。
紫月はそんな様子に理解を示しながらも、若干苦笑い気味で歯切れの悪い相槌を打つしかできずにいた。
というのも、鐘崎が詳しい経緯を安易に話していないことが有難くもあり、それはおそらく自分を庇ってくれているのだと思えたからだ。きっと氷川にされたことを誰にも知られないようにと、口をつぐんでくれたのだろう。案の定、剛も京も単に報復の集団暴行に遭っただけという認識しかないらしく、まさか破廉恥な陵辱行為を受けたなどとは微塵も思ってはいないようだった。
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